(画像:Pixabay)


 テクノロジーの進化は、我々の生活を大きく変えている。しかし、誰にでもあるはずの「性」の問題に関しては、語られることが少ない。少子化といった社会的な問題が顕在化する中で、テクノロジーは性に対してどんな未来を提示するのか。現代の性問題の解決に取り組むホワイトハンズ代表、坂爪真吾氏が考察する。(JBpress)

(※)本稿は『未来のセックス年表 2019‐2050』(坂爪真吾著、SB新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

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新しい「性の公共」をつくる

 私はこの10年間、新しい「性の公共」をつくるNPOという立場から、障害者の性・高齢者の性・不倫・性教育・性風俗・売買春・JKビジネス・パパ活などの様々な社会課題の現場に足を踏み入れ、問題の分析と解決に取り組んできた。

 10年間、現場で動いてきたことで得られた知見をベースに、2019年から2050年までの約30年の間に、私たちの性に起こるであろう変化を描き出していく。

「未来の性」というテーマについては、意外にもこれまで公の場で議論されることは少なかった。性の分野においては、未来を語る以前の問題として、今私たちの性がどうなっており、どのような課題を抱えているのか、という現状自体が共有されていないことが多い。

 恋愛・結婚・妊娠・不倫・性暴力・性差別・性風俗・LGBT・・・いずれの分野においても、現状の理解が曖昧なまま、事実と伝聞情報の区別がつかないまま、SNSのタイムライン上で感情的かつ非生産的な議論が繰り返されていることも少なくない。

 性に関する議論をする場合、私たちはどうしても目の前にあるセンセーショナルな事件や負の感情を煽り立てる投稿に脊髄反射してしまい、貴重な感情と時間を浪費してしまいがちである。

 そうした中で、タイムライン上で展開されているリアルタイムの喧騒から一時的に目を離して、これから数十年先の未来、私たちの性がどのように変化するか(するべきか)について思考を巡らせてみることは、単なる空想以上の意義があるはずだ。

 言うまでもなく、未来に起こることを完璧に予知できる人は誰もいない。本書の内容も、決して神がかり的な「予言」ではない。現場での活動や取材、あるいは客観的なデータに基づく推論=「予測」に近い部分もあれば、新しい「性の公共」をつくることを目指している私自身の願望と主観の混じった「予想」にすぎない部分もある。

 ただ、どのような未来も、過去と現在の延長線上から生まれることは確かだ。未来に起こるであろう出来事は、過去と現在を丹念に調べれば、その萌芽を見つけ出すことができる。

 経営学者のP.F.ドラッカーは「すでに起こった未来は、体系的に見つけることができる」と述べている。

 来たるべき未来の社会で、私たちの生と性はどのように変わっていくのか。そして、どのように変えていくべきなのか。過去と現在を参照しながら体系的に、そして大胆に考えてみよう。

AIはセクサロイドに心を宿すか?

「AIやVRといったテクノロジ―が、現時点でどこまで進んでいるのか」「今後、それらがどのように私たちの性愛を変えていくのか」といった問いを、専門家へのインタビューを通して考えていきたい。

 未来の性を語る上で必ず登場する存在が、人間との性行為を目的として作られるセクサロイド(セックスロボット)だ。人間と見紛うような精巧かつ官能的な身体を持ったロボットにAIを搭載することで、インタラクティブなコミュニケーションを伴うセックスを実現しようとする試みは、既に世界各地で行われている。

 果たして、AIがセクサロイドに心を宿すことは可能なのだろうか?

 日本における人工知能研究の権威であり、『AIに心は宿るのか』(インターナショナル新書)などの著書がある公立はこだて未来大学教授の松原仁さんにお話を伺った。

「あまり表には出ませんが、AI研究者の間でもセックスの問題が話題になることがあります」と松原さんは語る。

「今の社会では、生身の人間同士のセックスは減っている。自分以外の有機物と抱き合って肌や性器を接触させなければいけない。そうした行為を不衛生で望ましくないと感じる男女が増えれば、衛生的なロボットとのセックスを望む人が出てくる可能性はある。

 セックスを楽しむことは、大げさに言えば成人した人間の権利です。セックスレスやパートナーの不在などでその権利を享受できない人をサポートできる、かつ心身の健康を保つことができるのであれば、そんなに後ろめたいことではないはず。

 ロボットを介した人工授精も行われるようになるかもしれません。男性は女性ロボットとセックスをして精子を出す。妊娠したい女性は男性ロボットとセックスをして受精に至る。もちろん性的な快感も得られる。同性愛者の女性や男性でも子どもを作ることができるようになる。

 こういう話をすると『それは倫理的にいかがなものか』と言われるかもしれませんが、今後さらに少子化が進めば、親ではなく社会が子どもを育てる時代になっていく。そうした中で、ロボットを介した子づくりを実際に進めるかどうかについては社会的な議論が必要だと思いますが、選択肢の一つにはなるのではないでしょうか」

 少子化対策も含めて、人間とロボットとのセックスを実現するためには、ロボットが人間にとって「セックスしたい」と思えるだけの魅力を持った存在にならなければいけない。

 ロボットが人間を性的に魅了するためには、どのような条件が必要になるのだろうか?

