日本の人事評価に足りない視点とは?(写真:ふじよ/PIXTA)

アメリカの企業で取り入れられている「タレントマネジメント」という概念やプロセスをご存じですか? これは人材を「資源」としてとらえ、ある社員の採用から育成、評価といったサイクルを統合的に考えるものです。終身雇用のないアメリカでは、企業にとって優秀な人材を継続的に確保し、自社を辞めずに働いて貢献してもらうことが非常に重要なため、企業と社員にとってウィンウィンとなるマネジメントを行っているわけです。


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このため、人材評価も極めてシビアに行われます。外資系は実力主義、とよく言われますが、企業側も社員の成果を正しく見極めようとしますし、社員側も自分がどう貢献しているか、評価されているか、つねに振り返りながら成長していくことが求められます。そして両者がマッチしなければ、社員は自ずと新しい環境へ移ってしまいます。個人の成果が評価され、個人が仕事を決めるという、個人が主体となる仕事環境です。

「将来の価値」という新たな評価基軸

一方、終身雇用、年功序列の組織文化に培われた日本の人事は、同じく、人材を大事にする傍ら、個人の成長というより、揺るぎない組織を築くことに重きが置かれてきました。高度成長時代にはそれが必要かつ有効だったからです。

むしろ、強い組織を作るために、大勢の社員を等しく扱い、規律を乱さない、上意下達がうまくまわるような組織を作ってきました。組織に主体性がある仕事環境だったわけです。ゆえに、日本企業の評価制度は、管理側の視点で設計されています。その代わり、日本の人事は、終身雇用をベースに定年までの社員の長いライフサイクルをベースとした制度設計をしています。そこには、社員は会社を辞めないという前提がありました。

しかし、ここへきて日本でも少しずつですが、組織より個人のパフォーマンスや成長に重きを置いた評価を取り入れる組織が出てきています。こうした中で、アメリカ企業で行われている中でも、日本企業にもぜひ取り入れてほしい評価軸があります。それは、「将来の価値」です。

人事評価は、通常、年度など、ある決まった期間のゴールに対する業績を評価しますが、その期間の業績だけ見るのではなく、その社員の将来の伸びしろも見るのです。今はまだ足りないが、どう育成したら成長できるか、ビジネスにさらに貢献できるようになるかを考えるのです。

例えば、コーナーストーンでは「9グリッド(ナイングリッド)」と呼ばれる9つのボックスに「業績」と「可能性」の2軸を3つのレベルに仕切った9つのボックスを使い、対象者をプロットします。

X軸は業績、つまりパフォーマンス。これは年度初めに設定したゴールに対しての業績評価です。Y軸は可能性、つまりポテンシャル。これは会社の企業理念や価値観に基づいて、企業価値を実現するために備えるべきコンピテンシー(必要な能力)をどの程度身につけていて将来の業務に生かせるかという視点です。

将来の価値を評価することの利点は?

コンピテンシーには、ビジネスを遂行する能力としていくつか行動に伴う定義がされています。そのうち組織共通となるもの、例えば、主体性を持って取り組むこととか、優れたコミュニケーション力とか、粘り強く解決に導くとか、顧客視点で物事を考えるなど(実際にはもっと行動に伴う定義がされています)と、部門固有の専門コンピテンシー、専門的な知識や経験の深さで構成されています。

将来の価値を評価することの利点は、将来的な個人主体の課題や可能性を上司が明確に観察できることです。するとその個人への適切な指導や教育が自ずと見えてきて、上司はフィードバックを通じて育成への道筋を立てることができます。将来を見据えた個人主体の課題は、自律的な学習につながり、社員はそれに取り組むことができます。個人の成長を促すための評価になるわけです。

例えば、営業部員のAさんは、毎年高い営業成績を上げていましたが、昨年度は営業成績が落ち込みました。単年度の業績評価は未達成として悪いものになるのですが、ここで上司は、Aさんの「将来の価値」を評価の際に考えます。

Aさんは顧客視点に立った提案を行うことができ、顧客との信頼関係を築いています。また、他部署の専門家も必要に応じて巻き込んでプロジェクトを進めており、社内外問わず、対人関係の構築能力が高いと上司は評価しています。

一方、営業畑をずっと歩んできたAさんは、マーケティングについてはあまり深い知識を持ちあわせていません。今の時代、顧客が購買するまでの流れは、営業活動の前にWebやデジタルマーケティングから始まっています。購買サイクルが以前より短くなってきており、よい対人関係を築く前から動くことも必要になっています。

営業成績をさらに伸ばすためには、顧客のデジタル体験について、マーケティングと関連して学ぶことでAさんの可能性はさらに広がると上司は判断します。そこでこれからのAさんの育成計画に、マーケティングの学習機会を増やすようにしてみるのです。そして、この取り組みをまた翌年評価するわけです。課題が身につけばAさんの成長になり、将来価値も上がっていきます。

ちなみに、この9グリッドは、他者との比較が一覧できることもあり、ハイパフォーマーを特定したり、最適配置したり、後継者育成に活用したりと、さまざまな人事領域で使われています。

「離職リスク」を考慮すべき理由

もう1つ、人事評価に取り入れるべき視点があります。離職リスクです。ビジネスの継続性において、人材の流出はできるだけ防がなくてはいけません。終身雇用で社員は会社を辞めずに定年まで勤め上げた時代に制度化された日本の人事評価には、離職リスクが評価項目にありません(もちろん個別に考慮して判定しているマネジャーはいると思いますが)。

今や日本企業でも、若い世代の約50%が入社3年以内に辞めているというデータもあります。教育機会がない、新しいチャレンジをさせてくれない、キャリアパスが見えないなどの理由からです。もう神話は過去のものです。

離職リスクを評価項目として明確に定義しておけば、離職リスクがどれくらいあるのか、それはなぜか、またもし離職されたときのインパクトはどの程度なのかという視点を持つことができます。その人材に対して、より広い見地で価値を測ることができ、もし成長機会の提供が足りないのであれば、企業はそれを補うことで人材流出を防ぐことができます。

例えば先ほどのAさんは、将来価値を伸ばしていける人材と評価しています。ですが、Aさん自身は昨年度の達成率が6割しかなく、今までの自分のやり方に頭打ちを感じ、新天地を探すなど、もしかしたら離職を考えているかもしれません。また、Aさんがいなくなるインパクトも大きいと考えています。その場合、Aさんに継続して活躍してもらうためには、できるだけ早く新しい知識の習得や経験を提供し、期待を知らせることが重要です。

将来の可能性や、離職リスクの視点は、いずれも個人の成長を促すための気づきとなる評価軸です。多くの日本企業での人事評価は、先に述べたような組織主体の評価制度から生まれた経緯があり、管理主体の側面が否めません。昇給査定のための評価に、個人の成長を促す仕組みやプロセスを取り入れてみると、新しい景色が見えてくると思います。