20代、30代の頃とは比べ物にならないほどの悩みを抱える、東京のアラフォー妻たち。

肌や髪の衰えだけではない。夫との関係、子育ての苦悩、女としての様々な葛藤…。

だが、彼女たちには、強さがある。若い時期を貪欲に生き、濃厚な時間を過ごしてきたからこそ、小さなことではくじけないのだ。

華やかな世界の裏で繰り広げられる、アラフォー妻たちのリアルな日常を、少しだけ覗いてみようー。

年収3,000万円の夫を持つ真由子(39)は、家庭のことに無関心な夫と反抗期の娘との暮らしに虚無感を抱いていた。そんな矢先、インテリア雑誌の副編集長として働く大学時代の旧友・妙子から連絡を受けて…。




3年ぶりの、夜の外出


真由子は大きく深呼吸をしてクローゼットを開けると、お気に入りのワンピースやジャケットをじっくり眺める。

そこには、母、そして妻としてふさわしい服がずらりと並んでいる。しかし、夜、ふらりと飲みに出かける時に、どんな服を選べば良いのかが全くわからなかった。

「ねぇ、妙子ちゃん。今週どこかで、夜飲みにでも行かない?」

真由子が突然そう切り出したとき、電話の向こうで妙子は驚いた声をあげていた。

「えぇ、もちろんいいけど…さっきは、夜時間を作るのは無理って言っていなかった?…もしかして真由子ちゃん、何かあったの?」

「そうね、なんとなく。あったといえばあったのかしら。じゃあ、今週の金曜日はどうかしら」

インテリア雑誌の副編集長・妙子から撮影の依頼を受けたとき、打ち合わせは昼間がいい、と真由子の方からお願いしていたのだ。

専業主婦である真由子は、夫や娘を置いて夜外出することはほぼなく、最後に一人で出かけたのは3年前に呼ばれた結婚式の二次会だっただろうか。

一方で妙子は、真由子と同じ年ではあるが夫も子供もいないようで、仕事の後はふらりと飲みに行くことが多いそうだ。

母親を完全に馬鹿にする娘・小春の発言に傷ついた真由子は、咄嗟に思い立って妙子を誘った。こうして、3年ぶりに夜飲みに行くことになったのである。

「これでいいかしら…」

ウォークインクローゼットに立ち尽くしていた真由子は、毎年1着は新調する、リトルブラックドレスが並ぶエリアに目を留める。その中から、フラワーレースを印象的に使用した、TADASHI SHOJIのミディアム丈のドレスを手に取った。

インテリア雑誌の副編集長として一線で活躍している女性と肩を並べるに相応しい服装かは分からないが、今夜はとにかく、この日常から逃れたい。

予定の時刻までに夫と娘の夕飯を作り終えた真由子は、勢いよく玄関のドアを開けたのだった。


久々の、夜の外出。専業主婦・真由子が見た、煌びやかな世界


自立した、大人の女達


「真由子ちゃん、こっちよ」

待ち合わせ場所の『ル・クラビエール有栖川』で、妙子がこちらに手を振っている。




久々に会う妙子は、大学時代の印象とあまり変わっていない。手入れされたボブヘア、大ぶりのアクセサリー、細身の体にフィットするファッション…。全身で"自立した大人の女"を体現しているようで、この店のカウンター席に座る様子がとてもサマになっている。

そのとき真由子は、妙子の隣にもう1人、ショートカットがよく似合う、切れ長の目をした美しい女性がいることに気がついた。

「真由子ちゃん、この子はりえちゃん。以前、うちの雑誌の特集に出てもらったの。りえちゃんもママだし、会社経営者としても成功してるのよ。たまたま近くにいたみたいで、呼び出しちゃった」

「こんばんは。初めまして」

りえはこちらの目をしっかりと見据え、キュッと口角を上げた。このような笑い方をする女は、真由子の周囲のママ友には、まずいない。

気後れしないかといったらウソになってしまうが、自立した二人の女とこうして酒を飲んでいる状況に、なんだか心が弾んでいた。

今夜の真由子はもう、良いお母さんとして会話することにも、良い妻として振る舞うことにも疲れ切ってしまっているのだ。

初めはお互いの若さやファッション、夫についてなどを褒め合っていた。

だが、ワインが進むにつれ、真由子はいつもは言えない本音を暴露する。

「妙子ちゃん、いい?本当に、子供なんて持つもんじゃないわよ。どれだけあの子に尽くしてきた14年だったか。なのに、お母さんがキモいだの浮かれてるだの、ひどい言い草なんだから」

