2018年2月、政府が高齢者対策の指針である「高齢社会対策大綱」を決め、そのなかに「70歳を超えても公的年金の受給開始時期を選べる制度」の検討が盛り込まれた。年金の受給開始を遅らせるのが損か得か。

 ニュースキャスター辛坊治郎が、制度変更の結果、年金の持続可能性がどうなるかをわかりやすく解説する。

 年金制度って、重要なわりには基本的な構造が理解されていませんよね。その理由は、厚生労働省が年金の仕組みや現状が国民にバレるのを恐れているからなんじゃないかと思います。

 こう言うには理由があって、現在の年金制度の骨格が決まった2004年の年金制度大改正を受けて、私は『誰も書けなかった年金の真実』という本を出版したんです。そうしたら、いきなり厚生労働省に呼びつけられ、「こんな本を読んで、年金制度に不信感を持つ人が掛金を納めなかったりするんです。辛坊さんみたいな人が年金制度を破壊するんです」って怒られたんです。

 この本、今読み返しても、一点の誤りもない「名著」です。つまり厚生労働省は、年金について本当のことを言うと怒るんですね。だから厚生労働省の記者クラブに所属している記者は「大本営発表」しか伝えず、結果的に多くの国民にとって年金制度は「巨大なブラックボックス」になってるんです。

■70歳まで我慢すると42%年金月額アップ

 すでに、年金掛金を長年納めて年金受給権を獲得している人々が平均寿命まで生きた場合、いくらの支給総額になるかなんて簡単に計算できますよね。これがいわゆる国が抱える年金債務です。

 ところがこの額について聞かれると、厚生労働省は「日本の公的年金は積立制度じゃありませんから、『年金債務』という考え方自体存在しません」なんて答えます。私に言わせると「ふざけんな!」って話ですが、年金積立金は近年の株高で順調に運用されていて、ついに過去最大額の160兆円余りになっています。

 ところが国が負っている「年金債務」は、その10倍ほどの金額で、現在の積立金では3年ほどの支給しかできないんです。なんでこうなってしまったかというと、今の高齢者の現役時代に、老後の支給に必要な額の掛金を徴収してこなかったからです。

 そのしわ寄せは全部現役世代にのしかかっていて、近年現役世代が労使で負担する掛金の大半は、右から左に高齢者に渡されて消えています。

 今後、高齢者と現役世代の人口バランスが今のまま維持されれば何も問題はありませんが、実際には高齢者の比率がどんどん高くなることは疑いなく、そうすると、その比率の変動に合わせて支給額を減らさないと制度が崩壊してしまいます。

 年金支給額は「マクロ経済スライド」という、誰が聞いてもわからない言葉でひそかに毎年支給額を引き下げることが決まっています。現役世代が存在する限り、年金がまったくなくなることは理論的にありえませんが、30年後の年金額は相当惨めなものになりそうです。

 ちなみにこの制度ができた2004年に、「マクロ経済スライド」を「お先マックラ経済スライド」とテレビで言って、厚生労働省に激怒されました。さすがにここへきて厚生労働省も、今のままでは将来の年金支給額が相当減りそうだと認識しはじめ、あの手この手で制度防衛に乗り出しました。

 そのひとつが、支給開始年齢を遅らせることです。ちょっと前まで公的年金の支給開始年齢は60歳で、私はそれを目標に働いてきました。ところがたいした議論もなく、この年齢が65歳に引き上げられてしまいました。

 民間の保険会社がこんなことしたら絶対に詐欺で訴えられます。ところが、この策でも制度が持たないと知っている厚生労働省は、さらなる支給開始年齢引き上げを画策中なんです。

 現在65歳の受給開始年齢を自主的に繰り下げると、将来の年金月額は、ひと月受給を遅らせるごとに0.7%上がります。1年丸々遅らせると、0.7%×12カ月で、将来の年金月額は8.4%上昇します。

 70歳まで5年間年金受給を我慢すると、42%年金月額がアップするんです。これは損か得か? 話を単純化するために、年金が100万円(年額)だとします。受給開始を1年遅らせると失うのは100万円ですが、その代わり翌年以降、年額8万4000円増えます。失った100万円を取り戻すのに必要な年月は、100万円÷8万4000円で、およそ12年です。

 2年遅らせるとどうなるか? 当面失う額は200万円ですが、その代わり、もらいはじめた年から年間16万8000円受給額が増えます。元を取るために必要な年月は、200万円÷16万8000円で、これまたおよそ12年です。

■「富裕長命老人」を増やすだけ

 つまり、年金の受給開始を遅らせた場合、何歳から受給しても、その時点から約12年間生きると「トントン」になるってことです。増額された年金額はその後も維持されますから、受給開始から12年を超えて生きると、生涯の受給総額は受給開始を遅らせなかった場合より増えます。

 逆に受給開始から12年未満に死んでしまうと、総額は65歳受給開始のケースより下がります。極端な話、70歳受給開始を選んだのに69歳で死んでしまったら、年金額はゼロですからね。

 厚生労働省が今回の制度改革で狙っているのは、まさにこれです。年寄りになるほど人間は欲張りになりますし、自分の寿命についても楽観的になりますから、経済的にゆとりのある高齢者ほど、「長生きするとむっちゃ得」な年金受給の開始年齢繰り下げに踏み切ります。

 現行制度では70歳までしか繰り下げられませんが、たとえば「1カ月遅らせると0.7%受給額アップ」という制度のまま75歳受給開始を選べるようになると、年金月額は65歳受給開始に比べて84%も増えます。

 たとえば65歳で月額10万円の年金月額が、75歳以降死ぬまで18万4000円になるってことです。もちろん、75歳+12歳=87歳を超えて生きないと総額では損することになりますが、希望的観測にとらわれた裕福な高齢者は当然これを選ぶでしょう。

 男性の平均寿命は約80歳ですが、これはあくまでも新生児の寿命で、65歳での平均余命は男性で約19年あります。つまり、平均で84歳で死ぬってことです。この場合、75歳で年金受給を開始した男性の多くは、「損益分岐点」の87歳に到達しないうちに死にます。差額は国が丸儲けです。

 厚生労働省としては、「そうやって高齢者が年金をもらわずに死んでくれると助かる」「やがてみんなが受給開始年齢を遅らせる時代になったら、現在の65歳支給開始制度自体を見直す」ということなんですね。

 でもね、私はこれは「浅知恵」だと思います。そもそも、65歳以上で年金をもらわずに生活できる人って少数派ですから、70歳より後での受給開始を選ぶ人ってそんなにいないと思います。

 また、経済的余裕のある人は健康状態がよくて長命であると考えられますから、制度変更は結局、高額の年金を長期にわたって受給する「富裕長命老人」を増やすだけで、年金財政にとっても得になりません。

 さらに、近々ガンが薬で治る時代が来ると、平均寿命は一気に延びます。そんな時代に、年金受給額が「1.84倍」なんて老人を続々生み出したら、現役世代にとっては、それこそ「お先マックラ」でしかないでしょう。

 等々、今回の改革の方向性は、どの角度から見ても「アホ」としかいいようがありません。現役世代の皆さん、皆さんが考えているより、ずっと将来は暗いかもしれませんよ。

 以上、辛坊治郎氏の新刊『大マスコミが絶対書けない事 この本読んだらええねん! 』をもとに再構成しました。安倍政権から年金、少子化対策、北朝鮮・北方領土問題まで、大マスコミが報じない「真実」を正しく伝えます!

● 『大マスコミが絶対書けない事 この本読んだらええねん! 』詳細はこちら