採用面接を落ちる原因は全部「適性検査」だという羽田さん(編集部撮影)

この連載では、女性、とくに単身女性と母子家庭の貧困問題を考えるため、「総論」ではなく「個人の物語」に焦点を当てて紹介している。個々の生活をつぶさに見ることによって、真実がわかると考えているからだ。
今回紹介するのは、「親から逃げて上京したものの、うつ病で仕事を転々としている。スマホも税金も払えなくて金融ブラック。気付いたら200社は落ちている。また遅刻してクビになった」と編集部にメールをくれた、北関東に住む24歳の女性だ。

3年前に家族を捨てて「家出」した

「200社くらい面接に落ちて、やっと先週、派遣に決まりました。月給15万円くらいの仕事です。やっと最低限の暮らしができそうです」

八王子駅ビル。羽田優加さん(仮名、24歳)は遅れてやってきた。自宅は駅から徒歩30分以上、バス便の不便なところで時間が守れないことが多いようだ。美少年のような女性だった。住民票の住所は北関東のある町で、3年前に家族を捨てて家出している。

誰も頼る人がいない。半年間に及んで無職の期間は、クラウドワークスでイラストなどの仕事を引き受け、家賃や光熱費を滞納しながらなんとかギリギリの生活を送った。フリーの仕事は限界を超えて価格が下落している。最低限の生活すらできない。2週間ほど前、200社以上の不採用が続く渦中に、空腹と不安で精神的に耐えられなくなり、衝動的に取材に応募したという。


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「まあ、さすがにもうどうしようもなくなって、生活保護を受けて生活したほうがいいのかなと思って病院にも行きました。採用面接を落ちる原因は全部適性検査です。なにかがおかしいんだと思う。発達障害の検査を受けましたけど、“境界域”と言われて手帳はとれませんでした」

北関東の実家とその地域に問題があるようだった。北関東とは関東地方北部にある群馬県、茨城県、栃木県の3県のことだ。埼玉県北部を含めて4県を指すこともある。羽田さんに「出身地は本当に嫌なのでボカして欲しい」と言われているので“北関東”にしている。

大きな産業もレジャー施設も、観光もない北関東は衰退の一途をたどっている。すでにあらゆる地域でシャッター商店街だらけという状態だ。週刊東洋経済2月23日号の地方の特集で都道府県別“2030年の15〜64歳、人口15年比”が掲載されていた。群馬県14.2パーセント、栃木県14.7パーセント、茨城県16.6パーセントと、さらに人口が減り続ける厳しい数値がでていた。

「偏差値が低い高校で、クラスの何割かの就職先は水商売とか風俗ですよ。中学の同級生もそんな感じ。地元では、そういう仕事に就くのは普通のことです。まともな仕事はないし、あったとしても生活できるお金は稼げない。ほとんどの人は高卒で工場とかに就職して、地元に残り続けている。村社会なのでイジメもすさまじい、褒める部分はなにもない」

家は祖父母の代から住み続ける元からの住民だ。たまに移住してくる人もいるが、地元コミュニティーに入ることができずに消えるように引っ越していく。羽田さんは家族を捨てただけでなく、地元も捨てて、東京の片隅で貧困を抱えながら孤独に生きることを選択している。

母親からも父親からも「虐待」を受けた

「私は地元民ではあったけど、小学校の頃からイジメにあって。同性に囲まれてあらゆる嫌がらせをされた。まあ、死ねと言われるとか暴力だけど、そのときの記憶は全然ない。それで女性恐怖症になった。家庭もおかしくて、なんていえばいいんだろう。母親からは虐待、父親からは性的な虐待をされていました」

風貌は手塚治虫のリボンの騎士のような雰囲気だ。とくに表情を崩すわけでなく、さらりと言う。今は貧困と引き換えに身の危険のない生活を送っている。過剰に傷ついたり、深く悩む時期は過ぎているということか。

「性的虐待は小さい頃からで、1度や2度じゃなくて、大人になってもずっと。父親のことは今なんとも思ってないけど、それが性的虐待って自覚したのは短大生になってから。高校生までは、ずっとそれが普通だと思っていた」


孤独と貧困に耐えながら、八王子で生活する羽田さん(編集部撮影)

