「クセがすごい!」でおなじみの千鳥が出演する「いろはに千鳥」は全国16局で放送されるヒット番組。地獄のスケジュールで行われる収録が、千鳥の魅力を最大限に引き出している(写真:©いろはに千鳥

最近、民放キー局の競争は激しさを増すばかりだ。ここ数年、日本テレビ放送網がトップを独走してきたが、絶好調のテレビ朝日が背後に迫り、3位のTBSテレビも視聴率の上昇が続く。各社とも1分1秒、総力を挙げたシェア獲得競争に臨んでいる。

そんなキー局の放送エリア内で、1979年から40年間放送を続けてきたのが関東ローカル局の1つ、テレビ埼玉(愛称:テレ玉)。埼玉県内外のアンテナ視聴可能世帯数は441万世帯、ケーブルテレビを含めると871万世帯にのぼる。プロ野球や高校野球、サッカーなど、地元スポーツ中継の手厚さで知られるが、数々の独自制作番組も抱えている。

ローカル局ながら、テレ玉には全国区の番組や、日本を飛び越えて世界に名をとどろかせている名物番組もある。社員はわずかに67人。少ない予算、限られた放送地域といった制限がある中、絶えず追求しているのはキー局とはまったく異なるテレビの姿だ。

「埼玉の奇祭」チャリティ歌謡祭

テレ玉の1年は「奇祭」の放送で幕が開く。1月1日のゴールデンタイムに放送される「埼玉政財界人チャリティ歌謡祭」だ。実にストレートなネーミングだが、内容は文字どおり、県内の経営者や政治家による歌謡祭。寄付金はすべて埼玉県文化振興基金(県民の文化活動やアーティストボランティアによる福祉施設での演奏会などを支援)に贈られる。県民にとっては年末の紅白歌合戦に続く一大イベント。今年の放送で28回目を迎えた由緒正しき看板番組だ。

番組内容は一言でいえばカオス。政財界ののど自慢が集まったかと思いきや、そうではない。出場者が音程やリズムを外してしまう場面もたびたび。ハプニングは番組のつきものだ。


あまりの大胆さから、Twitterで世界から反応が寄せられる埼玉政財界人チャリティ歌謡祭。2019年は一般出場者が歌った後に歌手の山川豊がゲスト出演、会場を盛り上げた(©テレ玉)

出場者の熱量は異常に高い。バックバンドの演奏よりも先に進み、歌い続ける社長。西城秀樹の「YMCA」をTシャツ姿で激唱し、盛り上げる市長。ここぞとばかりに店の宣伝パネルを用意し、従業員に持たせて歌う会長。DA PUMPの「U・S・A」ではなく、「if…」をダンスとともに披露した社長。一般人とは思えないクオリティーでカルメンを披露した、28年連続出場の女性社長。会場の大宮ソニックシティは満員御礼、応援団はお手製のうちわやサイリウムを目いっぱいに振って声援を送る。時折、無表情で応援する社員たちが映るのはご愛嬌だ。

バックダンサーも注目ポイント。社長のパフォーマンスを見守りながら、ステージ上で静かに左右に揺れ続ける社員。練習不足か、ぎこちないダンスを披露する社員の姿もある。振り付けもおぼつかない子どももよくみられる。ただし、6年連続で司会を務める元NHKの堀尾正明アナウンサーは慣れたものだ。歌い手だけでなく、バックダンサーにも「ちゃんと踊れた?」などと優しくツッコミを入れ、会場を盛り上げる。そんなアットホームな光景が、余すところなくテレビに映し出される。

あまりの大胆さに注目を浴び、近年はネット上でも人気が沸騰している。Twitterの世界トレンドランキングで上位に食い込むようになり、今年も6位を記録した。日本を飛び越えて、海外のネットユーザーにも知られている。今年はNTTドコモの動画配信サービス「dTVチャンネル」でも配信されるなど、国内でも注目度は高まっている。埼玉の奇祭が名実ともに全国区となる日は近いのかもしれない。

