1975年、『歓びの毒牙』(70年)や『4匹の蝿』(71年)など“ジャッロ”映画で成功を収めた若き映画監督ダリオ・アルジェントは、いままでの技法にもの足りなさを感じ始め『サスペリアPART2』(※原題はProfondo Rosso=深紅で、映画『サスペリア』とはまったく関係のないサスペンス映画。日本では『サスペリア』のあとに公開されることになり、『サスペリア』のヒットにあやかろうとこのタイトルがついた)で新しい手法を試みた。ほとんどのシーンで音楽を使い、そのシーンの動きに応じた音楽表現を模索したのだ。

「トム・ヨーク、はじめてのサントラ『サスペリア』体験を語る」の写真・リンク付きの記事はこちら

その製作中にアルジェントが出会ったのが、イタリアのプログレッシブ・ロックバンド、ゴブリンである。彼らの新しいアルバムを聴いて気に入ったアルジェントは、すでに撮影も選曲も済んでいたにもかかわらず、彼らに映画への参加を依頼した。当初は、作曲家ジョルジオ・ガスリーニが作曲した曲を演奏するだけの予定だったが、結局、ガスリーニから仕事を引き継ぎ、数曲の作曲も手がけ、有名なテーマ曲を作曲することになった。

こうして映画音楽の道に足を踏み入れたゴブリンとアルジェントは、次作『サスペリア』で再度タッグを組むことになった。オカルトという非日常的な要素を取り入れたこの野心作は、その後に続く魔女三部作の第1作である。

前作では時間がなくスタイルを確立できなかったゴブリンは、インドのシタールやタブラ、ギリシャのブズーキなど民族色のある楽器やモーグ・シンセサイザーなどの電子音をミックスして独自の世界をつくり上げ、サントラはゴブリンの最高傑作ともいわれている。

グァダニーノは、長年温めていた『サスペリア』を単なるリメイクではなく、自分なりの作品に再構築するという構想を打ち立てた。音楽は、あまりにも有名なゴブリンのそれから、かけ離れている必要があった。

「ポエティックでメランコリー」であること。それが映画音楽を初めて手がけることになるトム・ヨークを選んだ理由だという。

トム・ヨークは、グァダニーノからコンタクトがあった当時のことをこう語る。

「ぼくのパートナーに共通の知り合いがいて、ルカから最初に話があった。最初は、躊躇したよ。映画のサントラなんてやったことがなかったし。そう、最初にぼくにそんなクレイジーなことを頼んできたのは、友だちのエドワード・ノートンだ。彼は『ファイト・クラブ』(デヴィッド・フィンチャー監督)の音楽をやってくれないかって連絡してきたんだ。ぼくは『OK Computer』をつくったばかりで疲れ果てていたし、そんなことには首を突っ込めないって断ったんだ。サントラという新しいことを学べるチャンスとはとても考えられなかったんだ」

それから20年。今回こそ機が巡ってきた。

「ルカたちは、ぼくが必ずできるって確信をもっているようだった」

実際に、この10年、レディオヘッドのメンバーであるジョニー・グリーンウッドは、映画音楽の分野でアカデミー賞作曲賞にノミネートされるなど成功を収めている。とりわけ、『ゼア・ウィルビー・ブラッド』(07年)から『ファントム・スレッド』(17年)に至るまでのポール・トーマス・アンダーソン作品には欠かせない存在だ。

「ああ、彼がポール・トーマス・アンダーソンの仕事をするのを長い間見てきたよ。彼は、映画音楽では、もうナポレオンのような存在だからね。それで、ぼくなりに映画音楽にかかわることがどんなことがわかってきた。実際そうかどうかは別として。彼はいくつかいいアドバイスをくれたよ。彼はあいまいな感じで働くのが好きなんだ。ひとつは、なにがなんでも映画音楽をつくろうと思うな、ということだ。慣れないことを真似てやっても仕方がない。自分のやり方でやれということだ。もうひとつは、脚本を読み込むこと。だからぼくは、この映画をスタートすると決める前に、2、3週間かけてじっくりと脚本を読み込んだ。で、コアとなるアイデアを固めたんだ」

アルジェント版も何度か観たという。

「ぼくは映画通ではまったくないけど、美しい映画だと思った。ゴブリンの音楽も印象的だった。けれど、その音楽からはまったく離れたところに行こうと思った」

リピートを効果的に使った前作とは違い、ノスタルジックでメランコリックな曲調は、ある意味、前作のファンやレディオヘッドファンにも驚きだったかもしれない。インストゥルメンタルだけでなく、この映画では彼自身が歌う歌曲も採用されている。“Suspirium”を筆頭に、“Unmade”、“Has Ended”といったピアノを主体としたトムのボーカル曲もある。また、グァダニーノ版は、舞台を1977年のベルリンに設定されていることも特徴だが、この設定もヨークの音づくりに大きな影響を与えた。

「撮影初期にセットを訪れ、美術監督のインバル・ワインバーグやスタッフに会ったよ。1977年は、ある意味で夢の時代だ。クラウトロックのダンジェリン・ドリームやデヴィッド・ボウイである必要はなかったけれど、自由でエネルギーに溢れていたんだ」

最もチャレンジだったのは、ダンサーたちが集団で踊るダンスシーンである。アルジェント版ではバレエ学校を舞台としながらもダンスシーンはほとんど描かれていないが、グァダニーノは、肉体と精神がコネクトするダンスシーンこそ、魔女たちの儀式にふさわしいと群舞のシーンに力を注いだ。

「撮影前に、コレオグラファーと会って、ダンスのリハーサルシーンに立ち会い、説明を受け、自分なりの方法をみつけようといろいろトライしたんだけれど、それがうまくいっていることを願うよ」

とはいえ、25曲を収録したサントラは、トム・ヨークの新アルバムとも言える聴き応えのあるアルバムに仕上がっている。ミュージシャンとしても実りの多いコラボレーションだったことは間違いない。

トム・ヨークは、昨年リリースした『Suspiria (Music for the Luca Guadagnino Film)』に続き、EP『Suspiria Limited Edition Unreleased Material』のリリースを発表。ファンからの強い要望に応えて、12インチヴァイナルのリリース日と同じ2月22日から、各配信サイトにてストリーミング配信が開始されることも決定した。併せて、ジミ・ヘンドリックスがニューヨークに設立した伝説的スタジオのエレクトリック・レディ・スタジオでのソロ・パフォーマンス映像を一挙にYouTubeプレイリストで公開した。同セッションヴィデオには、アルバム『Suspiria』の3曲の演奏が含まれている。