昔は、もっと簡単に人を好きになっていた。
愛することなんて、当たり前のようにできていた。

でもいつからだろう・・・?恋をすることがこんなにも難しくなったのは。

この東京砂漠で、果たして本物の愛は見つかるのだろうか―?

とりあえず“いい人”の鈴木次郎とデートしても心が動かなかった美佳。だが祥太郎から突然キスをされ戸惑い始める。

そんな中、美佳の気持ちは次郎と祥太郎という正反対なタイプの2人の男の間で揺れ動き始めた・・・




-「別に遊びじゃないから」。

そう囁いて私を抱き寄せた祥太郎の力強さと温もりを思い出し、顔が熱くなる。

気持ちを落ち着かせようとわざわざホットヨガに来ているのに、何の邪念も払えていない。

-違う、違う…。熱くなるのは、ホットヨガのせい…。

自由で女好きそうな彼と一緒にいても、幸せな未来はないだろう。そんなことは分かっているはずなのに、気になってしまう。

悶々とした気持ちを抱えているうちに、1時間のレッスンは終わってしまった。更衣室へ戻って携帯を開くと、紗弥加から連絡が入っている。

-紗弥加:二人に、話があるの。


先日、夫の浮気が発覚しながらも夫婦生活を続けていくことを決意した紗弥加だが、文面からして何かあったようだ。

汗を拭きながら画面をじっと見つめる。何となく嫌な予感がした。


浮気されても忍耐強く結婚生活を続けていた女の下した決断とは・・・?


「あのね、実は離婚しようと思うの」

金曜の夜。白金の『和味 大輔』に集まった私と葉月の前で、紗弥加は突然、そして淡々と切り出した。

「え・・・!?」
「嘘でしょ?この前、続けていくって言ってなかった?」

私も葉月も動揺が隠しきれない。

私たちとしては紗弥加の決断を応援するしかないが、浮気をされてあんな思いをしても「頑張る」と言っていたのに、どんな心境の変化があったのだろう。

「あの後色々考えちゃって。誰か他の女と抱き合った後に一緒のベッドに入っていること自体気持ち悪いし、そう思えば思うほど、もう無理で」

一度も結婚したことのない私と葉月は、思わず口を噤んだ。紗弥加の苦しみは私たちの想像以上のものだということだけは分かる。

「そっか・・・お疲れ様だったね」

出汁にくぐらせたブリが、静かに胃に染み込んでいく。




「最初はね、耐えられると思っていたんだ。自分さえ我慢すれば何とかなるって」

静かに話し始める紗弥加の言葉に、私たちは耳を傾ける。

「でもね、本当に好きだったからこそ、日が経つにつれて許せなくなっていって。愛と憎しみは紙一重というけれど、あれは本当だね」

無理に笑顔を作る紗弥加に、胸が押しつぶされそうになる。周囲より結婚が早く、いつも温かく独身女二人の愚痴や悩みに付き合っていてくれた紗弥加。

こんなに美人で良い妻を裏切る夫の気が知れない。私たちがそんな話をしていると、紗弥加はいつもの調子で穏やかに言った。

「そう言ってくれるだけで嬉しいよ。それに、結婚より離婚の方がはるかに大変と言うから、これからが勝負だなぁ」

その後“しばらく離婚は切り出さず、静かに証拠を集める”という紗弥加の話に、私たちは同意した。

だけど分かっている。

紗弥加は、きっと相手に対して莫大な慰謝料など求めない。ただ本来あるべき夫婦の絆を取り戻せなかったことを、最後まで悔いるのだろう。

「結婚する時にね、私思っていたんだ。これで幸せになれる、と。でも人生は、何が起こるか分からないね」

泣きそうになる紗弥加にかける言葉もすぐに出てこない。私たちはただ黙って美味しい食事をともにした。


親友のまさかの“離婚宣言”に動揺する独身女たち。「結婚って何だろう?」と考える彼女たちのそれぞれの思いとは?


独身女の嘆き


「結婚って、何なんだろうね」

帰り道、私も葉月も帰る気分になれず、二人でもう一軒寄ることにした。

「葉月は、今の彼とは結婚しないの?」

葉月は、年下の彼と同棲中だ。私の記憶が正しければ、同棲してもう1年半は経つ。葉月も私と同い年の30歳だし、結婚は意識しているだろう。

「そうなんだよね・・・それね、いつか二人には話さないとなぁとは思っていたんだけど」

そう言いながら、ポツリポツリと話し始める葉月。少し前まで私たちが飲むのはワインかシャンパンだったのに、最近ではもっぱらハイボールに変わっていることに気がつく。

「彼最高にいい人だし、一緒にいて楽なんだけど。でも彼と結婚したら、自分の将来が全て見えている気がして」

葉月の言っている意味がよく分からず、私は曖昧に頷く。

「日系のメーカー勤め、28歳。今後転職するような可能性も無さそうだし、きっとこのまま勤め上げると思うのよ。そうなると、大体のライフプランも見えるでしょ?年収も含めて。

一生、この平凡で単調な毎日かぁと思うと、怖くなるんだよね」




元々帰国子女で自由奔放な葉月は、“安定”という言葉が大嫌いだ。

彼女自身がデザイナーをやって稼いでいることもあり、金銭面では相手に対して何も求めていない。

だが葉月が求めているのは、一生女でいられるような、胸の高鳴りなのだろう。きっと、ずっと恋していたいのだ。

「そうなの!同棲が長くなるにつれて男女の関係でなくなっていくし、結婚したらもっと、女として見られなくなるのかなぁって。それが悲しいんだよね」

世の中の人は、安定を求めて結婚する。

“結婚と同時に恋愛の煩わしさから解放された”、とプラスの意味で聞くことが多いが、葉月はどうやら対極にいるようだ。

「葉月らしいねぇ。彼は何て言ってるの?結婚しようとか、言ってこないの?」

「うん、向こうは結婚したがっているんだけど。でも私にはまだやりたい事がたくさんあるし、年齢的にもまだいいかなって」

日本でいうと、30歳はもう十分な“結婚適齢期”だ。だがそんな固定概念に縛られず、自分で自由に生きられる葉月が少し羨ましくなる。

「葉月は、強いなぁ」

皆、口を揃えて言うだろう。“今の彼氏にしといた方がいい”、“今結婚しなかったら婚期を逃す”、と。

だが、そんな周りの意見に惑わされずに自分の感覚で生きている葉月。それも、立派な素晴らしい人生だ。

きっと、みんなもがいている。
みんな、この年齢の女たちは悩んでいる。

だが周りの意見や既存の考えに囚われず、自分を強く信じて生きられる女性こそ、実は一番幸せなのかもしれない。自分の幸せは、自分にしか分からないのだ。

「美佳もさ、自分の気持ちに正直になりなよ。周りが何を言おうと、それを言った人たちが美佳の人生の責任を取ってくれるわけじゃないんだし」

葉月の言葉に、私はただ小さく頷いた。

安定感のある次郎と、刺激をくれる祥太郎。

一体私は、どちらを選べば幸せになれるのだろうか・・・。

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遂に、それぞれの男が動きだす・・・!!