厚労省による統計不正問題で、2月8日にはこの問題のカギを握ると目されていた大西康之・前政策統括官が参考人招致されましたが、全容解明には程遠い状況となっています。しかし、15日に共同通信が「厚労省の関係者から『官邸の意向』で統計の手法を見直したと取れる証言を得た」と報道、「潮目」が変わってきたようです。そんな中、「真のキーマンは他にいる」とするのは、元全国紙社会部記者の新 恭さん。新さんは自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で、国会で問いただすべき政治家と官僚の実名を挙げ、その政治家の責任を追求しないメディアを厳しく批判しています。

統計不正、真のキーマンは「加藤前厚労相」だ

政治主導でないと統計改革はできない。安倍首相は国会で堂々とそう言い放った。2月8日の衆議院予算委員会。

小川淳也議員 「アベノミクスにとって、雇用も成長率もいい数字が欲しい。そういう思惑なり熱意が生じたとしても不思議ではない。なぜ統計改革を政治主導でやらなきゃいけないのか」

 

安倍首相 「一切われわれは一言も口を出すなということか。今までのやり方でいいのかどうか検討しようというのは政治主導でないとできない」

たしかに、前例踏襲主義の官僚が、国家運営の基幹となる統計調査のやり方を自分たちの判断だけで変えられるはずはない。政治の力が必要だ。その意味でなら、安倍首相の言うことは正しい。

厚労省の毎月勤労統計調査が不適切に行われた結果、昨年1月から平均賃金が急上昇し、アベノミクス偽装ではないかと疑われている。それが、安倍政権の「統計改革」というものなら、「政治主導」の直接責任者は当時の厚労大臣、加藤勝信氏と見るほかない。

そして、政治権力の意向を忖度して、毎月勤労統計調査の手法を密かに変更した部署が、雇用・賃金福祉統計室だ。

加藤大臣の在任中、同統計室長だったのは石原典明氏と野地祐二氏である。昨年4月、石原氏は他のポストに異動し、野地氏が後任となったが、統計不正の発覚により野地氏は今年1月23日に“更迭”された。

東京都の500人以上の事業所を本来の全数ではなく3分の1の抽出調査としていたのが2004年以来のルール違反。昨年1月からはさらに不正が加わった。全数に近づけるためサンプル数を3倍にする復元をし、その前年までの数値はそのまま直さずにいたため、変化率に異常値が出た。

昨年1月分の速報が公表されたのが3月9日。担当責任者は雇用・賃金福祉統計室長だった石原氏だ。

同統計室の上部にいる政策統括官は酒光一章氏だったが、昨年7月、大西康之氏に交代した。その大西氏も、不正発覚後に“更迭”され、野地氏とともに責任を負わされた形になっている。

担当者が短期間で入れ替わっているため、名前が多くてわかりづらいが、何が言いたいかというと、アベノミクス偽装が疑われる不正操作が行われた時期に、毎月勤労統計調査に関わっていたのは石原氏と酒光氏であるということだ。

加藤前厚労相が彼らに何らかの示唆、あるいは指示をしたかどうかが今後解明すべき最大のポイントだ。

今、大西康之氏が国会に招致されているが、彼は引継ぎを受けただけで、真相をどれだけ知っているかは疑問だ。

本来、国会で問いただすべきは加藤前厚労相、石原氏、酒光氏の三人であろう。

厚労省管轄の独立行政法人「労働政策研究・研修機構」の理事長、樋口美雄氏が委員長をつとめる特別監察委員会が、驚くべきスピードでまとめた調査報告書に、石原氏、野地氏、酒光氏、大西氏からヒアリングしたと思われる箇所がある。

もとより厚労省から予算配分を受けている独法の理事長をトップとするこの調査に対し、甘さを指摘する声が多い。対象者の3分の2に身内の厚労省職員が聞き取りをしていたこともわかり、第三者性が疑われたため、再調査をしている最中だ。

なぜ不適切な復元操作が行われたのかなど、肝心なところは今のところ全く解明できていないが、この報告書のなかから糸口は見いだせるかもしれない。気になるところをまとめてみよう。I、J、Hといった人物名で記載されているが、経緯や時期から推定した実名をあてはめた。

雇用・賃金福祉統計室長、石原典明は、これまでの調査方法の問題を前任の室長から聞いていた。東京都の事業所に関する復元処理による影響については、「正直、誤差の範囲内であると思っていた」と過小評価した。

政策統括官、酒光一章は2017年度の冬、石原から「東京都については全数調査を行っていない」と説明を受けた。その際、修正を指示したと述べているが、その後の処理は石原に委ね、放置した。

