「美人で優秀な姉と、できの悪い妹」

幼いときから、2人はこう言われてきた。

妹の若葉(わかば)と、姉の桜(さくら)は3歳差の姉妹。27歳と30歳になった今、その差は広がるばかりだ。

美貌、学歴、キャリア、金、男…全てを手に入れた姉と、無職で独身の妹。

人生に行き詰まった妹は、幸せを掴むことができるのかー?




「桜さん、美人だな。女優みたいだ。いや、女優以上だな…」

その瞬間、私−神崎若葉(かんざき・わかば)は、恋人の清宮佳樹(きよみや・よしき)をジロリと睨んだ。

だが彼は、純白のウエディングドレスに身を包んだ姉に、熱いまなざしを向けたままだ。私の視線になんて、気づきもしない。

小さくコホンと咳払いすると、ようやく彼が振り返った。

「…あっ、でもさ!俺にとってはもちろん若葉が1番だよ!」

私が機嫌を損ねたと思ったのか、佳樹は慌てて言い訳を並べ立てている。

「ホラ、ああいう既に完成された女性も素敵だけど、なんていうか若葉って、素材はすごくいいのにまだ売れてないタレントみたいな、そういう良さがあるだろ」

素朴で不器用で、まだ開花していない女。きっと佳樹はそう言いたいのだろう。

−なにそれ。褒めているのか、けなしているのか分からないじゃない。

彼の言葉に憤慨しつつも、「売れていない」という表現は的を射ていて、黙り込んでしまう。なぜなら私は27歳を目前にして、働いた経験すらない「司法試験浪人生」だからだ。

−それに比べて、お姉ちゃんは…。

バージンロードの向こう側で燦然と輝く、姉の神崎桜(かんざき・さくら)を見つめながら、嫉妬心が渦巻くのをどうにも抑えられなかった。



ここはザ・リッツカールトン東京のチャペル。今日は姉の結婚式だ。その招待客の全員が、恍惚の表情で姉を見つめていた。

母にいたっては、ハンカチを涙で濡らしながら「綺麗だわ…」とうわ言のように呟いている。

−私の時は、こんな風に泣かないんだろうな…。

母を見ながら、思わずそっとため息をついた。

だが、みんなが姉の虜になるのも無理はない。3つ歳上の姉は今日で30歳になるが、その見た目からはどうみても20代にしか見えない。それに誰もが振り返る、奇跡の美貌の持ち主だった。

手のひらサイズの小顔に、キメの細かい真っ白な肌。唇は綺麗なピンク色で潤いがあり、その上に定規でスッとひいたような鼻と、ひたすら大きくて色素の薄い瞳が、完璧なバランスで配置されている。

そう、人々を魅了する桜の花のように、姉は常に注目と羨望の的だった。

しかも彼女は、ただ可愛いだけの女ではない。とんでもない才能を持ち合わせているのだ。


「女優級」の美貌を持つ姉の、とんでもない才能とは?


姉は光、私は影


披露宴会場のグランドボールルームに移動すると、その顔ぶれの豪華さに息を呑んだ。新婦側の丸テーブルに、有名な弁護士や法律学者など、法曹界の著名人が座っているのだ。

それもそのはずである。姉は東大法学部卒、さらには在学中に旧司法試験を突破し、大手の法律事務所に所属する、渉外弁護士だ。その年収は、1,500万を超える。

だが、新郎も負けてはいない。新郎の圭一もまた、東大法学部卒の外資系戦略ファームに勤めるエリートだった。

それゆえ、招待客のほとんどが東大出身者なのだ。

凄い光景だわ、と白けた気分で眺めていたその時、「あっ」と声をあげそうになった。新婦側の招待客に、姉の元カレがいたのだ。しかも、2人。

−普通、結婚式に元カレを招待する…?

