我が家の長男は10ヵ月になり、離乳食が3回食になった。昼間は保育園で食べてきてくれるのだが、朝と夕方に離乳食を準備するのが面倒くさい。
平日は冷凍保存したものを解凍しているだけだというのに、どうしてこんなに面倒なのか。
今朝は、長男は朝5時半に空腹で泣き出した。自宅を出るのが7時45分なので、離乳食をスキップするわけにはいかず、慌てて起きて離乳食を解凍。でもなかなか解凍できなくて、結局5分以上準備にかかってしまった。その間、長男はずっと泣いている。眠っていた長女も「うるさいよ〜」とご機嫌斜めで起きだして、朝からぐったりである。

そんな私のもとに、興味深い本が届いた。
タイトルは、『小児科医のママが教える 離乳食は作らなくてもいいんです。』(工藤紀子著、時事通信出版局)
えーー!? そのネタで1冊の本になるわけ?


しかし読んでみると、「離乳食を市販のもので済ますメリット」がこれでもか、これでもかと書かれてあって、確かに1冊分のボリュームとして成立しているのである。
逆に、ここまでのボリュームで説明しないと、日本の母親の「離乳食を手作りしなきゃ」という呪いは解けないということなのか。

幸い、この本の著者にインタビューする機会をいただいた。著者の工藤紀子先生は、小児科医で二児の母である。

■アメリカでの子育てで知った、海外の離乳食事情


―― この本を書こうと思ったきっかけを教えてください。

工藤先生(以下、敬称略):もともと、小児科の外来では、多くのお母さんたちが「離乳食を作るのがつらい」と、ときには泣きながら訴えていました。そんなお母さんたちに、私は「そうですよね。しんどいですよね」と寄り添うようにはしていたものの、その離乳食づくりの悩みそのものを取り除くことはできませんでした。以前は私自身も、「離乳食は手作りが当たり前」と考えていたからです。しかし、夫の仕事の都合でアメリカに行って、そこで2人目の子どもを出産したことで考えが変わりました。アメリカではどのお母さんも離乳食は市販のものを食べさせていたからです。手作りしようものなら、「なんでわざわざそんなことするの?」という目で見られるくらい。これには驚きました。


でもたしかに、市販のものを使えば手間がかからずとても楽ですし、栄養が満たされているという満足感があります。外出時に持ち運ぶのも、密閉された容器なのでこぼれる心配はないですし、衛生面でも安心です。また、自分が手間をかけて作った離乳食を吐き出されたらイライラしますが、市販のものなら私は「まあ仕方ないか」と思えました。ちょうど離乳食期の子どもは目が離せなくなり、後追いも始まります。泣き叫ぶ子どもと離れて慌てて離乳食を作るよりも、市販のものをサッと出してあげたほうが双方にとって幸せだと思うんです。子どもが食べたい時は「今」なので「今」の欲求を満たしてあげることができます。

しかし、日本に帰国し再び外来に戻ったのですが、いまだにお母さんたちは手作り離乳食で消耗していました。私が医師になってから10年以上も何も変わっていないのです。これはなんとかしないといけないと思いました。でも、「手作りはしなくていいんですよ」とお母さんたちにお話ししても、なかなか受け入れてもらえません。また、小児科の外来は混雑しているので、お母さんたちに時間をかけて市販の離乳食のメリットを順序立ててしっかりと伝えることはできませんでした。なので、本を出して多くの人に情報を届けて、胸を張って離乳食づくりから解放できるようにしてあげたいと思ったんです。

―― 日本のお母さんたちが「離乳食は手作りで」と思ってしまうのは、手料理は市販のものより健康に良いという固定観念があるからだと思うのですが……。

工藤:離乳食に関しては市販のほうが安心だと考えています。日本の一般のスーパーなどで売られている野菜や果物は、海外のものに比べて見た目がとてもきれいですよね。虫もついていない。これは、農薬が使われているからです。しかも、その農薬はどのくらい使われているのかはわからない。一方で、日本製の市販の離乳食は、日本ベビーフード協議会の厳しい審査基準をクリアしたものです。野菜や果物の残留農薬も厳しく審査されて合格したものが使われているんです。メーカーによっては放射線検査をしているところもあります。

作られている環境についても、家庭の台所で離乳食の工場ほどの衛生的な環境を実現しようとするのは至難の業です。特にレバーやなま肉は新鮮なものを使っても、サルモネラ菌やカンピロバクターなどの菌がついています。素人が衛生管理をするのは難しいのです。


また手作りだと意外と固定メニューになってしまい、いろいろな食材を食べられないこともありますが、市販の離乳食だとバリエーションも豊富にあり、内容も栄養士の方が考えていますので栄養のバランスも問題ありません。

―― なんとなく、「外食は味付けが濃い」というイメージが強くて、「手作りで塩分控えめにしないと」と考えてしまうお母さんも多そうですね。

工藤:それが、実は手作りの離乳食のほうが塩分を入れすぎてしまいがちなんです。1日3回離乳食を食べる赤ちゃんにとって、使ってよい塩分の量は1回0.5g以下、すなわち耳かき1杯分くらいです。それだけ少量の塩分をはかって入れるのは大変ですよね。しかし、市販の離乳食なら、厳しい塩分の基準を満たしているので安心です。

