ただのメロドラマでは終わらない「未来を乗り換えた男」

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「未来を乗り換えた男」という邦題は、いかにもネタバレな説明じみたタイトルだ。英語での原題は「TRANSIT」、つまり「乗り換え」だ。「未来」と「男」が余計なのだが、めずらしく、これが、存外悪くない邦題だと思った。告白すれば、このタイトルに釣られて、映画館に向かうことになったからだ。

主人公の青年ゲオルグは、ファシズムの嵐が吹き荒れる祖国ドイツから逃れて、パリにやってきていた。そう聞くと、物語は1930年代から40年代の時代設定だと思われるが、そうではない。

原作は、第二次世界大戦中の1943年に、ドイツ生まれの女性作家アンナ・ゼーガースが発表した小説。彼女自身、ナチスの迫害に遭い、フランスへと亡命した作家であったが、作品は、その彼女の体験を基に執筆されたものだ。

監督のクリスティアン・ペッツォルトは、このゼーガースの小説を、そっくりそのまま現代に移し替えている。パリの街にはいまと変わらぬパトカーが走り、港町マルセイユの風景にも違和感はない。

しかし、はっきりと時代が明示されることはなく、当然存在するべき携帯電話も出てこない。登場人物たちが身につけている衣服からも、注意深く流行の匂いは剥ぎ取られている。監督は、過去と現代を重ね合わせて表現しようとしているのだ、と直感した。

「すれ違い」から「愛のトライアングル」へ

時代設定についてはひとまず置いておいて、「乗り換え」の話をしよう。主人公のゲオルグは、友人から頼まれ、パリで潜伏中のドイツ人亡命作家ヴァイデルへの手紙を託される。ゲオルグが、ヴァイデルの部屋を訪ねると、すでに彼は自殺しており、遺品の原稿と鞄を預かることに。

鞄の中身は、マルセイユのメキシコ領事館からの招待状とヴァイデルの妻からの2通の手紙だった。手紙は「別れましょう」と「いますぐ会いたい」という、相反する内容。ゲオルグはそれらを携え、ドイツ軍の占領が進むパリを脱出し、フランス南部の港町マルセイユに向かう。

ヴァイデルの遺品を届けようと、マルセイユのメキシコ領事館を訪れたゲオルグだったが、そこで「乗り換え」が起こる。

領事が、ゲオルグのことをヴァイデルと勘違いし、メキシコ行きのビザと小切手を渡してしまうのだ。ゲオルグは、ヴァイデルになりすまし、3週間後に出航する船で、ドイツ軍の侵攻が迫るフランスからメキシコへ渡ろうとするのだった。



航空機が世界中の空を飛び交う現代にあって、何故、船なのかという疑問もあろうが、この出航を待つ3週間に、実は、運命のドラマが待ち受けている。

ゲオルグは、領事館やカフェなど行く先々で、どうやら人捜しをしているミステリアスな女性に遭遇する。あるときは背後から声をかけられ、人間違いだとわかると女性はそそくさと去っていった。この女性こそ、ヴァイデルの妻であるマリーだったのだ。



物語は、ここから「すれ違い劇」の趣を呈しながら、やがて、マリーをめぐる「愛のトライアングル」へと発展していく。交錯する人間模様を描いていくペッツォルト監督の手並みは実に鮮やかだ。

物語の終幕に至り、名作「カサブランカ」のような展開を思わせながら、それさえも「期待」を裏切るペッツォルト監督の意図は、主題がこのメロドラマにあるのではないということを、はっきりと宣言している。それほどの驚きを持った結末が待っている。

「最初、1940年のマルセイユで、すべてが展開する構想で作品を考えていた。しかし、それにはまったく情熱が持てなくて、現代に移し替えた。自分が撮りたいのは、過去を再構築することではなくて、いま世界中に難民がいて、ナショナリズムが台頭するヨーロッパに住んでいるという現実を踏まえた作品だった」

過去に、東西冷戦下の東ドイツを舞台にした「東ベルリンから来た女」や、ホロコーストを生き延びた女性を主人公にした「あの日のように抱きしめて」など、激動の歴史を踏まえた作品を発表してきた監督の言葉だけに、この「未来を乗り換えた男」で試みた、「難民」というテーマで過去と現在を重ね合わせる大胆な手法は、とても意義深い。寓話を乗り越えた、アクチュアルな問題提起も孕んでいる。

ミステリアスな語り手の正体

全編を通じて気になったのは、ところどころに挿入されるナレーションだ。最初、それは主人公ゲオルグのモノローグのように響くのだが、途中で、ゲオルグのことを「彼」と呼び始め、一体、この語り手が誰なのかが気になってくる。監督が巧みに潜り込ませた物語への「引っ掛かり」だ。

「映画での一人称の語りは、ついつい語り過ぎてしまう。この作品の語りの手本は、スタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン』のスタイルだ。主人公を観察しながら、その欠点まで語ることができる。つまり、主人公に対して一定の距離感が保てるのだ」



物語が進むにつれて、この謎の語り手が誰であるかは、徐々に明らかになっていくのだが、作品自体をミステリアスな雰囲気に包む意味でも、かなりの効果を上げている。そして、語り手の正体に対する解答は、サイレンが鳴り響くなかで映される最後の場面に用意されている。

ちなみに、複数回この作品を観たのだが、そのたび巧妙で繊細に仕掛けられたペッツォルト監督の表現には、驚きを禁じ得なかった。さて、主人公ゲオルグが「乗り換えた」結果はどんなものだったのか。それは、作品を観てのお楽しみだ。

連載 : シネマ未来鏡
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