シネコン大手のTOHOシネマズは、6月から、映画鑑賞料金を1900円に100円値上げする。日本の映画館産業では26年ぶりとなる大変更だ。ライター/リサーチャーの松谷創一郎氏は「映画館に行かない『ライト層』の足がさらに遠のく可能性がある。アメリカのように曜日や時間で料金を変えることも考えられたのではないか」と指摘する――。
6月に映画料金を値上げするTOHOシネマズの「TOHOシネマズ日比谷」=東京都中央区[同社提供]、2014年3月16日(写真=時事通信フォト)

■1993年以来「26年ぶり」の窓口料金値上げ

3月18日、TOHOシネマズは映画鑑賞料金を6月から1900円(一般)に改定すると発表した。加えて、レディースデーなどの割引料金も100円値上げする。

イオンシネマに次ぐシネコン大手のTOHOシネマズは、なぜこのタイミングで値上げをしたのか。その理由を同社は「人件費や設備投資など運営コストの増大のため」としている。恐らく秋に予定されている2%の消費増税も関係しているのだろう。

だがより俯瞰してみれば、その背景には映画状況の大きな変化が見えてくる。

今回の価格改定は「窓口料金」、つまり映画鑑賞の基本料金の値上げとなる。2014年の消費増税時に割引料金が引き上げられたことはあったが、窓口料金の値上げは1993年以来26年ぶりのこと。業界的には久しぶりの大きな変化だと言える。

歴史的には、60年代前半にテレビの浸透などもあって産業の斜陽化が急激に進んだ。大映など映画会社の倒産なども生じた70年代に入ると、映画館は頻繁に値上げを繰り返す。日本が高度経済成長期を終えオイルショックを迎える直前頃からだ。

1972年には427円だった窓口料金は、10年後の1981年には1465円にまで上がる(図表1参照)。この間、映画人口は1億8739万人から1億4945万人と減少している(図表2参照)。つまり、映画人口の減少による売上の低下を、単価の引き上げによってカバーしようとしたのである(この間、89年の消費税導入まで続いた入場税の段階的な引き下げや免税措置もあった)。

■「窓口料金」と「平均料金」の差が広がった

今回の窓口料金の改定が26年ぶりとなったのは、80年代までに上げすぎたことに起因する。この間、消費税導入や税率のアップもあったにもかかわらず、窓口料金にさほど手を加えてこなかったのはそのためだ。

(図表1)映画入場料金の推移(画像=松谷創一郎)

そこでは、もうひとつ見えてくることがある。窓口料金と平均料金(※入場料金の平均)に差が生じていることだ。1972年は窓口料金427円に対し、平均料金は411円とそれほど差がない。しかし、1981年には、両者はそれぞれ1465円と1093円となり372円も差が生じる。昨年も、それぞれ1800円と1315円とその差は広がっている。

この要因は、映画館が入場料金に弾力性を持たせたためだ。学生・児童割引はむかしから存在したが、前売り券やレディースデーなどがこの間に浸透していった。加えて1981年12月1日からは半額デー、いわゆる「映画の日」割引も始まった。当初は年3〜4回だったが、現在では毎月1日行われている(こうした入場料金の推移にかんしては、斉藤守彦『映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?』に詳しい)。

■21世紀に「復活」した映画産業

窓口料金の値上げと入場料金の弾力性によって売上を確保してきた映画界だったが、このことが映画館のハードルを上げてしまう。その結果生じたのは、バブル崩壊直後の90年代中期のさらなる低迷だ。1993年には映画館数が戦後最低となり、1996年には映画人口も日本の人口を下回った。

だが、21世紀に入り、映画産業はまさかの復活を遂げた。その要因はいまでは当たり前となったシネマコンプレックスの浸透や、テレビ局や出版社のより積極的な製作参加があった。加えて、98年に消費増税(3%→5%)があったにもかかわらず入場料金を据え置いたこともその一因だろう。

(図表2)1955年〜2017年における映画入場者数と興行収入の推移(画像=松谷創一郎)

■映画ファンは割引を活用して安く観ている

とはいえ、窓口料金がひとびとにとって映画館のハードルを高く感じさせてきた状況は、いまも続いている。

公益財団法人・日本生産性本部による『レジャー白書』では、2018年の映画の「参加人口」は3420万人にすぎない。日本の人口のうち約9000万人は年に一度も映画館に足を運んでいないことになる。一方、総入場者数は1億6921万人となっており(日本映画製作者連盟「日本映画産業統計」)、『レジャー白書』を用いて単純計算すれば、映画参加人口ひとりあたり平均5回弱も足を運んでいることになる。

