「おかしいと言われても、そんな僕を求めてくれる人がいる」加藤 諒が見つけた居場所

インパクト大のビジュアルと、強烈な個性を携え、加藤 諒がバラエティ番組を席巻し始めたのは、2015年頃のこと。

『今夜くらべてみました』や『アウト×デラックス』でそのキャラクターを絶賛され、一躍引っ張りだこに。5歳から磨いたダンスなどの意外な武器も援護射撃となって、各所で「加藤 諒が面白い」とささやかれるようになった。

そんな人気者の原点は、『あっぱれさんま大先生』。当時まだ10歳だった加藤は、この番組で芸能界デビューを果たした。

大学時代は「ほとんど仕事がなかった」と苦労も味わったが、そんな暗黒期を乗り越え、今や舞台『パタリロ!』のパタリロ役など多くの当たり役を獲得。個性派俳優としての資質を開花させている。

なぜ、今こんなに加藤 諒は「いい」のか。それは、彼の貫く「自分らしさ」が、何となく生きづらい今の世の中にいちばん必要なものだからかもしれない。

撮影/アライテツヤ 取材・文/横川良明
スタイリング/東 正晃(DerGLANZ) ヘアメイク/外丸 愛(SCENT OF FIG)
衣装協力/Bohemians(tel.03-5720-2460)、SPiKe(tel.03-6407-0123)

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「人魚姫になりたい」。短冊をバカにされた子ども時代

1990年から5年にわたり、日曜日のお昼を盛り上げた『あっぱれさんま大先生』。教室を模したセットの中で、「先生」・明石家さんまと「生徒」である子役たちが爆笑トークを繰り広げるバラエティ番組だ。加藤のほかにも、内山信二、声優の悠木 碧、OKAMOTO’Sのオカモトレイジなどが、幼い頃にこの番組で爪痕を残している。
『あっぱれ』ってたくさんの子役が出てくるじゃないですか。そうなると生き残りをかけてバチバチするのかなって想像してしまうんですが、加藤さんは当時どんな気持ちで臨んでましたか?
あまり勝負っていう気持ちはなくて。それよりも地元が静岡だったので、収録のたびに東京に行けることのほうが大きかったです。行けば、大好きな友達に会えるっていう感じで。

お仕事だという自覚が芽生えたのは、スタッフさんから「オンエアを見て、どういうコメントが使われて、どういうコメントがカットされてるか、ちゃんと勉強しておいてね」って言われるようになってから。

とくに改編期なんかは、どうしても辞めさせられる子が出てくるし、そうなるとますます生き残るために必死。「ここで面白いことを言ったら話題になるかも」と、自分なりに考えるようになりました。
まだ10歳くらいの年齢で、それだけ冷静に分析できるのがスゴいです。
冷静っていうわけではないんですけど、父がわりと「このやりとりは、これぐらいの間で」って細かくダメ出ししてくるタイプの人だったから(笑)。適当に聞き流しつつも、ちゃんとしなきゃっていう気持ちは植え付けられていたのかもしれません。
過去にインタビューで、小学生のときにいじめを受けていたとお話されているのを見ました。それは『あっぱれ』より前の話ですか?
『あっぱれ』の前からありましたし、最中も、それこそ終わったあともありました。
そういう状況で、悩むことはありませんでしたか?
日常の中での生きづらさというのはありました。幼稚園の頃から「オカマ、オカマ」ってからかわれていましたし。七夕の短冊に「人魚姫になりたい」って書いたら、「おかしい!」ってバカにされたり。
それは周りの同い年の子たちからだけじゃなくて。親に渡す連絡帳に、先生が「おままごとで諒くんがスカートをはいているのを見てビックリしました」って書いてるのを読んじゃって。「おかしいことなんだ」ってショックを受けたこともありました。
親御さんは、そこで加藤さんに何か言うタイプではなかった?
なかったです。「それは変だから直しなさい」みたいなことは、うちの親はひと言も言いませんでした。
▲1〜2歳の頃に撮った家族写真。

『あっぱれ』出演で、「自分は自分だ」と吹っ切れるように

「他人と違う」ことで、生きづらさを抱えている人もたくさんいます。加藤さんは「普通でいなきゃ」という強迫観念に苦しめられることはありませんでした?
それはなかったです。というのも、そういうことに悩む年頃になったときには、もう子役として仕事を始めていたから。
たとえ周りから「おかしい」と言われようと、現場に行けばそんな自分を求めてくれる人がいる。おかげで、あまり「普通でいなきゃ」って自分を追いつめずにすんだのかもしれません。
そうか。子役としての仕事が自信に。
あと、おかしい話ですけど、有名人と共演したってなると、いきなりみんなチヤホヤしてくるんですよ。

