金子浩子さんは食育イベントや、摂食障害について考えてもらうイベントを開催しています(写真:「リディラバジャーナル」編集部)

「ランチなんてもうできないと思っていました。誰かと一緒にご飯を食べることはとても勇気のいることだったんです」――。

誰しも生活のなかで避けてはとおれない食べるという行為。しかし、「普通に食べること」ができずランチや飲み会に足を運ぶことが躊躇われる。

そんな苦悩を抱えるのが「摂食障害」に苦しむ人々です。

カミングアウトすることへのためらい

大学時代から9年間摂食障害に向き合う金子浩子さん。金子さんは他人と一緒にごはんを食べることの難しさについて次のように語ります。

「人との付き合いには『食べる』という行為がつきものですが、ご飯がどうしても食べられなくて残していると、やっぱり他人の視線が気になってしまうんです。一方で過食のときには、無我夢中で食べてしまうので、変な目で見られているのではないかと感じていました」


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金子さんはこう続けます。

「摂食障害ということを相手に伝えたほうが気持ちは楽なのですが、病気のことを伝えると下手に偏見を持たれてしまうことや、過度に気を遣わせてしまうこともあり、カミングアウトするにも勇気がいるんです」

そんな摂食障害に苦しむ人たちを周囲の人はどう支えることができるのか。

日本摂食障害協会・副理事長で内科・心療内科医の鈴木裕也(ゆたか)さんは、摂食障害患者への対応について次のように語ります。

「『食べないと駄目だよ』とお説教をしてはいけません。そうすると患者さんにとっては“敵”になってしまいます。摂食障害という病気を知らない、自覚がない人に対しては、まずは摂食障害という病気があること、それは心の病気であること、治療を受けることが必要ということをやんわりと教えてあげるんです。それから、医者ではなくても聞き上手な人であれば患者さんの良きサポーターになりえます」

「どうして過食しちゃったのか」「またやってしまったのか」「食べないと元気になれないよ」――。

これらは、摂食障害当事者にかけてはいけない言葉だと鈴木さんは指摘します。

金子浩子さんは、摂食障害の予防啓発の講演会やイベントで「摂食障害の友人や娘に対してどう接したらいいのか。自分は何ができるのか」という問いに対して、「当事者に寄り添ってほしい」と話します。

「摂食障害になった原因は十人十色。こう接したらすぐ良くなるという答えはないような気がしています。一人ひとり求めていることは違うので、まずは決めつけないでほしい。そして、心の問題だからこそ、その人を認めてほしいと思います。

摂食障害は病気であって、その人そのものではありません。摂食障害に悩む当事者が、『食べても太ってもやせても私は受け入れてもらえる』と思えるような信頼関係を築くことが大切ではないでしょうか」

回復までには長い年月がかかってしまう

そもそも摂食障害に「完治」はありえるのでしょうか。

鈴木裕也さんは「現時点で誰もが認め、納得している完治の定義はありません」と言います。

「強いて言うならば、身体的、精神的、社会的に、年齢相当の人間に成長し、社会人として年齢相当の活動が出来ているかどうかだと思います」

日本摂食障害協会理事で、政策研究大学院大学教授の鈴木眞理さんは次のように述べます。

「過食嘔吐を覚えると、アルコール依存症と同じで『今日はしない』一日を積み重ねていくような回復のかたちが多いです。月経が戻るか戻らないくらいのやせの状態や、週に1回、辛い時だけ限定で過食嘔吐をするという改善が多いですが、私は症状が本人の生活に大きな支障をきたしていない程度であれば回復と考えて良いと思います」

摂食障害の完治についての定義は明確ではありませんが、それぞれの回復のかたちがあります。

そして、回復のためには年単位の時間がかかるため、長期的に支えてくれる人が欠かせません。

「例えば足を怪我したときに松葉杖をついていたら、周りの人は親切にしてくれますよね。だけど、心が傷ついても見た目に変化がないので誰もかまってくれません。他の人と同じようにできなければ、『何やってるんだ』と責められてしまう。そうではなくて、できるようになるまで一緒にサポートしてくれる人が必要なんです」(鈴木裕也さん)

鈴木さんは摂食障害の治療の際には必ず家族にも病院に来てもらい、一緒に治療に臨んでもらうといいます。

男性の摂食障害経験者である渋谷哲生さんの母親は、摂食障害の子どもを持つ親が参加する家族会に参加して、親子のコミュニケーションのあり方が大きく変わりました。

「母は僕のことを否定するのではなく、今僕ができることを応援しようというマインドに切り替えくれました。母親自身もひとりで悩んでいたので、家族会では同じような悩みを抱えている人と悩みを共有できただけでもすごく救われたと言っていました。一緒にいる時間が長い親やパートナーなどとの関係性は重要なので、家族会などで家族が悩みを吐き出して、心に余裕を持てることも大切だと思います」

摂食障害の治療においては家族が知識を持つこと、心にゆとりをもつことが大切です。そして、そのための家族のケアも重要なのです。

「病気」と「人」を分けて考えてほしい

摂食障害当事者である金子浩子さんは、「摂食障害という病気が“市民権”を持つようになってほしい」と語ります。

「摂食障害で苦しむ人を社会全体で支えて、向き合っていこうと思ってもらえたら嬉しいです。食事を少ししか食べられない人がいても、逆に食べ過ぎる人がいても、心の病気のせいという場合もあると知ってもらいたいです。

摂食障害は病気のひとつであって、意思だけで何とかできるものではありません。その人自身が悪いわけではないことを多くの人に知ってもらえたら、当事者も病気のことを話しやすくなるし、生きやすくなるのではないでしょうか」

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