ネットを通じた無意識の「私刑」が産んだ電気グルーヴ配信自粛(本田雅一)
1990年代の終わりごろ(1997年)、ラジオから流れてくる音楽を聴いて「なんじゃこれは!カッコいいじゃん!」と、齢30歳になろうかというのに「Shangri-La」のトランス感に驚いたものです。すでに51歳のオッサンであるワタクシですが、もっと驚いたのが、3月13日、そのShangri-Laを含む、電気グルーヴの作品が音楽ストリーミングサービスから、何ごともなかったように消えたことでした。

2人ユニットである電気グルーヴの片割れ、ピエール瀧がコカイン使用の疑いで逮捕されていたことはもちろん知っていましたが、まさか"聴けていた"音楽が聴けなくなり、端末にダウンロード・同期していたものも失われ、自分でリッピングした音源以外は世の中に存在しなかったかのように消え去るとは思いもよりませんでした。

すでにリッピングしたCDをダンボールに詰めてしまっている筆者のような人間が再び聴くには、どこかにあるリッピングしたデータを探し出すか、あるいはCDを探し当てるほかありません。(もっともYouTubeには掲載され続けているので、まったく聴けないわけではありませんが......)

はからずも露呈した"サブスク型サービス"の本質



電気グルーヴが所属するソニー・ミュージックレーベルズは、ピエール瀧のコカイン吸引を受けて
CD、映像商品の出荷停止CD、映像商品の店頭在庫回収音源、映像のデジタル配信停止上記の3つの措置を行いました。

その結果、電気グルーヴの音楽はストリーミング配信、ダウンロード配信ともに消え去ったわけです。それはそれは見事なまでに。ダウンロード・同期していた音楽データも、サーバへの権利確認が行われた時点で聴けなくなったようです。

店頭やネット通販でも購入できなくなっているものの、メルカリやヤフオク!では流通していますし、Amazon.co.jpでも"Amazon自身"は販売していませんが、マーケットプレイス(Amazon以外の第三者による販売)への出品は続いており、執筆時点(3月15日)では最新アルバムに1万4000円、Blu-rayには2万4000円を超えるプレミアム価格が付けられています。

ここぞとばかりに高く売ろうとする人たちのことはさておき(それが市場原理というものですから)、サブスクリプション型サービスから一斉に消え、聴けなくなったことに驚いた人もいるでしょう。

ソニー・ミュージックレーベルズの対応は、逮捕の報道を受けて一時的に注目が集まる中、犯罪に手を染めたことでバズっているアーティストで儲けるのか! 的な批判を避けたかったということなのかもしれません。しかし、"お気に入り"に登録し、"ダウロード"して、自分がその楽曲を購入したかのように扱えているつもりでも、実際にはストリーム配信。サーバのカタログからなくなれば、たちどころに聴けなくなる。

管理の仕組みを考えればごく当たり前のことなのですが、改めて"サブスクリプション型サービスとは何か"を思い知らされました。

行き過ぎた批判がもたらす、行き過ぎた萎縮


コカイン吸引が違法であることは明らかですし、倫理面を含めてピエール瀧容疑者が批判されるのは致し方ないことです。適正な裁判を受けた上で、その罪を償うほかありません。

ただ、彼が電気グルーヴというユニットで生み出した作品まで、無かったことになるのは如何なものでしょう。実際、今回のソニー・ミュージックレーベルズによる措置には、やり過ぎとの批判も多く集まっています。個人的にも、ソニー・ミュージックレーベルズの措置にはまったく共感しません。同じように、なぜそこまで?! と思っているはたくさんいるでしょう。

おそらくですが、ソニー・ミュージックレーベルズ自身、本当にここまで徹底して、ピエール瀧容疑者が関わった作品を回収する必要があるとは思ってはいないはずです。実際のところ、同容疑者が出演している映像作品は(ソニー・ミュージックレーベルズ自身がパブリッシャーになっている音楽PVを除き)、そのまま配信されています。

ではなぜソニー・ミュージックは、今回のような厳格な措置を取ったのでしょう?

あくまで推測になりますが、ネット上で展開される可能性があるさまざまな予測不能の事態を避けるため、リスクヘッジ的に今回の措置に至ったのだと思います。

たとえば、(筆者がそう考えているというのではなく)薬物依存のアーティストが検挙されたことで一時的に電気グルーヴの楽曲がヘビーローテーションでかかり、それがレーベルにお金として落ちることを、"犯罪をネタにした炎上で儲ける"と毛嫌いする人たちが声を挙げ始めるかもしれません。あるいは、もっとシンプルに"犯罪者の作った作品を売るなんてけしからん"という人もいるでしょう。



▲iTunesでの検索結果

それによってソニー・ミュージックレーベルズに風評被害が及ぶとは僕には思えません。しかし、ちょっとした問題でも炎上する昨今の傾向を考えれば、理不尽だと批判を受けても今回の措置を実行した方がいいと考えたのかもしれません。

「行き過ぎた批判傾向がもたらした、行き過ぎた萎縮」その結果、煽りを受けたのは、電気グルーヴの音楽を愛してきたファンなのだから皮肉なことです。

無意識に引き起こされる"私刑"


ネット上の批判は、もっともだと思われる意見が多い一方、"もっともな話"故に批判がエスカレートしがちです。ネット上でもっともな意見を書き込めば、そこにさらにもっともな意見が被せられ、発言者はどんどん"自分は正しい"と自信を持つようになります。

誰も連携して批判しているわけではないのですが、相互に意見が承認されあう形で批判が膨れあがっていき、やがて、まるで"私刑(リンチ)"のように、何のルールもないまま一方的な批判へと続いていくことは、決して珍しくありません。

一方で、誰もが意識して"一方的な批判"をしようとしているわけではないでしょう。誰もがリンチしている意識などないはずです。しかし、全体を俯瞰して見なければ、それが行き過ぎているかどうか体感することはできないでしょう。

同様の現象は、企業に対する批判にも引き起こされることが少なくありません。ソニー・ミュージックレーベルズの判断には、まったく共感できませんが、一方で彼らの立場からすれば正しい判断とも言えるのかもしれません。

とはいえ、ファンにまでその影響が及ぶ今回の件については、やはりソニー・ミュージックレーベルズが防波堤になった方が支持を受けたのではないでしょうか。

たとえば映画「居眠り磐音(いわね)」は、ピエール瀧容疑者の出演部分をすべて撮影し直すそうですが、同じく出演している「麻雀放浪記2020」は公開が4月5日と目前に迫っていることもあって、宣伝は自粛するもののそのまま公開する方針だと報道されています。

罪を憎んで作品を憎まず。あなたならどちらの対応を支持するでしょうか。