佐藤流司は、満足しない。その理由はとてもシンプルなものだった。

熱狂の中で、彼はとても冷静だった。

紅白歌合戦に出場を果たすなど、今や社会現象的なムーブメントを巻き起こしているミュージカル『刀剣乱舞』。眉目秀麗な刀剣男士の中でも屈指の人気を誇るのが、加州清光だ。演じる佐藤流司もまた、「2.5次元舞台」と呼ばれる世界でトップ俳優のひとりとして名を轟かせている。

けれど、彼はそんな狂騒にもいたってクールだ。過熱する人気に対して、「自分の力じゃない」と話す口ぶりは淡々とさえしている。

そして言う、何も満足していない、と――。草原を疾駆(しっく)する豹のような強い瞳に、貪欲な火が灯った。

撮影/アライテツヤ 取材・文/横川良明
スタイリング/吉田ナオキ ヘアメイク/yama.
衣装協力/シャツ 24,000円・パンツ 23,000円(lot holon/wjk base:tel. 03-6418-6314)
その他スタイリスト私物

この人気は自分だけの力じゃない、と自覚している

「2.5次元」と呼ばれるジャンルがある。コミック、アニメ、ゲームなどを原作とした舞台作品のことで、『テニスの王子様』を筆頭に『NARUTO -ナルト-』『ハイキュー!!』など人気コミックが次々と舞台化。巨大市場へと成長している。
その興隆を牽引するひとりが、俳優の佐藤流司だ。ミュージカル『テニスの王子様』(財前 光 役)、ライブ・スペクタクル「NARUTO-ナルト-」(うちはサスケ 役)など、代表作は数知れず。佐藤流司が出る、というだけで、公演のチケットの売れ行きが大きく変わるほど、不動のブランド力を有している。
しかし『2.5次元のトップランナーたち』(集英社刊)の中で、当の本人は「役者が天狗になりやすいジャンル」と、2.5次元舞台をシビアに分析している。
「『テニミュ』の出演が決まったときに、プロデューサーに言われたんです。すごく人気のある作品だし、君もきっと人気が出るだろうけど、自分ひとりの力と思っちゃいけないよって」
2.5次元舞台に足を運ぶファンの人たちは、キャラクターに対して強い愛情を寄せている。「佐藤流司」を観にきているわけじゃない。漫画の世界から抜け出した「財前 光」というキャラクターに声援を送っているんだよ――。当時18歳の少年に送るには、少し酷なアドバイスにも思える。
だが、佐藤はその忠告を冷静に受け入れた。
「自分でもそうだなって思いましたから。『テニミュ』の前後でTwitterのフォロワー数もファンレターの数も目に見えて増えた。それって現実的じゃないなって。自分の力じゃない他の力が働いているんだろうなって、普通にそう思ってました」

「2.5次元ってナメられやすいジャンルなんですよね」

2017年公開の映画『Please Please Please』で初主演。同年、『ファイブ』でドラマ初主演。2.5次元にとどまらず、着実に活躍の場を広げてきた佐藤は、2018年、音楽劇『道』に出演。世界的演出家、デヴィッド・ルヴォーのもと、草なぎ 剛ら先輩俳優たちと共演を果たした。
「とくに今は、自分から初めての場所を求めているところがあります」
初めての人たちと一緒に芝居がしたい。いろんなことを学びたい。172cmの身体に渦巻く渇望――その根底にあるのは、飽くなき向上心と驕ることなき自制心だ。
「これから自分が2.5次元を続けるにしても、もっと2.5次元以外の現場を経験しないと、2.5次元そのものがよくならないと思う。井の中の蛙にはなりたくないんです」
2.5次元舞台は、今の自分をつくってくれた「ホーム」。スポットライトの当たる場所へ導いてくれた2.5次元に対して、佐藤は感謝の気持ちを惜しまない。だからこそ、2.5次元を代表する人間としての自覚とプライドも強い。
「やっぱり2.5次元ってナメられやすいジャンルなんですよね。2.5次元以外の現場でお仕事をしたときに言われたことがあるんですよ、『2.5次元だと思ってナメてたけど、いいね』って。俺からしたらそれは褒め言葉じゃない。そんなふうに言わないでっていう気持ちも、正直あります」
そう話す口調は決して誰かを非難するものでも、怒りに燃えるものでもない。あくまで飄々と、自分の想いを言葉にしていく。
「もちろん、ストレートプレイの現場での自分は、実力も経験値もまだまだ足りない“ペーペー”。勉強させていただきます、っていう気持ちの両方があります」

