残れるか残れないかで「天国と地獄」ほどの差を生み出しかねない(デザイン:山根 佐保/写真:gettyimages)

3月、東証1部上場企業にとって大注目の答申が、有識者会議から日本取引所グループによってなされる。有識者会議とは「市場構造の在り方等に関する懇談会」のことだ。

同懇談会は1月末までパブリックコメントを募集していたが、2月22日の月例会見で清田瞭CEOは「おおよそ90件の意見が集まった。それらの意見の分析を経て、3月末までに懇談会から答申をもらうスケジュールに変わりはない」と発言。清田CEOは自らの続投(追加の任期は1年)を含めた4月からの新役員体制を発表。「できるだけ早い時期に大きな姿(=新1部の選定基準など全体像)をお見せしたい」と自らの任期中に道筋をつけることに意欲を示した。

最大の注目点は「市場区分の見直し」だ。約30年間で2倍近くの2126社(外国会社2社を除く)までふくらんだ1部上場企業の絞り込みが真剣に検討されている。


1部上場は文字どおり「信用のブランド」である。会社の格付けや銀行の融資条件、新卒採用で有利に働く。そればかりではない。社員の住宅ローン借り入れなどでも1部上場企業の社員であるかどうかは融資審査で重要項目だ。

1部上場企業でなくなるということは、今まで得ていた信用を多かれ少なかれ失うことになりかねない。1部上場企業にとっても、1部上場企業で働く社員にとっても、これは一大事に違いない。

2月25日発売の『週刊東洋経済』は「東証1部 天国と地獄」を特集。さまざまな角度から東証1部に残れる企業を洗い出した。そもそも東証1部の社数膨張を招いた元凶についても徹底検証している。

時価総額基準は500億円に収れん

焦点は、どんな基準で絞り込みをするかだ。最も有力なのは時価総額(株価と発行済み株数を掛け合わせた金額)基準である。来年1〜3カ月の平均時価総額をもとに、早ければ同4月にも1部上場企業の絞り込みが行われる。

検討当初は1500億円、1000億円、500億円の3案のどれも有力とされた。どの案でも社数ベースでは半分以上が1部から脱落する一方、時価総額ベースでは約9割を維持できるが、現在では500億円の案に収れんしつつある。

1月末の時価総額で見ると、時価総額で最大なのはトヨタ自動車の約22兆円。以下、NTTドコモ、ソフトバンクグループ、NTTが9兆円台で続く。一方、最小は家庭用LPガス容器最大手・中国工業の19億円。ディー・エル・イー、ボルテージなどのベンチャー企業も約30億円台と小粒だ。

東証1部上場企業の時価総額は平均2817億円である一方、中央値は457億円。この平均値と中央値の乖離は、時価総額の大きな企業が存在する一方、時価総額の小さな企業がひしめいていることの証拠だ。

時価総額500億円近辺で目立つのは地銀である。琉球銀行、宮崎銀行、東京きらぼしフィナンシャルグループ、中京銀行、四国銀行が400億円台後半。三十三フィナンシャルグループ、愛媛銀行が400億円台前半に位置する。

「地銀は地方経済の金融インフラとしてなくてはならない存在である一方で成長性に乏しく、東証1部全体の成長性に悪影響を与えている。とはいえ無理に成長しようとすればスルガ銀行のような不祥事を起こしかねない。新1部を成長企業の上場市場に作りかえるのならば、東証にとっても地銀にとっても、地銀は新1部に残らないほうが双方ハッピーではないか」(市場関係者)との声も上がる。

ガバナンス基準は社外比率が有力

時価総額基準以外ではコーポレートガバナンス(企業統治)基準の導入を期待する声も少なくない。ガバナンスの数値基準として有力なのが、社外取締役の比率(社外比率)だ。「3分の1以上」が目安となりそうだ。

1部上場企業で社外取締役比率が最も高いのはHOYAの85%。カルビー、スミダコーポレーションも80%台だ。ソニー、三菱自動車、昭和シェル石油、スクウェア・エニックス・ホールディングス、日立物流、レノバ、アニコムホールディングス、アステリア、アイビーシーは75%。4人に3人は社外取締役である。

同じく最も低いのは、くらコーポレーション、サイボウズ、クボテックで0%。大手企業でも住友不動産が9%、東レが10%と低い。

「かつての東芝のように、形だけ整えていて実質の伴わない企業を新1部に残しかねない」(機関投資家)との危惧もある。だが、「改訂コーポレートガバナンス・コード」(2018年6月公表)が「3分の1以上」を事実上の目標に掲げているほか、議決権行使会社のISSやグラスルイスが「社外取締役が3分の1未満の場合は株主総会で経営トップの選任議案に反対を推奨する」としている。

東証1部上場2126社の社外比率の平均は30%、中央値は28%。3分の1以上だと過半が抵触する。ただ、社外比率3分の1という水準は今年6月の総会で社外を数名増やすだけでクリアできる。多くの1部上場企業にとって、達成がそんなに難しい基準でもないだろう。

親子上場の子会社は社外取締役過半が条件に?

ガバナンス基準では親子上場の子会社を新1部に残すかどうかも焦点の1つだ。親子上場している場合、子会社の少数株主の利益よりも親会社の利益を子会社が優先するのではないかという危惧は拭えないからだ。ガバナンスに問題がありそうな会社を新1部に残すべきではないという投資家の声は少なくない。

本誌の調べでは、1部上場企業同士で親子上場しているのは1月末時点で138社。うち84社の子会社が時価総額500億円以上だ。

親子上場している子会社は時価総額が大きい会社が多い。9兆円台のNTTドコモを筆頭に、2018年12月に上場したばかりのソフトバンクは6兆円台、2015年に上場したゆうちょ銀行は5兆円台だ。NTTデータ、ユニー・ファミリーマートホールディングス、ヤフー、かんぽ生命保険、協和発酵キリン、大日本住友製薬も1兆円台と巨額だ(1月末時点)。

これら時価総額の大きい上場子会社を新1部から除外すると、時価総額をベースとしているTOPIX(東証株価指数)の連動性に支障が出かねない。そこで、親子上場の子会社には厳しいガバナンスの条件を課すのも有力だ。

投資会社ストラテジックキャピタルの丸木強代表は「親子上場の子会社は取締役の過半を社外にすべきだ」と提言する。そこで時価総額500億円以上の84社の親子上場子会社を見てみると、社外取締役比率が過半なのはゆうちょ銀行、かんぽ生命保険、日立ハイテクノロジーズの現状3社しかない(日立化成、クラリオン、パルコの3社は5割ちょうど)。

一方で親子上場子会社では社外比率の低さが目立つ。84社中、社外比率の最も低いのは防災機器製造最大手・能美防災の10%。NTTドコモも14%と低い。同じくNTT子会社のNTTデータは18%と10%台だ。親子上場の子会社に社外比率過半という新ルールが課されれば、新1部に残れない恐れが出てくる。

『週刊東洋経済』3月2日号(2月25日発売)の特集は「東証1部 天国と地獄」です。