火力の強い手紙 大竹昭子

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ラブレターにまつわる話を5回にわたってお届けする本特集。

今回は、電気でもガスでもなく「ラブレターだけが燃料になる」という、不思議なストーブについての物語です。恋心のアツさに応じて火力が決まるこのストーブを、最も激しく燃え上がらせるのは一体どんなラブレターなのか…。ひさびさに集った旧友たちが競い合います。

文/大竹昭子
造形/パンタグラフ
撮影/花島成人
デザイン/桜庭侑紀

小さな橋を渡り、道路が大きくカーブしているところで細い道に入った。やっぱり都心より寒いなあと思いながら緩やかな坂を登っていく。東京はすっかり春の陽気で上着を手に持って歩いている人が多かったが、ここではダウンジャケットでちょうどいい。
やがて道は突き当たり、それ以上先に進めなくなった。木々のまばらな木立に目的のものが見えてきた。想像していたものとはだいぶちがう。板張りの小屋を思い描いていたけれど、目の前にあるのは円錐型でテントのような印象。そう、モンゴルのゲルに近いと言えばわかりやすいかもしれない。

入口で「こんにちは」と声を掛けると、分厚いシート状のものがべらっとめくれてカイタが顔を出した。
「お、おまえか。みんな来ているぞ」
中の様子は外から見るのとはだいぶちがっていた。ずっと部屋っぽい。棚に本が並んでいるせいだろうか。真ん中に黄色いストーブがあることもくつろぎの空間という雰囲気をかもしだしている。
でも、室温は外とおなじくらい低くて、みんなコートを着たまま座っていた。

「なんでストーブ点けないの?」
「おまえが来るの待ってたのさ」
カイタは意味ありげに笑った。
彼からメールが届いたのは10日ほど前のことだ。山小屋をつくったのでつぎの土曜日にお披露目をする、来れる人は来てくれ、とあり数人の名前がccされていた。
結局、来られたのはこの4人かと集まった顔を見まわす。みんな十代のころの仲間で、近所の変わったおっちゃんがやっている店で知り合い、親しくなった。簡単な食事ができて、どれもおっちゃんの手作りで安くておいしく、おっちゃんは気さくでおもしろく、と行き場のない十代にはうってつけの場所だったのだ。

「おっちゃん、元気?」
「フードフェアにときどき出店しているよ。なんだかんだ言っても料理が好きだからな」
カイタはおっちゃんの甥だ。あの頃は毎日店を手伝っていて、同世代の彼がいることがいっそう溜まりやすくしていた。
おっちゃんは1年前に店を閉じていまは発明に夢中になっている。前に会ったときは自作のパチンコ台というのを見せてくれた。スピーカーから出る音の振動で球が弾かれ、下りていく。プラスチックでできたごく軽い球なので、音量や音程で弾く速度に変化がつけられる。

カイタもおっちゃんの血を引いたらしくモノを作るのが好きだ。もっとも彼の関心は発明よりも建築やインテリアのほうにあり、だから山小屋を建てたという話を聞いても驚かなかった。

「で、このストーブもおまえの手作りか?」
黄色いストーブを指さして僕は訊いた。
「おれじゃなくておっちゃんだ」
へえ、という顔でみんながそれを見る。カセットコンロのような台座に円筒形のものが立っていて、むかしの石油ストーブに似ている。

「ところで、みんな持ってきてくれた?」
そういってカイタが見まわすと、みんな曖昧な表情を浮かべた。 
カイタの奇想に慣れているけど、このリクエストには参った。「いままでもらったいちばん熱烈なラブレターを持参すること」と書かれていたのだ。なんとなくつきあいはじめて、なんとなく別れるというのが僕のこれまでのパターンで、熱烈なラブレターにも告白にも縁なくきてしまった。仕方なくそれらしい内容を考えて妹に代書を頼むと、なんなのよ、これ、とせせら笑われたが、つぎの芝居で使うんだとごまかした。

「遅れてきた罰でまずおまえのから行こう」
「え、読み上げるのか?」
「いやいや、このストーブに判定してもらうんだ」
「ストーブに?」
カイタはストーブの下方についているメーターを指さした。
「熱い内容ならメーターがあがってがんがん燃えるし、そうでないと点かなかったり途中で消えたりする。これを試したくてみんなを呼んだのさ」
まずいことになった。これなら読み上げるほうがまだましだ。演技力でごまかせる。
ストーブに本当にそんな能力があるのかわからないのに早くも僕はビビっていた。

しぶしぶ手渡した便せんをカイタは広げて手差しトレイに置いた。むかしのファックスのように少しずつ中に吸い込まれていく。
みんなの目がメーターに注がれる。果たして点火するだろうかという好奇心に満ちた眼差しにいたたまれなくなり、僕は目を逸らした。

便せんは間もなく反対側から出てきた。

「1ミリも針が振れなかったねえ」
マユコの言葉に僕は笑って頭をかく。彼女は今日の紅一点だ。天然な性格で言いたいことを平気で口にするが、そのお陰で場がなごむ。

「次はサッチ、いこうか」
サッチのラブレターはピンク色の便せん2枚にびっしりと書かれていた。
「長いね」とマユコが言うと、「長いだけかも」と意外にも自信なげだ。

サッチは仲間のなかでいちばんモテ男だった。小柄だけど足の速いサッカー選手で、フィールドを縦横無尽に駆けまわる姿は男の目から見てもほれぼれするほどで、当然ながらいつも女性ファンに囲まれていた。
1枚目の便せんがストーブのなかに消えて間もなく、「あ、点いた!」とマユコが叫んだ
「ほんとだ」
みんなの顔がストーブの円窓に集まり、薄暗い部屋に中心ができる。
メーターの針はどんどん上がって4に達した。
もっと上がっていくだろうと、2枚目が入ったときはだれもが期待したが、予想に反してそれ以上は行かず、便せんが吐き出されると同時に火は消えた。

