春は上京の季節。ピース又吉直樹が東京に出てきたのは18歳の時。又吉にとって実家を出ること、親元を離れることには大きな意味があった。「ここではないどこか」へ行きたいともがいていたあのころの記憶と、相方・綾部のように海外に行かない理由を語る。(全2回の1回目/#2へ続く)

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――又吉さんは昨年、『書を捨てよ町へ出よう』(原作・寺山修司、演出・藤田貴大)に映像出演されました。寺山修司はよく上京についてエッセイに書き記してますけど、又吉さんが最初に上京されたのはいつですか?

又吉 最初は18歳のときですね。高校を卒業する前に、ひとりで東京を見にきたんです。銀座7丁目劇場がどこにあるのか確認して、「オーディションを受けれないですか」と吉本の人に聞きに行って。そのときは新幹線でしたけど、そのあと養成所の面接を受けるときは鈍行に乗り、十何時間かけて東京に出てきました。養成所に入ることになって実際に引っ越すときは、前の相方の親父さんが車を出してくれて、そこに原付や荷物を積んで上京しましたね。


 

――前の相方である原偉大さんとは同級生で、2人とも大阪出身ですよね。大阪にも養成所はあるのに、どうして上京されたんですか?

又吉 最初に東京の劇場を見に行ったとき、惹かれる部分があったんですよね。相方は「大阪やと実家やし、お金もかからんから大阪でやりたい」と言ってましたけど、なんとか説得して東京の養成所に通うことになりました。今考えると、家を出ることが重要だったんだと思います。実家にいながら何かを表現するのは、僕のタイプとしては向いてないなと。すごく温もりがあってクッション性が高い家というわけでもないんですけど、実家を離れて、親も友達もいないところで暮らすことが必要だったんです。大阪で芸人やり始めたら、ちょっと「アカンかも」と思っただけで辞めてた可能性もありますね。上京した頃の感情を整理していくと、脱皮みたいな感覚だったんじゃないかと思います。

なぜサッカーを辞めて芸人を目指したのか

――高校3年間はサッカーに打ち込んでたのに、サッカーを辞めて芸人を目指すというのも、脱皮といえば脱皮ですね。

又吉 そうですね。先輩も同期も後輩も、大学や社会人になってもサッカーを続けることを前提として、3年間ずっと部活をやっていて。その道筋から外れるのは勇気が要ることなんです。部活のしんどい練習に耐えられるのは、それが自分の進路に繋がっていく確証がある程度はあるからやと思うんですよね。それがない人は、夏ぐらいで引退するんですよ。秋冬まで部活を続けてたのに、サッカーをやめるというのは、皆からすれば「じゃあ何でしんどい思いを続けてたんだ?」と思ったでしょうね。

何かを成し遂げた人は必ず家を出ている

――もちろん「芸人になる」という昔からの目標があったとはいえ、そんなにスパッと別の道を目指すことができたのはなぜでしょう?

又吉 自分としては認めたくもないし、そんなふうに理解はしてないんですけど、やっぱり、負けたんじゃないですかね。小学校3年からサッカーをやってきて、「お笑いをやりたい」という気持ちがありながらも全力を尽くしてきたけど、勝てなかったんじゃないですかね。実際に全国大会には行けなかったですから。自分では今も「いや、別に負けたわけではない」と思ってますし、サッカーで負けたから芸人を目指したわけではないんですけど、仮に全国大会に出場して自分が最優秀選手に選ばれて、プロからオファーがあったときにどういう選択をしたかはわからないですね。

――でも、もしもサッカーを続けていたとしても、家を出ていたんでしょうね。

又吉 そうかもしれないです。俳人の堀本裕樹さんに教えてもらった俳句に、「秋の雲立志伝みな家を捨つ」というのがあるんです。上田五千石という人の俳句なんですけど、何かを成し遂げた人の伝記を読むと、必ず家を出てるという。そうやって外に出ようとする感覚は、もともと備わっているような気がします。親を嫌いやと思ったことはないですけど、あの頃は離れたいと強烈に思ってました。

 サッカーの試合に出てるときも、親の姿が見えるのが嫌で、「僕の視界に入らんとこにいてくれ」と言うてたんです。親がいるところだと、自分が子供なんですよ。擦り傷を消毒されるだけでも「痛い!」と喚いてたんです。でも、うちの母親が試合を観にきたとき、「家ではあんなに痛がってるのに、他の父兄に消毒液塗られてるときは眉一つ動かさへんかったのを見てびっくりした」と言われて。母親がいなければ喧嘩もするし、試合の中でも闘争本能を最大限に発揮できる。でも、親がいたら子供の役割に引っ張られる。芸人になったとしても、人前で何かやって失敗して傷ついてるとき、近くに親がいて「そんな無理して芸人目指さんでもええんちゃう?」と言われると、その説得に負ける可能性がある。情けない話ですけど、だから家を出る必要があったんですよね。

綾部がニューヨークを目指したのは自然なこと

――そうして上京されて、20年が経ちました。最初は誰ひとり知り合いがいなかった東京という場所も、今ではもうホームになりつつあるんじゃないかと思うんです。さきほどの「守られている場所の外に出る」というお話からすると、相方の綾部さんがより外側の世界を欲してニューヨークに行かれたのはしっくりくるんですけど、又吉さんは「日本の外に」という気持ちはないんですか?

