なぜ「おっさんが主役のドラマ」が急増しているのか?(写真:左右ともにテレビ東京、左:木ドラ25「デザイナー 渋井直人の休日」 テレビ東京にて毎週木曜深夜1時から放送中 Ⓒ渋谷直角/宝島社 Ⓒ「デザイナー 渋井直人の休日」製作委員会、右:ドラマパラビ「さすらい温泉 遠藤憲一」 テレビ東京にて毎週水曜深夜1時35分から放送中 ©「さすらい温泉 遠藤憲一」製作委員会)

テレビドラマ界で、おっさんが大ブームである。この冬のラインナップをみると、まあ、見事におっさんだらけ。定番の刑事モノや2時間ドラマではおっさん主演が当たり前だが、そうでない枠でもおっさんがメイン、あるいはぎっしりてんこもりだ。主要作品をかいつまんで紹介しておく。

まず「メゾン・ド・ポリス」(TBS)。主演は高畑充希だが、警察をリタイアしたおっさんたち(西島秀俊、野口五郎、角野卓造、小日向文世、近藤正臣)のシェアハウスが舞台。つまり、おっさんの“詰め合わせ”である。

一方、昨年の「おっさんずラブ」のヒットで味をしめたのか、テレ朝は強気でタイトルそのまんまの直球勝負。「私のおじさん〜WATAOJI〜」である。主人公の新米AD(岡田結実)にまとわりつく謎の妖精が、なぜかスーツ姿のおっさん(遠藤憲一)という設定だ。

また、2017年の「バイプレイヤーズ」で名脇役俳優のおっさんたちにスポットライトを当てたテレ東は、そもそもおっさん推しの制作スタイル。そんなテレ東が満を持して送り込んできたのが、光石研の主演作「デザイナー 渋井直人の休日」だ。おしゃれなおっさんが己の欲と自意識とひそかに闘うさまをポップに描く。また、遠藤憲一主演「さすらい温泉 遠藤憲一」や、売れない歌手を高橋和也が演じる「日本ボロ宿紀行」もある。

さらに、テレビ大阪(BSテレ東でも放送)では、南極観測隊のおっさんたちの過酷な日常を描く「面白南極料理人」を放送。主演は浜野謙太、隊員は山中崇、田中要次、緋田康人、マキタスポーツ、岩崎う大(かもめんたる)と、おっさんだらけ。唯一若者(福山翔大)もいるが、絵ヅラは“おっさん大集合”である。
 
最後は、「柴公園」(TOKYOMX、BSトゥエルビほか)。柴犬を連れたおっさん3人(渋川清彦、大西信満、ドロンズ石本)が公園でダベるだけ。いくらなんでも肩の力を抜きすぎとも思うが、想像以上に癒やされる。

ということで、おっさんドラマ花盛り。作り手の思惑は知らんが、ウケると踏んでいるテレビ局が多いし、事実、私の心もおっさんを求め始めている。なぜ、今、おっさんなのか。

「おっさんドラマ」の悲しい歴史

おっさんに白羽の矢が立つ作品は、今に始まったことではない。ちょっと黒歴史にも触れておこう。覚えているのは、いまや名バイプレイヤーで日本のドラマ界には欠かせない名優・小日向文世の主演作だ。

「あしたの、喜多善男〜世界一不運な男の、奇跡の11日間〜」(フジ・2008年)だが、誰もが目をそらす結果に終わってしまった。キャリアが長く、手練れのおっさん俳優の実力や持ち味を活かしきれず、公開処刑のような空気感に。当時はアイドル主演ドラマが腐るほどあり、俳優の実力よりも事務所の力が勝っていた時代(今もある意味で変わらないけれど)。たぶん、視聴者にも「おっさんを愛でる寛容さ」は育っていなかった。

その後も、おっさん冬の時代が続く。特に多かったのは、「元トレンディー俳優主演作の惨敗」だ。トレンディーというとかなり古いので、「ドラマ黄金期俳優」が正しいかもしれない。強いて名前を挙げるならば、柳葉敏郎、陣内孝則、江口洋介、織田裕二、唐沢寿明あたりだ。シリアスな2枚目を演じれば「劣化」と言われ、コミカルな破天荒おっさんを演じれば「痛い」と言われ、重厚または熱い役を演じても「なんか違う」と言われる。

