オスプレイの共同開発で有名なベル・ヘリコプター社のeVTOL(Electric Vertical Take Off and Landing)のプロトタイプ。(筆者撮影)


 CES 2019のレポートも最終回を迎えた。今回は8Kテレビとドローンを取り上げ、イノベーションの向かう先を考えてみたい。

【前回の記事】P&GがCES初出展、美容の破壊的イノベーションとは
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55330

 CESのメイン会場であるラスベガス・コンベンションセンターはとにかく巨大だ。Fitbitの歩数計は夕方までに、優に3万5000歩を超えている。

 一方、展示ブースめぐりも2日目となると、来場前に抱いていた「仮説」がやがて「確信」に変わる瞬間がやってくるのも事実だ。

 筆者の場合、CES 2019の後半では、クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』(翔泳社・2001年)の次のようなニュアンスの一節が脳裏を巡った。

「優良企業の持続的イノベーションの成果は、ある段階でお客さまのニーズを超えてしまう。そして、それ以降、お客さまは、そうした成果以外の側面に目を向け始め、破壊的イノベーションの存在が無視できない力を持つようになる」
 

 お客さまを熱狂させるイノベーションには、それが世に出た瞬間から「成熟化」(新規のお客さまがいない状態)と「同質化」(機能的な差別化がない状態)が影のようにヒタヒタと忍び寄る。

「成熟化」と「同質化」は製品やサービスのコモディティ化をもたらし、その結果、企業は際限のない価格競争に巻き込まれて確実に体力を消耗して行く。

 優良企業は宿命的なコモディティ化から逃れるため、やがて顧客のニーズを超えるレベルまで持続的イノベーションの成果を追求する。

 CES 2019、筆者が会場で目撃した8Kテレビやドローンは、まさにこの危険なシナリオに近づいているように映って仕方がない瞬間が何度かあった。

 そう、お客さまを次に熱狂させる破壊的イノベーションは、クリステンセンが看破した通り、成熟企業が突き進む進化のベクトルとは全く違った方向にあるかもしれないのだ。

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主役の「8K」技術はお客さま視点から見たら脇役? 

 今回のCES 2019ではLG・サムスンの韓国勢だけでなく、ソニー・シャープの日本勢も75インチ超の大画面8Kテレビを出展した。

 通常のハイビジョンテレビが完全にコモディティ化してしまった以上、テレビを製造する各社はプロダクトの高付加価値化を目指して、持続的イノベーションを突き詰める方向に追い込まれてしまったように見える。

「4K・8Kのコンテンツがほとんどないに等しいのに、大画面8Kテレビなんて必要あるの?」という来場者からの突っ込みは十分想定内だったようで、シャープを除く3社*1は、8K未満の画像を超高精細な8K画質にアップコンバートする「AI内蔵の回路搭載」を訴求していた。

*1:シャープは北米のテレビ事業を2016年、ハイセンスに譲渡。そのため北米ではテレビをBtoCで販売することができない。

 それでは、LG・サムスン・ソニーの展示内容を個別に検証していこう。

LGブースの展示。8K未満の画像を超高精細な8K画質にアップコンバートするAI内蔵回路搭載を訴求。(筆者撮影)


 今回、8K陣営でもひときわ異彩を放っていたのがLGだ。

 まず、生活に溶け込むAIという点での必然の流れが、8KテレビとAI音声スピーカーの融合だ。

 LGの場合、自社開発のAI・ThinQ(シンキュー)とグーグルアシスタントに対応しており、2019年からはさらにアマゾンアレクサもビルトインされるという。

 多くのスマート家電の場合と同様、「リモコン」は遠くない将来、「死語」となるかもしれない。

 しかし、皮肉なことにLGブースで最も熱い視線を集めていたのは8Kテレビではなく、有機ELテレビ「SIGNATURE」だった。

 画質レベルは4Kレベルながら、ビデオを見ての通り、ロールカーテンのように使わない時は「巻き取れる」というのが最大の特徴である。

 もっとも、「SIGNATURE」はガジェット的には興味を惹かれるものの、実生活の中でリアルにそのメリットを実感できるのは米国や中国大陸のごく限られた富裕層、ということになるだろう。