このことから見えてくるのは、熱心な映画ファンであるコア層と、年に一回映画館に行くかどうかのライト層とのギャップだ。

窓口料金が値上げされても、コア層は割引を活用して安く観る手法を知っている。一方、ライト層は今回の値上げで映画館をより敷居が高いものと感じてしまう恐れがある。それでも年に1回来るか来ないかのライト層は、100円高くなっても頻度はさほど変わらないとTOHOシネマズは見ているのだろう。

2011年、TOHOシネマズは地方の複数館において、入場料金を期間限定で一律1500円にする実験をおこなっている。結果、一律料金にした映画館の入場者数は、全国平均と比べて約5%低下した。以上のマーケティング調査も踏まえて、現行の料金体系には大きく手を加えない判断をしたと考えられる(ただし、個人的にはこの調査方法には疑問を感じる。1500円という料金設定が中途半端で、かつ時期的にも東日本大震災直後に始まったからだ)。

■先進国では入場者数が頭打ちの傾向にある

日本では21世紀に入ってから映画人口は復活し、過去5年間を見ても1億6000万〜1億8000万人と、堅調に推移している。なかでも3年前の2016年には、『君の名は。』の大ヒットがあり21世紀になってはじめて1億8000万人台に到達し、興行収入も過去最高の2351億円となった。他のエンタテインメント産業が軒並み右肩下がりにあるなか、映画だけは不景気とは言えない。

だが、こうした映画(館)産業の見通しはかならずしも明るいとは言えない。

21世紀以降、中国をはじめとする新興国もあって世界の映画産業は成長し続けてきたが、先進国では入場者数が頭打ちの傾向にある。

たとえば北米(アメリカとカナダ)では、16億人だった2002年をピークに、ここ数年は13億人前後で推移している。その一方で興行収入は右肩上がりの傾向にあるが、これは物価および入場料金の上昇によるものだ。平均入場料金は、01年は5.65ドルだったが昨年は9.15ドル(約1000円)と、1.6倍になっている。00年代後半の3D映画、10年代中期以降の4D映画と、映画館は体感・体験的志向を強めたサービスを提供することで独自性を強めるのと同時に売上も上げてきたからだ。

(図表3)北米(アメリカとカナダ)の映画入場者数と興行収入の推移(画像=松谷創一郎)

■動画配信サービスが最大のライバルになった

そんな映画館にとってもっとも大きなライバルとなっているのは、動画配信サービスだ。具体的には、NetflixやAmazonプライム・ビデオなどである。それ以前にもレンタルビデオは存在したが、動画配信サービスがそれよりもずっと存在感を見せているのには理由がある。映画の持つふたつの側面において、映画と同等の価値を持つからだ。

ひとつは、技術的な側面だ。テレビの登場によって世界的に映画は斜陽化したが、それでも消滅はしなかった。映像技術において、より具体的には映像の解像度において、テレビよりも明確なアドバンテージがあったからだ。映画館のフィルムとテレビのブラウン管の映像では、明らかに映画のほうが鮮明だった。

しかし、00年代中期以降のBlu-rayディスクの浸透や、日本では2011年から完全移行したフルHD(1080p)放送によって、テレビも映画館と遜色ない解像度となった。さらにその後、フルHDの16倍の解像度である4K映像に対応したテレビも浸透しつつある。もはや「高解像度の映像作品」を観る場は、映画館だけではなくなった。

■「多額の製作費」は映画の専売特許ではなくなった

もうひとつは、経済的な側面だ。これは製作側にとっての事情が主だ。ハリウッドをはじめとして、映画は多額の予算をかけて映像作品を製作できる。日本映画でも大規模公開作では数億円の予算が投入される。それを可能としているのは、観客が直接お金を支払う映画館の制度だ。これは、広告から製作費を捻出する民放テレビや、流通のハードルを抱えるセルビデオ(Vシネマなど)では不可能だった。

しかし動画配信サービスは、この点をクリアした。全世界のユーザーから定額で料金を徴収することで、多額の製作費を投入することが可能になった。韓国を代表する映画監督であるポン・ジュノの『オクジャ/okja』はNetflixで独占公開されたが、その予算は5000万ドル(約55億円)だと言われる。ハリウッドでは中規模程度の予算だが、韓国や日本では不可能な額だ。

