「モテる男なんて苦労するだけ」
「結婚するなら誠実な男が一番」

早々に結婚を決めた女友達が、口を揃えて言うセリフ。

だが本当にそうなのだろうか。ときめきのない男と結婚して、幸せなのだろうか。

そう疑問を呈するのは、村上摩季・27歳。

モテ男にはモテるなりの理由がある。男としての魅力があるからモテるのだ。そういう男に愛されたいと願うのは、女として当たり前ではないか。

これは、痛い目にあいながらもなお「モテ男と結婚したい」と願う摩季の、リアルな婚活奮闘記である。




モテる男が好きだ。昔からそうだった。

小学生の時は、勉強もスポーツも万能の優等生に。中学時代は、ちょっぴりヤンチャな人気者に恋をした。

都内の女子校に進学してからも、電車ですれ違う美男子にキャーキャー言ったり、学園祭で一目惚れしたイケメンに自ら連絡先を渡すなど相変わらず。

女子大生になると面食いは少しマシになったが、好きになったのはインカレサークルで出会った生粋の慶應ボーイ。一朝一夕には養えない品と自信が漂っており、こんな人の彼女になりたいと願った。

“身の程知らず”と思われるだろう。だが持ち前の愛嬌と行動力で、意外にも勝率は高かった。

ただ、モテ男との恋愛を繰り返してきた結果…現在、私は27歳。独身・彼氏なし。

友人の3分の1はすでに結婚しており、残り3分の1にも彼氏がいる。そしてそのまた残り3分の1が私のような女という状態。

リアルに迫る、“結婚”の二文字。今度こそ地に足のついた恋愛を…そう誓っていた、はずだったのに…。



出勤途中の山手線。不意に差し込んだ日差しが眩しくて、思わず瞳を閉じた。

ー相原勇輝。

あの日から私は、気づけば彼のことばかり考えている。

溢れた吐息も妙に熱っぽい。こんな風に甘美に広がる感情の正体が何であるか…この歳にもなればもう、分析するまでもなかった。

認めたら最後だと知っているから言葉にはしない。

だが心の中でそんな葛藤をしていること自体が、もはや何よりの証拠なのだ。


モテ男にばかり恋してしまう摩季。心奪われた相原勇輝とは、どんな男なのか


事の発端は先週末のこと。

同じIT企業に勤める同期・橋本玲奈に誘われ、私はとあるバーベキューに参加した。

週末、豊洲『ワイルドマジック』に集まった男女はざっと20人。その会を仕切り、幹事を担当していたのが、玲奈と、彼女と同じ有名私大の同級生・相原勇輝だった。

手前味噌になるが、私たちが勤めるIT企業は美人揃いで名高い。

言ってしまえば、大手総合商社に勤める勇輝がハイスペ男を、玲奈が美女を集め、イケてる男女で楽しくやりましょうという会だった。

実際、参加メンバーは男女ともにハイレベルだったと思う。

とはいえ私の記憶は相原勇輝と交わしたやりとりでメモリいっぱいとなり、他は殆ど覚えていないのだが…。


モテる男は、ずるい。


「ね、相原くん。LINE交換しよう♡」
「あ、私も交換したい!」

乾杯とともに会がスタートし、ひとしきり社交辞令も済んだ頃。斜め後方から聞こえた声に、私は「しまった」と振り返った。

急いで彼の姿を探す。すると目ざとい女たちが、さっそく相原勇輝を取り囲んでいた。

モテ男センサーなら、出会った瞬間に働いていた。取り立てて美男子という訳ではないが、相原勇輝には人を惹きつける華があった。集まった女性陣がチラチラと彼を盗み見る視線にも、もちろん気がついていた。

「相原くん素敵」

隣にいた玲奈にも、すぐにそう宣言した。クールな彼女は「ああ、好きそう」と棒読みで返事をしただけだったが。

ところが会が始まると、私は無駄に長女気質を発揮し、肉焼きおばさんと化してしまっていた。そのせいで出遅れてしまい、気がつけば完全に蚊帳の外。

−私としたことが、痛恨のミス。

しかも額に脂を滲ませている私とは対照的に、火の元に近寄りもしない女たちは皆、涼しい表情のまま完璧な装いを保っている。そこに突入するほどの図々しさは、さすがの私にもなかった。

