パリ・リヨン駅に停車するフランスの高速列車TGVと駅弁「よりどりいなり弁当」(筆者撮影)

2018年秋、日本びいきのフランス人たちが競ってパリ中心部の駅に買いに出かけたモノがある。その商品は、汽車旅に欠かせない「駅弁」だった――。

フランスでは昨年から、パリをはじめとする各地で日本文化を紹介するイベント「ジャポニスム2018」が開かれているが、その一環として駅弁の販売が行われた。11月の約1カ月間、パリのターミナル駅の1つであるリヨン駅にポップアップショップを設営。駅弁7種類をはじめ、緑茶など日本の飲料、そして日本風スイーツが販売された。

パリでの駅弁販売の戦果はいかほどのものだったのだろうか、そして今後「EKIBEN」の海外展開の可能性はあるのか? 販売を実施した日本レストランエンタプライズ(NRE)に聞いた。

「本物」で日本びいきの心つかむ

海外で「日本料理屋に飛び込んだら日本食とは似ても似つかぬモノが出てきた……」といった経験をした方は少なくないだろう。海外の日本料理店は日本人以外のアジア系移民が営んでいるケースが多い。「店付近の住民は誰もホンモノの日本食を食べたことがない」という甘えから、かなり無茶な「日本料理もどき」をメニューに取りそろえていることもある。

ところが昨今、欧州から日本を訪れる人々が急激に増加、それにつれて「本物の日本の味」を知る人もそれなりに増えてきた。


ロンドンのターミナル駅で販売されているチキンカレーライス(筆者撮影)

実は日本食は、欧州の駅ナカで「日常の食事」として浸透する兆しがある。コンビニでは寿司のパックが売られているし、ロンドンのターミナル駅ではカレーライスや日本風チャーハンが登場。サンドイッチのチェーン店には「ミソスープ」が常備されるなど、日本食や「それっぽいもの」を見かける機会が増えた。

そんな中、「パリで本格的なEKIBENが売られる」というニュースは、現地の日本人コミュニティーだけでなく日本びいきのフランス人の間を駆け巡った。

NREがパリ・リヨン駅で駅弁を売るのは、2016年春に行った即売会に続き、今回で2回目となる。前回と決定的に違うのは、駅弁業者5社の調理担当者が期間中パリに常駐し、日本の味そのままを送り届けるという形を取ったことだ。「味にうるさいフランスの人々」に新鮮なホンモノの駅弁を食べてもらおう、という狙いだ。


パリ・リヨン駅に設けられた駅弁のポップアップショップとスタッフ(写真:日本レストランエンタプライズ)

ポップアップショップのオープンから4日目、筆者も店頭に行き、どんな人々が買いに来るかを見てみることにした。

やはり現地在住の日本人がメインの客層ではあったが「日本に行って、日本食の味の繊細さに驚いた」というフランス人男性は「EKIBEN」が売られると聞いてリヨン駅にやってきたといい「日本で食べたあの雰囲気が、小さな箱の中に再現されていてすばらしい」と絶賛し、決して安価とは言えない駅弁をいくつも買い求めていた。

コメの炊き方にも工夫

筆者も「ジャポニスム2018記念駅弁 よりどりいなり弁当」を購入し、パリ在住の知人と試食した。これは今回の駅弁5社が持つエッセンスを5つの大きな「いなり」で表現したものだ。


「よりどりいなり弁当」のパッケージとTGV(筆者撮影)

フランスの水はカルシウム分の多い「硬水」で、そのままコメを炊くとパラパラになってしまう。しかし、筆者と一緒に試食した知人は「このご飯はいったいどうなっているんだ? ふっくらと炊けている」と驚いていた。

NREによると、現地の規定で商品を4度以下で保管しなければいけないなど、日本との販売環境の違いがあった中で「特にコメの炊き方を工夫して、冷たくてもおいしく食べられる駅弁を意識し調製した」といい、水については日本から浄水機を持ち込み、軟水に変えて炊飯に使ったという。

「味へのこだわり」が垣間見られるエピソードだが、現地発信のブログによると「全種類試すために、何度も立ち寄って購入しているフランス人」もいたというから、そのこだわりは成功したといえよう。口コミでその評判が広まった結果、即売を行ったほぼ全日で商品が完売、もしくはほとんど売れ残りなしという成果を収めた。

駅弁業者の調理担当者がパリ市内の厨房で製造し「日本の味」をPRした今回の販売。だが、普段は日本国内のみで製造販売している駅弁業者に誘いをかけ、パリへの出店を促すのはやはりさまざまな困難があったようだ。

