人間関係の悩みは、どうすれば減るのか。総合格闘家の青木真也氏は「余計なことを言ってくるやつには『うるせぇバカ』でいい。どんなに怖い相手でも『張り子の虎』で堂々とした態度でいるべき」という。その理由とは――。

※本稿は、青木真也『ストロング本能』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

2018年7月23日、「ONE Championship」ライト級でタイのシャノン・ウィラチャイに勝った青木真也(フィリピン・マニラ)(写真=Avalon/時事通信フォト)

■突き放すことで自分の大切なものを守るという考え方

空気を読まずに人と違うことをすると、反論されることがしばしば起こります。そしてお節介なことに、みんな僕のことを正そうとしてくるのです。

「おまえの考えはおかしいぞ」「こうしたほうがいいぞ」と。

そのときに、僕はちゃんと怒りを表現するようにするようにしています。

「うるせぇバカ、このやろう」と。

これが、すごくいい。つまり効果的なのです。

余計なことを言ってくる相手がいたら、突き放して一回一回しっかり怒ると、次第に放っておいてくれるようになります。しかし、実はそれが自分の大切なものを守ることにつながります。

ほとんどすべてのことは「うるせぇバカ」でいいのです。もしそこで弱みを見せようものなら、相手は一気に攻め込んできます。そう、お願いしてもいないのに、「いい人星人」のふりをして増長してくるわけです。

「自分を応援してくれる人=理解してくれる人」なので、理解してくれる人だけに自分の思いを伝えればいいと僕は思います。

愛を持って接してこないやつの言葉に耳を貸したところで話にもなりません。そういうときは、ひとこと「うるせぇバカ」でいい。これが僕の意見です。

■虚勢も張り続ければ次第に現実味を帯びる

おかげさまで「青木はブレないのがすごい」と言われることがよくあります。自分の軸を持ち続けるには、僕なりのコツがあるのです。

ブレない自分を貫くコツとしては、弱みを見せないことも重要です。「俺はスランプだ」「いま調子が悪い」と自分から発言したり、SNSなどに書き込みしたりしないほうがいい。

逆に相手から「いま、おまえ調子悪いよな?」「勝ててないよな?」と言われたときは、「うるせぇバカ」と返すべきです。

人に流されず、弱みを見せなければ、相手は攻めてこなくなります。虚勢を張り続けていれば、それは次第に現実味を帯びてくるもの。

「弱みを見せた瞬間に食いつかれる」という感覚は、格闘家ならではの心理かもしれません。なぜなら、格闘家同士は向き合っただけで「これビビッてるな」「この試合は俺のペースだ」といったことまでわかります。

隙が生まれると、そこを集中攻撃されることが肌感覚でわかるのです。向かい合ったときに、こちらが一瞬でも引いてしまうと付け込まれる。

そして、それは試合だけでなく日常生活でも、仕事でも同じであるというのが僕のこれまでの経験を通して得た事実です。「怖い」という感情が一瞬でも出てしまうと交渉事も負けてしまうでしょう。

■1万円しかなくても、100万円あるように演出する

よって、どんなに怖くても、「張り子の虎」で堂々とした態度で臨むべきです。人生の多くのことは「はったり」で何とかなる、僕はそう本気で思っています。これから独立を考えている人、いまフリーランスの人は、はったりをかまして生きていったほうが有利になります。

格闘技はある意味で相手を欺く競技でもあります。1万円しか持っていなくても、100万円持っているように見せる。「俺はこれだけ持っているんだぞ」というのを表現するのです。そして、それこそが実力勝負の世界で生き延びていくコツであることを僕はこれまでの格闘技人生を通して実感しましたし、そのスキルはビジネスの場でも応用可能でした。

もちろん、余計なことを言ってくるやつに「うるせぇバカ」を連呼していれば、当然人に嫌われると思います。

嫌われることを気にする日本人は多くいます。そういう人は、まず、「嫌われる」ことが、どういうことなのかを自分なりに定義してみるといいでしょう。

仮に誰かに嫌われたところで、実は現実的には何も起きないことがほとんどです。たとえばネットでケンカしても、炎上するのはかなりレアケース。本当に危害を加えようとしてくるモチベーションがあるやつは、ほぼいません。

■嫌われるのは、その人の都合に合わないだけ

仕事をしていくなかで、嫌いな人にも出会うし、反対に嫌われることもあります。でも、「あいつの足を引っ張ってやろう」と思うことはありません。それはただの時間の無駄ですから。

『ストロング本能 人生を後悔しない「自分だけのものさし」』(青木 真也著・KADOKAWA刊)

ただ単純に、僕の「嫌い」という定義は「価値観が違う」ということです。そのため、価値観が違う人から仕事が来ることは、ほぼありません。だから、仕事をくれる人に対して誠心誠意やっているだけで、そこに信頼関係が生まれます。

SNSなどを使えば似たような価値観の人を探せる時代です。よって、自分が無理してストレスにまみれるのではなく、「何か合わない」と思った時点で切り捨てて次に行けばいい。

つまり、嫌われていいのです。人が誰かを嫌うのに、理由なんかありません。多くの人は世の中を自己都合で推し進めようとしているので、嫌われるのは、シンプルに考えて、その人の都合に合わなかっただけなのです。

「何で嫌われるんだろう」というのは、単なる被害妄想。つまり、まったく気にしなくていいことなのです。

「嫌われたらどうしよう」と心配する人は、目の前に見えている5人が世界のすべてであるように思いがちです。5人に嫌われたら、世界中のみんなから嫌われているように感じてしまう。

■人間関係は「グレー」でいい

でも、そんなことはありません。あたりまえですが、世界にはその5人以外の人間のほうが多いのです。この世は、突き詰めれば突き詰めるほど、誰が正しい、誰が間違っているなどはありません。

嫌われるのだって、しょうがないこと。「正解がない」ということを知るだけで、「別に嫌われてもいいや」と思えます。

反対に、正解を求めようとしたり、自分の正義を相手に押し付けようとすると、絶対にトラブルになります。正解はトラブルを生む。だから、はっきりさせないことが実は大事だったりするのです。

人間関係はつねに「グレー」くらいで大丈夫と覚えておくといいことがあるかもしれません。

(総合格闘家 青木 真也 写真=Avalon/時事通信フォト)