ネットでオーダースーツを販売するベンチャー企業「ファブリック・トウキョウ」が好調だ。サービスの特徴はネットで完結させないこと。顧客は原則として首都圏にある8つの店舗に足を運ばなければいけない。経営コンサルタントの竹内謙礼氏は「ゾゾやアマゾンとは真逆の戦略で、高く評価できる」と語る――。

■ゾゾやアマゾンよりITとファッションを熟知

FABRIC TOKYO 渋谷MODIの店内。入りやすい店舗のつくりになっているのが特徴(撮影=竹内謙礼)

「アパレル業界で注目のIT企業はどこですか?」

仕事柄、そんな質問をよく受ける。メディアが注目するZOZO(ゾゾ)と答えてほしいのか。それとも今年からアパレル業界に本格参入するアマゾンと答えてほしいのか。しかし、私はここであえて相手が予想もしていなかった企業名を答えるようにしている。

ファブリック・トウキョウ。

東京都渋谷区にあるオーダースーツを販売する企業である。サービスリリースは2014年。従業員数は2018年にようやく70名を超えたばかりのベンチャー企業だ。ゾゾやアマゾンとは比較にならないほどの小さな会社だが、それでも私はこの会社が近い将来、日本のアパレル業界を代表するIT企業になると予想している。なぜならば、ゾゾやアマゾンよりも、ITとファッションのことを熟知しているからである。

■「ネットから実店舗への集客」に注力

ファブリック・トウキョウの強みは、ネットとリアルの絶妙な融合にある。このバランスがしっかり取れている企業は思いのほか少ない。例えば、IT企業がアパレル品を扱ってしまうと、ネットの中でサービスを全て完結したがる傾向にある。体のサイズを自宅で測定できるゾゾスーツしかり、返品OKのアマゾンプライム・ワードローブしかり。

効率化やIT化を目指して、ネットサービスだけで顧客を満足させることにこだわり続けてしまう。それが逆に利便性を欠いてしまったり、服を買う楽しさを失わせてしまったり、マイナスの面が浮き彫りになってしまうケースが少なくない。

しかし、ファブリック・トウキョウは真逆である。ネットを通じて自社のオーダースーツの情報を発信しているものの、そこで全てを完結させようとはしない。「ぜひ、お店に来てください」と首都圏にある8店舗への誘導に力を入れているのである。これにより、ネットから実店舗への集客を展開し、こだわりの生地やスーツのコンセプトを直接スタッフから聞ける機会を増やし、顧客との関係性を密にしていくのである。

オーダースーツ店の中には、ネットから実店舗への集客に力を入れているところもある。しかし、現状、どこのサイトも実店舗に集客したいのか、ネットで販売したいのか、方向性が中途半端だ。ネット販促に熟知したコンサルタントから見れば、既存のオーダースーツ店の多くはリスティング広告やSNSの活用が甘く、逆にネット販促に長けたファブリック・トウキョウの存在感を際立たせてしまっている状況になっている。

■「サイズがぴったりだから良い」ではない

取材に応じてくれた森雄一郎社長(撮影=竹内謙礼)

その点に関して森雄一郎社長に聞いたところ「うちはオーダースーツの企業というよりも、テックカンパニーの性質のほうが強いですからね」と答えてくれた。店舗のスタッフもネットに熟知しており、最近も店舗スタッフが勤怠管理のシステムを自作して、社内チャットで共有してくれたという。このエピソードからも服を販売することしかできないアパレル店のスタッフとは、ネットに対するスキルのレベルが大きく違うことが理解できる。

森社長自身も、もともとはIT企業の出身。ネット販促のうまさが際立つのも納得がいく。しかし、だからといって森社長にネット販促を優先するつもりは毛頭ない。オーダースーツの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたいという思いで起業したこともあって、そこにITと実店舗の垣根をあえて作ってはいない。スタッフに対して実店舗とネットを分け隔てなく教育しているのもファブリック・トウキョウの特徴と言える。

「オーダースーツはサイズがピッタリだから良いというものではないんです。ゆったりしたのが好きだったり、細いのが好きだったり、趣味嗜好やライフスタイルによってサイズだけでは分からないところがたくさんある。そういう個人の思いを汲み取るには、直接会って、お客様と話をする必要があるんです」

■実店舗でのヒアリング内容をデータ化

ファブリック・トウキョウには“Fit Your Life”というコンセプトがある。洋服には体に合ったサイズ以外にも、生活にあったサイズが大切だという意味が込められるという。

ネットから実店舗に来店した顧客には、サイズの測定はもちろん、日常的なスーツの使い方からライフスタイルまで細かいヒアリングを心がける。その後、サイズはすべてデータとして店舗に保存。次回からは実店舗に足を運ばなくても、ネットからオーダースーツを注文することが可能になる。

「もともと私自身がオーダースーツのお店は敷居が高くて入りづらいと思っていたんです。それを払拭するために、ネットを通じて『このお店に行ってみたい』と思ってもらえるような情報発信に力を入れるようになりました。ファブリック・トウキョウはネットから実店舗への集客が95%を占めていて、リピート率も一般的なアパレル業界の企業に比べれば2倍ほどあります。ネットを通じてお店に入りやすくなり、リピートしやすい店作りができれば、もっとオーダースーツが身近なものになっていくと思っています」