性的虐待だけでなく、身体的虐待もすさまじかった。かんしゃく持ちの母親はささいなことで逆上して、ものすごい暴力をふるう。食器でぶっ叩かれたり、扇風機を投げつけられたり、そんなことが頻繁にあった。家出直前には包丁で腕を刺された。このままだと殺されると思って家出を決意したという。

「母親は絶対にダメです。本当に嫌。2度と会いたくない。だから一生逃げます」

強い口調で、そう言う。現住所がバレれば、父親と母親は車で駆けつけて、そのまま抑えつけられて北関東へ戻される。羽田さんは逃げ続けることを最優先に置いていた。そのモチベーションがあるので、過酷な貧困も乗り切れているようにみえた。

地元では強固な出身中学のコミュニティーがある。そこに入っていないと一切の居場所がないという。同級生は幼稚園から中学校まで同じであり、3つの小学校があわさる中学校での人間関係が生涯続いていく。コミュニティーのメンバーになれる条件は「地元を離れないこと」「嫌われていないこと」で、羽田さんは両方に該当しない。仮に地元に戻っても、もう居場所はない。

父親も母親も地元の中学校同級生のコミュニティーは現在も継続している。北関東で生きるための条件の1つになっている。

イジメられていた羽田さんは、コミュニティーから排除された。22年間暮らしたが、地元の人間関係はほぼゼロで東京にも数えるほどしかいない。虐待する親、地元からの排除、本当に孤独なのだ。

「地元は弱い人間は切り捨てられちゃいます。人とのつながりがないと、あいつおかしいんじゃないかってうわさになる。だから東京の大学に行く人は地元を捨てる覚悟で行っている。優秀な人は地元を捨てて、どうしようもない人が残る。だから、みんな高卒で就職するんですよ」

短大を卒業して、車のディーラーで非正規で働いた。北関東には高卒や短大卒のまともな就職先はない。ほとんどが最低賃金で月給が設定され、手取りは11万円程度となる。親にいわれるがまま就職を決めて、実家から会社に通った。

「短大で初めて地元以外の人間と交流を持って、自分の家は異常で、子どもの頃から異常な経験をしたって自覚して、そこから精神状態がおかしくなりました。うつ病です。絶望感みたいなのがぬぐえなくて、どうしてもカラダが動かなかったり、死にたい気持ちがおさまらなかったり、今も治っていません」

ほぼ全員が就職する中で、短大に進学

父親は建築系の職人、母親はスーパーのパートで裕福ではなかった。両親は祖母から実家を相続し、なんとかギリギリ生活する状態だった。羽田さんはクラスのほぼ全員が就職する中で、短大に進学。母親の勧めで奨学金をフルで借りた。学費と交通費以外に数万円余る金額を借りたが、残りのお金は母親が家計に組み込んだ。

おかしいと心の中では思ったが、なにか口を出せば、暴力がはじまる。壮絶な暴力をふるう母親には絶対に意見はできなかった。

「奨学金は毎月15万円くらい。母親が通帳を持っているので、お金は私のところにはきません。結局、奨学金は元金で300万円以上になって、今は毎月2万円以上の返済があります。家賃も払えないのに払えません。催促状だらけ。就職しても通帳は母親が持ったので、私の手にはお金はきません。正直おかしいですが、地元では普通のことでした」

昨年の記事「拒食症の母の首を絞めた25歳の苦悩」も、母親によってがんじがらめにされ、給料はすべて奪われている話だった。場所は北関東である。

羽田さんの母親は見えっ張りのブランド好きで、頻繁にアウトレットモールなどで買物しているという。

就職して2年目。父親の性的虐待も、母親の身体的虐待もなくならない。精神状態は本格的におかしくなり、親に隠れてこっそりと受診した。うつとPTSDと診断されて服薬をするようになった。

とくに母親の暴力は、社会人になってからさらに激しさを増した。このままでは殺されると思うようになり、東京にいるただ1人の高校時代の知り合いにSOSをだした。知り合いにお金を借りて、現在住む八王子の部屋を契約して、家を抜けだした。仕事は家出する前日付けで退職した。

「こっちに来てまず就いたのは、工場の雑用みたいな仕事です。給料は手取り15万円くらい。家賃を払って、奨学金と友達への借金を返済して、お金を使わなければなんとかやっていけた。コンビニ弁当も買えないような苦しい生活だけど、地元に戻ることに引き換えたら夢みたいだと思った。苦しいときもあるけど、それだけでなんとか頑張れました」