地獄の8本撮りの人気番組「クセがすごい!」

全国的な人気を誇るバラエティーもある。人気お笑いコンビ「千鳥」(大悟・ノブ)の冠番組「いろはに千鳥」だ。埼玉に縁もゆかりもない二人が街をぶらつき、おいしいものやお店、工場など、さまざまなものを体験する「街ブラトークバラエティー」である。

テレ玉の社内の企画募集がきっかけとなり、2014年にスタートした。ロケ内容をもとにかるたを作るので「いろはに」と名付けられたが、初回放送時、番組名を聞かされた千鳥はすかさず「ダサい!」とツッコんだという。


地獄の撮影スケジュールをこなしてきた千鳥。当初は街をぶらつきつつ、おいしいものを食べていく、というコンセプトだったが、最近ではお店や工場など、さまざまなものをリポートしている(©いろはに千鳥

その特徴はとにかく低予算であることだ。30分番組だが、2カ月間、合計8回分の収録を1日で終える、過酷な「8本撮り」で知られている。これはキー局どころか、地方局でもありえない地獄のスケジュール。そのため、ロケは早朝から深夜までぶっ続けで行われることもある。1日で数カ所を効率的に回るため、取材先の選定やスケジュール調整はもちろん、出演者やスタッフの体力、気力、根性が試される。テレ玉も低予算を売りにしており、千鳥も番組の冒頭から「これで収録が終わりではないんじゃ……」などと、つねにグチをこぼしている。

この番組がコンビの魅力をうまく引き出した点は、視聴者から高く評価されてきた。乱暴な口調やグチも飛び出すゆるい雰囲気の中であっても、2人は登場人物やお店、商品などに面白いポイントを見つけ、次々とツッコミを入れ、トークを展開させていく。一方で、歩きながら、収録とはまったく関係のない雑談トークを繰り広げることもある。収録が進むと疲労が蓄積し、2人のテンションは見るからに下がっていくが、そんな様子すら、番組の重要な魅力になっている。

実は、千鳥に伝えられているのは集合場所と時間、終了予定時刻のみ。台本すら渡されていない。本人たちは埼玉県のどこに到着したのかよくわからない状態で、オープニングを撮影することも多いという。取材先との打ち合わせもすべてスタッフが行うため、千鳥の2人は毎回リハーサルなしで本番に臨む。初見ならではの二人の新鮮なリアクションやトーク、そしてぶっつけ本番のドキュメンタリー感も、欠かせない要素なのだ。

千鳥を引き立てるスタッフの愛は極めて強い。番組は毎回、「何かを千鳥が紹介する」という発想ではなく、「これを千鳥にやらせてみたい」「千鳥のこんなカットが見たい」というスタッフの願望で企画が立ち上がり、リサーチ、撮影、演出をしていくのだという。いろはに千鳥は、千鳥が紹介するものを楽しむのではなく、「何かをしている千鳥の2人」を楽しむ番組といえる。

番組を担当する制作部の丸山俊輔氏はこう語る。「キー局とは異なる気軽な感じが千鳥に合っている。スタッフは取材先でどのような流れになるかを想像しているのだが、千鳥は毎回、想像を超えてくる。2人ともボケとツッコミができるので、トークは面白いし、飽きない。通常ならカットする場面も使っていると言われるが、それは面白くてカットする必要がないから」。過酷な環境の中でも、千鳥は存分に実力を発揮しているようだ。

番組スタート時の千鳥は今ほどの人気はなく、採算面から存続が危ぶまれた。しかし、視聴者の後押しで放送を続けてきた。最近では千鳥の人気が爆発し、注目度は格段にアップ。ローカル番組ながら、北海道から東北、北陸、四国、九州など16局で放送されるヒット番組へと成長を遂げている。今後も独特のテイストはそのままに、千鳥と親しい芸人など、ゲストも活用して番組を盛り上げていく方針。目指すは埼玉ローカル発の全国制覇だ。

28年間、雨の日も風の日も公営ギャンブル

テレ玉の看板番組の中でも、尋常ではないこだわりを感じるのが「BACH(バッハ)プラザ」だ。埼玉県で行われている公営競技の情報番組で、バッハは戸田のボートレース(B)、川口のオートレース(A)、大宮と西武園の競輪(サイクルのC)、浦和の競馬(ホースのH)の頭文字をとったものだ。


