地震が発生してオランウータンが園内に逃げ出した!――という想定で、動物脱出対策訓練が2019年2月22日、多摩動物公園(東京都日野市)で行われた。訓練の様子は、こちらの写真の通りだ。


シ、シュールだ...(Jタウンネット撮影)

上野動物園と多摩動物公園で毎年交互に行われるこの訓練。テレビなど報道される際は違和感たっぷりの動物の着ぐるみに目が行ってしまう。しかし、訓練である以上は職員の方も真剣なはず。

実際のところ訓練はどのように行われているのか。Jタウンネットが一部始終を取材してきた。

見物客は爆笑していたけど...

訓練は災害などの緊急事態に備えたもので、今回は震度5強の地震が発生し、園内のオランウータンが逃げ出してしまったという設定だ。

そもそも温厚に思えるオランウータン。脱走してしまうと大変なのか。この訓練は捕獲までの段取りが決まっているのだが、スケジュール表を見ると、

「オランウータン舎前で誘導に従わず、興奮して他躯体に突進」

との記述がある。さらに突き飛ばされた捕獲隊員は地面に身体を強打して負傷するという。かわいらしい見かけによらず(?)全然安心できないようだ。


多摩動物公園の入り口

13時過ぎに受付に入り、全員が揃ったところで撮影ポイントに移動する。オランウータンが捕獲隊員を襲う場所と捕獲スポットの2か所だけが取材できる場所で、その途中経過は撮影などができない。

13時30分のスタート予定だが捕獲スポットにオランウータンの着ぐるみがやって来るまで少なくとも40分はかかるそうだ。

移動すると担当の職員から改めて今回のスケジュールの確認がある。地震が起きて倒木が発生。そのスキにオランウータンが脱出してしまう。その後の捕獲も失敗して入り口までくるのが大筋の内容だ。

この説明が終わると、園内アナウンスで訓練の実施を来園者に告げる。この後しばらく取材にきた人間のやることがない。無線の内容が撮影スポットに時折入るため遠出ができないが、トイレや近くにある自動販売機でコーヒーを買うなど自由時間のようになる。

耳を凝らして待っていなければならない。しかし、その無線の内容も地震発生後の職員の安否確認など開始して間もなく交信が数度あったが、すぐに途切れて静かな空間に早変わりする。


訓練は始まっているが捕獲ポイントはこの状態

人通りもほとんどなく、待機の時間が続いていった。

待ちに待ったオランウータンとの遭遇

状況が一変したのは14時5分ごろ。無線で正門の方に向かっているとの情報が入ってきた。すると警備員の動きが少しずつ慌ただしくなり、筆者も戦闘態勢に入る。


ポイントに向かう捕獲隊員

すると、奥から捕獲隊員が道具をもってぞろぞろと捕獲スポットへと入っていく。動物公園の外に出してはいけない――最後の砦を築いていった。

無線の交信頻度も高くなり、より詳細なものへと変わっていく。じわりじわりとオランウータンが近づいてきている。この時、14時10分、移動から既に1時間近く待っているだけに待ち遠しい。


網の準備もばっちり

今か今かと待っていたその時だった。14時15分、遠目ではあるがオランウータンが姿を見せた。かなり違和感のある着ぐるみだが、彼を待ち続けた者にとって感動の瞬間。その感情に応えるように捕獲スポットにオランウータンがやってきた。


オランウータンの着ぐるみ

網で囲われたスポットに入れば捕獲隊の優勢。網に向かって突っ込んでも棒で地面を叩く音や隊員の大声で包囲網の中心付近をウロウロするしかない。

ここでオランウータンは最大のピンチを迎える。麻酔銃を持った捕獲隊の車が動き出し、尻を狙う。

戸惑っているかのように包囲網の中をさまよっているその時だった。「パスッ」と空砲が控えめに鳴った。


発射直後の写真

この後、すぐに大人しくならないオランウータン。これも想定通りで、彼にとって尻に謎の痛みが走っている状態のため少し暴れる。


少し暴れるオランウータン

この後、段々と動きが鈍っていくのだが、この様子を見ていた子どもから「なんか変」などと笑われてしまう。真剣な訓練の中にいる間の抜けた着ぐるみ――笑うのも無理はない。そうこうしているうちに、歩くのを止めて倒れ込んだ。


麻酔の効きを確認する

本当に麻酔が効いているのかを確かめるため、車が近づく。車内から棒を取り出して身体をつつく。無線から「まだ少し動いているようです」と交信が入ると何故か大笑いの来園客。職員の真剣さと観客の笑い――不思議な空気感の中でラストスパートだ。


麻酔で眠るオランウータンを軽トラで引き上げる

別の車がポイントに入り、網を用意。身体を包んで軽トラの荷台に積んで裏手に移動したところで訓練は終了した。

本来の目的は?

この後、入り口近くのウォッチングセンターと呼ばれる施設の前に移動して警察関係者と永井清園長による講評が行われた。

木を伝って移動できるオランウータンがどうして地面を歩く設定でやったのか、何故雰囲気がゆるめの着ぐるみで訓練するのか。いくつかの疑問があったが園長のある一言でそれは解消した。

「万が一のためにも道具の練度をあげておく」

確かに網や麻酔銃など扱いに慣れていないと有事の際に使えない場合がある。1度でも体験すれば、未経験より圧倒的に有利だ。

そもそも動物が檻から脱出するケースを起こさないのが大事だという。ただ、何も起こらない保障もない。今後とも安全第一に頑張っていただきたい。


オランウータン役の飼育員のMさん

この後は囲み取材。オランウータンを務めた若手飼育員のMさんが登場した。今回の感想を聞かれると、

「オランウータンの近い動きができるように、担当の飼育員に聞いたり、自分でも観察をしたり、なりきれるように努力した」

かなり気合が入っているようだが、オランウータンに近づけるために髭を伸ばすなど大役に向けて気持ちを高めていたそうだ。

永井園長も囲み取材に参加し、

「想定の動きはできていた」

と訓練を評価していた。

傍からみるとつい笑ってしまう訓練だが、そこには万が一の有事のために全力をかける職員の戦いがあった。今後はさらに子どもやカップルらが安心できる場所になるだろう。


多摩動物公園の本物のオランウータン