松山政司・前一億総活躍相(Photo by gettyimages)

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7年目を迎えた安倍政権において、強烈な存在感を示してきた麻生太郎副総理兼財務相。だが、ここにきて地元・福岡でも中央政界でも、その影響力を一気に失いかねない状況に追い込まれつつある。

麻生氏は今年で79歳。年齢からくる判断力の衰えもあり、永田町では「いよいよ、政治の表舞台から去る日も近い」との見方さえ広がってきた。

地元・福岡で発生した「異変」

まず、地元・福岡の「麻生体制」が、いま崩壊の危機にある。

麻生氏はこの10年近く、福岡県議会の実力者である蔵内勇夫・自民党福岡県連会長(元県議会議長)とタッグを組んで、福岡県の政財界を支配してきた。とりわけ、福岡県連内のライバルだった山粼拓元幹事長や古賀誠元幹事長が引退した後、直近の5年余は、麻生氏の「一強体制」が続いている。

麻生氏は2019年夏の参院選について「福岡選挙区は前回から改選議席が3に増えたのだから、自民党が2人立てるのは当然だ」と主張してきた。

今回、福岡で改選を迎える自民現職は松山政司・前一億総活躍相である。

福岡青年会議所理事長・日本青年会議所会頭などを務めていた1990年代には「麻生氏の直系」といわれた松山氏だが、2001年の参院選初出馬にあたり古賀氏を頼って以来、麻生氏との関係が悪化。今回も麻生氏は、松山氏の存在が面白くないが故に、次期参院選での2人擁立を強く主張してきた。実際、女性候補の擁立を模索するなど、新人の選定作業も進めていた。

松山政司・前一億総活躍相(Photo by gettyimages)

ところが、これがあっさり頓挫する。麻生派幹部でもある甘利明自民党選対委員長が昨年12月18日、公明党の佐藤茂樹選対委員長と会談。「自民党は福岡選挙区で公認候補を松山氏1人に絞る」ことと、「公明党の新人に推薦を出す」ことを正式に約束し、公表したのだ。

遡ること数カ月前、麻生氏は昨秋の時点で、九州・沖縄の創価学会のトップである山本武・主任副会長に対し、「参院福岡選挙区は、自民党から2人擁立したい」との考えを伝え、理解を求めていた。

公明党が擁立する新人候補を当選させるためには、保守票の取り込みが必須になる。自民党から2人立てば公明党の苦戦は免れない。

平静を保ちながら麻生氏の意向を聞いた山本氏だったが、周辺にはその後「前回(参院選の時)は麻生派の現職が改選だったので、麻生氏は自民党から2人目が出てこないよう、裏で『公明党も誰か擁立してほしい』と促してきた。それなのに、今度は自民党から2人立てたいなんて、身勝手にも程がある」「ウチをいいように利用するのは許せない」と、怒りをぶちまけた。

ご存知の読者は少ないかもしれないが、山本氏はかつて、創価学会に批判的な姿勢をとっていた山粼拓氏を「土下座させた男」として、永田町では名を知られた存在である。現在の創価学会を実質的に動かす8人の主任副会長のうち、ただひとり地方組織から選ばれている大物だ。

その山本氏が12月上旬、業を煮やして密かに動いた。自民党の甘利選対委員長と直に接触し、「もし自民党が福岡で2人立てるようなことがあれば、九州・沖縄各県で自民候補への推薦を一切出さない」と宣告したのだ。

これに甘利氏は「私の政治生命をかけて、福岡の公認候補は1人に絞る。麻生派の私が言うのだから、大丈夫だ」と約束。前述した、公明党の佐藤選対委員長との会談につながった。私怨から複数候補擁立にこだわる麻生氏を、麻生派幹部でもある甘利氏が、学会と組んで裏切った形だ。

甘利明・自民党選対委員長(Photo by gettyimages)

