1本25万円という高級生ハムがなぜ行列ができるほど売れているのか、経営者にお話を伺った(写真:beats3/iStock)

世の中では、高くても意外なものが飛ぶように売れている。しかし「いいものを高く売ろう」と考えても、なかなか実現できない人は多い。違いはどこにあるのか?『なんで、その価格で売れちゃうの?』(PHP新書)でさまざまな価格戦略を紹介した永井孝尚氏が、その秘密に迫る(本記事は、同書からの引用記事です)。

単価5000円の居酒屋としてスタート

ある日、山本さんという若手経営者から手紙が届いた。私の本を読み、「価格を下げず、価値を上げる」という考え方を参考にして、自社に取り入れているという。

手紙を読み進めて驚いた。経営する居酒屋で「52歳経営者」をターゲット顧客にして、1本25万円の生ハムセラー(食品貯蔵庫)を始めたところ、行列待ちの大人気だという。「これはぜひお話を聞かなければ」と思い、数日後、ご本人に会って詳細を伺った。

山本さんの挑戦には、価格競争の世界から抜け出し、ターゲットのお客さんを見極め、高い価値を創り出すためのヒントがたくさんあった。「ぜひ読者の皆様と共有したい」と思い山本さんに相談したところ快諾をいただいたので、ここで紹介したい。

山本さんの会社は、先代の父親が社長の時代に、日本で初めてスペイン産のイベリコ豚を輸入した。イベリコ豚はスペインでもごく一部でしか飼育されていない。その中でも天然ドングリや牧草、香草を食べて育ったイベリコ豚は「ベジョータ」と呼ばれる。

この会社はイベリコ豚血統100%の「レアル・ベジョータ」を輸入する日本で唯一の業者だ。イベリコ豚全体の中で2%しかいない最高級品で、味も栄養も比べものにならないという。

山本さんがレアル・ベジョータを輸入できるのは、父親が現地で築き上げた深い人間関係の賜物である。しかし父親は2011年に急逝。若い山本さんが後を継いだ。イベリコ豚は生ハムで食べることが多い。そこでこの会社は、イベリコ豚が食べられる店「IBERICO‐YA」を単価5000円の居酒屋としてスタートさせた。

しかし経営を引き継いだもののうまくいかず、売り上げはジリ貧に。そこで「最高級イベリコ豚の価値が本当にわかるお客様にターゲットを絞ろう」と考えたという。

「ターゲットを絞る」というと、いかにもよくある話に聞こえるかもしれない。実際には山本さんは、売り上げがさらにガクンと下がる恐怖を感じていたそうだ。しかしそれまでいろいろとやっても、うまくいかなかった。「わらにもすがる思いでターゲットを絞らざるをえなかった」のが現実だったという。

優越感に浸りたい52歳経営者をターゲットに

ではターゲットをどのように絞るか。そのモデルは、当時応援してくれていたお客さんの中にいた。「52歳の経営者。優越感に浸りたい、人に自慢したい、モテたいと思っている人」だ。そこで「この人が喜んでくれることを、具体的にやろう」と考えた。

最初は試行錯誤の連続だった。まず接客の際にレアル・ベジョータの説明をする。メニューカバーを高級感あるものに作り変える。食器も入れ替える。さらにレアル・ベジョータのストーリーを描いたランチョンマットも用意した。

一方でそれまで行っていたクーポンを廃止したので、最初の1年は売り上げが低迷した。しかし徐々に単価はアップ、1年が過ぎる頃には予約で満席の日が続くようになった。

山本さんはこのタイミングで店舗改装に踏み切った。生ハムを丸々1本25万円でキープできる生ハムセラーや、隠れ家風の個室を作った。さらにキープした生ハムには、キープしている人の名前を書いた大きな木のプレートを付けて、知り合いと一緒にいる個室のテーブルまで持ってきて目の前でスライスする、というパフォーマンスも加えた。

これらが人気になり、さらにVIPルームも作った。銀行の金庫をイメージして、入口は店とはまったく別のところから入れるようにした。看板もなく、暗証番号で入室する。私も実際に店に行ってみたが、外から見ても何の店かまったくわからなかったし、隠し扉があったりして、遊び心満載だ。

