「ミーティック」(左から2つ)「ティンダー」(中央右)「ペアーズ」(右)など、性格の違うマッチングアプリを複数展開する理由とは(写真:マッチグループ)

恋人探しをスマートフォンの「恋活(マッチング)アプリ」で行う人が増えている。日本で最大規模の「Pairs(ペアーズ)」を運営するエウレカは1月、累計会員数が1000万人(台湾、韓国も含む)を突破したことを発表。過去1年間で300万人増というハイペースの伸びだった。また、同社が把握しているだけでも20万人以上がペアーズを使って恋人と出会い、そのうち約60%が「結婚している、結婚の予定がある」と回答しているという。
アプリ恋活の“当たり前化”は、欧米ではさらに顕著だ。すでにシングル、つまり独身かつ恋人のいない人の約半数がマッチングアプリを利用している。同業界世界首位であり、エウレカの親会社でもあるアメリカマッチグループは、190以上の国と地域・42以上の言語でサービスを展開する巨大企業だ。グループ内に50近いサービスを抱えるのも特徴といえる。同社で欧州・中東・アフリカと、アジア太平洋地域を統括するアレクサンドル・リュボー氏に、サービス拡大の背景や個人情報保護の取り組み、技術開発の最前線について聞いた。

「出会いに求めるものが個々人で違う」

――マッチグループでは非常に多くのサービスを抱えています。成功しているネットサービスは1つの巨大なプラットフォームに集客してスケールメリットを追求するのが一般的ですが、なぜそれと真逆の戦略を採るのでしょう?

「出会い」に求めるものが、個々人で全然違っているということが大きい。この業界、というか、このサービス領域の複雑で面白い本質はそこにある。パートナーにどんな相手がいいか、どんなふうに出会いたいか。明確な答えを持っている人は少ないだろう。だから、サービスの提供の仕方もさまざまであったほうがいいと思っている。

欧米では現状、すでにシングルの約半数がデーティング(マッチング)アプリを使っている。しかも彼らは、平均して4つのアプリを並行利用している。出会いへの本気度が高いほど、いろいろなアプリを使いながらしっくりくるものを探すという傾向が強くなる。

セグメントを絞ることに明確なメリットがある場合もある。たとえば、マッチグループには50歳以上の人限定のサービス(アメリカ)がある。ヨーロッパではさらに上の、シニア層向けのサービスも去年始めた。パートナー探しをしているシニアはおそらく、20代の若者とデートすることを主目的にはしない。これは明確にニーズが分かれるところだ。

――自社のポートフォリオに足りていない部分を埋めていくと。

そうだ。当然、基本は顧客を中心に据えてサービス開発を行っている。私自身のキャリアのスタート地点はプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)だったが、そこで作っていた日用品と同じことだ。顧客のニーズに応えられていない領域があれば、新しく作ったり、買収したりで、毎年のようにサービスを増やしてきた。

――「テクノロジーカンパニー」としての側面についても聞かせてください。アプリの使いやすさの改善や、マッチング精度を高めるAI(人工知能)活用に取り組んでいますが、こういった研究開発はサービスごとに別々で行っている? それとも統合した組織がある?

機能としては両方持っている。「ティンダー」(アメリカ・ロサンゼルス)、「ペアーズ」(日本・東京)、「ミーティック」(フランス・パリ)などの大きなブランドでは、各地に独自の開発拠点を構えているが、これらの世界中に散らばっている開発拠点を相互に連携させているのがうちの特長だ。統一のコミュニケーションツールを使って、いろいろな開発トピックスに関して情報交換できるようにしている。

トピックスは実にさまざま。たとえば、利用動向のモニタリング方法、マッチングやマネタイズの効率化策、アプリの使いやすさ改善などだ。サービスの見た目はみんな別々だし、それぞれの個性やアイデンティティーを尊重し合っているものの、実は裏側で共有している技術やノウハウはたくさんあるということだ。

「安全性の担保は大前提」

――特に技術、ノウハウをサービス間で共有しやすいのはどんな領域ですか?

いろいろあると思うが、代表的なのはセキュリティに関するものだ。全社的に、絶対に妥協したくないところでもある。人と人が親密になるためのサービスなので、プライベートな会話も交わされる。安全性が担保されていることは大前提だ。「サービスのアイデンティティーを尊重している」と言ったが、利用者の入力情報やコミュニケーション履歴の保護には、どの地域、どのサービスにも共通の高い基準を課している。


アレクサンドル・リュボー/アメリカマッチグループの欧州・中東・アフリカ(EMEA)、ならびにアジア太平洋(APAC)を統括する。2011年、同グループ傘下の仏ミーティックにCMOとして入社。2013年にミーティックの欧州統括、2016年から現職。マッチグループ入社前は、アメリカプロクター・アンド・ギャンブルでブランドマーケティングなどに12年間従事していた経験も持つ(撮影:梅谷秀司)

一方で、各サービスであえて別々の技術を使っている部分もある。特にマッチングのアルゴリズムに採用されるテクノロジーはいちばん差が出るところ。これはサービスの打ち出したい性格やポジショニング、それぞれのユーザーのニーズに影響される部分だからだ。

――ご自身はマッチングサービスの運営に携わって8年ほどですが、欧米でサービスの受け入れられ方が変わってきた実感が大きい?