厳しい環境にあえて飛び込み、“枷”を背負う

2018年12月に上演された音楽劇『道』は、フェデリコ・フェリーニによる名作映画が原作。演じたのは、舞台版のオリジナルキャラクター・モリール。シルクハットにステッキを携え、マスターオブセレモニーとして観客を物語世界へ引き込む役割の佐藤は、この舞台で今までにない“枷(かせ)”をルヴォーから与えられた。
「なるべく動かないでって言われたんです。身振り手振りは使わずに、セリフもなるべく声を張らないでくれって。今まで自分がやったことないタイプのお芝居でした」
これまでエンタメを主戦場としてきた佐藤は、鮮やかなアクションと、魂を爆発させたような感情表現で、満員の客席を圧倒してきた。その武器を、初めて禁じ手とされたのだ。
「エネルギーを使わずにどうやって観る人に伝えるのか。そんなお芝居をやったことがなくて、最初は全然わからなかったです」
自ら望んだ「初めての場所」は決して易しいものではなかった。初日は緊張と恐怖で胸がはち切れそうだった。そして、その怖さは幕が上がってからも消えない。
「毎公演、怖かったです。草なぎさんと一緒のシーンは、噛むんじゃないかって心配で。自分の中にふたつ感情があるんですよ。モリールとしての感情と、噛んだらヤバいってバクバクしている佐藤流司としての感情と。そのふたつが、ずっとせめぎ合っていました」
稽古期間は、自分の力のなさに絶望して、落ち込むことも多い。ならば、もっと安住できる場所にとどまるという選択もあるはずだ。それでもあえて、居心地の悪い場所を選ぶ。
「基本が無気力人間なんです(笑)。枷がないと、すぐ甘えちゃう。だから仕事においては難しいこととかキツいと思うことのほうが好き。やらなきゃって焦ったり、ケツを叩かれるぐらいのほうが、俺にはちょうどいいんです」

刀を抱いたり、舐めたり……恐怖(?)のビジュアル撮影

そんな佐藤が、次なる成長の場として選んだのが、愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」。原案・演出・上演台本は、演劇界の鬼才・河原雅彦(本公演のクレジットは、たいらのまさピコ<レキシ命名>)。共演には山本耕史、松岡茉優、八嶋智人ら映像・舞台の垣根を超えて活躍する実力者の名前が並んだ。
「台本はぶっ飛んでますね(笑)。読んでて普通に笑いました。俺の好きなシュールな笑いがいっぱい入ってて。お客さんの目に入らないところなのに、ト書きが無駄に面白いんですよ。キャストを笑わせに来てる感じとか、すごく好きです」
今回の役は、源義経。公開されたキービジュアルからは、凜々しさと艶めかしさが感じられる。
「撮影のときは色気のある感じでって言われて。そしたら、それがどんどん変な方向にエスカレートして、最終的には刀を抱いたり、舐めたりしてました(笑)。たぶん使われることはないと思いますけど……恐ろしい撮影でした(笑)」
「愛のレキシアター」と冠のつく通り、本作はミュージシャンのレキシの音楽で綴るミュージカル。これまでも数多くのミュージカル作品に出演し、俳優業と並行して音楽活動も展開している佐藤だが、意外にも「ミュージカルは苦手」と弱音を吐く。
「俺の声はハスキーで、伸びるかと言ったらそうじゃない。バンドでやっている音楽はロックだからシャウトもできるし、そういう声でも成立するんですけど、ミュージカルは別物。綺麗でよく伸びる声が求められるから、すごく難しいですね」
それは謙遜というよりも、客観的な分析だった。ミュージカルの世界で活躍する先輩たちの実力を知っているからこそ、自分の課題もよくわかる。
「なので、俺のパートはなるべく少ないほうがいいなって。そのぶん、刀をぶんぶん振るんで、それでどうにか手を打ってもらえないかと……(笑)」
「ミュージカルは苦手だけど、好きですし、いろいろ観に行ってます。好きな作品ですか? ……えっと、『刀剣乱舞』っていう作品があるんですけど(笑)」

語彙を増やすために。2019年の目標は国語辞典の読破

冗談めかす横顔は、2.5次元シーンの先頭を走る孤高のトップスターというよりも、ちょっとヤンチャな等身大の23歳。しかし、どうやら不安な点は歌だけでもないらしい。
というのも、佐藤は自他ともに認める人見知り。先述の『道』の稽古場では、周りの人に声をかけるのに一週間を要したほどだ。今回の舞台も、井上小百合(乃木坂46)以外は全員初対面。
「どうやって仲良くなったらいいか考えると、今から緊張します。普段、男性ばかりの現場が多いから、女性がいるっていうだけで緊張するんですよね……」
そう苦笑いしながら立てた作戦はふたつ。
「ひとつ目は八嶋智人さん! 八嶋さんは『映画刀剣乱舞』に出演されているんですが、ツイッターで僕に触れてくださっていて。最初は八嶋さんに甘えさせてもらおうかなと(笑)」
もうひとつの作戦は、差し入れだ。
「稽古場で何かしら食べものを差し入れすると、他の人から『ありがとうございます』って言ってもらえるじゃないですか。そこから会話が生まれればいいなと(笑)」
仕事へのストイックな姿勢を真摯に語ったかと思えば、こんなふうに飾り気のない言葉で人を笑わせる。インタビューでも、真面目な話は苦手。むしろもっと笑わせたいとサービス精神を覗かせる。
「作詞とか、こういうインタビューの場とか、自分の言葉で人に何かを伝える機会が増えて。そのたびにもっと自分の気持ちを明確に伝えられる語彙があればいいのにって思います。だから2019年にやりたいことは国語辞典の読破! まずは日本語から勉強し直します(笑)」