県知事選でも、思惑が外れた

一方、今年4月に行われる福岡県知事選でも、地殻変動が起きようとしている。

麻生氏は現在2期目の小川洋知事について、「次の選挙で必ず交代させる」と周辺に繰り返してきた。

かつて麻生内閣で内閣広報官も務めた経産官僚の小川氏を、8年前の県知事選で擁立し当選させたのは、ほかならぬ麻生氏だ。

ところが、保守分裂選挙となった2016年の衆院福岡6区の補欠選挙で、麻生氏が直々に頼んだ応援演説を小川氏が「ドタキャン」する事件が起こる。それ以来、両者の関係は悪化。小川氏が予算陳情で上京しても、麻生氏は面会を一貫して拒否し、福岡県内の各種会合で同席しても目も合わせない関係となった。

麻生氏は「次の選挙で、小川も終わりだ」と「小川下ろし」を規定路線と考えてきた。ところが昨年末から、麻生氏の思惑とは全てが逆に動き始める。

自民党福岡県連は12月29日の選対委員会で、県知事選の候補者公募に応じた3人を面接し、元厚生労働官僚の武内和久氏を推薦候補とすることを決めた。

実は麻生氏は、昨年の早い時期から「小川にかわる次の候補者は武内」と内々に決めていた。発表が年末までずれ込んだのは、地元民放の情報番組にコメンテーターとして出演していた武内氏の知名度をさらに上げるため、麻生氏が腹心の選対メンバーらに命じ、決定を引き延ばしたことが背景にあったとみられる。

一方、小川知事は麻生氏と争っても立候補する意向を固め、これに先立つ12月16日、福岡県を訪れた菅義偉官房長官に「不退転の決意で知事選に臨む」と伝えた。

このとき、県連関係者は「麻生氏と犬猿の仲である菅氏に支援を求めるなんて、完全に麻生氏への宣戦布告だ」と漏らしていた。

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公明党は1月末現在も態度を表明していないものの、前出の創価学会・山本氏は昨年末、「とくに失点もない現職知事を、麻生氏の私怨だけを理由に降ろすなどあり得ない。小川知事を支援する」と周辺に明言。これを聞いた小川氏は、さらに意を強くした。

麻生氏に近い地元財界人は、この事態について「(麻生氏は)自民党が良い候補者を出せば公明党も乗ってくるし、そうなれば小川知事も自ら出馬を断念すると思っていたようだ」と漏らす。

風向きも、麻生氏にとって厳しくなっている。

自民党本部が1月12日からの3日間に行った世論調査では、小川支持が57%に対して、武内支持はわずか11%。麻生氏側近の大家敏志副幹事長(参院議員)らは「現時点では単なる知名度調査にすぎない」と強気の姿勢を崩さないが、県内の自民党国会議員は、二階派の武田良太副幹事長を筆頭に約半数は小川氏を支援する方向だ。

自民党県議の間でも「小川3選が確実なのに、麻生氏の身勝手に付き合わされてはたまらない」と、水面下で麻生離れの動きが広がる。加えて、長年の盟友である蔵内県連会長も本音は麻生氏の対応に批判的という。

麻生氏は、創価学会の怒りを買ったことをきっかけに、地元・福岡での影響力を一気に失いかねない情勢まで追い込まれているのだ。

財務官僚も「見切った」

一方で安倍政権における麻生氏は、昨年の森友学園をめぐる財務省の決裁文書改竄問題でも、自らの責任はウヤムヤにして乗り切り、安倍首相の盟友として存在感を維持しているかにみえる。

SPを連れて自宅周辺を速歩する毎朝の日課も、夜の会食後に高級ホテルのバーで葉巻を燻らせるのも以前のまま。とても「後期高齢者」とは思えない。

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だがここ数年、消費税率アップの先送り、軽減税率の導入、衆院の解散時期をめぐる綱引き等々、菅官房長官と意見が対立する問題では、麻生氏は菅氏にことごとく敗北している。昨年発覚した財務次官のセクハラ問題の処理で、対応が後手後手に回るなど、判断力の衰えも隠せなくなってきた。

