3月1日にソウル市内で開かれた「三・一独立運動」100年の式典に出席した文在寅大統領夫妻(写真:共同通信)

植民地支配下の朝鮮で起きた広範囲の独立運動とされる「三・一運動」の記念日である3月1日。日韓関係がかつてないほど悪化していることもあって、韓国全土で反日ムードが高まり、大変なことになるのではないかと心配する向きもあったが、結果的には大きな混乱もなく終わった。

今年がちょうど100周年にあたることもあって、文在寅大統領は三・一運動記念日に向けて「親日清算」を繰り返し強調していた。そして、政府主催の記念式典での演説では、「親日残滓の清算はあまりにも長く先延ばしされた宿題だ」と強調していた。

この部分だけを聞くと、まるで日本が好きな韓国人全員を排除しようとしているかのように受け取れる。文大統領はここまで徹底した「反日」なのかと諦めたくもなる。しかし、文大統領の言う「親日」の言葉の意味は、日本人が受け止めている意味とはまったく異なっている。

日韓で異なる「親日」の意味

文大統領は同じ演説で次のように説明している。

「親日残滓の清算とは、親日は反省すべき、独立運動は礼遇を受けるべきという最も単純な価値を立て直すことです」

これだけではまだわかりにくい。菅義偉官房長官が先月、記者の質問に答えて「親日清算」について説明しているので、それを紹介しよう。

「韓国の独立運動の歴史や独立運動家の記憶を強調する文脈で発言したと承知している。このような文脈の親日は、戦前や戦中に日本に協力した関係者を批判する用語であり、日本語でいう親日とは意味が異なるものだ」

これならわかりやすい。日本語の語感では一般的に「親日」と言えば日本を好きなことであり、「親日家」と言えば日本の観光地や食事などが好きで頻繁に来日する外国人を指している。ところが同じ漢字を使っても、文大統領の言葉の意味は、菅官房長官が説明したように、植民地支配時代に日本政府や日本軍に積極的に協力した韓国人を指しているのだ。その「清算」とは、そうした「親日」の人たちが戦後もぬくぬくと暮らしていることは許せないという意味なのだ。

2018年には韓国から約750万人が来日した。この中には観光目的の韓国人も多いだろう。そうした人たちに韓国政府が「親日は清算する」と言って圧力を加えるということは、冷静に考えればありえないことである。言葉の意味を誤解し、感情的に反発することだけは避けなければなるまい。

「親日」をめぐる韓国内の論争は文大統領が初めてではない。太平洋戦争終結後、韓国はアメリカの支配を経て1948年に独立した。李承晩、朴正煕、全斗煥大統領らの独裁国家、軍事国家が続き、民主化が実現したのは1987年だった。

この間、植民地支配時代に日本に協力した人たちが、日本の敗戦後も韓国政府の主要ポストを握り続けてきた。逆に植民地支配時代に独立運動に取り組んだ人たちは、韓国独立後、民主化運動に力を入れたことで弾圧の対象になったとされている。

「親日」めぐり韓国内で激しい論争

文大統領が言う「親日派反省すべき、独立運動は礼遇を受けるべき」と述べているのは、こうした韓国の歴史を踏まえての発言である。

この「親日」をめぐる韓国内の論争は激しい政治的対立に発展している。韓国の民主化は市民運動によって実現しており、それを担った人たちが政治的には「進歩派」と呼ばれるグループを形成し、金大中氏や盧武鉉氏という大統領を生み出した。特に2003年に就任した盧大統領が「親日清算」に積極的に取り組んだ。「日帝強占下の親日反民族行為真相究明特別法」を制定し、「親日派」人物の調査を開始した。調査対象は日韓併合条約を推進した官僚や将校、独立運動を取り締まった警察官や司法関係者、さらにはマスコミ関係者らも含まれた。

韓国の「親日清算」の動きは徹底している。2005年には植民地化や植民地統治に協力した人たちの子孫の所有する土地や財産を没収するための「親日反民族行為者財産の国家帰属特別法」までも制定した。その結果、盧政権時代に約170人が没収対象の「親日」とされ、子孫の所有する土地などが政府に没収された。

何もここまでやることはなかろうと思うのだが、韓国の国内政治の対立は日本よりはるかに激しいものがある。盧大統領の次に大統領に当選した保守派の李明博氏は、盧大統領が進めてきた「親日清算」関連の作業をすべてストップさせた。そればかりか、保守系の民間団体は「親日清算」に対抗して「親北人名辞典」を刊行するという徹底ぶりである。

こうしてみると「親日」論争は韓国内の政治問題にすぎないともいえるが、韓国史に日本が深く関与していることから、日本がまったく無関係とはいえない複雑さがある。

進歩派からすると、保守派政権時代の政治的資産は、それが内政問題であろうが外交的成果であろうが、ことごとく否定の対象になってしまう。むろん、その逆もありうる。従って保守派の代表的政治家である朴正煕大統領が実現した日韓国交正常化とそれに伴う日韓基本条約などは、進歩派にとってはその後の韓国経済の著しい成長などの成果にかかわらず、否定すべき対象になってしまう。同じく朴大統領の娘である朴槿恵大統領時代の従軍慰安婦についての日韓合意も、同じ理由で否定されるべきものになる。

国内政治対立が外交の継続性を阻害

その結果、日韓関係については過去に締結された条約、あるいは政府間の合意などが保守派と進歩派の間の政権交代によってきちんと継承されず、後続の政権によって否定されたり正反対の評価を受けることがしばしば起きる。日韓両国が良好な関係を継続的に維持できない大きな理由の1つがここにあるといえるだろう。

社会保障政策や教育政策などの国内政策はそれぞれの国が自己完結的に決めて実施することが可能だ。しかし、外交はそうはいかない。2国間関係であれば相手国と、多国間関係であれば関係国のすべてと信頼関係を作り、交渉の末に合意した条約などをきちんと守る。それが現代の国際社会におけるルールである。仮に過去の合意に問題があるなら、一方的に無視したり切り捨てるのではなく、改めて外交交渉を行わなければならない。こうした基本原則が守られなければ外交関係は成り立たない。

しかし、日韓関係においては、元徴用工問題や元慰安婦問題への対応などに表れているように、韓国国内の保守派と進歩派の対立が、そのまま外交関係に一方的に持ち込まれ、韓国側の論理だけで外交的資産が破棄されたり無視されるという事態が起きている。これは外交としてはあまり利口なやり方ではない。

幸い3月1日の演説で文大統領は、「今になって過去の傷をほじくり返して分裂を引き起こしたり、隣国との外交で軋轢要因を作ったりしようとするものではありません」と述べている。文大統領にしては珍しく日韓関係に配慮した発言だ。

直前にベトナムで行われた米朝首脳会談が決裂したことで、最も力を入れている北朝鮮との融和促進や経済協力にブレーキがかかりそうになってきた。その状況の変化を踏まえての発言であろう。文大統領が南北関係改善のために日本に協力を求めようという方向に多少なりとも舵を切ろうとしているのであれば、これは大いに歓迎すべき発言である。