「見かけだけではなく、相手に対して適切な快感を与えられる技術を学習することが必要になる。セックスは経験によって成り立つ行為です。人間も相手を喜ばせるセックスの仕方を試行錯誤で学んでいるわけですが、AIにも同じように学ばせる必要がある」

 AIにセックスを学習させる際、現在ネット上に溢れているポルノ動画を「教師データ」 にしてしまうと、誤ったセックス・偏ったセックスしか実行できなくなる可能性が高い。適切な教師データをどうやって調達するのかという問いが立ちはだかる。

「AI研究者の間でセックスロボットの話になった時も、まさにそのことが話題になりました。AVやポルノはあくまで観る人を喜ばせるためのセックスであり、一般のカップルが行っているセックスではない。

 そのため『AIに対する性教育』が必要になります。人間の子どもに対して生のシーンを見せるわけにはいきませんが、AIであればそうした問題はない。夫婦やカップルにそれなりの報酬を払って、個人情報が分からないようにした上で、AIの前で行為をしてもらう。画像では真っ黒の男女が絡み合っていて誰なのか分からないのだけれども、動きは分かる。こういう時にこういう声を出しているということも分かる」

 被験者のプライバシーの問題をクリアして自由にデータがとれるとした場合、どのようなデータを与えれば、AIは人間に近いセックスができるようになるのだろうか?

「まずは『成功したセックス』と『失敗したセックス』、すなわち相手が満足した場合と満足しなかった場合、両方のデータをAIに与える必要がある。まぁ、その場合でも『失敗例』を実演する立場にはなりたくないですけどね(笑)。

 データの内容は基本的には画像と音声だと思うのですが、AIがセンサーを持っていれば、相手の表情や音声だけではなく、体温や心拍数などの生体情報を得られる。

 それらの数値があるタイミングでどうなっているのか、興奮している時はどのような状態になっているのかを学習させる。AIの方が人間よりも多くの情報を扱える分、よりよいセックスができる可能性もある。

 ディープラーニングの場合、そうした体験のデータが100万は欲しい。もちろん一人で100万回の体験はできないけれども、人類は世界に70億人もいるのだから、方法を工夫すればそれなりの数は集まるのではないでしょうか」

 確かに、社会のあらゆる場所で毎日のようにセックスは行われているので、それらのデータをうまく収集・活用できれば、わざわざ被験者をカメラの前に連れてくる必要は無くなる。将来的には、セクサロイドを開発する企業が、性行為中のデータを提供すれば無料で利用できるラブホテルや風俗店を経営するようなことも起こるのかもしれない。

AIが生み出す新しい恋愛観

 セックスのテクニックやインタラクティブなコミュニケーション・スキルを学習したAIが登場すれば、人間にとって恋愛対象にもなりうるはずだ。人間同士の恋愛と比べた場合、人間とAIの恋愛にはどのような相違点があるのだろうか。

「人間の身体は一つなので、一度に一人の相手としか関係を結ぶことができない。一方、AIには肉体という物理的な制約がないので、一度に数百人に対して愛を囁くことができる。数百人と同時にバーチャルセックスを行うこともできる。
AIと人間の恋愛を描いた映画『her/世界でひとつの彼女』では、主人公の男性がAIに浮気をされる場面が出てきます。『実は641人と同時に付き合っていた』とAIから告白されて、主人公はショックを受ける。

 旧来の人間型の恋愛観に縛られている場合、AIが浮気をすることは許せないかもしれません。自分のために費やすはずだった資源を他の人に費やすから許せない。有限の肉体、有限の時間、有限の資源を自分だけのために費やしてくれる、という事実が恋愛やセックスの喜びの源泉になる。

 しかし、こうした価値観はAIとの恋愛に関しては時代遅れになる。資源が有限であろうが無限であろうが、数百人に対して同じような言葉を囁いていようがいまいが、今この瞬間、相手が自分とだけ向き合ってくれるように感じられるのであれば、それでよしとする価値観が支配的になるでしょう。虚構の関係であったとしても、それが現実以上に素晴らしいものであれば、何も問題はない」

セクサロイドの理想と現実

 AIとの恋愛やセックスに関しては様々な議論や創作が行われているが、「現時点では、AIを搭載したセクサロイドの技術レベルはまだまだ低い」と松原さんは語る。

「ダッチワイフが簡単な応答をするとか、目が動くとか、その程度でしょう。本当のセックスロボットであれば、相手を抱きしめたり愛撫をする必要があるので、手の動きをはじめ、それなりの強度を持った模擬性器なども再現しないといけない。そして生身の人間が相手なので、怪我をさせてはいけない。こうした制約の中で、相手の反応をリアルタイムで分析して、次に行うことを即座に判断することはすごく難しい。

 仮にセクサロイドが完成した場合でも、検査基準は厳しくなるでしょう。実際に誰かがそのロボットとセックスしてみる、という話になるかもしれません(笑)。

 ただ最初にお伝えした通り、こうしたロボットの開発は止めるべきではない。性の営みによって子孫を残すことは、人類にとって一番大事なことの一つ。AIやロボットが人間をサポートする時に、そこだけを外すのは変だと思います」

『』(坂爪真吾著、SB新書)


筆者:坂爪 真吾