1980〜1990年代にキラキラと輝いていた彼らの姿が色濃く記憶に残っているだけに、違和感を覚えてしまうのだろう。彼らに罪はない。むしろ視聴者のほうが、おっさんを受け入れる心の余裕がなかったとも言える。

では、いつ頃からおっさんが受け入れられるようになったのか。

松重豊が「日本のおっさん像」を変えた

流れを変えたのは、2012年から始まった「孤独のグルメ」(テレ東)ではないか。主演の松重豊がただ食べるだけ。心の声は女子中学生のように姦(かしま)しい。おっさんの専売特許である「うんちく」「権威」「威厳」はまったくなし。


コワモテ・高身長で反社会的勢力の役を演じることが多かった松重豊(写真:日刊スポーツ新聞社)

時には女性でにぎわう店に入り、ひっそりとスイーツを食べることもいとわず。社畜でも公務員でもなく、国家資格者でもない。独身・自営業だが卑下することはなく、色恋沙汰で狂うこともなく、まじめに働き、食欲の赴くままに食べる。特殊な能力もなく、トラブルや事件を解決するわけでもない。自由で穏やかで人畜無害なおっさんだった。

コワモテ・高身長で反社会的勢力の役を演じることが多かった松重豊が、のびやかに演じたラブリーなおっさんは好感が持てた。こういうおっさんならば、ドラマで観たいと思わせた。女性だけでなく、男性からも支持を得た。すでにシーズン7に到達した、人気おっさんドラマでもある。

昔のドラマでは、破天荒または傍若無人の強いおっさんや、アウトローなおっさんをどこかで求めていたような気もするし、実際そういうおっさんがウケてきた。現代社会の閉塞感を打破するヒーローみたいな感じかな。

ところが、今はそのニーズがない。破天荒は迷惑だし、金や腕力にも憧れない。スマホでそこそこ解決できるし、経験豊かでも威圧的なおっさんから学ぶことは何もない。誰もおっさんに期待しなくなったからだ。

男の沽券、父の威厳、先輩の教えを振りかざすよりも、つねにフラットなほうが慕われる。女性や子ども、若者を下に見ないおっさんも好ましい。愚痴や悪口は言う小心者だが、根に持たず。そんな、どこにでもいそうな肝のちっさいおっさんのほうがリアリティーも親近感もある。強いおっさんはもはや不要。おっさんのダウンサイジング。そういう時代になったのだ。

おっさんに課せられた新たな役割

で、今。おっさんにはさらなる付加価値が求められている。恋愛ドラマが激減した中で、変化球の「おっさんずラブ」(テレ朝)が大いにウケた。つまり、「おっさん同士の恋愛または疑似恋愛、思慕の情、うれし恥ずかし共同生活」などの要素が求められ始めたのだ。

実はこの発端も、松重豊ではないかと私は疑っている。2016年に放送した「世にも奇妙な物語 ‘16 春の特別編」(フジ)で、「クイズのおっさん」という作品があった。

主人公はクイズオタクの高橋一生。うだつの上がらない営業マンだが、クイズ番組に出演して優勝。その賞品がクイズ1年分。届いたのは、やたらとクイズを出してくる“クイズのおっさん”こと松重豊だった。2人は1年間、奇妙な同棲生活を送るも、次第に情が芽生え……という内容。ラストシーンで胸がキュンとしたことを今でも覚えている。

今期展開されている、おっさんたちの仲睦まじい和気あいあいも、共同生活コメディーも、恋に似た感情の胸キュンドラマも、すべては松重豊から。松重こそおっさんブームの源流ではないか、と勝手に思い込んでいる。

ま、現代社会の実情を考えると「人畜無害のおっさんはクレームが付きにくい」という、制作側の苦肉の策というか逃げの一手かもしれないが。