実は、麻生氏の足元にいる財務官僚たちは、昨年9月の自民党総裁選後の内閣改造の際、「財務相を岸田文雄政調会長に交代させてほしい」との意向を密かに安倍首相に伝えていた。岸田氏は次期首相の有力候補ともいわれる。権力の動向に敏感な財務官僚たちは、78歳の麻生氏にもう見切りをつけているのだ。

麻生氏が率いる麻生派は、一昨年、三木派以来の伝統派閥である山東派を吸収合併するなどして自民党内第2派閥に躍り出た。だが、派内に後継者はまったく見当たらず、派閥そのものが存続の危機にさらされている。

同派では、河野(洋平・元衆院議長)グループ時代からの麻生氏側近である森英介元法相が会長代理、松本純元国家公安委員長が事務局長を務めるが、いずれも総裁候補どころか、派閥領袖への意欲にも資金力にも欠ける。

一昨年、自らに近い4人の議員とともに同派に加わった前出の甘利氏もいるが、派内ではいまだ浮いた存在のままで、人望も薄い。

では、麻生氏にとって「兄貴分」だった河野洋平氏の長男・河野太郎氏はどうか。

河野太郎外相(Photo by gettyimages)

震災後に反原発を主張するなど自民党内では「異端児」「変人」と見られてきた太郎氏だが、一昨年、外相に抜擢されて一躍「総裁候補」と見做されるようになった。しかし麻生氏は、側近たちを前に「太郎はもっと礼儀や社会常識を身につける必要があるな」と突き放す。

政権内で何かと麻生氏と対立する菅氏が、神奈川県連つながりで太郎氏を可愛がり、総裁候補として推す意向を隠さないことが面白くないのだろう――そう周辺は推察する。ただ太郎氏は、派閥の継承には全く興味を示さず、同派議員たちとの会食さえほとんどしない。

麻生派「四分五裂」の可能性

麻生氏は、鈴木善幸元首相の娘である妻の千賀子氏から「早く息子に(議席を)譲ってほしい」と以前からせっつかれているが、一代で築いた大派閥を維持するためにも、少なくとも次期衆院選には立候補する考えといわれる。

その後のプランについて、複数の麻生派幹部は「鈴木善幸元首相の長男で、麻生氏の義弟にあたる鈴木俊一元五輪担当相を派閥の後継者にすることを考えているようだ」と語る。閣僚を2回務め、性格も温厚な鈴木氏であれば、総裁候補とはならずとも、派閥のまとめ役としては座りがいいというのだ。

安倍首相の自民党総裁任期は再来年、2021年の9月まで。このままいけば、「ポスト安倍」の総裁選は麻生氏の引退前に行われる。

もちろん、いまや「麻生再登板」を本気で考える議員は麻生派内でもほぼ皆無だ。「ポスト安倍」政権の下でも影響力を維持するために、次は誰を担ぐべきか――派内には河野氏のほかに首相候補が不在であることから、麻生氏の悩みは深い。

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麻生氏は年明け早々の1月10日、ホテルオークラで岸田文雄氏と会食した。もとは同じ宏池会=旧宮沢派である岸田派との合併による「大宏池会構想」が頓挫してからも、麻生氏は岸田氏と定期的に酒食を共にしている。

それは麻生氏が、次の総裁選で岸田氏を担ぐことを有力な選択肢として考えているからにほかならない。だが、総裁への意欲を隠さない河野氏がそれに反発し、総裁選に出馬する事態になれば、若手を中心に河野氏への支持が派内で広がり、麻生派は四分五裂する可能性が高い。

麻生氏はいま、地元・福岡でも中央政界でも一気に影響力を失いかねない瀬戸際に立たされ、築き上げた党内第2派閥も砂上の楼閣と化しつつある。

傘寿を目前にして、政治家人生の花道を飾ることができるのか――。

(戸坂弘毅・ジャーナリスト、文中一部敬称略)