個人の信用情報があらゆる場面で使われる日は来るのでしょうか(画像:CORA/PIXTA)

お金を借りることができるかできないか、借りる際の利息(利率)を決めるにとどまらず、就職や結婚、さらにはレストランの予約の可否にも影響するかもしれないのが「信用スコア」である。
さまざまなパーソナルデータをAIで分析して、個人の信用力を数値化する「信用スコア」は、個人にどのようなメリット・デメリットをもたらすのか。
『ITロードマップ 2019年版』を上梓した専門家が、中国で先行しているサービスが日本でも普及する可能性について、解説する。

昨今、世間をにぎわせ始めているサービスに「信用スコア」がある。

個人の信用力を数値化(スコアリング)して表す信用スコアが、例えば、リクルーティングや婚活サービスなどで活用される場合、信用スコアが高ければ次のようなメリット、デメリットが考えられる。

・リクルーティング・サービス → 就職に有利になる
・婚活サービス、マッチングアプリ → 結婚に有利になる

逆に信用スコアが低ければ、就職や結婚で不利になる、ということでもある。

また、信用スコアの活用によって、例えば、次のような犯罪、迷惑行為の予防効果も期待できるかもしれない。

・携帯電話会社によるスコア化 → 迷惑メール・オレオレ詐欺の撃退
・公共交通機関での振る舞いをスコア化 → 折り返し乗車、列への割り込みなどの不正・迷惑行為の防止
・サービスプロバイダーによるモニタリング → フェイクニュース、やらせ投稿などの抑止

中国の「芝麻信用(ジーマクレジット)」が先行

信用スコアとは、さまざまなパーソナルデータをAIで分析し、個人の信用力を数値化(スコアリング)することで可視化を図るサービスである。


消費者はその数値によって、融資を受ける際の貸付利率・契約極度額が優遇されたり、シェアリングサービス利用時のデポジット(保証金)が不要になったりするなど、各種の特典を得られる。

日本では、みずほ銀行とソフトバンクの合弁会社である「J.Score」による「AIスコア」がいち早くサービスを開始しているが、その本家といえるのが、2015年に始まり、中国で広く普及している「芝麻信用(ジーマクレジット)」だ。

芝麻信用は、アリババグループの関連企業アント・フィナンシャルサービスグループが提供するスマートフォン決済アプリ「支付宝(アリペイ)」に搭載されており、次の5つの観点で消費者1人ひとりに対する信用スコアを算出している。

(1)身分特質:学歴や職業・居住地域など
(2)履約能力:金融資産や不動産、自動車などの資産の保有状況
(3)信用歴史:クレジットカードや公共料金の支払いなどの一般的なクレジット履歴
(4)人脈関係:SNS上の交友関係、友達の数・質(友達のスコア)など
(5)行為偏好:アカウントのアクティブ度合、アリババでの購買頻度など

買い物で上がり、支払い遅延で下がる

スコアを上げるためには、アリペイを使って頻繁に買い物をしたり、クレジットカードや光熱水費などの支払いを滞りなく行ったり、スコアの高い友人が多くいることなどが必要となる。

反対に、支払いが遅延したり、レンタカーやシェアサイクルの返却期限を守らないといった信用に欠ける行動をとったりすれば、スコアは下がる。

スコアは、最低350点、最高が950点で、一般に700点以上で「極めて良好」とされる。600点以上になると、空港で優先レーンを利用できたり、ルクセンブルクやシンガポールのビザの取得が容易になったりするほか、レンタカーやホテル予約時のデポジットの免除など、さまざまな特典が与えられる。

消費者はこうした直接的なメリットだけでなく、デポジットが免除されることによって、サービス利用時の受付時間が大幅に短縮されるなどの間接的なメリットもある。

消費者側だけではない。スコアの提供を受ける企業は、問題を起こしそうな(=信用度の低い)消費者をあらかじめ選別できるようになる。つまり、スコアの低い消費者には、サービスを提供しないという選択肢が与えられる。