「ラブレターっていうより、ファンレターだからな……」サッチは渋い顔をする。
「その差を見抜くなんて賢いねえ」マユコの言葉にみんながうなづく。
「じゃ、次はそう言っているマユコだ」
「えっ!」彼女は大げさな声をあげる。
マユコが出したのは便せんではなくて絵はがきだった。宮島の鳥居の写真で、文字は少ししか書かれていない。
「いまのダンナがつきあっているときにくれた最初で最後の手紙」
彼女は結婚してまだ3ヶ月だが、ダンナはカメラマンで撮影にでていることが多い。それで今日も来られたし、好き勝手したい彼女には合っているけれど、いつまでもつだろうとみんな思っている。

「はがきでも行ける?」
「行けると思うよ」
カイタは文字の面を上向きにして差し込んだ。
ぼっという音とともに点火し、瞬く間に針は5まで行ったが、そこからするすると下がって火は消えた。なんだがマユコの将来を暗示しているようで可笑しい

それにしてもこのストーブ、さすがにおっちゃんの発明品だけあって侮れない。判定がシビアで部屋は一向に暖まらず、みんなコートを着たまま膝を抱えている。早くも3人分のラブレターが終わり、あとはモキチのしか残っていなかった。

モキチは物静かな男で、人のいる場ではあまり物を言わない。黙ってみんなの話に聞き入り、ときおりふふふっと笑う。とはいえ、存在感が薄いわけではないのは、彼がいないとよくわかる。壁のない部屋にいるみたいに心がすーすーするのだ。言葉を交さなくてもその顔を見るだけでなんかこうほっとさせるやつなのである。

「こんなになっちゃってるんだけど、大丈夫かなあ」
モキチは大きめの茶封筒からためらいがちに中身を引きだした。出てきたのは四つ折りになったベージュ色の上品な便せんだった。でも、端がぎざぎざに欠けている。しかも広げると端だと思っていた部分は便せんの中央に当たり、その穴が4倍に拡大したときにはだれもが「あっ」と声を上げた。

「箱に入れておいたらネズミにかじられたんだ」
住んでいた前のアパートを引っ越して出たときにはじめてかじられているのに気がついたという。表から見るとまったくふつうでわからなかったが、裏側から箱ごとかじられていた。お菓子の箱だったのでにおいがしたらしい。

「これもとってあるんだけど」
彼は茶封筒を逆さにしてトントンと中身を手にあけた。
歯形のついた小さな紙片がぱらぱらと落ちてくる。どれも福笑いの眉みたいカーブしている。
「こんなふうにかじるんだ」
マユコは物珍しそうに手にとり自分の眉に貼り付けた。
「さすがにこれは入らないけど、こっちがどうなるかやってみよう」
一同は固唾を呑んで穴の空いた便せんがゆっくりと呑み込まれていくのを見守った。

それがストーブのなかに完全に消えて少したったときだった。メーターの針が動きはじめた。じりじりと右に振れて円窓に火が灯る。ハートマークの上を通過したあとも針は止まらず、最高位を目指して扇を広げるように動いていく。
みんな「あ、あああー」と言葉にならない声をあげてそれを追った。
ついに10に達し、それでもなお針は先に行こうとしてピクピクと振れていた。
火力は強くなり、緋色の炎が5人の顔を明るく照らしだす。便せんは入ったまま出てくる気配がない。
「きっと妄想してるんだよ」
「穴の空いたところを自作してるわけだな」
「そう、それでひとりで熱くなっている」
「作家だな、このストーブは」
みんなが口々に言う。
「僕より上手かも」脚本が進んでいない僕はつぶやく。
みんなの顔に汗が吹き出し、てかてかと光っていた。こうなると暖かいのを通り越して熱い。 
そのとき、モキチがぽつりと言った。 
「ストーブに当たるつもりが逆に当てられたね」

一拍おいてみんな爆笑する。確かに今日の主役はこのストーブだ。彼のパフォーマンスを見に僕たちは集まったのだ。ストーブは興奮したように黄色い身をゆすっている。2枚目を入れたらどんなことになるか空恐ろしくなってきた。
大竹昭子(おおたけ・あきこ)

1950年東京生まれ。ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、幅広い執筆活動を行う。主な著書に「彼らが写真を手にした切実さを」(平凡社)、「この写真がすごい 2「(朝日出版社)、「間取りと妄想」(亜紀書房)、「須賀敦子の旅路」(文春文庫)など。トークと朗読のイベント〈カタリココ〉も開催。
パンタグラフ/PANTOGRAPH

立体造形と立体アニメーション専門のアーティストユニット。役に立たない架空の道具作品を多数制作、またコマ撮り手法での短編アニメーション、ゾートロープ制作など幅広い分野で活動。著書に「造形工作 アイデアノート」(グラフィック社)、「パラレルワールド御土産帳」(パイインターナショナル)など。「デザインあ展」(2018年)出品。
http://www.pangra.net/
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「ラブレターの話」特集、次回は「オモ写」で人気のツイッターアカウント「ねぎかつセブン」さんの未公開作品紹介。全然モテない勇者に、詩人・田村隆一さんの助言を送ります。2/16(土)21:00公開予定。