マンガ雑誌が苦しんでいる。活路をひらくため、集英社の「週刊少年ジャンプ」編集部はベンチャー企業と「マンガアプリ」の取り組みを始めた。その結果、マンガの売れ行きは「第3話まで」のデータで予測できることがわかったという。データ活用の最前線を取材した――。
集英社 ジャンププラス編集長の細野修平氏(左)とRepro CSOの越後陽介氏(右)

■デジタルシフトで生き残りを図るマンガ雑誌

マンガ雑誌の売上が落ちている。日本雑誌協会によると、少年向けコミック誌トップの発行部数は集英社の「週刊少年ジャンプ」の176万8333部(2018年7月〜9月)。1994年に記録した歴代最高部数653万部の3分の1以下。現在100万部を超えるマンガ雑誌はジャンプしかない。

各誌は生き残りのためにデジタルシフトを進めている。少年ジャンプ編集部も同様で、2014年9月にはマンガアプリ「少年ジャンプ+(プラス)」をスタートさせた。

■ジャンププラスは「デジタルの書き手を集める場所」

ジャンププラスのダウンロード数は現在1000万件以上。オリジナル作品を無料で配信するほか、週刊少年ジャンプの電子版を販売。課金やオリジナル作品の単行本販売を合わせて売上も好調だという。

集英社・ジャンププラス編集長の細野修平氏はアプリ提供の経緯についてこう語る。

「デジタルに読者がいるのと同じように、デジタルには描き手もいる。描き手を集める場所を作ろう、と始まったのがジャンププラスです。週刊少年ジャンプでは作家が作品を投稿し、(編集者が)育て上げることを得意としてきました。『ヒット作を作るのは作家である』という考えはデジタルでも変わっていません」

「4年前の段階では、(競合と比較して)ジャンプはデジタルでの窓口が一番不足していました。デジタルで作品を描く才能ある作家がたくさん出てきた一方で、それをうまくとらえられていないのではないかと。『作品を発表する場所が強ければ、作家も集まる』というのはジャンプがずっとやってきたことです。デジタルでも同じような場所を作ろうと思ったんです」(細野氏)

そんな思いでスタートしたジャンププラスだが、当然紙とデジタルでは勝手が違う。特に編集部員の頭を悩ませてきたのが、ヒット作を判断するための「指標」を決めることだった。

■「アンケート至上主義」だった週刊少年ジャンプ

もともと週刊少年ジャンプは「アンケート至上主義」と揶揄されるほど、読者アンケートの結果を重視してきた。作家も編集者もアンケートで1位を取ることを最大の目標としており、アンケート上位にランクインすることはすなわち、誰もが知る人気漫画であることを示していた。

「1位を取ればコミックスも売れて、アニメにもなる。だから何がなんでも1位を獲るんだと、みんな必死でやっていました」(細野氏)

最盛期には1週間で数万件の読者アンケートが編集部に寄せられていたため、ヒット作を見極めるための定量的な指標として十分機能していた。だが今は雑誌とコミックスに加えて、電子書籍やアプリ、SNSでもマンガを読める時代。マンガを読むスタイルも多様化し、これまでと同じ指標でヒットを判断するのが難しくなってきたのだ。

「ヒットとはそもそも何を指すのか。何をもって読者にウケていると言えるのか。紙だけの時代とは違って、その判断指標が複雑でわかりづらい状況です。ジャンププラスでは、『まずは読者に読んでもらうことが重要』と考えて、閲覧数を追いかけました」(細野氏)

サービス開始から1、2年の間は閲覧数を指標にしていたが、いざその数字を分析してみると、必ずしも指標にはならないことがわかってきた。

2年目を過ぎた頃からは『ファイアパンチ』や『終末のハーレム』といったオリジナル作品がネットを中心に話題になり、新連載によってアクティブユーザーが20〜30万人増えるということもあった。編集部では「やはり(アンケートの票のように)話題になる作品ありき」という声も上がった。