必然的に、消費者は不正利用や信用に欠ける行為によるスコア低下を避けようとするため、ルールに則った利用を自発的に行うようになる。

芝麻信用の開始から約2年後の2017年3月に公開された芝麻信用の運営レポート「全国城市免押報告」 によると、レンタカーサービスの場合、以下のような目覚ましい効果があったことが報告されている。

・料金の踏み倒し:52%減
・規約違反による罰金の踏み倒し:27%減
・レンタカーの紛失率:46%減

中国では、信用スコアが広く浸透するにつれて、活用シーンも大きな広がりを見せている。

例えば、9000万人以上のユーザーが登録している大手婚活サイトの「百合網」では、ユーザーが同意すれば、プロフィール欄に信用スコアが表示される。女性は相手の信用スコアの数値を重視する傾向が強いと言われており、低スコアの男性は結婚が遠のく恐れがある。

また、企業のリクルーティング活動や住宅の賃貸契約などでも芝麻信用が参照されるケースが増えており、日常生活だけでなく、就職・結婚・引っ越しなどの人生における大イベントでも信用スコアの数値がモノを言う社会になりつつある。

なぜ、中国で信用スコアがここまで浸透したかというと、偽物を製造し販売するような悪行が横行し、もともと「信用」に乏しい社会事情がある。日本の内閣に相当する中国国務院は、2014年に「社会信用システム構築計画の概要に関する国務院通告(2014〜2020年)」を発表しており、政策として「2020年をめどに社会信用体系の確立」を目指すことを掲げているほどだ。

また、中国ではアメリカや日本と異なり、クレジットカードも普及しておらず、消費者の信用を測る有効な手段がない。例えば、1人当たりのクレジットカードの保有枚数は、アメリカが3.1枚、日本が2.0枚、中国は0.3枚。クレジットカードより先に、アリペイが普及した結果、国民の消費行動はアリペイ経由ですべてデータ化される。

アリババグループ傘下のシェアリングサービスなど他サービスの利用状況のほか、学歴や公共料金の支払い記録など政府が保有するデータも合わせてAIで分析することで、信頼に値する信用スコアができ上がったのである。

信用スコアは日本で普及するか

翻って、日本の場合はどうか。中国と異なり、クレジットカードが普及しているため、支払い履歴をベースとする基本的な信用評価の仕組みはすでに存在している。このため、社会インフラとして、信用スコアが存在しなければならない必然性には乏しい。

J.Scoreのほか、NTTドコモやヤフー、LINE Creditなどが今後展開する、信用スコアも消費者の同意があって初めてスコアが算出される見込みであり、各社のサービスを利用しているからといって、勝手にスコアが算出されるわけではない。

また、J.Scoreでは、提携するワイモバイルの契約情報、支払情報、サービス利用状況やYahoo! JAPANの「Yahoo!ショッピング」「ヤフオク!」の利用データとの連携を許可すると、スコアがアップするようになっているが、これも消費者の同意が前提である。

このため、日本で信用スコアが普及するためには、消費者自ら信用スコアを使いたいと思えるような動機付けが必要になる。しかしながら、現状では高スコアの消費者に対する特典は、商品やサービスを無料、あるいは優待価格で提供するといった類のものが多く、すでに広く普及しているポイントカードや会員カードの特典と大差ないように見受けられる。また、個人向け融資サービスにおいて、貸付利率・契約極度額が優遇されるといった特典を除いては、個人の信用度が高いこととの相関も見いだしにくい。

融資は誰もが利用するサービスではないため、現状では、一般消費者が積極的に信用スコアを上げようとするモチベーションにはつながりにくい。また、日本ではホテルの予約時など各種サービスを利用する際に、デポジットを要求されることも多くはない。このため、信用スコアが普及するためには、個人の信用度と親和性の高い、わかりやすい特典が必要になる。

ただし、信用スコアが不要かと言われれば、必ずしもそうとは言い切れない。

例えば、レストランや居酒屋などで、大人数の予約を受けつけたものの、当日にキャンセルされ、事前の仕込みなどがすべてパーになったという話が定期的にメディアをにぎわす。