【参考】LG SIGNATURE OLED TV R LIFESTYLE
https://www.youtube.com/watch?v=FobFHaC5BOM

アップルとは休戦協定? サムスンの差別化戦略

 続いて同じ韓国勢・サムスンはどうだったか。

 サムスンの大画面8Kテレビも自社開発のAI・Bixby(ビクスビー)を搭載し、音声操作が可能、という触れ込みである。

 このサムスンで筆者が驚愕したのは、8K画質うんぬんよりも、スマートフォンの特許をめぐる法廷闘争で長い間、「犬猿の仲」だったはずのアップル社のコンテンツ対応を差別化ポイントとして訴求していたことだ。

 あろうことか、サムスンの8Kテレビはアップルのストリーミングシステム AirPlay2に対応するほか、iTunesがコンテンツメニューにビルトインされるのが大きな特徴としてフィーチャーされていた。

 お互いに楽ではない台所事情、名を捨て実を取るのはアップルも同じなのかもしれないが、アップルファンなら複雑な気分になること間違いなしだ。

 サムスンブースでの技術面での注目ポイントだが、筆者はやはり8K大画面テレビよりも、新技術のマイクロLEDテレビ「ウィンドウ」に軍配を上げたい。

 マイクロLEDは、渋谷のスクランブル交差点や野球場で使われている三菱電機やソニーの大型ビジョンスクリーンの技術を高精細化した技術であり、CES 2018のサムスンブースで展示されていた「The Wall」のコンセプトを引き継ぐものだ。

 サムスンの「ウィンドウ」はベゼル(枠)をなくすことに成功、基本モジュールを組み合わせることで画面のサイズや形を自由に変えることができるという点で非常にユニークな提案だと感じた。

サムスンのマイクロLEDディスプレー。モジュールを組み合わせることで、サイズや形を自由に変えることができる。(出典:)


 最後に、日本勢のソニーはどうか。日本人にはおなじみのブラビア(BRAVIA)もお約束通り、グーグルアシスタントを搭載し、音声によるテレビ操作やYouTubeからのコンテンツ検索が可能になることが強調されていた。

 とはいうものの、ハードウエアとしてのソニーブランドのテレビに、かつての圧倒的な優位性は感じられなかったというのが正直な印象だ。

 しかも、LGやサムスンのように「スマート家電のラインナップがブランドの傘下にない」ことが現在のソニーの弱みになっていると映ってしまうのは、穿った見方だろうか。

 さて、百花繚乱の8Kテレビだが、気になる値段はというと、最低でも15000ドル以上、日本円では軒並み200万円を超えるのでは、と噂されている。

 そこにお客さまニーズがあるだろうか。

 8Kテレビ量産化の前提となるコンテンツ配信が、日本では昨年12月からBS放送でようやくスタートしたばかりという現状(米国ではディレクTVやNetflixの一部プログラムで配信済み)では、企業が8Kテレビで事業収益を上げることができるようになるのはまだまだ先のことだ。

 しかしそうなる前に、筆者はクリステンセンの予言がどうも悪い方向で的中するような気がしてならないのだ。

モノやヒトを運ぶ大型の商用ドローンは離陸するか?

 今や小型ドローンは、空撮、工事現場の測量、送電線の保守点検、農薬散布など、従来は小型飛行機やヘリコプターが担ってきた役割をより手軽に、低コストで代替できるようになってきている。

中国DJI社の小型ドローン。(筆者撮影)


 CES2019では、100社を超える企業が主に中国大陸からやってきていたが、小型ドローンのシェアの約70%は中国・深センのDJI社に握られており、同じ土俵で戦うのであれば生き残れる可能性は「今も・これからも」ほぼゼロである(GoProが2017年ドローンカメラに参入したが、DJIに駆逐されて経営が傾いたことは記憶に新しい)。

 可能性があるのは覇者DJIとガチンコの勝負にならない、大型の産業用ドローンや水中ドローンのようなニッチな領域か、もしくは技術的なチャレンジと大規模なインフラ投資を前提にして、モノやヒトのように一定以上の重量のある物体を「安全」かつ「正確」に運べる商用ドローンの領域だろう。

