『女王陛下のお気に入り』 (C)2018 Twentieth Century Fox

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【週末シネマ】『女王陛下のお気に入り』
3人の関係は、なぜ1対1対1にならないのか?

まもなく発表の第91回アカデミー賞で最多10ノミネート(9部門)作『女王陛下のお気に入り』は、18世紀初めのイングランド宮廷が舞台。病弱な女王とその寵愛を競い合う従姉妹2人の複雑なパワー・バランスを毒のあるユーモアで描く、ギリシャのヨルゴス・ランティモス監督にとって3作目となる英語劇だ。

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前2作で、結婚相手を見つけないと動物に姿を変えられてしまう世界(『ロブスター』)や、ある少年を迎え入れたことで崩壊していく家族(『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』)を描き、観客を置き去りにするような不条理劇を展開したランティモスにしては、ずいぶん親切にわかりやすいストーリーになっている。

体が弱く、容姿にも恵まれず、愛する家族もなく、だが絶対的な権力者であるアン女王の孤独を埋めるのは、娘時代から親友でもある側近のサラ・チャーチル。愛情が絡む依存に近い信頼を得て、サラは女王の政務までコントロールする黒幕的存在になっていたが、そこに現れたのがサラの従妹で没落貴族の娘アビゲイルだ。若くて美しいが、物慣れない彼女は宮殿の侍女として働き始める。だが、従姉サラの暗躍と女王の関係を目の当たりにした彼女は、サラの追い落としを企て、巧みにアンの歓心を買い、次第に寵愛を得ていくようになる。

18世紀のイギリス王室の話であっても、そこに渦巻く権力闘争のえげつなさ、誰かの一番のお気に入りになりたいという底なしの承認欲求など、21世紀の現代にそのまま通じる感覚だ。白と黒を多用する衣装はパンク・テイスト、貴婦人たちは「あいつ、むかつくんですけど」的な喋り方で、意識的に時代考証のコードを破って現代に近づける演出だ。がらんとした広いスペースで、床を這うような低さからキャラクターを見上げるカメラ、魚眼レンズによって奇妙に歪む空間で下世話な物語が繰り広げられる。

絶対的存在であると同時に無能で醜いという自覚があり、拗れた劣等感で権力を振りかざすアンを、無様なのにある種の同情を禁じ得ない“悲劇の女王”として演じたオリヴィア・コールマンが素晴らしい。アカデミー主演女優賞候補のコールマンと並び、助演女優賞にノミネートされたのが、サラを演じるレイチェル・ワイズとアビゲイル役のエマ・ストーンだ。美貌のマニピュレーターのサラも、一見世間知らずながら腹黒い策士のアビゲイルも、実質的にはアン女王と並ぶこの物語の主役。賞では便宜上、主演と助演に分けられたが、女優としてのパワーで美しい正三角形を描いた3人の誰が欠けても実現しないアンサンブルだ。

限られた狭い世界での3人の物語というと、阪本順治監督の『半世界』もある。『女王陛下〜』が女3人ならば、こちらは地方都市を舞台にした幼なじみの男3人だ。2人は地元暮らし、そこに東京から仕事を辞めて離婚したもう1人が帰郷してくる。なんの関わりもない2作を見て、3人という関係の難しさをつい考えた。1対1対1で尊重し合うのが理想だが、どうしても1対2の関係になりやすい。2人が残りの1人を攻撃するのか、2人が1人を気にかけて見守るのか。

男だから、女だから、ということではなくて、愛にエゴが絡んだ時の厄介さ、利害のないシンプルな友情の尊さを眺めながら、自らが生きる世界を見つめなおしたくなった。(文:冨永由紀/映画ライター)





『女王陛下のお気に入り』、『半世界』ともに2月15日より全国公開。

冨永由紀(とみなが・ゆき)
幼少期を東京とパリで過ごし、日本の大学卒業後はパリに留学。毎日映画を見て過ごす。帰国後、映画雑誌編集部を経てフリーに。雑誌「婦人画報」「FLIX」、Web媒体などでレビュー、インタビューを執筆。好きな映画や俳優がしょっちゅう変わる浮気性。