そして半年前、抱えているうつが発症して働けなくなった。退職して、収入は完全に途絶えた。少しだけ休んでインターネットであらゆる求人に応募した。必ず不採用になる。クラウドワークスでイラストの仕事をしながら、仕事を探し続けて先週やっと新しい仕事が決まっている。

追いつめられて何度も死ぬことを考えて、何度も自殺未遂もした。採用の連絡がきて、まだ生きることができるとホッとした。

商業地でも観光地でもないし、産業もない

20代貧困女性から北関東で起こった似たような話を立て続けに聞いた。地元から排除されて親に収入をとられて貧困に陥り、最低限の賃金を稼げる雇用はなく、日常は虐待まみれで逃げるしか生きる道がない、という内容だ。

北関東は大丈夫なのだろうか。先日、筆者は別件でたまたま羽田さんの地元の隣の市に行くことになった。その市で民生委員とPTA会長を務めた(50代の)女性に会うことになり、羽田さんたちから聞いた話を伝えた。

「商業地でも観光地でもないし、産業もないので経済は基本的にまわっていないです。虐待まではそれぞれなのでわからないですが、地元から離れた人が排除されるのと、貧困だらけなのは事実です」

普通に生活できる仕事は公務員と農協、信用金庫くらい。あとの仕事は最低賃金に張りついた雇用ばかりで、1人で自立できるお金はなかなか稼げない、という。

「今、現役世代でここに住んでいる人たちは、親の土地に家を建てている人がほとんど。自立できていません。今の年代だと親からの援助があって、40歳、50歳になっても80歳の親からお小遣いをもらっていたり。コメと野菜はわけてもらうとか。今のその世代が自分の子どもや孫に土地を残せるかといえば、残せない。相続税を払えないだろうし、土地がもう余っていない。今の世代で終わりです。なので、今の子どもたちは食い詰めることになります」

女性は民生委員の経験があるので各家庭に詳しく、PTA会長も務めているので地元をよく知っている。優秀な層はさっさと地元を捨てて東京にでて、下位層が地元に残って親を頼りながら生きている。ずっと親と同居、または同じ敷地内で生活することで世帯収入を保って、なんとかギリギリの生活を送っている。それが一般的な北関東の家庭の姿のようだ。

「下位層の子どもたちが高卒でそのまま夜の世界に流れるのも、もうずっと前から事実です。正直、夜の世界や風俗、援助交際に走る子はメチャクチャ多い。最初は工場とかに就職するけど、やっぱり賃金が異常に安い。それで休日に水商売をはじめて、どんどんのめり込んでいくってパターンです。1番の勝ち組は結婚して子どもを産むこと。本当に溜息をつくことはたくさんですが、ここでは、それしか生きる道がないかもしれません」

親の世代から北関東にずっと住んでいるという女性は、溜息をつきながらそう語っていた。どうにもならない貧困の連鎖が続き、人口減少は止まることなく、もうどうにもならないようだ。よそ者はイジメられて追いだされてしまうのだから、地方創生などは夢みたいな話で、意識の高い地域住民のガス抜き程度の成果しかないようだ。

最後、羽田さんの話に戻ろう。彼女は孤独と貧困に耐えながら、八王子の僻地の部屋でなんとか生きている。

地元に未来がないとわかっているのは頭のいい人だけ

「地元が閉塞して未来がないってわかっているのは、頭のいい人だけです。みんななにもわかっていないから、ずっと地元にいるんだと思う。今の私もたいして変わらないけど、工場か介護か風俗かしか仕事の選択肢がなくて、風俗以外は全員低賃金で親にパラサイトしながら生活しています」


フェイスブックもツイッターも地元同士でしかつながっていないので、外の世界を知りようがないようだ。

「精神病が治ってないし、正直ツラいことばかり。だけど、仕事も見つかったし、なんとか頑張ります」

そういって、話は終わった。取材が終わって写真撮影を頼んだ。彼女は撮った写真をワンショットごとに確認しながら、自分だとわからないかチェックする。親に所在がバレるのが本当におそろしいようで念入りだった。

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