だが高い閲覧数がそのまま比例して単行本が売れたり、社会的なインパクトを与えたりする、ということには至らなかった。ジャンププラスは、累計発行部数3億2000万部超でギネス世界記録に認定された『ONE PIECE(ワンピース)』のようなメガヒット作を生むことを目標にしているが、まだ生まれていない。

■ベンチャーと組み、9割の離脱を予測可能に

指標作りを模索するジャンププラスが次に注目したのが、アプリに蓄積された「データ」だった。アプリであれば、ユーザーのアクセスするタイミングや時間、回数、気に入った作品を評価できる「いいジャン!」ボタンの押された数など、膨大なデータを取ることができる。このデータを分析すれば、かつての読者アンケートのように、定性的に人気を評価できるような指標を作れるのではないかと考えたのだ。

この取り組みのパートナーとなったのは、2014年設立のベンチャー企業・Repro(リプロ)だ。同社のアプリ解析・マーケティングツールは世界59カ国、6000以上のアプリへの導入実績を持つ。2018年7月にはAI・機械学習を活用した研究開発チーム「Repro AI Labs」も設立した。もともと集英社内の別媒体のパートナー企業だったリプロにジャンププラス編集部が相談を持ちかけたことで、両社での取り組みがスタートした。

「作品の良しあしありきですが、定量的なデータから読者を増やすノウハウを確立できることがわかってきました。人間ができない部分を機械に任せることで、ある程度の成果を出せます」

そう話すのはリプロでCSOを務める越後陽介氏だ。ジャンプラス編集部とリプロはまず、アプリから離脱しそうな傾向にある(再訪確率が低い)読者をAIで予測し、離脱を防ぐことができるかを実験した。結果としてAIの予測誤差を約10%におさめる、つまり9割近くの離脱を予測できたのだ。

また離脱しそうなユーザーにだけプッシュ通知を送り、有料コンテンツを読むためのポイントを特典として付与することで離脱を防げることもわかったという。

再訪確率と実測再訪率の誤差(提供=Repro)

「そもそも人の習慣みたいなものを予測できるのかというのが1つのテーマでした。そこに約9割の予測精度を出せました。また、全員に特典を付与するのではなく、一部の人にだけ付与することで費用対効果が良くなることもわかりました」

「実は全員に特典をバラ撒くと、毎日のようにアプリを使っていた人がアプリを使わなくなるという現象が確認されたんです。特典をバラ撒けばいいというワケではないことが、数字で明らかになりました」(越後氏)

■「連載3話」までの読者数で今後の人気が分かる

AIで読者の離脱防止には成功した。しかしかつてのアンケートのように、データで「ヒット作を見抜く」というところまでは実現していないようにも見える。だがデータを見ていくと、離脱防止とヒット作の発掘には関連性があることもわかってきた。

「連載開始から3話目までの読者数の推移をもとに、10話目までの読者数を誤差数パーセントの精度で予測できるようになっています。これを発展させて、3話目の時点でコミックスの売れ行きもある程度予測できるところまできています」

「1話目から3話目までの読者数の減り方がすごく影響しています。いくら初動が良くても、急激に読者数が減る作品は10話目でも数字が伸びないのです。だからこそ、3話目までで『いかにユーザーを離脱させないか』がかなり重要であることがわかりました」(越後氏)

週刊少年ジャンプでは、編集者は作家にネーム(マンガのコマ割りや構図などを大まかに表したもの)を3話目まで作ってもらい、3話目までが面白いかどうかで連載の可否を決めるという文化が根付いている。ジャンププラスでもこれを経験則として踏襲していたが、その意味がデータによって改めて裏付けされたかたちだ。まだ実証実験の段階だが、将来的にはこういったデータから「AI活用以後のヒット作」が生まれる可能性もある。

