会談する文大統領とトランプ大統領(The White House Flickerより)

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文/鈴置高史

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領が大恥をかいた。重要行事を放り出して米国まで行ったのに、トランプ大統領から「北朝鮮への制裁は緩和しない」と言い渡されてしまったのだ。

異例の「夫婦同伴の首脳会談」

 4月11日にワシントンで開かれた米韓首脳会談は異例づくめだった。通常は首脳だけで膝を突き合わせる「首脳の単独会談」に何と、両国のファーストレディも参加したからだ。

 文在寅政権に批判的な保守系紙の朝鮮日報は会談当日に掲載した社説「『夫婦同伴の韓米首脳会談』だなんて」(4月11日、韓国語版)で以下のように疑念を表した。

●(韓国)大統領府は首脳会談が2時間以上にわたり「単独会談」→「スタッフが同席しての小規模の会談」→「昼食兼拡大会談」の順で開かれると発表した。

会談する文大統領とトランプ大統領(The White House Flickerより)

●ところがこの単独会談に双方の夫人が同席するという。1日3泊の実務訪問に大統領夫人が同行するのも異例だが、首脳会談を夫婦同伴でするのもほぼ前例がない。

●通訳の時間を除けば事実上、挨拶を一言交わせば終わってしまう短い時間であり、実質的な単独会談はないも同然だ。「スタッフが同席しての小規模の会談」がそれなりの議論の機会にも見えるが、それだってすぐに昼食会に移ってしまう。

●韓米首脳が同席者なしで北朝鮮の核、韓米同盟など重要な案件に関し深い会話を交わす時間は実質的にない。この形式は米国側が提案したという。

文在寅の要求を全て拒否

 実際、4月11日の米韓首脳会談は朝鮮日報が危惧したように首脳が膝を突き合わせて話し合う機会はなかった。両大統領と記者とのやりとりに時間が使われ、「夫婦同伴の首脳会談」でさえ2分間に終わったと韓国各紙は報じた。それどころか会談自体が、記者団を前に文在寅大統領の要求をトランプ大統領がことごとく打ち砕いて見せる場となった。

“お出迎え”に米儀仗隊が掲げた太極旗が、「色褪せている」と話題に…(青瓦台Facebookより)

 大統領執務室での首脳会談の冒頭、韓国が望んでいる北朝鮮への制裁緩和について記者が聞くと、トランプ大統領は「制裁を続ける。それを強化する選択肢だってある。今の水準が適切と思うが」と答えた。

「文大統領が言う『小さな取引』に応じる気はないか」との問いには「いろいろな『小さな取引』もあり得る。一歩一歩、部分的に解決もし得る。だが、現時点では(完全な非核化を求める)『大きな取引』を話し合っている。それにより(北朝鮮の)核を取り除かねばならない」と真っ向から否定した。

 さらに第3回米朝首脳会談について「可能性はある。ステップ・バイ・ステップでね。すぐに始まりはしない。私がそうなると言及したことはない」「私はずうっと言ってきたが、早めれば良い取引にはならない」と急がない姿勢も明確にした。

 これに先立ち、文在寅大統領が記者団に「対話の機運を維持し、第3回朝米首脳会談が近く開かれるとの見通しを国際社会に示すことが重要だ」と語ったのを、またもや明確に否定したのだ。

 一連のやり取りはホワイトハウスの「Remarks by President Trump and President Moon Jae-in of the Republic of Korea Before Bilateral Meeting」(4月11日)で読める。

一方的な説教の場に

 同盟国のトップを呼びつけておいて、万座の中でこれほど徹底的にその意向を否定して恥をかかせるのも珍しい。

「首脳だけで顔合わせする時間はなし」という異例の設定も、文在寅の話などに耳を傾けず、トランプ大統領が一方的に説教する構図を世界に見せつけるのが目的だったのだろう。

 なお、4月11日は文在寅政権が肝入りで開く大韓民国臨時政府の発足100年記念式典の当日だった。ワシントンに向かった文在寅大統領は参加できず、代わりに李洛淵(イ・ナギョン)首相が出席した。

 米韓首脳会談の開催をどちらの国が言い出したかは不明だが、この記念式典から勘案すると、4月11日という設定は米国が決めたのは確実だ。

 米国の政界は「文在寅政権は金正恩(キム・ジョンウン)政権の使い走りだ」と見なしている。2月27〜28日にハノイで開かれた米朝首脳会談で「非核化せずに制裁解除だけ狙う」北朝鮮の姿勢が確認できた。