 後者については、CES 2019の連載初回で取り上げた通り、高速・大容量の5Gの通信ネットワークが整備されるとともに、その期待は否応なく高まると推察される。

【参考】CESで体験したカスタマーエクスペリエンスの近未来
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55229

 ドローンの進化系である、電動の垂直離着陸機(eVTOL:Electric Vertical Take Off and Landing)を使って、この新規ビジネス「空飛ぶタクシー」への参入の準備を虎視眈々と進めているのが(CES 2019には出展はしていなかったが)「ウーバー・エア(uberAIR)」だ。

 ウーバーが先鞭をつけた地上のライドシェアの市場だが、リフト(Lyft)など強力なライバルの出現で米国ではサービスのコモディティ化が進み、料金の値下げ圧力が高まっている(つまりウーバーの収益の下振れ要因になっている)、というのがこのプロジェクトの背景のひとつであると考えられている。

【参考】日本での視界は良好か?「空飛ぶ自動車」の未来
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54071

 ちなみに、ウーバーが発表している「空飛ぶタクシー」のロードマップによると、

2020年まで:ロサンゼルスやダラス近郊などで飛行実験を開始
2023年まで:ウーバー・エアのサービスをリーン・スタート
2028年(ロサンゼルスオリンピック・パラリンピック開催):完全商用化
2030年代:自動飛行の実現

という。

 今回のCES 2019でコンセプト機を展示し、来場者の度肝を抜いたベル・ヘリコプター社は、ウーバー・エアとの提携が取り沙汰されている数社のうちの1社にあたる。

 筆者が早速、ブースで担当者に質問したところ、ベル・ヘリコプター社としては当面、自動運転・電動ではなく、有人飛行・ガスタービンでのプロペラ駆動で飛ぶことを目標とする、とのことだった。

 ボーイング社と共同開発で軍用輸送ヘリコプター「オスプレイ」を開発導入し、決して少なくはない事故の発生で常に風当たりの強い同社にとってみれば、この慎重なアプローチは至極当然のことなのだろうと合点がいった。

ベル・ヘリコプター社は有人飛行・ガスタービンによるプロペラ駆動から「空飛ぶタクシー」を目指す。(筆者撮影)


空飛ぶタクシーは「共創型の社会イノベーション」になリうるか

 一方で、ウーバーが2018年5月に発表した「ウーバー・エア」のコンセプト機「eCRM-003」の想定スペックは、巡航速度240〜320km/h、航続距離は充電1回あたり約97kmとなっている。

 小型ドローンですら、1回あたりの充電で25分程度しか飛行できないのが現状だ。商用ドローンの稼働率や着陸する駐機場の混雑など予期せぬトラブルの発生を考慮すると、航続距離は充電1回あたり数百km必要だろう。

 加えて、商用マーケットが拓けるかどうかの可否を論ずるとき、空域管制や離発着地の確保という法律面の整備も含めた運用上の課題が立ちはだかる。

 この課題をクリアできるとすれば、それはウーバーやベル・ヘリコプターのようなテクノロジードリブンな企業の努力だけでは無理だ。

 行政や駐機場などのインフラ整備を担う企業や組織などの、複数プレイヤーの参画と高度な連携がカギになるだろう。

 つまり、地域の分断や社会的弱者の救済といったソーシャルの課題解決も含んだ「共創型の社会イノベーション」が成立して初めて、実現に向けたロードマップが「そろり」と動くことになるはずだ。

 空飛ぶタクシーを8Kテレビ同様、持続的イノベーションの罠として同列に語ってよいかは議論になるかもしれない。

 とはいうものの、大型のドローンでモノやヒトを運ぶというコンセプトは、ドローンが存在感を示し始めた当初から構想されてきたのも事実である。

 企業が持続的イノベーションを繰り返した結果、隘路に迷い込みそうになった時は、一旦深呼吸をし、勇気を持って「お客さま視点に立ち返る」ことが肝要ではないだろうか。

 CES 2019の会場の雑踏の中で、期せずしてこの大原則を実感することになったことを、4回シリーズの連載の締めくくりとして付け加えたいと思う。

筆者:朝岡 崇史