1991年3月30日にスタートし、1万回以上の放送を誇るBACHプラザ。第1回の放送は、なぜバッハと読むのかという解説から始まった(©テレ玉)

番組はその日行われたレースの速報や専門家による解説、翌日以降のレース情報などを取り上げる。30分番組で、月曜日から日曜日の22時30分から放送している。つまり毎日。驚くべきは、1991年3月のスタート以来、28年間1日たりとも休まず放送を続けてきたことだろう。レースが開催される日も、何も開催されない日も、毎日競技情報を伝えてきた。スタッフの執念と公営ギャンブルの熱心なファンに支えられてきた。

2018年8月には放送1万回を突破した。これはテレビ朝日系の長寿番組「徹子の部屋」(1976年開始、2015年に1万回を突破)、同じくテレ朝系の「世界の車窓から」(1987年開始、2016年に1万回を突破)などの有名番組と肩を並べる偉業だった。全国屈指の放送回数を誇る長寿番組といえるだろう。

テレ玉の平本一郎社長もどうやらBACHプラザに強い思い入れがあるようだ。「放送2万回、3万回を目指していく」と公言している。今後も4つの競技がそろう埼玉の地の利を生かし、年中無休の放送が続きそうだ。

テレ玉は地域情報の発信にも力を入れている。これこそローカル局の腕の見せどころだ。県の広報番組「いまドキッ!埼玉」をはじめ、県内企業の経営者などを深掘りする「埼玉ビジネスウォッチ」、県内ニュースを扱う「ニュース545」などをそろえている。

中でも中心的な存在が夕方の「情報番組 マチコミ」。主な視聴者は主婦層や年配層で、月曜から金曜まで16時30分から放送し、前半の30分はテレビ神奈川と千葉テレビ放送でも放送されている。

その特徴は視聴者との距離の近さにある。地域情報を発信する番組は以前からあったが、2016年にマチコミにリニューアルされて以降は、視聴者により身近な情報を届けるようになった。「視聴者が見てくれるのを待っているだけでなく、視聴者がいるところにテレ玉が積極的に出ていくべきじゃないか」(出口雅史編成部長)。そんな議論から生まれたのが、「毎日必ず、県内のどこかから中継する」というコンセプトだった。

埼玉県人でも埼玉のことをよく知らない

取り上げるテーマは多岐にわたる。新たにオープンした商業施設の紹介から、イルミネーションの名所、節分の豆まきイベントなど、旬のスポットを現場から紹介していく。月曜の「おとな散歩」は、元AKB48で埼玉出身の松井咲子がさまざまな市町村を歩き、地元住民とふれあい、グルメや意外なスポットを紹介する。「GO!GO!17号」は国道17号沿いをドライブし、気になる店や施設などのスポットをアポなし、飛び込みで取材する、ドライブ系街ブラコーナーだ。


さいたま市役所と住宅街に囲まれた浦和のテレ玉本社。余談だが、番組の相互放送などで協力関係にある千葉テレビ放送の本社も2階建てで鉄塔がある、非常によく似た外観だ(記者撮影)

視聴者参加型のコーナーもある。「出張!マチコミボード」は大宮駅や川越駅などにホワイトボードを設置して中継する。「私の今年の漢字は?」「自分を動物に例えると何?」「お受験エピソード」など、日替わりでテーマを設定し、道行く人々に意見を書き込んでもらう。「今日のマチコミボードはどこでやる予定ですか?」と問い合わせる熱心なファンもいるという。

これだけ日々地元を取り上げていても、ネタが尽きるということはないという。番組を担当する平野正美制作部長は「季節ごとにやるべきこと、取り上げることはたくさんあって、ネタに困っているわけではない。そもそも埼玉は、東西の移動が不便ということもあり、埼玉出身者でも埼玉のことを意外に知らなかったりする。ほかの都道府県から埼玉に引っ越してきた人はもっと知らない。そんな人たちに向けて、より身近な情報を届けていきたい」と力を込める。