こういった輩に対しては、大幅に減点することで、以降、他店でも予約できないようにすれば、自ずとこうした非常識な行為は減っていくだろう。

あるいは、ネットでウソの口コミややらせのレビューを投稿したり、フェイクニュースを流したりといった行為に対しても、信用スコアを下げるようにすれば、ネットの健全性も維持できるかもしれない。

さらには、例えば、携帯電話料金や家賃の滞納で信用スコアが下がるとする。日本でも婚活サービス、マッチングアプリを利用する際に、信用スコアの提示が求められるようになるとすれば、払い込みを忘れないように気をつけるユーザーが増えるだろう。

もちろん、信用スコアが普及するためには、厳密な本人確認の徹底や業界一丸となった導入が必要になるなど、超えるべきハードルは高い。また、そもそも本人の同意が必要である限り、非常識な行為をする人間は同意しなければ済むだけの話であり、実際は難しいかもしれない。

やはり、日常生活において、高スコアであるがゆえに得られるメリットが多々あり、自然と同意する消費者が増えるような仕組みにするのが現実的だろう。

不正など新たな問題を生む可能性も

将来的に信用スコアが社会インフラとなると仮定した場合、考えなければならない課題は山積みである。例えば、中国ではすでに高スコアの消費者は一部の病院で、診察や支払いの待ち時間が少なくなるという特典が与えられている。しかし、その結果、スコアを上げられない高齢者などが割を食うことをどのように考えるのか。病院や役所など、公共的な意味合いの強い場所では、特典の付与を認めないといったルールの整備が必要になる。

また、結婚のほか、就職や住宅の購入などの人生の大イベントでも参照されるようになると、スコア自体の信頼性も問われることになる。芝麻信用では、現状、スコアの算出アルゴリズムを公開していない。しかし、極めて模範的な生活をしているにもかかわらず、スコアが低い場合などは、消費者が問い合わせをしたり、異議を唱えたりする手段の提供が求められるようになるだろう。

スコアが大きな意味を持ち始めると、何とかしてスコアを上げようと不正を働く人間が出てくることも容易に想像できる。先に説明したとおり、芝麻信用では、SNS上の交友関係などの人脈がスコアに影響する。このため、ちょうどTwitterのフォローワーを金で買うように、高スコアの人間を金で買うということも十分ありうる。

もっとも、こうした話は、信用スコアが社会に浸透することを前提とした話である。中国とは社会的背景も国民性も異なる日本で、信用スコアが受け入れられるかどうか。

2019〜2020年度は信用スコアが本格化

2018年は国内で信用スコアサービスへの参入を表明する企業が相次いだ。先行するJ.Scoreのほか、NTTドコモ、LINE、ヤフー、メルカリなど複数の企業が参入に名乗りを上げており、複数のサービスが乱立する兆しを見せている。この点は、芝麻信用がほぼデファクトスタンダードとなっている中国とは、状況が大きく異なる。

参入予定企業の顔ぶれを見ると、いずれも携帯電話・チャットなどの通信サービスやネットオークションサービスを提供、あるいはニュースなどを配信している企業であることに気がつく。これは、携帯電話料金の支払い履歴やネットオークションのような個人間の取引履歴、あるいは閲覧している記事の内容が個人の信用を測るうえで重要な要素となることを示している。

この点から、今後、KDDIや楽天などの企業もタイミングを見計らって参入を表明する可能性が高い。

信用スコアは、2019〜2020年度に黎明期から本格化へ向かうと考えられる。また、2021年以降は、ユーザー数拡大のための提携先の拡大が大きなポイントとなる。

現状では、みずほ銀行とJ.Scoreや、新生銀行とNTTドコモのように、銀行と提携し、融資の際の条件を優遇するケースが目立つ。今後もフィンテックの一環として、銀行と信用スコアの運営企業との提携が増加する。それに加えて、例えばAirbnbのようなシェアリングサービスは信用スコアが有効であるため、このような分野での活用の広がりが期待される。