堂本 剛さんが主演の『ガッコの先生』(2001年)というドラマに出させていただいたんですが、それが知れ渡った途端、一気にヒーロー扱い。
でも、そういうわかりやすい手のひら返しって、逆に嫌になりません?
嫌になりました(笑)。今まで「オカマ、オカマ」って散々言ってきた人が、何で急に優しくなるんだろうって。その豹変ぶりに対して、すごく気持ち悪いなとは思いました。
とはいえ、そんな子役としての活動が、生きづらさを抱える加藤さんの救いになった。
そうですね。お仕事の場が自分の居場所でした。
『あっぱれ』で、さんまさんに「面白い!」と言ってもらえたことで、自分の個性を出していいと思えるようになったんですよね。注目を浴びるキッカケになったのは、「くるみちゃん」というニックネームだと思いますが、あれはご自身のアイデアですか?
小さい頃から姉と、「くるみちゃん」とか「メロンちゃん」みたいな名前が良かったっていう話はよくしていて。でも、その話をすると周りから「おかしい」って言われ続けていたんですね。

それが、番組で「この中で名前を変えたい人」って話題になったとき、「くるみちゃん!」って言ってみたらドカンとウケて。「これだ!」と思って、次の回から、今まで名札に「諒くん」って書いていたのを「くるみちゃん」に書き換えました。

僕、『あっぱれさんま大先生』で、学んだことがあるんです。
何でしょう?
日常生活だと「おかしい」って言われることでも、バラエティの世界では「面白い」って評価してもらえるんだなって。だから、他人から「おかしい」と言われても、「自分は自分だ」って吹っ切れるようになりました。
小さい頃は、どうしても学校がすべてだと思いがち。でも、決してそんなことはない。どこでもいいから、自分が呼吸をしやすい場所を見つけることが、大人でも子どもでも大切なんですね。
そうだと思います。僕にとっては、芸能界がそうだった。あとは、ダンススタジオにも通っていたので、そういう場所があったのも良かったと思います。

学校に行きづらい子がいるのだとしたら、「居場所は学校だけじゃないんだよ」と教えてあげたい。自分が自分らしくいられる場所を見つけるためにも、子どものうちからいろんなことを経験するのは大切だと思います。
▲『あっぱれ』出演時代の加藤。当時10歳。

愛されキャラの裏には、母・泉さんからの言葉があった

加藤さんの人間性が形成されていくうえで、お母様の影響は強かったのではと思います。テレビで紹介されていた「人を否定しない」という教えなんて、とても素敵です。
僕自身も人から否定されるのは嫌ですし。だから、人を否定するのは良くないという考えは、今でもずっとベースにあります。
加藤さんって、とても愛されキャラですけど、じつはちょっと毒っ気もあるじゃないですか。
そうですね、毒はあります(笑)。
でも、決して見ていて嫌な気持ちはしない。愛される理由のひとつに、「人を否定しない」という考えはかなり大きいんじゃないかなと思います。
たぶん、すごく活きていると思います。親から言われたことで、心に残っていることはいっぱいあって。

そのひとつが「お金がないからという理由で、誘いやチャンスを断らない」。まだ子役だった頃、ある演出家さんのワークショップと食事会があったんですけど、当時はお小遣い制だったから、お金がないので僕は遠慮しておきますってお断りしたんです。

それを泉さん(※加藤さんのお母さん)に話したら、「お金がないからって大事なチャンスを逃すのはもったいなさすぎる!」って言われました。

当時は舞台を観に行こうとしたら、わざわざ東京まで行かなくちゃいけなくて。そのお金がなくて諦めたこともあったんですけど、「将来役者をやりたいなら、ちゃんと舞台は観ておかなくちゃ」って言ってくれたのも泉さん。その影響もあって、今でも僕は作品を観るのにお金を惜しまないんです。
すごく素敵なお母さんですね。
母はすごく愛されキャラで、僕がいろんな人と仲良くなれるのも母譲り。母を尊敬していますし、見習わなくちゃって思うところがいっぱいあります。

「何を見ても加藤 諒」では、いずれ俳優としての需要はなくなる

2015年あたりから、バラエティ出演を機に一気にブレイクを果たしました。ブレイク前後で変わったことってありますか?
環境はすごく変わったと思います。
周りとの接し方はどうでしょう?
事務所の若手で「C.I.A.」っていうサポーターズクラブをやっているんですけど、同じ「C.I.A.」の後輩たちからドラマやバラエティでの立ち回りとか、いろいろ質問を受けるようになりました。

