2018年11月、パプアニューギニアで開かれたAPEC首脳会議の関連会合に臨む安倍首相と韓国の文在寅大統領(写真:共同通信)

慰安婦や徴用工問題、自衛隊哨戒機に対する韓国艦艇からの火器管制レーダーの照射問題などで、日韓関係がいつになく緊迫している。そんな中、首相官邸が各省庁に対し、今年3月をメドに、韓国に対するより強硬な姿勢を示す施策を検討せよとの指示を出したことが関係者の話でわかった。

経済産業省は、日本貿易振興機構(JETRO)ソウル事務所が実施・予定している韓国国内での事業の中止を検討している。さらに、事務所代表の帰国も視野に入れるなど具体的措置を検討中だという。JETROは東洋経済の取材に対し、「そういった事実はない」と回答した。

北朝鮮経済の情報収集も検討

JETROは前身となる日本貿易振興会(1958年設置)が2003年に独立行政法人となった組織だ。海外からの投資誘致や現地進出企業のサポートを行い、一方で日本産品の輸出促進などのサービスを強化してきた。1965年の日韓国交正常化以降、日本の政府機関の中では韓国でもよく知られた機関の1つであり、日韓の経済・ビジネス関係に大きく寄与してきたといっても過言ではない。

現在の職員数は現地職員を含めて約20人。ソウルなどで企業へのビジネス支援を行っているほか、韓国内の各地で投資関連のシンポジウムや展示会などの事業を積極的に行っている。

関係者によると、JETROが現地のどの事業を中止するのかはこれからの検討事項だという。一方で、韓国内の事業を停止する代わりに、同事務所に北朝鮮経済に関連する情報収集などをさせることも検討中のようだ。だが、韓国経済に長らく貢献してきた日本政府の機関が事業を中止するとなれば、日韓双方に政治的にも経済的にも大きなインパクトを与えそうだ。

一方で、韓国における日本経済のプレゼンスは以前ほど大きなものではなくなっているのも事実だ。それゆえに、韓国の文在寅政権は日本をそれほど重視しておらず、あるいは無視に近い姿勢を示しているという指摘も根強い。ゆえに日本との関係が悪化しても気にならないという声もある。

実際、2018年の統計を見ると、韓国にとって日本は輸出相手国として5位(貿易額全体の5.1%)、輸入相手国としては3位(同10.2%)だ。輸出入ともに最大の貿易相手国である中国(輸出26.8%、輸入19.9%)と比べると、日本の経済的プレゼンスは確実に低下している。また、韓国・産業通商資源省によれば、2018年に日本企業が韓国に投資した金額は13億ドル(約1424億円)と、前年比で約3割も減少した。


とはいえ、ゲーム関連のコンテンツやIT(情報技術)のようなデジタル関連産業や医療機器などの精密機械、金融・保険分野での投資といった面では、前年比二ケタのペースで日本からの投資を増やしている。


JETROが2018年12月に発表した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」を見ると、韓国に進出した日系企業のうち、2018年度決算で営業黒字を見込むと回答した企業は84.9%に上る。また前年比で営業利益が改善した日系企業は31.8%、横ばいが43.2%となっている。さらに、今後1〜2年の事業展開の方向性について「拡大」と答えた日系企業は42.5%、「現状維持」は53.7%という結果が出ており、日本企業にとって韓国は十分にビジネスが成り立つ国の1つなのだ。

事業停止は日本企業にとってマイナスに

仮にJETROが事業停止をしても、韓国政府への影響は限定的とみる声もあがる。長年、日韓ビジネスを手掛けたある商社マンは「JETROは政府機関だが、その相手は民間がほとんど。韓国政府と直接関係のある業務がメインではない」と指摘する。

韓国に進出した日本企業の輸出入業務をはじめ、ビジネス全般に対する支援を行うこと、また韓国企業の日本進出をサポートすることがそもそもの主業務であり、JETROの事業停止がどこまで韓国政府に影響を及ぼすかは疑わしい。「経済関連で政府間交渉や要請をするのであれば、現場からは在韓日本大使館経済部が前面に出るが、JETROはその立場にはない」(同)。

さらに、JETROの事業は韓国のために一方的にやっているわけではなく、日本企業からのニーズがあったうえで支援や事業を行っているケースがほとんどだ。

最近では、日本国内の人手不足を背景に、韓国人の若者が日本企業へ就職するケースが増えているため、就職関連のイベントに協賛、後援するケースがあった。これも日本企業が人材確保に困っており、人材へのニーズがあるからこそ。事業停止が行われれば、かえって日本企業にマイナスの影響が出ることも考えられる。

日本の他省庁も、韓国と関係のある外郭団体の事業を中心に、韓国に厳しい姿勢を取る模様だ。日韓関係がさらに悪化する中、日本政府がこのような対応を取ることで、韓国政府の対応も厳しくなる可能性が高い。そのような対立が結局、双方の国民に不利益を被らせることにならないか。両国政府には建設的な関係改善のための知恵が今こそ求められる。