■人気マンガの「勝ちパターン」をデータから導く

今後ジャンププラスはビッグデータやAIをどのように活用していくつもりなのか。その答えの1つが漫画の勝ちパターンと負けパターンの抽出だという。

「ヒットの“ものさし”となる指標を見つけることができれば、その指標をどうやってよくするのか、つまりヒットを作るにはどうすればいいのかも見つけられると思うんです。また、こうなったらダメだ、という負けパターンも同様です」

「実は負けパターンを見つけるほうが簡単だと思っています。今でも編集者は『(ヒットの理由は分からなくても)ダメなマンガの理由はわかる』とよく言います。最終的には負けパターンの作品を勝ちパターンに変えることができれば1番理想的ですが、データに着目することでより早く負けパターンを見つけられるようになるだけでも大きいです」(細野氏)

一方の越後氏は「はやらないマンガを特定できるが、それを制作の現場にどう落とし込んでいくかが課題」だと話す。

「今の時代にあった新しいマンガの作り方を考えるという意味では、作品の伸びや離脱を予測するだけでなく、『なぜそうなっているのか』の納得できる理由までを提示しないと、現場には落とし込めないと思っています」

■今はマンガにとって一番幸運な時代

リプロとの取り組みを始めて以降、ジャンププラス編集部でも、分析結果に興味をもつ編集者が増加している。例えば「アプリの外に作品を波及させるために、あえてコメント欄を閉じてみる」といった実験も行ったが、これは編集部内で議論した中で出てきたアイデアだ。

もともとアンケート結果を重視していたジャンプなので、アンケート結果を分析し、作品にどう反映させるか試行錯誤していた編集者も少なくない。細野氏はそんな背景からも、データを用いた施策が「ある種ジャンプ編集部と相性がいいやり方」だと話す。

「今はマンガにとって一番幸運な時代だと感じています。無料のアプリも含めると、マンガはかつてないほど多くの層の読者に読まれている。ジャンプが600万部以上売れていた時代ですら、今ほどではなかったんじゃないかなと思うんです。だからこそ、ヒットのかたちが見えづらいという側面もあります」

前述のとおり、ジャンププラスでは「ワンピース超えのヒット作を生み出す」という目標があるが、それは単純に部数で超えるという話ではないと語る。

「そもそも今はデジタルで『ワンピースをどう超えるのか』というところにチャレンジできる時代です。そういう意味では編集者としてもやりがいがあるし、面白い時代になってきています。そんな時代を生き抜くためのツールとして、データがより重要になってくるのではないでしょうか」

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細野 修平(ほその・しゅうへい)
少年ジャンプ+編集長
2000年、集英社入社。『月刊少年ジャンプ』に配属され、マンガ編集者としてのキャリアを積む。以降、『ジャンプスクエア』を経て、2012年から『週刊少年ジャンプ』に所属。アプリ・マンガ誌『少年ジャンプ+』の立ち上げに関わり、2017年から同誌の編集長を務める。主な担当作品は『テガミバチ』『終わりのセラフ』『DRAGON BALL外伝 転生したらヤムチャだった件』など。
越後 陽介(えちご・ようすけ)
Repro 取締役 CSO
大手コンサルティングファームにて、様々な業種の成長戦略立案、ターンアラウンド戦略立案業務に従事。コンサルティングファーム退職後、自らも事業の立ち上げ、事業投資を行う傍ら、2015年からReproに参画。CSO(チーフ・ストラテジー・オフィサー)として、全社戦略の策定を担う。
大崎 真澄(おおさき・ますみ)
ライター
1990年、山口県生まれ。大学休学中に複数のスタートアップでインターンを経験し、Webサービスやスタートアップに一層夢中になる。卒業後はフリーのライターとして、国内のテックトレンドを扱うメディアやベンチャー企業のオウンドメディア・採用広報プロジェクトに携わっている。

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少年ジャンプ+編集長 細野 修平、Repro 取締役 CSO 越後 陽介 文=大崎真澄、撮影=プレジデントオンライン編集部)