真由子が3杯目のワインを飲みながら強く断言すると、りえも笑いながら相槌を打つ。女たちは、不思議と意気投合し始めた。

「専業主婦で子供に尽くしても、そんな生意気に育つの?うちの子供が反抗的なのは、子育てを両親やベビーシッターさんに頼りすぎたからだって思ってたけど」

真由子の周りのママ友には、"いかに自分が子供に尽くしているか"を競うような母親しかいなかった。それなのに、りえの率直さとといったらどうだろう。真由子は素直に好感を持つ。

2人の会話をうんうんと聞いていた妙子も、それならば、と話し出した。

「いなくても悩み、いても悩み、よね。夫や子供って…。私は自由で気楽な独身だけど、あの時あの人と結婚しておけばよかった、っていうタラレバは多いわよ。それに、もう…何をやっても二の腕と背中のお肉が取れないのよ…」

ジャケットを羽織っていたのでわからなかったが、妙子がチラリと見せてくれた二の腕にはたしかに年相応のたるみが見られた。

もうやめてー、と3人で大笑いをし、大いにリフレッシュして店を出る。

「本当はもう1軒、とか行きたいところだけど、私たちの年齢になると深夜まで飲んだ疲れが顔に出るからね…。明日の朝はサプリ飲みまくらないと」

女たちは頷きあい、今度は美容情報を交換するという約束をしてそれぞれがタクシーを拾った。

帰りのタクシーの中で思わず眠りそうになりながら、真由子はある決意をして家に向かうのだった。


2人の女に影響され、真由子が起こした行動とは?


取り戻せた、「私」らしさ。


「あれ?お母さん、ここにあった私の洋服知らない?ベージュで、襟がふわふわしてるやつ!なんでちゃんと整理しておいてくれないの?」

日曜日。

友人と遊びに行こうとする小春が、出かける前に着たい服がないと騒いでいる。

言われるまま山ほど買い与えていた服を整理整頓できないのは、自分が今まで小春の代わりに全てをやってしまっていたからだ。だが、もう今までの自分とは違う。

真由子は「知らない。お母さんの服じゃないんだから、今後はあなたが自分で管理しなさい」とだけ言い、キッチンに戻った。

コーヒーを淹れながら、目を閉じる。小春が何かをボヤいているのが聞こえるが、あまり気にならない。




たった数時間のこと。

だが、妙子とりえという、自分の足で立ち、自分の意見をはっきりと口に出す2人と出会い語り合ったことで、真由子はたしかに"大切な何か"に気づかされた。

今までは、自分の意見をはっきり言うことは、家族をうまくまとめていく上ではマイナスに働くと思い込んでいた。

良い母でいたい、良い妻でありたいと願うあまり自分の意見を押し殺してきた結果、小春は母親に対してぞんざいな口を利くような娘になってしまった。そして、そんな娘に無関心な夫の態度にも目を瞑り過ぎていたのだ。

だが今、真由子の意識は変わった。

"妻や母親は、こうでなくちゃ"という理想に囚われすぎず、自分自身がないがしろにされたと感じたら、きちんと「ノー」の意思表示をしなくてはいけない。

「もう時間だわ」

真由子は、妙子とりえに会った翌日に見つけた、某大学主催の生涯学習クラスに向かう準備を始めた。ずっと学び直したかった英会話のクラスを受けるのだ。

「じゃあ、行ってきます」

そう夫に声をかける。夫は相変わらずスマホに目を落としたまま適当な返事をしているが、最近少し分かったことがある。

「ねぇ、ちゃんと挨拶してくれないと。夫婦なんだから、寂しいでしょ」

言いながら、真由子は夫の目をしっかりと見つめた。

「おお。行ってらっしゃい」

真由子が何も言わなければ、夫は常にスマホを見ながら仕事のことを考えているが、声をかければこうして反応してくれる。

これまでは、会社経営でストレスを抱える夫に負担をかけないようにと自分の気持ちを抑圧しすぎていたが、ただの考えすぎだったのだ。

「小春。お母さん、出かけてくるね」

こちらは、声をかけても無視である。まだ腹を立てているのだろう。

だが、娘との関係は、長い時間をかけて解決していこうと思う。

真由子は、もう2度と、良い母・妻でいることに過度にこだわりすぎないと決めた。

人から見れば、専業主婦がただ一晩飲みに行き、英会話のクラスを受けることを決意した、というただそれだけの変化かもしれない。

だが、真由子本人にとっては、今後の人生を大きく変える大きな変化だったのである。

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