非常に大きい。過去には自分自身でマッチングアプリを使った時期もあったが、当時はそれを使っていることや、それでパートナーと出会ったことをなかなか言いづらかったのを覚えている。でも今は、多くの人がためらわずにオープンにする世の中になった。この変化にはマッチグループとしても大きく貢献してきたという自負がある。

会社としては20年以上前からこの事業を行ってきたが、当初は「オンラインで出会うのも普通のことだよ」「しかもちゃんと成功するんだよ」ということをアピールするために惜しみなく広告投資をした。特に今ペアーズでも展開しているような、マッチングサービスで恋愛を成就させた、あるいは結婚し家族を設けたカップルの例をどんどん前に押し出す宣伝手法が当たり、欧米社会にサービスが受け入れられる「最初の波」となった。

「第二の波」は、ティンダーの登場(2012年)だ。スマートフォンの普及とともに、これが世界中で爆発的に発展した。家でPCやスマホの画面に向き合って相手を探すのではなく、外出先の街や移動中でも気軽に使えて、出会える。この気軽さがマッチングサービスにあったネガティブなイメージを薄め、興味を持つ層が一気に広がった。

――一方で近年は、フェイスブックの情報流出事件などを受け、人々のネットサービスへの関わり方が変わってきた面もあります。しかも恋人探しとなると、相手に求める条件や自らの職業や年収、家族についてなど、非常にプライベートな情報をプラットフォームに預けなければならない。そのことへの抵抗感が増し、ユーザーが離れる懸念はありませんか。

確かに、かなりプライベートな情報を預かっているということは自覚している。さっきも触れたとおり、ユーザーのプライバシーを守るための取り組みは、グループ内すべてのサービスで妥協を許さず、さらに高いレベルを目指している。

もう1つ、うちで明確な方針として持っているのは、ユーザーのデータを絶対に外販しないということ。私たちのビジネスは会員費、つまり利用者への課金がベースになっている。一方フェイスブックをはじめとするSNSは、利用は無料である代わりに、集めたユーザーデータをあらゆる形で広告主に売ることでビジネスにしている。根本的に稼ぎ方が違うので、その点は強調したい。

「ワクワクする側面をもっと伝えたい」

――セキュリティに力を入れていることと、データを外販していないことをしっかり認知してもらえれば、ビジネスはまだまだ拡大できると?


アメリカマッチグループのアレクサンドル・リュボー氏は「日本ではオンラインの出会いというものにまだ抵抗感がある」と主張する(撮影:梅谷秀司)

そう信じている。うちがデータを外に出していないことはユーザーも知っていると思うが、他社のこととはいえ、ネットサービスで個人情報の漏洩問題が起きているのは事実。今日のようなインタビューを通じて、うちとしてのセキュリティに対する考え方の情報発信を強めていきたい。だがそれ以上に、ユーザー個人や経済へのプラス効果といった、マッチングサービスのワクワクする側面をもっと伝えていきたい。

欧米に比べると、日本ではオンラインの出会いというものにまだ抵抗感がある。裏を返せばこれは伸びしろ。ペアーズはこの領域の牽引役になれるはずだ。マッチグループの本部からも、日本に対しては技術面、資金面など、できるサポートはすべてする。将来的には、日本も欧米のような巨大市場になる可能性を秘めていると思っているので。

――「ポスト・スマホ」の時代に、マッチングサービスはどのように進化するでしょうか。社内ですでに話し合われていること、取り組まれていることはありますか。

もちろんさまざまな議論をしている。世界には今6億人のシングルがいる。毎日新しいシングルが生まれているわけだし、離婚率は上がり、晩婚化も進んでいる。彼らに提供できるサポートはまだたくさんあり、将来このニーズが減ることもなさそうだ。一方で、技術はものすごいスピードで進化している。それらを活用してどう体験を変えていけるか、素早く見極めなければならない。


AIデートコーチングサービス「LARA(ララ)」は画面での操作に加え、スマートスピーカーを通じ音声でもやり取りできる(写真:マッチグループ)

ヨーロッパにはそういった先端技術に特化した開発チームを持っており、ポスト・スマホといえるサービスもすでに出している。その中の1つが、ミーティックのアプリとセットで展開している、AIデートコーチングサービス「LARA(ララ)」だ。

スマホ以外にも、グーグルのスマートスピーカーなどを通し、声だけでアクセスできる。たとえば「今日のデートの場所はどこがオススメ?」と尋ねれば、ララがユーザーに「どんな相手か」を問い、その答えに沿ってデートの場所のレコメンドをしてくれたり、デートに向けたアドバイスをしてくれる。すでに12言語に対応済みだ。

ただ結局、声だけだと限界もある。ララが送ってくれた情報や、相手の容姿を確認するには、今の時点ではスマホの画面を使うほうが便利だろう。最近はスクリーン付きのスマートスピーカーも出てきているので、今後はボイス×ビジュアルという組み合わせでできることは増えていくかもしれない。

やり取りを始めるきっかけを提供する

――「ペアーズで出会ったのに別れてしまった」という不満を持つ利用者も一定数いるはずなので、新技術でマッチング精度やその後のデートの成功率が上がるのは素晴らしいことだと思います。一方で出会いというのは、うまくいきすぎても気持ち悪いというか、面白くない面もある気がします。サービス提供者として、この点をどう感じますか。

確かにそうかもしれない。サービス提供者として大事にしているのは、「ミッションに忠実に」という一点だ。そのミッションとは、「世界中のシングルに意味のある出会いを提供する」こと、中でも「そのスタートをサポートする」こと。誰かとつながり、やり取りを始めるきっかけを提供してあげるのがわれわれの役目だと思っている。

そのためのテクノロジー、ノウハウ、経験はどんどん蓄積し、サービスは磨き続けるが、出会った先は基本的に「お二人の間で」というスタンスだ。二人の人間が出会うと、楽しいことも悲しいことも、いろいろなことが起きる。それはマッチングサービスに限らず、どんな出会いでも同じことだ。二人だけの物語を楽しんでもらいたい。