グローバル展開するNetflixは、全世界で約1億4000万人の会員を抱え、年間収入は約170億ドル(1兆8900億円)にのぼると見られる(2019年3月現在)。これはカナダも含む北米の総映画興行収入119億ドル(2018年)をはるかに凌駕する。この潤沢な予算によって、今年は製作・権利獲得に130億ドル(約1兆4500億円)の年間予算を投じるとも報じられている。「多額の製作費を投じた映像作品」は、もはや映画の専売特許ではなくなったのである。

このようにして、従来の映画(館)は技術的・経済的両面で相対化された。さらに今年は、ディズニープラスとApple TV+が参入を発表し、より動画配信サービスが浸透するのは間違いない。映画史的に見ても、実はかなり大きな変化が現在生じつつある。

■世界的に大ヒットする「体感/体験する」映画

こうした状況において、映画館と動画配信サービスにおいて明確な差異があるとすれば、その物理性だ。具体的には、暗い場所で、見知らぬひととともに、大きなスクリーンかつ大音量で映像を観る映画館の空間性だ。ここ10年ほどは、そうした映画館の特性を使った、観客の体感/体験を強める映画が世界的に大ヒットする傾向が際立っている。

たとえば『アバター』(2009年)などの3D映画や、『ジュラシック・ワールド』(2015年)などの4DX映画、あるいは『レ・ミゼラブル』(2012年)や『アナと雪の女王』(2013年)などのミュージカル映画、そして『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年)のように音楽を題材した映画などがそうだ。また、日本では観客が上映中にスクリーンに向かって能動的なスタイルをとる「応援上映」や、通常よりも大きな音量の上映をする「爆音上映」など、独特の状況も見られる。

■観客の目的は「鑑賞」だけではない

これらの大ヒットは、けっして偶然ではないだろう。観客の体感や体験を深めるアプローチは、いまや映画館に残された最後のアイデンティティとなっているからだ。逆に考えれば、ストーリー重視で映像的にスタティックなタイプの作品は、映画館で公開せずとも動画配信で十分だという観客の感覚が浸透しつつあるとも言えるだろう。昨年Netflixで公開され、アカデミー作品賞にもノミネートされた全編モノクロの『ROMA/ローマ』は、まさにそういうタイプの作品だ。

TOHOシネマズの料金値上げも、動画配信サービスによる映画館の相対化がその遠因だと捉えていいだろう。いまや映画館に赴く観客の目的は、静かに席に座って「映画を鑑賞する」ことだけではない。「映画館を体感/体験する」ことの比重が日に日に増している。

それにともない、いかにサービスを拡充していくかが今後の映画館にとっては大きな課題となる。新しい映像や音響システムの導入はもとより、フードの充実や劇場イベント等、空間としての映画館の可能性を多角的に探求することが今後はより求められる。TOHOシネマズは、そうした未来も想定して今回値上げを断行するのだろう。

■「1900円」は消極的な策ではないか

しかし、この1900円という窓口料金設定が本当に妥当かどうか再考する余地はあるだろう。前述したように、年に一度も映画館に足を運ばないライト層にとっては、映画館は1900円という決して安くない娯楽として認識される可能性があるからだ。

このときのヒントは、海外の料金体系にある。アメリカでは、曜日や時間帯によって料金設定が異なる。平日と週末、日中と夜では料金設定が異なるケースが多い。時間帯によって窓口料金に弾力性をもたせ、入場者数および売上(興行収入)を増加させることも考えられ得る。また、広い面積を要する映画館は地域によって地価やテナント料も大きく異なってくるので、所在地によって料金を変えることも十分に考えられる。

こうしたことを踏まえると、今回の窓口料金の改定は、個人的にはライト層の集客が期待できない消極的な策だと感じる。もっとほかにできることがあったはずだ。

----------

松谷 創一郎(まつたに・そういちろう)
ライター、リサーチャー
1974年、広島市出身。商業誌から社会学論文まで幅広く執筆。現在、武蔵大学非常勤講師、『Nらじ』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。著書に『ギャルと不思議ちゃん論』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)、『文化社会学の視座』(2008年)等。

----------

(ライター、リサーチャー 松谷 創一郎 写真=時事通信フォト)