 というのに3月1日、文在寅大統領が「開城工業団地と金剛山観光事業の再開」を言い出し、制裁の解除に動いたからだ(デイリー新潮「米国にケンカ売る文在寅、北朝鮮とは運命共同体で韓国が突き進む“地獄の一丁目”」[19年3月20日掲載]参照)。

韓国の尻を叩く北朝鮮

 北朝鮮も韓国の尻を叩いた。3月15日、北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官は各国の外交官やメディアを集めた席で「韓国は米国の同盟国であるため『プレイヤー』であって『仲介者』ではない」と言い放った。

「米朝の仲介者」のイメージを演出することで国民の支持を集めてきた文在寅政権に対し、「仲介者」の称号を剥奪すると脅し、自分の側に引きつけようとしたのだ。効果はすぐに出た。

 4月4日、韓国外交部で北朝鮮の非核化問題を担当する李度勲(イ・ドフン)朝鮮半島平和交渉本部長がソウルで講演し「制裁では北朝鮮の核問題は根本的に解決できない」と語った。

 同じ席で、文正仁(ムン・ジョンイン)大統領統一外交安保特別補佐官も「(北朝鮮がすでに廃棄したと主張する)核施設への査察を認めれば米国も制裁緩和など相応の措置が可能だ」と述べ、開城工業団地の再開などを米国に要求した。

 いずれの発言も、米国に対し「制裁を緩和せよ」と要求する一方、その姿勢を北朝鮮に見てほしいという文在寅政権の願いがこもっていたのだろう。

 北朝鮮も援護射撃に出た。4月10日、金正恩委員長は党中央委員会総会に出席し「自力更生の旗を高く掲げて社会主義建設を粘り強く前進させる」「制裁で我々を屈服させられると誤断している敵対勢力に深刻な打撃を与えるべきだ」と述べた。
 もちろんトランプ政権はこんな小細工に動じなかった。それどころか北朝鮮を忖度して動く韓国にお仕置きをしてみせたのだ。

「トランプも共感」と強弁

 金正恩委員長の顔色を常に窺う文在寅大統領も、トランプ大統領に面と向かって「制裁を緩和してくれ」と言い出す勇気はなかったのだろう。

 米国は韓国が裏切るたびに「通貨」を使って韓国に警告を発してきた(拙著『米韓同盟消滅』[新潮新書]第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。

 ことに今、韓国の貿易収支が悪化し、通貨危機に陥りやすくなっている(デイリー新潮「韓国、輸出急減で通貨危機の足音 日米に見放されたらジ・エンド?」[19年2月1日掲載]参照)。

 赤っ恥をかかされた文在寅大統領はどうするのか――。とりあえずは「韓米首脳会談は成功だった」と言い張るつもりだろう。

 左派系紙で政府に近いハンギョレはこの会談を報じた記事の見出しを「韓米首脳、第3回朝米会談に共感帯…トランプ『引き続き対話するのが望ましい』」(4月12日、韓国語版)と付けた。

 読者をミス・リードする見出しである。確かに、次の米朝首脳会談の開催に関しトランプ大統領は否定していない。だが、はっきりと「急げば失敗する」と言っているのだ。

弾劾も視野に左右対立が激化

 どうせ保守派は「赤っ恥をかいた文在寅」と大笑いする。だったらせめて、支持してくれる左派からの称賛は得ておこうとの計算だろう。左派はハンギョレなど左派系紙しか読まないのだ。

 会談後、青瓦台(大統領府)高官は韓国メディアに「文大統領はトランプ大統領に南北首脳会談の開催方針を伝え、肯定的な返事を得た」と明かした。これも「米韓首脳会談がうまくいった」とのイメージ作りだ。

 今回の首脳会談を材料に保守勢力が文在寅政権批判を強めるのは間違いない。そもそも政策の失敗により韓国経済は苦境に陥っている(デイリー新潮「文在寅の“ピンボケ政策”で苦しむ韓国経済、米韓関係も破綻で着々と近づく破滅の日」[19年4月5日掲載]参照)。

 ここで政権を責め立てれば、2020年の国会議員選挙で保守派が圧勝できる。保守の中には「もし3分の2の議席を確保すれば、文在寅弾劾も夢ではない」と語る人もいる。韓国の次の注目点は、国をも滅ぼす激しい左右対立である。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『米韓同盟消滅』(新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

週刊新潮WEB取材班

2019年4月12日 掲載