東京・杉並区内にある女子美術大学付属高等学校・中学校

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 中学受験の志望校選びは、偏差値や難関大学への進学率が高い学校ほど応募者が多いもの。だが、そうした潮流に反するように昨年、今年と2年連続して受験者数を増やしたのが女子美術大学付属中学(女子美)だ。よく「芸術・美術系は偏差値では測れない」と言われるが、多くの受験生や保護者が女子美を選んだ理由は、必ずしも専門性だけではないという。安田教育研究所の安田理氏が、中学受験の一断面を探った。

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 私は仕事柄、中学受験する保護者と接することが多い。いま保護者が切実に思っていることは、「わが子はこれまでにない厳しい時代を生きる。だからそうした戦場を勝ち抜いていける多彩な武器を与えたい」というものである。

 保護者が武器として意識しているのは、英語の4技能であり、ITスキルであり、論理的思考力、プレゼンテーションスキル……といった21世紀型能力と言われるものであったりする。現に、次の時代を語り、必要なスキルを身に付けることを前面に打ち出している学校が大勢の受験生を集め、偏差値も上昇している。

 わが子の学力向上が学校への要望の最たるものである保護者にとっては、中入生(中学からの入学生)は高入生(高校からの入学生)と混ぜず、学力別のコース制を敷き、検定教科書でない難しい教材を使い、どんどん先取りするような学校が望ましい。テストの順位を張り出すことで生徒を競わせ、勉強のモチベーションを上げて欲しいと願う保護者も多い。

 学校はそうした保護者の要望に合わせて、多くが似たような方向に進んでいるのである。

◆30名、40名規模で増えている学校を発見

 近年の中学入試においては、午後入試や英語入試、算数入試、思考力入試といった新しい入試を構える学校が多く、応募者の総合計は当然のことながら大きく増える。

 そこで私は例年第1回入試の応募者数に着目している。今年も第1回入試に着目している中で、中学受験塾の四谷大塚の偏差値が38と低いにもかかわらず、前年より応募者が43名も増加している学校の存在に気がついた。

 偏差値が高い学校は募集人員も多く、大きく増えることはあるが、40以下の学校が40名規模で増えることは少ない。その学校とは、女子美術大学付属中学である。ちなみに前年も調べてみたところ、29名増と連続して増えていた。

 いまどきの保護者が選ぶ学校像からするとそぐわない学校である。HPをのぞいてみる。「特色ある授業」はどの教科も生徒の作品が出てくる。国語の「故事成語カルタ」や、数学の「正多面体」など、どれもカラフルで明るい。1日の生活時間もふんだんに生徒のイラストが入っている。全体に明るく楽しい雰囲気が充満している。他校の情報量優先、硬派な印象のHPを見慣れた目には新鮮に映る。

 少しでも効率よく学力を伸ばしたいという多数派の潮流からすれば、時代に合わない感じすらする。

◆伸び伸びと過ごさせたい

 四谷大塚に聞いてみると、女子美はもっとも第一志望率が高い学校だという。そのデータ通り、偏差値に関係なく「好き」で受験してくる子どもが多く、合格すれば抜けないから繰り上げを出すこともない。ほとんどの受験生は多くの学校を受け、少しでも偏差値の高いところに進学するので、繰り上げを出す学校が多いのとは対照的だ。

 実際に知り合いの女子美の先生に聞いてみたところ、学校説明会ではこんな話をしているという。

・美術は何もないところから何かを生み出していくこと
・作品に取り組むことは答えのない問題を解決していくこと
・いいものをたくさん観て鍛えられた感性が斬新な発想を生むこと

 はからずもAIの発達するこれからの時代に必要とされる能力、資質について語っていることがわかる。ちなみに、卒業生の仕事を見ると、8割以上がMacやiPadを使って仕事をしているため、今年の入学生から全員にiPadを持たせるという。

 一方、昔からのこんな面もある。受験前の夏、秋にある体験教室に来ている受験生が多く、一人ひとりがそれぞれの作品制作に向きあい、それを教員がかがんでアドバイスするという。そうした光景を目にした保護者が、この学校に入学したら、わが子も親身に接してもらえるのではないかと安心するようだ。

 中入生と高入生の扱いも、女子美では高1の最初から混合クラス。「学習効率が悪い」という声も出ない。ギスギスした保護者がいないのである。

 同じものを好きなもの同士、どこか同じ匂いがするので、人間関係で問題が生じたこともない。作品制作を通じて別々が当たり前と思っているので、女子同士の難しい人間関係もない。

 何より「わが子を伸び伸びと過ごさせたい」という保護者がいて、「そうした方に選んでいただけているようだ」という学校の話が象徴するように、ひたすらわが子に期待をかける価値観とは異なる保護者がいるという証だ。

 われわれはつい、「中学受験は“期待値”で学校選びする世界」と一色に捉えがちだが、保護者のほうがわが子のことをきちんと見つめ、それゆえの多様化も進んでいるようである。