2018年9月に発売された2代目の「ポケトークW」。日本人の需要が高い、アジア圏言語の翻訳性能が向上した(撮影:ヒダキトモコ)

74カ国語に対応した翻訳端末、ポケトークが売れている。家電量販店などでの個人向け販売に加え、交通機関や旅行会社でのレンタル用など、法人向け需要も拡大している。2017年末に発売された初代の翻訳性能や操作性などを改善し、2018年9月には2代目が登場。初代と合わせた累計出荷台数は20万台を突破している(2018年12月時点)。
このポケトークを展開するのが、ソースネクストだ。同社の売上高は168億円(2019年3月期、会社予想)。正社員数約100名で、家電量販店への直販ルートを武器に、PC・スマートフォン向けソフトウェアを開発・販売してきた。タイピングの学習ソフト「特打」や年賀状ソフト「筆まめ」、英語学習ソフトの「ロゼッタストーン」などが看板商品だ。そんな同社が手がけた初めてのハード製品がポケトークである。2代目からは中国・深センの製造会社を買収し、生産にも乗り出した。
なぜ、翻訳機というニッチな分野に目をつけたのか。そして、ヒットした理由はどこにあるのか。ソースネクストの松田憲幸社長に聞いた。

ここまでの法人ニーズは想定外だった

――翻訳機「ポケトーク」が好調です。いったい、どんな人が購入しているのでしょう。

個人、法人それぞれに、想定よりもはるかに強い手ごたえを感じている。全体の4割といちばん多いのは個人の海外旅行用だ。加えて、もともと個人消費者向けに発売した製品にもかかわらず、法人からここまで高いニーズがあるとは想定外だった。

年間約3000万人の外国人観光客が日本にやってくる今、それをビジネスチャンスと捉える企業は増えている。彼らが外国人客と意思疎通をはかる手段には、「通訳を雇う」「従業員に語学研修を受けさせる」などがあるが、どちらも莫大なコストがかかる。第3の選択肢として翻訳機がある。1台約3万円の端末を買って、そのコスト以上に利益が出るかどうかを見極めて導入してもらえているのだと思う。


ソースネクストの松田憲幸社長は20代の頃から英語の勉強に翻訳機が使えるというアイデアを温めていた(撮影:ヒダキトモコ)

――海外旅行で使うとなると、使用頻度はそれほど高くなさそうです。

実は、ポケトークを語学の勉強用に使ってくれている人が2割弱もいる。学習用になると、たまに使うものから、毎日使うものに変化する。

翻訳機は語学を勉強するうえで一番いいツールになるんじゃないか?」というアイデアは、自分が英語の勉強をしていた20代のころからずっとあったもの。だから、ある見本市に出品されたオランダのベンチャー・トラビス社の翻訳機について社員から報告を受けたとき、「これはいける」と思い、翌日には現地に飛んで社長に会ったほどだ。

――どのように使えばよいのでしょうか。

言語を学ぶとき、日本では、1つ1つ構文と単語を覚えて、言いたいことに応じてそれぞれのパーツを組み替える学習方法を取ることが多い。しかし、これでは話せるようになるのは結構大変だ。英語がある程度できる人でも、「いま100億円払ってくれれば20%割引します」と言いたいときに、100億円をパッと“ten billion yen”と言い換えるのはなかなか難しいでしょう?それよりは、まるごと1文暗記してしまうのが手っ取り早い。

一番いいのは、バイリンガルの人に「これを伝えたいんだけど、何ていうの?」と聞き、その答えを何度も口に出して覚えること。語学教室に通っていたとしても、そんな贅沢な環境はなかなかないだろう。しかし、ポケトークならそれができる。さらに、2代目からは、端末の画面上に日本語とその翻訳文が両方表示できるようになり、端末上にも最大1万回の会話を履歴として残せる。これを見返すだけでも、すごく勉強になる。

――英語の勉強法に随分こだわりを持っているのですね。

英語の勉強はかなりやってきたほうだ。20歳までまったく英語が話せなかったが、21歳で一念発起し、英会話学校に通いはじめた。そこから猛烈に勉強して、TOEIC900点を取り、IBMに就職した。TOEICはこれまで11〜12回は受けたんじゃないかな。今でも、英語で「あ、こういう言い回しがあるんだ」と思ったら、毎回覚えるようにしている。それでも、英語は絶対完璧にならない。

英語が苦手な日本人は損をしている

日本人は英語ができないことですごく損をしている。平成の間、日本はグローバル化で確実に遅れを取ったが、その理由の1つは言葉の壁があったことだ。その問題を少しでも解消するために、当社は創業当時から英語学習ソフトを大量に出してきた。最近でも、映画の字幕で日本語と英語を両方見られる「超字幕」を発売したり、語学学習ソフトの「ロゼッタストーン」の発売元を買収した。ポケトークも多少なりとも役に立つなら、社会的意義がすごくあることだと思う。

――ただ、これまでのソフトと違い、ポケトークはハードウエアです。販売する上で、ずいぶんと勝手が違ったのでは?

もちろん高いハードルだった。とくに大変だったのは納期の調整。製品の売れ行きに在庫の補充が追いつかず、店頭在庫がなくなってしまったこともあった。それも、1年続けてきたことで生産のリードタイムの読み方などは学習できてきた。

もっとも、ポケトークのキモは、ものすごく複雑なプログラムで書かれたソフトの性能なわけで、ソフト屋さんがハードに参入したというよりは、ソフトから「ソフト+ハード」に広がった、というのが正しい。

――米グーグル、アマゾンなども「ソフト+ハード」、つまりIoT製品を積極的に出しています。IT企業が敢えてハードを手がける意味は何でしょう。スマートフォンのアプリではいけないのですか?