これは僕にとってはスゴいことで。今までずっとポンコツ扱いだったから(笑)、人から相談されたり質問されることって全然なかったんです。後輩の子たちから頼られるようになったのは、すごく大きな変化ですね。
大学時代はあまり仕事に恵まれなかったとお話されていましたが、そういう辛い時期を知っているからこそ、あのブレイク期をどういう気持ちで駆け抜けたのか聞いてみたいです。このチャンスを逃さないぞという気持ちは強かったですか?
街を歩いていたら声をかけてくれる人が増えたり、知名度が上がったという自覚はすごくありました。ただ、チャンスを逃さないぞという感覚はそんなになくて。

それよりは、コンスタントにお仕事ができるようになり、やっとスタートラインに立てた感覚でした。いただけるお仕事をひとつひとつ頑張っていけば、未来につながるんじゃないかなって信じてやっていました。
最初はバラエティのイメージが強かったですけど、ここ最近は役者としての存在感がどんどん増してきているように見えます。
とってもありがたいなと思う反面、声をかけていただける現状に甘えていたらダメだなって思っています。実力がないなりに、もっと努力すべきところを自分でちゃんと探して、レベルアップしていかないとって。
加藤さんはバラエティに多く出ていることもあって、パブリックイメージがかなり世の中に浸透していると思います。本来、役者というのは、固定のイメージがないほうが役に染まりやすいですよね。
そこは課題だと思っています。作品を観てくださった方たちの感想をチェックしてみると、役というより加藤 諒として見ている人が多いのかなって。きっとそれは、役の“説得力”がまだまだ足りていない証拠。

ある大尊敬する方からも「瞬発的なお芝居としてはいいんだけど、“説得力”に欠けてしまっている」とご指摘いただいて。そこは気をつけているところです。
課題なんですね。
今度の主演ドラマ(『恋と就活のダンパ』)では、加藤 諒じゃなくてちゃんと役として見てもらえるようにしないと、と考えています。そうでないと、いずれ俳優・加藤 諒の需要はなくなる。「何を観ても加藤 諒」というのは、絶対ダメ。
もちろん自分のカラーを出していい作品もありますが、その出し入れはちゃんとできるようにならないといけないなって。

コメディだけじゃないぞ、というところをみんなに見せたい

舞台『パタリロ!』は加藤 諒の個性と、役の個性がうまく合致した作品でした。
そこはもう演出の小林顕作さんが、僕とパタリロという役に寄り添ってくださったおかげです。コメディはいい意味でパブリックイメージを活用できる。やってて楽しいし、試されているなと思うところもあって、すごく好きです。

ただ、今はそれだけじゃないぞというところを見せたい気持ちが強くて。そういう意味でも、映画『ギャングース』(2018年)はすごく大きかったです。
『ギャングース』は少年院出身の3人組が主人公。加藤さんは、そのひとりであり、悪のみを狙う窃盗団の一員・カズキ役を演じました。
今までポップなコメディが多かったんですけど、シリアスな作品に出させていただいて。あそこで僕は“調べる”ということをちゃんとやるようになりました。役に関することを調べたり、同じような経験をした方から直接お話を聞いたり。

おかげで、自分の課題である“説得力”が少しずつ見えてくるようになって。これからも調べることは怠らないようにしようと思っています。
『ギャングース』では、どうして調べようと思ったんですか?
キッカケは、その前にやらせていただいた舞台『人間風車』(2017年)でご一緒した成河さんです。劇中に人間の頭皮をカッターで裂くシーンがあって。そのとき、成河さんから「人間の頭皮ってどれぐらいの厚さか調べた?」って聞かれたんですよ。
へー!
頭皮の厚さによって、どこまで力を入れて刃を差し込むかも、角度も変わってくる。そういう細かいことをちゃんとわかっているかどうかがリアリティを生むんだって、成河さんから教えてもらいました。
出演作はどんな基準で選んでいるんですか?加藤さんから要望を伝えることも?
そこはマネージャーさんにお任せしている部分が多いです。

でも、今は『ギャングース』がすごく楽しかったこともあって、ああいう社会的なメッセージのこもった、シリアスでありながらエンターテインメント的な作品をまたやりたいとも伝えています。

続けていれば、必ずチャンスが訪れる仕事だと信じている

2月13日で28歳を迎えられますね(取材は2月上旬)。20代も残りわずかですが、やり残したことは何かありますか?
何だろう……。自分が生きていくうえで主演をやらせてもらえるなんて考えてもいなかったので、本当に現状が信じられないというか。これ以上、何をやり残したんだろうっていうぐらい、いろんなことをやらせてもらった感じなんですよね。