紆余曲折の末「パリへの出店」という非常に高いハードルを越えて参加したのは、日本ばし大増(東京都荒川区)、大船軒(神奈川県鎌倉市)、花善(秋田県大館市)、斎藤松月堂(岩手県一関市)、淡路屋(神戸市)の5社だ。

商品は朝から夕方まで供給しなければならないため、自社の商品だけを作り続けるわけにはいかない。各社の担当者は他社の駅弁調理にも携わることとなった。NREの喜嶋治朗・国際業務課担当部長は「各社さんのオリジナリティーある駅弁を出すことができたのは、シェフの皆さんの共同作業のおかげ」と話す。会期中に売れた数は1日平均にすると250個あまり。週末には売り切れも予想されたので、生産を増やした日もあった。

一方で、日本ではありえないアクシデントにも見舞われた。売り場が置かれた駅のコンコースに長時間にわたって乗客が入ってこない日があったのだ。「信号故障でショップがあったコンコースに列車が入れない」「ストで列車が運休」、そしてマクロン政権による燃料税引き上げに反対する人々による「デモでパリ全体の交通がマヒ」――。いずれも想定外のトラブルだったに違いない。

海外展開の可能性は?

今回のリヨン駅でのポップアップショップは期間限定で、イベントの一環として実施されたものだが、NREや今回のパリ出店に参加した業者は、駅弁の海外展開の可能性もにらんでいる。海外での「日本紹介イベント」は実験的な打ち上げ花火で終わってしまうことも多いが、今回の出店についてNREは「市場調査的な意味合いも強い」とその意義を強調する。


パリ・リヨン駅の店頭に並んだ駅弁(写真:日本レストランエンタプライズ)

フランスでは列車に乗るのに早めに駅に到着する人が多いといい、それもあってパリでの販売ではスピードや効率よりも顧客との会話を重要視したという。「心のこもった温かさで日本らしさを表現」するとともに、店員が購入客に「どこでこれを食べるのか?」と尋ねることもできるため、意見の収集になるためだ。

販売時に行ったアンケートによると、買った駅弁を食べる場所は大半が「TGVの中」。一方で、家や会社で食べるという需要も4割程度あったという。

また、意外なことも見えてきた。フランス人は主食と副食を交互に口に含んで食べる習慣があることから、カツ丼や牛丼などのように米飯の上に食材を載せた「のせ弁」はフランスではウケない、と考えていたものの、実はこの売れ行きが非常に良かったのだ。

これについてNREの担当者は「フランス人が日本の食スタイルに徐々に慣れてきたという印象を受けた」といい、パリ市内での日本食人気が要因の1つであろうと分析する。さらに、食後のデザート需要が非常に多く、日本風の甘味が駅弁と一緒に売れることに驚きを感じたともいう。

ただ、売り手側が駅弁を「現地のファストフードにはない、プレミアムな付加価値がある食べ物」と位置付けても、1食あたり10ユーロ(1300円)から15ユーロという価格は現地の商品と比べ高めだ。

今回は「日本と同じ水準のものをパリで提供」というテーマがあり、業者が現地入りするという大掛かりな対応を行ったことで、コストが膨らまざるをえなかった。「実はもう少し高く売りたかったが、ほかのテイクアウト商品と比べるとこれが限界」(NRE)と、値付けには難しさがあったようだ。

訪日客がさらに増えれば…?

海外での駅弁販売についてNREは「製造・販売における現地連携パートナーの発掘、物流、販路、事業性の検証など、まだまだ多くの課題があり、持続的なビジネスを行うには課題が山積み」という見方を示す。

しかし今回の販売を通じて、同社はフランスに一定のEKIBENマーケットが存在するとの手応えを感じたという。今回出店した駅弁業者の中には「EKIBEN文化を世界に広め、TGVなどの列車内で食している姿を日常の光景にしたい」(花善)、「駅弁の文化を食の都に広めることはチャレンジ」(斎藤松月堂)といった信念を持ってパリでの販売に臨んだところもある。

現在、日本を訪れる外国人観光客は空前の数に達している。それに伴い、自国に戻った訪日経験者の「本格的な日本食の味が恋しい」との声も聞かれるようになった。今回の販売でもそういったフランス人の購入者は多かったようだ。

NREの担当者は「東京駅にある『駅弁屋 祭』で駅弁を買って食べたことがあると、わざわざ教えてくださったフランス人の方もいらして本当に驚きました。こんなに駅弁が外国の皆さんに浸透しているとは感激です」と語る。

「日本の味」を知る訪日経験者の増加で、フランスをはじめとする欧州や、日本びいきの多い国々での恒常的な「EKIBEN」販売が実現する日は来るだろうか?