又吉 難しいとこですね。47都道府県の中から東京を選んだのは、ランダムに選んだわけじゃなくて、「東京に面白い人が集まってそうだ」って理由に尽きるんですよね。そこがある程度地元みたいになったとして、「その外に」と言って綾部がニューヨークを目指したのはすごく自然なことやと思うんです。でも、綾部がニューヨークで大成功したとして、「さらにその外ってどこなんやろう?」と考えると――宇宙ってことでもないですよね。そうなってくると、外って感覚は何か別の方法で獲得せなあかんことになってくると思うんです。それはもしかしたら東京におりながらでもできるかもしれないなと思いながらも、やっぱり惹かれますよね。

 何に惹かれるかと言うと、上京したときの不安な、皆から疎外されているようなあの感覚を味わいたいということですね。なかなか寝られへんけど、夜中に連絡取れる人が誰もいなくて、明日も明後日も何の予定もなくて。そこから抜け出すためには、自分の表現を発表して、それが認められれば仕事が増えるし、認められなければ仕事が減る。今も基本的にはそのやりかたですけど、それを切実に感じる状況に行きたいってことですね。

 綾部は「スターになりたい」と言ってますけど、もしかしたらそういう感覚があるのかもしれないです。だから、すごろくで考えると、綾部のほうが上がってますね。僕のすごろくは、マスが細かいんですよ。僕はネタを作る側ですけど、面白さなんて突き詰めても終わりがあるものじゃないんで、基本的にあがりようがないんです。でも、綾部のメインテーマは「有名になって脚光を浴びたい」なんで、それで言うともう何年か前にあがってるんですよ。だから次のステージを目指してニューヨークに行ったのはよくわかるんです。でも、僕の場合、もし英語で文章が書けるなら別ですけど、日本語で表現する限り、すぐに「世界に」って発想にはならないんですよね。

なぜ今あのときのような選択をしないのか

――又吉さんが「ここではない場所を」と望んで実家を出たときは、移動するのに交通費が必要で、それをどう捻出するかってことが大きな問題だったわけですよね。でも、今の又吉さんは、そのときに比べると交通費を捻出することは苦ではなくなったと思いますけど、こことは別の場所に移動することにはまた別の難しさがありますね。

又吉 18歳のときの僕が、自分がいる状況をヌルく感じてしまって、刺激を求めて上京する――そうやって移動することで状況がむちゃくちゃ良くなる可能性もあるけど、むちゃくちゃ悪くなる危険性もありますよね。その賭けが功を奏したのか、表現する仕事に就けたということは、結果的には良い選択だったのかなと思うんです。じゃあ、なぜ今あのときのような選択をしないのかということですね。それを選んだのが綾部なんですけど、ネタを作ったり小説を書いたり、表現するのは僕のほうやから、ほんまは僕が行くべきやったんですよね、きっと。普通に考えたらそうなんですよ。

 たとえばペテルブルクに住みながら創作に打ち込む。僕はきっと、向こうで狂いそうになると思うんですよ。「なんでいらんことをしてしまったんだ」と。いろんな問題がある中で、不安に苛まれながらも「作るしかない」という境地に何年かかけてたどり着いて、なにかを作り始めたら面白いものができるかもしれないですよね。でも、それをしないのは――何なんでしょうね。たぶん大前提としての「東京が自分の家になっている」という感覚が希薄なんでしょうね。まだここでは全然やっていけないと、自己評価では思ってるんだと思います。

(#2に続く)
写真=文藝春秋

INFORMATION

<本公演>
タイトル:「さよなら、絶景雑技団2019 本公演」
作・演出:又吉直樹
出演:又吉直樹、グランジ五明、しずる、ライス、サルゴリラ、囲碁将棋根建、ゆったり感中村、井下好井好井、パンサー向井、スパイク小川
日程:3/22(金)19:00開演
   3/23(土)19:00開演
   3/24(日)18:30開演
会場:日本橋・三越劇場

<派生ライブ>
タイトル:さよなら、絶景雑技団主宰「日本の表現者」
作・演出:又吉直樹
出演:又吉直樹、竹内健人、フルポン村上、サルゴリラ児玉、ライス関町
日程:3/23(土)15:00開演
   3/24(日)14:30開演
会場:日本橋・三越劇場

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(橋本 倫史/文學界)