この1本25万円の生ハムセラーは宣伝していない。「その人だけが知っている」「人に言いたくなる」という希少さが大きな価値を持つと考えたからだ。その後、盛況なので生ハムセラーを増設したが、1カ月で満杯になり、入りきれないほど入っているという。徐々に口コミで広がり、いまでは予約の順番待ちだ。

バリュープロポジションをまとめると、図のとおりだ。


このようにIBERICO‐YAは、「生ハムセラー」という新市場を創り出し、人気になっている。

生ハムセラーのブルーオーシャン戦略

では、どのようにしてこれを実現したか? 新規市場を創り出す戦略「ブルーオーシャン戦略」に沿って、IBERICO‐YAの挑戦を見てみよう。


ブルーオーシャン戦略では、競争が激しい市場をライバル同士が血で血を洗う状況にたとえて「レッドオーシャン」、競争がない未開拓市場を青い大海原にたとえて「ブルーオーシャン」と呼ぶ。

居酒屋市場は、まさに数多くのライバルがひしめくレッドオーシャンだった。IBERICO‐YAは、このレッドオーシャンから抜け出し、「生ハムセラー」というブルーオーシャンを生み出したのである。

まず、一般的な居酒屋の状況から考えよう。

顧客から見て一般的な居酒屋を選ぶ基準は、「価格」「クーポンが使える」「入店しやすさ」「宣伝」「メニューの豊富さ」「おいしさ」などだろう。このようにお客さんから見て店を選ぶ基準のことを、ブルーオーシャン戦略では「顧客視点の競争要因」という。

そして顧客視点の競争要因を横軸に取り、それぞれ顧客から見たレベルを「高い」「低い」でスコアを付けると、一般的な居酒屋の戦略がわかる。この図を、ブルーオーシャン戦略では「戦略キャンバス」と呼ぶ。まっさらな帆布を「キャンバス」というが、まさにこれから戦略を描くためのまっさらな画板である。


そしてこの戦略キャンバス上に描かれる曲線を、顧客に提供する価値を示すことから「価値曲線」という。価値曲線は、ちょうどキャンバス上に描かれる絵画のようなものだ。戦略キャンバス上に価値曲線を描くと、絵画のように戦略の全体像が一目瞭然だ。

優越感に浸りたい52歳経営者をターゲットに

次にターゲット顧客について考えてみよう。

山本さんはターゲット顧客を「52歳の経営者。優越感に浸りたい、人に自慢したい、モテたいと思っている人」と考えた。この人たちにとって一般的な居酒屋はつまらない。

「仕方なく居酒屋に行く」という人もいれば、「あえて居酒屋には行かない」「居酒屋に行くなんて考えたこともない」という人もいる。つまりこれらのお客さんは、非顧客層なのだ。


そこで、ブルーオーシャン戦略ではこれらの非顧客層が価値を感じて顧客になるように、「減らすもの」「取り除くもの」「増やすもの」「創造するもの」という「4つのアクション」を明確にしていく。

IBERICO‐YAは「人に自慢したい、モテたい」という人たちのニーズに応えるために、「生ハムセラー」「VIP限定個室」「目の前でスライス」という要素を創り出した。「美味しさ」もさらに追求した。

客が希少性を求めれば高く売れる

そして「メニューの豊富さ」を減らすとともに、「クーポン」「入店しやすさ」「宣伝」といった要素を取り除いた。これらは「52歳経営者」にとっては不要だからだ。


4つのアクションを基にIBERICO‐YAの戦略を、戦略キャンバス上に価値曲線として描いたのが、下の図だ。一般的な居酒屋との違いは、一目瞭然だ。


まとめると、こういうことだ。お客さんが希少性を求めれば、高く売れる。正しいお客さんを見極め、正しい価格で売れ!

高く売るための出発点は、常識にとらわれずに顧客を具体的かつ徹底的に絞り込み、顧客が「欲しい」と思う高い価値を創造することなのである。