寒い家での凍死が急増!? これでいいのか、日本の住宅

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◆相次ぐ屋内での凍死、熱中症の1.5倍に

 凍死と言えば冬の雪山での遭難を連想するが、日本で急増しているのは屋内での凍死だ。厚生労働省の「人口動態調査」によれば、2000年から2016年までの国内の凍死者は計1万6000人となり、熱中症のおよそ1.5倍に上っている(2016年単年の凍死者数は1093人)。救急搬送される患者の多くは、屋内で低体温症にかかった高齢者だ。

 低体温症は、皮膚ではなく内蔵など体の深部の温度が35℃を切ると診断されるが、高齢者になればなるほど自覚しにくい傾向にあり、気づいたときには手遅れになるケースが多い。背景には、高齢者の増加や貧困層の拡大に加え、孤立して暮らす高齢者が増えたことで、重症化するまで発見されにくいといった理由もあるという。

「暖房を入れれば解決するのでは?」と思うかもしれない。しかしそれより重要なことは、暖房を入れなければ凍死するほど日本の家が寒いという事実。日本では、部屋を細かく区切って人がいるときだけ採暖する「部分間欠暖房」が一般的だ。

 リビングは暖かくても、廊下やトイレなどに移動すると極端に寒くなる。その温度差で血圧が急激に変動し、意識を失う人もいる。いわゆるヒートショックだ。そのため部分間欠暖房だけでは、家の寒さが原因で健康を害する人の数は減らせない。

 欧米や韓国などの一般的な住宅では、人のいない部屋も暖める「全館暖房」が当たり前で、場所によって極端な温度差が出ることはない。こうした国々では、家がしっかり断熱されエネルギーを効率的に活かしているため、全館暖房だからといって生活費を圧迫するほど光熱費がかかるわけではない。

 一方で、他の国に比べて断熱性能の劣る日本の既存住宅の多くでは、全館暖房をしようとしても光熱費がかかりすぎて続けられない。世界の他の先進国と比べて、家の性能にそれほど差があるというわけだ。

◆ドイツでは、寒い家を貸した賃貸住宅オーナーは裁判で負ける!?

 国によっては、暖房を入れた部屋が一定の温度以上であることを定める室温規定を設けているケースもある。例えばドイツでは、労働者保護の観点から労働時間中の室温規制値を設けている。作業の度合いなどにより最低温度は異なるが、おおむね17〜21℃以上と決められている。これは「望ましい」というあいまいな基準ではなく、下回った場合は行政指導が入り、場合によっては雇用主が罰金を取られることもある。

 また、賃貸住宅の室温をめぐって行われた裁判では、暖房期間(一般的に10月から4月の間)に、居室空間は最低でも18℃、浴室やトイレなどは21〜22℃を維持しなければならないという判決も出ている。こうした温度設定が契約書に盛り込まれることも多く、この温度を下回るような寒い部屋を貸したオーナーは、賃料を減額させられる可能性が高い。

 賃貸住宅を貸し出す時点でその部屋が寒いとわかれば、市場では評価されず、借り手がつかなくなってしまうリスクもある。そのため賃貸住宅のオーナーは、自分のビジネスを成功させるために貸し出す住宅をきちんと断熱している。このようにドイツでは、寒くない環境で過ごすことが当然の権利として認識されている。

◆適切な室温は憲法上の人権

 では日本の室温規定はどうなっているのか? 例えば労働安全衛生法では、事業者は室温が10℃以下の場合は、暖房するなどの温度調節をしなければならないと定めている。日本では、法的には10℃以下にならないと暖房しなくても問題ないようだ。

 一方で学校保全安全法では、「17℃以上、28℃以下が望ましい」となっている(学校環境衛生基準)。「望ましい」とあるように罰則規定があるわけではないが、労働安全衛生法の10℃に比べると適切な基準値のように思える。