視聴者との距離の近さという点では、自社ブランドCMも同様だ。2016年に始まった「私CM(わたくシーエム)」は視聴者自身が出演するユニークな取り組みだ。制作を担当するのは電通のCMプランナー・山田慶太氏。一般視聴者(埼玉在住、在勤、在学)の応募を受けて、取材と撮影をし、独自のCMに仕上げている。

初回は企画のアピールもかねて平本社長が自ら出演、極度の囲碁好きをアピールするものだったが、これが日本民間放送連盟賞の優秀賞などを受賞。その後、女性がドラゴンボートと呼ばれる競技をアピールするCMや鉄道会社の社員が駅員の格好で彼女を募集するCMなどが誕生している。

テレ玉のCMは以前から過激なものだった。「テレビのリモコンを植木鉢に埋めて(チャンネルを変えられないようにし)、引き続きテレ玉をお楽しみください」「害虫はリモコンが大嫌いです。棚の奥にしまって(同)、引き続きテレ玉をお楽しみください」といった具合だ。では、なぜ視聴者を登場させることになったのか。

テレビを「自分事にする」取り組み

埼玉出身者といえども、テレ玉を日々視聴する人が多いわけではない。また、キー局の放送エリアということもあり、テレ玉を一度も見たこともない人もいる。そこで「最低でも一生に一度は見てほしい。視聴者自身にCMに出演してもらえば、家族や親戚が見るし、学校の友人や職場の同僚なども見てくれるのではないか」(出口編成部長)と、企画を立ち上げたという。

地域情報の番組にしても、CMにしても、埼玉県民と距離の近いコンテンツ作りをすることで、視聴者を呼び込もうとしているわけだ。これはキー局などでは決してできない、「テレビを自分事にする」ローカル局ならではの取り組みといえるだろう。

驚きの企画を連発するテレ玉だが、経営面の課題もある。ここ数年、売上高は42〜43億円前後で推移し、営業利益も1億〜2億円で推移している。現在は全番組の3割、収入の4割をテレビ通販が占めているが、これがいつまでも続く保証はない。新たな視聴者を獲得して広告収入を増やさなくては、今後の経営は厳しい。

全国の独立局と共同番組を制作するなど、少ない予算をカバーし、キー局と張り合えるコンテンツの調達を進めている。各局が出資する製作委員会方式とすることで、DVD販売やネット動画配信も含めて収益を回収する考えだ。また、自社でも「いろはに千鳥」に次ぐヒットバラエティー番組の創出を虎視眈々と狙っている。

ただし、テレ玉は放送だけで収入を伸ばす考えではないようだ。卓球Tリーグの公式映像を制作したり、サッカーJ3のザスパクサツ群馬の映像制作も手がけている。これは制作会社としての収入拡大戦略だ。さらに、小規模ではあるが、本社で俳句や麻雀教室といった新事業も始めている。地元におけるテレ玉の知名度を生かし、放送以外の事業も模索していく考えだ。

40年間の集大成は埼玉の魅力掘り起こし

そうした中でも、地域情報の発信について手を抜くことはない。平本社長は「地域の情報発信は採算にかかわらず、絶対にやっていかなくてはならない。防災情報や災害時の報道などもローカル局としての重要な役目だ」と力を込める。


平本社長は埼玉出身で埼玉大学を卒業した生粋の埼玉県民。大学時代からテレ玉の開局準備室で立ち上げの準備を担当し、40年の歴史をその目で見てきた初のプロパー社長だ(記者撮影)

テレ玉は今年4月に開局40周年を迎える。記念企画としてスタートするのは、県内63の市町村を約2年かけてすべてまわり、生中継していく「ご当地中継63」。各自治体の関係者とも連携し、40年間の集大成として、埼玉県の魅力を全力で掘り起こす覚悟だ。

テレビを眺めるだけの遠い存在ではなく、あの手この手で視聴者にとって身近なもの、参加するものに変えようとしているテレビ埼玉。全国的にテレビの苦戦が騒がれる中でも、あふれる地元愛を武器に埼玉県民を虜にすることができるのか。ローカル局ならではの挑戦は、これからも続く。