ひとまずここは諦めるしかない。そう思い、再び調理係に徹しようとしたその時。奇跡が起きた。

「ごめん、俺代わるよ。摩季ちゃん全然食べてないでしょ」

皆の輪の中にいたはずの相原勇輝が、私の肩をポンと叩いたのだ。

「え…あ、ありがとう」

目を丸くする私に向けられた、彼の柔らかな笑顔が頭から離れない。まるで、キラキラ輝く粉が舞っているように見えた。

−ああ、ずるいなぁ。

そう、モテる男ってやつは本当にずるい。

誰にも興味なさそうにしている癖に、ちゃんと名前を覚えていてくれたり。周りなんか気にしていない様子で、実はちゃんと気を配っていたりする。

そしてここぞのタイミングで不意打ちの優しさを見せ、女心をごっそり持っていくのだ。


完全に心を持っていかれた摩季。しかし明らかになる、相原勇輝の女性関係…


相原勇輝の女性関係


「ねぇ、相原くんって彼女いるのかな」

帰り道、私は浮かれる心を抑えきれず玲奈に尋ねた。

彼女と私は二人とも恵比寿で一人暮らしをしている。クール系美女の玲奈とミーハーな私は、男の趣味も何もかも正反対。しかし家が近所という共通点があったおかげで、同期で1番の仲良しになれた。

「どうだろう?いないと思うけど…」
「そうなんだ!」

しかし食い気味にはしゃいだ声を出す私に、玲奈が慌てて付け加える。

「違う。待って。特定の彼女はいない、って意味よ」

冷ややかな彼女の言葉に、私は「ああ…」と思わず低い声を出す。

いや、まあ、冷静に考えてそうだろう。

私が惹かれるような男に、女がいないわけがない。そんなことは最初からわかっていた。

しかし“特定の彼女はいないが遊ぶ女はいる”というのは…果して“彼女がいる”より好条件なのだろうか、悪条件なのだろうか。

得意のポジティブシンキングで“彼女がいるよりマシ”だと思い込もうとしたが、さすがに根拠がなさすぎて失敗に終わった。

けれど−。

『摩季ちゃん、待って。忘れてた』

帰り際に、相原勇輝はわざわざ私を追いかけてきたのだ。そしてLINEを交換しようと言われた。

『OK。また連絡する』

さらりとそう言い、笑顔を残して彼は去った。

あれはただの社交辞令だったのだろうか。でもそれなら、わざわざ追いかけてきたりするだろうか?それとも、たくさんいる女の一人として会おうって意味だったのか…?

「ね、相原くんから、連絡するって言われたんだけど、会わない方がいいと思う?」

そんなこと、玲奈に聞いても仕方がない。わかっていながら、意味のない質問が口をついて出た。どうやら私は動揺しているらしい。

「いや…どうかな。まぁ摩季が私の同期だってことは相原も知ってるんだし、さすがに変なことはしないと思うよ。彼はモテるけど、酷い男ってわけじゃないから」

言葉を選んで答えてくれる玲奈。クールで冷たい印象を持たれがちだが、実は優しい女性なのだ。

「そうだよね。まあまだ誘われたわけでもないし。連絡なんてこないかもっていうか、多分こない。心配するだけ無駄だわ!」

柄にもなくウジウジとしてしまった自分が情けなくて、自虐を交えて笑い飛ばす。

しかし実は私には、直感ともいうべき確信があった。彼はきっと連絡をくれる。私たちは必ず、特別な関係になれると。

気のせいだって笑われてもいい。けれどふたりの目と目が合ったあの瞬間、私は確かに心が触れ合うような手応えを感じたのだ。

村上摩季・27歳。

次に恋をする時は、もうモテ男は選ばない。そう自分に言い聞かせていた。先に結婚した女子大時代の友人たちがこぞって勧めてくるような、結婚向きの男を探すつもりだった。

けれど、やっぱり無理。

結局私は、爽やかで笑顔が可愛くて、女心がわかってて、ずるくて、でも優しい男に恋することをやめられないのだ。

それならば、そういう男に選ばれる女になるしかない。

…そしてそのチャンスは、思うよりも早く訪れた。

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思うより早く、モテ男・相原勇輝から連絡が。しかしいきなり壁にぶち当たる。