 ところが、この基準が採用されたのは2018年4月からのことで、改正される以前の基準は「10℃以上、30℃以下が望ましい」だった。2018年3月までは、学校で冬は10℃、夏は30℃でも許容されてきたのが現実だ。このような基準は、寒くて暑い環境を当たり前としてきた日本社会を象徴しているのではないだろうか。

 東京弁護士会の環境保全委員会で住宅の断熱性向上に取り組む岩崎真弓弁護士は「室温をめぐる問題を人権として捉え直すべき」だと言う。

「憲法には、すべての人に健康で文化的な生活を追求する権利が認められています。これまで室温については法的な議論がされてきませんでしたが、人が尊厳を保ちながら健康な生活を送るうえで、適切な室温を享受する権利は不可欠です。ヒートショックや低体温症でこれだけの人が亡くなっているいま、室温を憲法上の人権として位置づけるべきだと考えています」

◆日本の住宅の「断熱義務化」は見送りに?

 日本にはこれまで住宅の断熱基準が義務付けられていなかったため、ほぼ無断熱の住宅を販売しても許されてきた。そのような状態は健康面のリスクだけでなく省エネや地球温暖化対策にも逆行するとして、近年は国(国土交通省)でも制度として断熱基準を定める方向で議論を進め、2020年には義務化をすることが決まっていた。

 国が定める断熱基準のレベルは、国際的にはとても低レベルのものだ。それでも、無断熱の住宅建設さえ許されてきた日本で最低限の基準ができることには、一定の意義があった。

 ところが、2018年12月に行われた国交省の審議会(※)では、一転して義務化が見送られる方針が打ち出された。義務化に対応できない建設事業者が多くいることや、2020年までに行政の手続きへの対応が間に合わないといったことなどが理由として挙げられたが、寒い住宅に住み健康リスクを負わなければならなくなる居住者の権利はまったく考慮されていない。

※2018年12月3日に開催された、国交省の「社会資本整備審議会建築分科会建築環境部会」

 岩崎真弓弁護士は「この義務化見送りの動きは、断熱をめぐる裁判にも悪影響を与えるのではないか」と懸念する。これまで、住宅の断熱性について施主と施工業者の間でトラブルになった裁判では、完成した住宅の断熱レベルが低かったとしても、裁判所はある一定のレベルの断熱をすることが「施工常識とは言えない」との立場を取ってきた。

 また、断熱は建物のエネルギー効率や居住性能を高めるためのものという認識で、「断熱しないことが建物の基本的な安全性を損なう瑕疵である」とは認めないという判断をする事が多かった。断熱基準が義務化されれば、その流れが変わった可能性が高い。

「いまの裁判所は、断熱レベルが低くても快適性を左右する程度で、生命や健康に重大な影響を与えるとは認識していません。断熱基準の義務化により、その認識が変わると期待していました。義務化が見送られてしまえば大変残念ですが、今後も住宅を断熱することの重要性を法制度に取り入れられるよう働きかけていきたいと考えています」(岩崎弁護士)

 住宅の劣悪な断熱性能によって、多くの人の命や健康が失われている現状を考えると、法制化は不可欠だ。しかし国や裁判所の態度はその点を認識しておらず、黙って待っていても暖かい家に誰もが住める社会には近づかない。一般の国民が、寒い家は自分たちの人権に関わる問題だという認識を深め、「まっとうな家に住みたい」という声を出していく必要があるのではないだろうか。

◆ガマンしない省エネ 第11回

<文/高橋真樹>
ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。環境・エネルギー問題など持続可能性をテーマに、国内外を精力的に取材。2017年より取材の過程で出会ったエコハウスに暮らし始める。自然エネルギーによるまちづくりを描いたドキュメンタリー映画『おだやかな革命』(渡辺智史監督・2018年公開)ではアドバイザーを務める。著書に『ご当地電力はじめました!』(岩波ジュニア新書)『ぼくの村は壁で囲まれた-パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館)ほか多数。