野地祐二は、2018年1月調査以降の数値の上振れについて、前任者の石原から東京都分の復元の影響は大きくないと聞いていたため、全数であるべき「500人以上事業所」の抽出調査を、漫然と継続するのみならず、酒光の決裁を経た上で神奈川県、愛知県、大阪府にも拡大しようとした。

野地は、2018年12月13日に統計委員会委員長に説明が必要になったことから、これまでの調査方法の問題点を初めて大西に報告した。大西と野地が、厚生労働大臣に報告したのは12月20日だった。

2月12日の衆院予算委員会で、大西氏に小川淳也議員がこう質問した。

酒光氏は統計不正を知っていた。昨年7月、それについての引継ぎは本当になかったのか。野地氏にも騙されていたことになるが。

これに対し大西氏は酒光氏からの引継ぎ時に統計方法の変更について「今、落ち着いている」とひとことだけあり、それ以上の説明は受けていないと証言した。野地氏からも抽出調査の復元については何ら知らされていなかったと語った。

酒光氏の「今、落ち着いている」は何を意味するのだろうか。政策統括官(統計担当)は昨年7月、酒光一章氏から大西康之氏に交代した。大西氏の言うことが本当なら、酒光氏を国会招致したほうがはるかに有効ではないか。

しかし先述した通り、酒光氏も不適切な操作をやりたくてやったわけではないだろう。官僚たちを“政治主導で”動かした人物がいるとすれば、加藤勝信・前厚労大臣(現・自民党総務会長)しか考えられない。

加藤氏が毎月勤労統計に注目するきっかけとなったのではないかと思われる国会での質疑がある。2018年1月31日の参院予算委員会。

小川敏夫議員 「実質賃金、この5年間で下がっているんですよ。…ところで、昨年、消費者物価が0.5%上がりました。ですから、年金も同じように上げないと年金生活者は生活が苦しくなるんですが、年金は据置きだそうです。どうしてこれ、物価が上がったのに上げないんでしょうか」

 

加藤厚労相 「物価の指数は0.5%で、名目手取り賃金変動率がマイナス0.4%となっており、法律に基づいて据え置きということになったところです」

 

小川議員 「物価が上がったけど、実質賃金が下がっているからということでした。これから明らかなように、アベノミクスによって賃金下がっているんじゃないですか」

名目手取り賃金変動率は、物価変動率×実質賃金変動率×可処分所得割合変化率で計算される。30年度年金改定における実質賃金変動率はマイナス0.7%で、名目手取り賃金変動率はマイナス0.4%と算出されている。

このような質問に対して安倍首相に同調し賃金上昇を主張すれば、年金据え置きと矛盾してしまうのだ。

2017年は名目、実質ともに賃金は下降しており、2018年にはなんとしても上昇に転じさせねば、アベノミクスの失敗は隠しようがなくなる。

安倍首相に重用され、内閣官房副長官、一億総活躍担当大臣などを歴任、ポスト安倍の呼び声さえかかる加藤氏が、厚労相だった時期に平均賃金の数値のもととなる毎月勤労統計調査に強い関心を持っていたのは間違いない。

1月の毎月勤労統計の速報値が公表されるのは3月である。その前に、酒光一章氏を大臣室に呼び、加藤厚労相が「統計改革が必要だ」などとつぶやくだけで、酒光氏に前例踏襲を覆すモチベーションが生まれたかもしれない。局長級である酒光氏に、事務次官ポストへの色気がなかったとは言えないだろう。

厚労相は2018年10月に加藤氏から根本匠氏に代わった。野党は加藤氏を国会招致すべきだが、自民党総務会長になっている加藤氏がそれに応じることはありそうにない。だが、安倍首相に真相解明から逃げる理由がないというのなら、自民党に対し招致に応じるよう働きかけるべきである。

加藤前厚労相は日本記者クラブの会見で統計不正問題について「報告は受けていなかった」と、自らの関わりを否定した。その後、メディアに加藤氏の責任を追及する姿勢がほとんどみられないのは不思議なことだ。

“モリ・カケ”もそうだったが、安倍政権にまつわる疑惑が浮かび上がると、真相の解明をはばむ政官のメカニズムがいっせいに動き出す。権力が腐敗し、イエスマンがはびこって、民主主義を機能不全に陥らせている。メディアの記者たちが“特オチ”をおそれて、権力に飼い慣らされる傾向も、腐敗を助長しているのではないだろうか。

image by: 首相官邸

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