―― 離乳食は、月齢によって硬さや食材、分量なども詳しい決まりがあって、ややこしいなあと思います。確かに市販の離乳食なら、月齢表示に従って与えればいいから楽ですよね。

工藤:そうですね。ただ、一点だけ注意してもらいたいことがあります。それは赤ちゃんの鉄分不足です。実は赤ちゃんは生後6ヵ月で体に蓄えていた鉄分をほぼ使い切ってしまいます。それで、6ヵ月から1歳までの赤ちゃんは1日に鉄を5mgは摂取したほうがよいとされています。この時期に鉄不足が長く続くと、学童期になってから学習能力が低くなったり、運動能力の伸びが悪くなったりするという報告もあるので、今、一見問題がなさそうでも意識して鉄分を摂取した方が良いでしょう。

しかし、日本の市販の離乳食で鉄分を含むレバーやマグロ、カツオなどを使ったものは「9ヵ月から」と表示されています。これは厚生労働省の『授乳・離乳の支援ガイド』に「生後9ヵ月以降は鉄が不足しやすい」と書かれているからです。なぜ9ヵ月以降になっているのかは、私はよくわからないのですが、先進諸国の中でも「9ヵ月以降」となっているのは日本だけです。しかし、鉄不足は生後6ヵ月から始まることがわかっているので、「9ヵ月以降」と表示されているものでも積極的にあげてほしいです。

現在、鉄分の含まれる食材は生後6ヵ月から与えられるように、日本の離乳食の指針を変えようとする動きもあります。おそらく近い将来には変わると思うのですが、それまでは鉄分に関しては月齢表記を気にせずあげてほしいです。

―― 最後に読者に対してメッセージをお願いします

工藤:離乳食をどうしても手作りしたい、手作りすると幸せなら、もちろん作ることは全く否定しません。ただ、つらいと思う人に、手作りを強要してはいけないと思っています。手作りでないと罪悪感をおぼえるのなら、「離乳食時期の、ごく限られた期間だけ」と割り切ってみてはいかがでしょうか。離乳食の時期は、寝ているだけの赤ちゃんから歩き出す子どもに変わっていく、人生で最も変化が大きい時期です。どうかこの時期の一日一日の変化を楽しみながら過ごしてほしいのです。離乳食を作らないのは、子供と過ごす時間を確保したいから、栄養に配慮したいから、と胸を張って言えるママたち、パパたち、そしてそれを後押しする祖父母世代がもっと増えていくと良いと願っています。



■離乳食を積極的に買えば、もっと利用しやすくなるはず


……いやはや、本当に気持ちが楽になった。
市販の離乳食のメリットや、あげ方のポイントなどについては、本書に詳しく書いてあるので、気になる方はぜひ本を手に取ってほしい。

私たちはそもそも親や家庭科の授業、自治体や医療機関、保育園などさまざまなところから「手料理こそ至上のもの」と教え込まれてきており、市販のものを買って食べることに根強い抵抗感がある。しかし、「市販のほうがかえって子どもにとってもよいこともある」という意識改革をしたほうがよさそうだ。

ただ、母親自身がいくら意識を変えようとしても、周囲の環境がそれを許してくれないと思うことがちらほらある。たとえば、我が家の近所では、子育て世帯の流入が激しい地域なのにもかかわらず、ドラッグストアのベビーフードの棚がどんどん縮小されている。そして介護やペットの棚のほうが広がっているのだ。

また、我が家では外出時には市販の離乳食を持っていくのだが、瓶詰のものは重いうえその場で捨てられないことも多いし、真空パックのものはお皿をもっていかないとダメなのでかさばる。しかし、工藤先生によると、海外では、ゼリー飲料のように、真空パックに吸い口がついているパッケージの離乳食が売られているのだそうだ。これだと、外出時に器を持ち歩かなくても、吸い口から離乳食をスプーンに直接出してあげられるので便利だし、残してもふたを閉めて持ち帰れば雑菌の繁殖を最小限に防ぐことができるため、帰宅して冷蔵庫に保存すれば、次の食事のときに残りをあげることもできる。こういったパッケージで売られていないというのも、いまいち親にはやさしくない設計だと思う。

幸い、日本ベビーフード協議会のデータを見ると、市販の離乳食は消費がおおむね増加傾向にある。買う人が増えれば売り場も増えるし、生の声をメーカーに寄せれば使い勝手もよくなるかもしれない。
そういう意味でも、離乳食は買った方が私たちは幸せになれるのではないだろうか。

今井 明子
編集者&ライター、気象予報士。京都大学農学部卒。得意分野は、気象(地球科学)、生物、医療、教育、母親を取り巻く社会問題。気象予報士の資格を生かし、母親向けお天気教室の講師や地域向け防災講師も務める。