スマホはあまりにも汎用機化しすぎた。何でもスマホでできるというのは、汎用機としてはすばらしいことだが、一方で特定の機能に用途を絞ったときに、ちゃんとフルに性能を発揮できるかというと疑問がある。

たとえば、翻訳したいならばスマホ上でグーグル翻訳を使えばいいという考え方もあるだろう。ただ、汎用機ゆえに、まずパスワードを解除して、アプリを見つけて、翻訳したい言語を設定して、といくつかの過程を踏む必要がある。ポケトークのようにボタンを押したらワンステップで翻訳とまではいかない。さらに、雑踏などうるさい場所で使われることも多いため、スマホのマイクやスピーカーの性能では不十分だ。

これは、いまだに電卓を使う人がいたり、アマゾンが読書専用端末として「キンドルペーパーホワイト」を発売しているのも同じ。今後は、スマホにいったん集約された機能の中から、専用デバイスとして出ていくものが増えていくと思う。

2代目はアメリカでも販売を開始

――2018年9月に発売された2代目のポケトークは、初代より翻訳精度が改善されましたが、専門用語や慣用的な言い回しが苦手だったり、性能には課題が残ります。

ソフトウェアのアップデートで、今後も翻訳精度が上がり続けることは間違いない。当社のアプローチ方法は、各言語で一番精度の高い翻訳エンジンを選び、組み合わせていくこと。たとえば、日本語からタイ語への翻訳がグーグル翻訳でうまくいかないとしたら、ほかのエンジンと置き換える、といった具合だ。

すべて最適なエンジンを選べば、論理的には一番精度の高い翻訳機ができる。2代目では、タイやベトナムなど、とくに日本人からの要望が多かったアジア圏の翻訳精度向上に注力した。これらは、総務省傘下のNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)が手がける翻訳エンジンの一部を採用している。

――2018年10月からは、アメリカでもポケトークの販売を始めました。英語圏でも、翻訳機のニーズはあるのですか。

今、アメリカ人が中国に出張する機会が増えているが、現地に行くとあまりの英語の通じなさにがく然とするようだ。アメリカに加えて、地域の中に複数の言語があるアジアやヨーロッパでも順次発売をしていきたい。今年中にはかなりの国で売られるようになると思う。初代は国内での販売権しか持っていなかったが、2代目のIP(知的財産権)はすべて当社が持っているので、世界中で自由に展開することが可能だ。当社の売上高は今ほとんど国内だが、ポケトークをもってグローバルでも成功したい。

――グローバルな展開を目指すのは、松田社長が2012年からシリコンバレーに住んでいる影響もあるのでしょうか。

その影響は大きいだろう。移住をした理由はいたって自然で、ご存じのように、成功しているIT企業はほとんど、シリコンバレーの車で走って1時間圏内のエリアに密集している。その集積度を見たときに、行かない理由はないと思った。石油産業をやる人が中東に行くようなものだ。


結果、あらゆる面で得るものがあった。1つは、よいコンテンツをどんどん日本に持ち帰れるようになったこと。それまでも、たびたびシリコンバレーへ出張していたが、2週間、1カ月と、長く滞在すればするほどディールが決まることがわかり、家族で移住することを決断した。

アメリカではファミリーパーティーが多く、1人だとむしろ怪しまれる。こうした家族ぐるみでの付き合いを通じて、さまざまな創業者と親交を持った。たとえば、当社でソフトの国内ライセンスを持っている「ドロップボックス」や「エバーノート」も、ホームパーティーでCEOと親しくなり、ビジネスにつながった製品だ。移住してからの会社の業績は、右肩上がりで伸びている。

ストックオプションは全社員に配布

――そこまで目に見えて成果が上がるものなのですね。経営者としての意識にも変化はありましたか?

シリコンバレーで生活していると、身近な人がどんどん成功していくのを見ることができる。創業から数年でユニコーン企業になることも珍しくない。自分が成功しなくても、成功する人たちの姿をどんどん見ることで、それが普通だと思えてくる。これが重要。現在、従業員約3000人を抱えるドロップボックスも、僕が移住した当時はまだ社員20数名の小さな会社だった。


松田憲幸(まつだ・のりゆき)/1965年兵庫県生まれ。大阪府立大学工学部数理工学科を卒業後、日本IBMに入社。1996年8月、ソースネクスト株式会社を創業し、2008年に東証一部上場。更新料0円のウイルス対策ソフト「ウイルスセキュリティZERO」をはじめ、累計5000万本以上のソフトウェアを販売。2017年12月には通訳機「POCKETALK(ポケトーク)」を発売し、IoT事業にも参入。(撮影:ヒダキトモコ)

彼らから学んで自社に取り入れたこともある。たとえば、ストックオプションを全社員に配ることに決めたのもその1つ。ストックオプションを配っている企業は増えているが、全員に配っている上場企業は、今のところはないんじゃないかな。

そして最後が、自らグローバルな製品を作ること。今回のポケトークはまさにそれに当たる。

――ポケトークの「次」は何でしょう。

ソフトからIoTに広げて、これからは翻訳機以外に、IoT機器をもっと出せると思う。今年のなるべく早いうちに、第2、第3、第4の製品を出していきたい。