今は、この仕事をやり続けたいというのが一番の目標。引退とかせず、ずっと続けていけたらっていう気持ちが一番大きいです。
ブレイクしたからこそ、続ける難しさも感じているのではないですか?
不安というのは常に感じています。仕事がないときの怖さを知っているから、もう絶対あそこには戻らないようにしようっていう気持ちもありますし。
そんなに仕事がなかったんですか?
大学の頃は全然(笑)。それこそ大学に進学する前、18のときに母からは「もう辞めたら?」って言われましたし。

卒業のときも事務所から「話があるんで……」って呼び出されて。そのときは「これはもうクビだ!」って震えました。まあ、じつは新しいお仕事のドラマのお話で、「やったー!」だったんですけど(笑)。
苦労を知っているからこそ、わかることがいっぱいあるんですね。
ドラマ撮影の終わり頃になると、共演者同士で「次は何決まってる?」みたいな話になるんですけど、昔は僕だけ決まっていないことがあって、それがすっごく辛かったです(笑)。だから今でも、自分からはそういう話はなるべくしないようにしようって思っていて。

でも、この仕事って、続けていればみんなに必ずチャンスがまわってくる可能性があるって僕は信じているんです。

子役からずっとやってきて、辞めていく子もたくさん見てきた。すごく切ないことですけど、辞める決断をする大変さも知っているからこそ、僕はこの世界から去っていった子たちの想いも背負って、続けていこうって思っています。

30代を迎える前に、自分で誕生日パーティーを開きたい!(笑)

じゃあプライベートの面で、20代のうちにやっておきたいことはありますか?
自分で自分の誕生日パーティーを開くっていうのはやってみたいです。傍から見たら、超寂しいやつって思われるかもしれませんけど(笑)。
どうして誕生日パーティーをやってみたいんですか?
僕、基本的には人を自分の家に上げるのが苦手なんです。でも日頃の感謝を伝えるためにも、一度ぐらいはそんなふうに人を呼んでおもてなしをしてもいいかなって。

きのうも母と姉が東京に遊びに来てくれて。僕の家に遊びに行きたいって言うから、連れて行ったらめっちゃ喜んでくれて。ああ、こうやって大切な人に喜んでもらうことをするのって大事だなってしみじみ感じました。
ちなみに今年の誕生日のご予定は?
『PRINCE OF LEGEND』のイベントです(笑)。
お仕事なんですね(笑)。
でも幸せなんです、誕生日にお仕事があるって。2015年の誕生日のとき、マネージャーさんが気を遣ってくれたのか、13日だけお休みで。何にも予定を入れてなかったから、逆にヤバいってなりました(笑)。
たしかにそれは寂しい(笑)。
そしたらちょうど須賀(健太)さんが「今日何してるの?」って連絡をくれて。「何もない」って返したら「髪の毛切るから一緒に来ない?」って誘ってくれたんです。で、須賀さんが髪を切られるのをジーッと見守ったあと(笑)、ごはんに連れて行ってもらいました!
ちゃんと覚えていてくれたんですね。
そうなんです! でも去年の誕生日は一切何も来ませんでした(笑)。あとで誕生日の話になったとき、いきなり思い出したかのように「おめでとうございます!」ってフォローされましたけど(笑)。
いい関係ですね(笑)。
それで、去年の須賀さんの誕生日は僕もあえて何も言わず。『学校のカイダン』のグループLINEが「お誕生日おめでとう!」って盛り上がってても、一切反応せず。

で、こっそりと自分のブログに「須賀健太さんお誕生日おめでとうございます」って書きました(笑)。
愛が深い。
ありがたいことに、僕の周りには感謝すべき人たちがたくさんいる。なのに僕は、今まであまり感謝を伝える機会も術も知らなかったから。
これからはちゃんと感謝を伝えながら、30代を迎えたいなって。そしたらもっと大人になれるのかなって気がします。
加藤 諒(かとう・りょう)
1990年2月13日生まれ。静岡県出身。O型。
2000年、10歳で『あっぱれさんま大先生』(フジテレビ系)に出演し、芸能界デビュー。以降、映画『HINOKIO』、映画『デトロイト・メタル・シティ』などに出演。近年の主な出演作に、舞台「パタリロ!」、ドラマ『アシガール』、ドラマ『ゆとりですがなにか』、映画『ギャングース』、映画『翔んで埼玉』など。映画『PRINCE OF LEGEND』が3月21日から公開予定。4月27日放送のドラマ『恋と就活のダンパ』(NHK BSプレミアム)では主演を務める。

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受付期間
2019年3月8日(金)12:00〜3月14日(木)12:00
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