森社長の言葉を聞いて、ネットの消費トレンドが大きく変わりつつあることを実感する。以前は実店舗をショールームのように使い、その後、ネットで安い商品を探して購入する“ショールーミング”が頻繁に行われていた。しかし、最近はネットで店舗や商品の情報を集めて、その後、実店舗に足を運ぶショールーミングとは真逆の“WEBルーミング”という消費行動が生まれつつある。ファブリック・トウキョウはその最前線にいる企業と言える。

■「採寸ついでに」クラフトビールイベント

ファブリック・トウキョウのもうひとつの魅力は、月1回の頻度で開催されるイベント企画である。しかし、アパレル業界特有のセール販売やポイント還元のような安っぽい企画ではない。服に対して愛情が自然と芽生えてきてしまう、魅力的なイベント企画を数多く開催しているのである。

例えば、昨年の夏には19時以降に来店した顧客にクラフトビールを振る舞う“ふぁぶりっく横丁”というイベントを開催。ビアガーデンならぬオーダースーツ店でお酒が飲めるユニークな企画は、「採寸ついでに一杯どう?」というキャッチコピーで、敷居の高いオーダースーツのお店のイメージを大きく変えた。

また、西日本豪雨の際は、岡山県産のデニム素材を使ったスーツとシャツの売上を100%被災地に寄付する企画を打ち立てた。被害の大きかった岡山県と地場産業のデニム生地を絡めて、全額寄付するという大胆なチャリティープロジェクトは、ファブリック・トウキョウのブランド力を一気に高める企画となった。

店内にはスーツの生地がズラリと並ぶ。定番のブランド生地よりも、他社にないこだわりの生地を取り扱う(撮影=竹内謙礼)

■「値段を決めてもらう」企画も

ブラックフライデーに開催された企画も面白い。ご存じの通り11月の第4金曜日は大セールの日。アパレル業界でも服を安く叩き売ることに必死だ。しかし、ファブリック・トウキョウでは、工場で眠っているサンプル生地で作ったオーダースーツを、顧客自身に値段を決めてもらう斬新な企画を展開。ブラックフライデーの真逆の“ホワイトフライデー”と銘打った企画は、限定20着の販売に対して2万件の応募を受けるほどのヒットとなった。

「昔は着るだけでワクワクするブランドが多かった。でも、ファストファッションとアパレル業界のEC化によって、楽しくてドキドキする服って少なくなった気がするんです。特にスーツやワイシャツは毎日着るもの。なおさら毎日がワクワクするようなコンセプトを打ち出していかないと、お客様は楽しい気持ちにはなれないと思ったんです」

森社長の言うとおり、ITによる効率化やAIの活用が進めば進むほど、服に対するワクワク感が減っているような気がする。自宅でサイズが測定できたり、気に入らない服を返品できたりする仕組みは確かに便利だ。サブスクリプションのように定額制で毎月いろいろな服が送られてくるのも今の時流に合っているといえる。

しかし、それで服を選ぶ楽しさや服を買う喜びも得られるのかといえば、答えはノーだ。ファブリック・トウキョウのように企画を通じて売り手側の姿が見えて、心が揺さぶられるような企画で消費心をくすぐられることが、今の服には欠けている気がしてならない。

■「ゾゾスーツをどう思うか」

ゾゾやアマゾンはネットの利便性を生かして、服を多くの人に売ることを常に考えている企業である。対して、ファブリック・トウキョウはネットを活用して、顧客とのコミュニケーション機会を増やすことを常に考えている企業である。同じネットで服を売る企業でありながら、服を着る楽しさを思い出させてくれるのは、明らかに後者である。

取材の最後に森社長に「ゾゾスーツについてどう思うか」という少し意地悪な質問をしてみた。すると意外にも「あれは素晴らしいですよ!」と興奮気味に答えてくれた。

「私もゾゾスーツを着てTシャツやニットを購入しました。あれは本当によくできた仕組みですよ。世間では注文したけどサイズが合わないという声も多く聞かれますが、サイズには好みの問題が大きく影響しますからね。そういう意味ではオーダーメイドの服の良さと難しさを多くの人に知ってもらう良い機会を作ってくれたと思います」

ゾゾスーツに対して嫌悪感を示すと思いきや、それは大きな間違いだった。ファブリック・トウキョウが目指すのは「服を売りたい」ではなく「オーダースーツの素晴らしさを多くの人に知ってもらいたい」なのである。そこに着るだけでサイズが測定できるサービスがあろうとなかろうと関係ない。安さや利便性に振り回されない、服が本来持つべきであるワクワク感を取り戻そうとしているファブリック・トウキョウは、近い将来、日本を代表するIT企業になるに違いない。

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竹内 謙礼(たけうち・けんれい)
有限会社いろは代表取締役
大企業、中小企業問わず、販促戦略立案、新規事業、起業アドバイスを行う経営コンサルタント。大学卒業後、雑誌編集者を経て観光牧場の企画広報に携わる。現在は雑誌や新聞に連載を持つ傍ら、全国の商工会議所や企業等でセミナー活動を行い、「タケウチ商売繁盛研究会」の主宰として、多くの経営者や起業家に対して低料金の会員制コンサルティング事業を積極的に行っている。著書に『売り上げがドカンとあがるキャッチコピーの作り方』(日本経済新聞社)、『御社のホームページがダメな理由』(中経出版)ほか多数。

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(有限会社いろは代表取締役 竹内 謙礼)