ドン引きしたが、天然魔性な姉ならあり得る、と思い直す。

思えば、姉には高校生ぐらいから常に男の影があった。男の支配欲をくすぐり「私、あなたしか頼る人がいないの…」と言いながら、男に甘える天才なのだ。

「超絶美人で優秀な女が、自分にだけ甘えてくれる」

錯覚した男たちは、次々と姉の手中にはまった。外銀男、医師、経営者…そういう男たちと散々遊んでおいて、30歳を目前にして、あっさり結婚を決めたのである。

彼女がかつて、私に言い放ったセリフがある。

「女にはね、男を『愛させる』義務があるの」

美貌、頭脳、キャリア、金、エリート夫。世の女性が欲しくてたまらないものを、いとも簡単に手に入れる。それが神崎桜という女だった。

一方の私には、そのすべてがないというのに。




「それではこれから、新郎新婦のプロフィールビデオをお流しします」

司会者の威勢のいいアナウンスとともに、姉妹写真が巨大スクリーンに写し出され、思わず顔をそむけたくなった。

写真は、姉が6歳、私が3歳の時のものだ。姉は写真のど真ん中で、桜の名に相応しい淡いピンク色のドレスを着て、にっこりと微笑んでいる。さながら西洋のお人形だ。

そして、その姉の後ろでまるで影のように佇んでいるのが、私だった。

−姉はいつもピンク色で、私は黒か灰色の服だったな…。

それだけではない。写真の枚数だって違っていた。赤ちゃん時代の写真が、姉は1,000枚以上あったのに対し、私は100枚にも満たない。

いつだって姉が主役で私は脇役。姉が光なら私は影。生まれた瞬間から、私たちには格差があったのだ。

「桜はこの頃からオーラがあったな」
「ほんと、別格だわ」

満足そうに頷く父と母の会話が聞こえて、私は「バカみたい。格付けしたのは、あなたたちでしょ」と心の中で罵った。

父・神崎真は東大在学中に司法試験を突破した渉外弁護士だ。小さい頃から、両親は私たちにこう言った。

「東大以外は大学じゃない」
「将来の職業は弁護士以外ありえない」

少しでも成績が悪いと容赦なく平手打ちが飛んだ。頬が真っ赤に腫れあがって、髪の毛でどうにか隠しながら学校に行ったこともある。

そんな毒親の期待通りに人生のコマを進めたのが姉で、進められなかったのが私だった。

そして、姉が名門女子中学校への合格を勝ち取ると…あろうことか、今度は彼女自身が"毒姉"と化し、あらゆる面で私を支配してくるようになったのである。


「毒姉」に虐げられた妹の、悲しい半生とは?


姉に奪われた恋


−あれ、この写真に写っている人って…五十嵐先輩?

プロフィールビデオが、姉の高校時代に突入した時。複数の男女が肩を寄せ合いピースサインをしている写真の片隅に、懐かしい顔を発見して、またもや心がささくれだった。

彼−五十嵐先輩は、姉が奪った私の初恋相手だからだ。

あれは忘れもしない、私が14歳、姉が17歳のとき。

第一志望の高校の文化祭で2歳年上の先輩に一目ぼれした私は、なんとかして連絡先を聞き出すと、必死にアプローチをして、3度目のデートで「花火大会に行こう」と誘われた。

ついに告白されるかも、と逸る気持ちを抑え、精いっぱいのおしゃれをして待ち合わせ場所に向かう。鏡を見つけては何度もチェックし、笑顔の練習をしながら。

そしたらなんと、そこに…姉がいた。

姉は「偶然ね」と妖艶な笑みを浮かべたが、先輩が姉の虜になったのは言うまでもない。結局3人で花火を見たのだが、姉にばかり話しかける彼に、ショックを隠し切れなかった。

だから姉と2人きりになった時に、私は彼女を責めたのだ。そしたら姉は、しれっとした顔でこう言った。

「たいした男じゃないでしょ、あんなの。若葉、何ぶりっ子してるの?気持ち悪い」

彼が、姉と付き合いはじめたことを知ったのは、それからまもなくのことだった。




プロフィールビデオがさらに進んで、姉の学生時代に突入した。

この頃になると、姉の毒姉化は相当なものだった。

ピアノが得意だった私は音大に行きたかったが、姉は「音楽じゃ食べていけない」と猛反対し、親と一緒になって東大受験を強制してきたのだ。

当時の私の偏差値は、63。必死に勉強したが、当然のように落ちた。

その数か月前に、大学3年生だった姉は旧司法試験に合格しており、家での私の立場は、それはそれは酷いものだった。

浪人生になった私は、1日14時間の勉強に励んで偏差値を70まで上げた。今度こそ、絶対に東大に合格する…人生を賭けて、大勝負に臨んだのだ。

だけどそれでもやっぱり、ダメだった。

結局、内緒で受けて合格を掴んだ早稲田大学法学部に行くことにしたのだった。



クライマックスの音楽が流れ、長かった披露宴がようやく終わろうとしている。

「2次会、どうする?」

帰り支度をしていると、佳樹が声をかけてきた。彼は姉のサークルの後輩で、今年29歳。姉の紹介で付き合い始め、もうすぐ5年になる。

「これから予備校に行って勉強かな。司法試験まであと1か月だから、とにかく頑張らないと。今年で2度目だし」

昨年、早稲田の法科大学院を修了し、1度目の司法試験に落ちて浪人生になった私は、家と予備校を往復しながら1日16時間の勉強に励んでいた。

「あまり無理しすぎるなよ」

東大大学院の博士課程に在籍している佳樹は、「若葉が司法試験受かって、俺がドクターとったら結婚しよう」が口癖だ。頷きながら、私は心の中で固く誓う。

−今度こそ、絶対に合格する。そして、必ず…幸せになる!

▶Next:3月28日 木曜更新予定
司法試験の結果は…?そして、若葉が彼に迫ったこととは…?


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