素の自分を見せる必要はない。自分のことはどうでもいい

くるくる変わるその表情に、もっとこの人のことを知りたいと思わせられる。そうやって多くの人たちを夢中にさせてきた。
だが、佐藤は自分のことを知ってもらいたいとは思っていない。素の自分なんて見せる必要がないとさえ考えている。
昨今の若手俳優は親しみやすさが生命線。SNSで日常の様子をアップしたり、弱いところや頑張っているところを包み隠さずオープンにしたり。そうやって素の部分をまるごとさらけ出せる人にファンは共鳴し、応援にも熱が入る。そんな風潮とは、ある意味、真逆の戦略だ。
「何でなんでしょうね。たぶん基本は陰キャラなんです、俺は」
23歳らしい言葉のチョイスで、自分のことを語りはじめた。
「小学生の頃は自分が中心になりたいタイプだったんですよ。でも、中学に入ったぐらいかな。自分があんまり盛り上がりたい気分じゃないときに、リーダーシップをとってくる人間って苦手だなと思うようになって(笑)。気づいたら、前に出るのが苦手な暗いヤツになってました」
今も前に出たい気持ちは一切ない。彼がステージ上でまばゆい光を浴びるのは、ただ芝居や音楽が好きだから。それ以上でもそれ以下でもない。
「もちろん俺に興味を持ってくれる人がいてくれたら嬉しいですけどね。でも俺のことは好きじゃないけど、キャラクターが好きだから舞台を観に来るというのもひとつの楽しみ方。それでいいと思っています」
そう話す彼を見て、ふと思い出した景色があった。ミュージカル『刀剣乱舞』加州清光 単騎出陣。バックダンサーを従え、歌い踊り続けた佐藤は、そのステージ上にいるあいだ、ただの一度も「佐藤流司」を感じさせなかった。「加州清光」であり続けたのだ。
2.5次元に出演する多くの俳優は、そのキャラクターとして生きることに専心する。だがその一方で、どうすれば自分が演じる意義や個性をにじませられるか、役のプラスアルファの部分に、自分の介在価値を見出そうとする者も多い。
もちろんその顕示欲は悪いものではない。俳優である限り、自分の個性を追い求めるのは当然のこと。だからこそ、わかる――佐藤流司が異質なのだ、と。
「2.5次元をやるときのモットーは、“自分を消す”こと。お客さんがその作品を楽しんでくれれば、自分のことはどうでもいい。逆説的ですけど、そうやって個性を出さないことが、佐藤流司の個性になるんじゃないかと思っています」

人間臭くなりたくない。カリスマになりたい

パブリックの場に登場する佐藤流司という人物そのものも、意図的にプロデュースしているところがある。
普段の自分は、暗い部屋で濁った目をしてゲームに興じる内向的な青年(と、本人は真顔で言う。にわかには信じがたいが……)。そんな自分を表に出る瞬間にスイッチする。SNSでの発信も、こうしたインタビューの場での発言も、自分をどう見せたいのか、考えたうえで戦略的にコントロールしている。
「もっともっと象徴的になりたい。あんまり人間臭くなりたくないんです」
人間臭さの対角線上にあるもの。理想のエンターテイナー像は、とても明快だ。
「憧れはGACKTさん。カリスマになりたい、と思っています」
短い言葉に意志を込めた。
佐藤流司は、満足しない。その理由はとてもシンプルなものだった。彼が目指す場所は遥かに遠い。容易く届かないものに手を伸ばそうとしている。だからこそ、自分を甘やかすことなど思いつきもしないのだ。
豹のような強い瞳は、ずっとずっと遠くを見据えていた。
佐藤流司(さとう・りゅうじ)
1995年1月17日生まれ。宮城県出身。B型。2011年、ドラマ『仮面ライダーフォーゼ』(テレビ朝日系)で俳優デビュー。主な出演作に、ミュージカル『忍たま乱太郎』シリーズ(田村三木ヱ門 役)、ミュージカル『テニスの王子様』2ndシーズン(財前 光 役)、ライブ・スペクタクル「NARUTO」シリーズ(うちはサスケ 役)、ミュージカル『刀剣乱舞』シリーズ(加州清光 役)など。

出演作品

愛のレキシアター「ざ・びぎにんぐ・おぶ・らぶ」
2019年3月10日(日)〜24日(日)@東京・TBS赤坂ACTシアター
2019年3月30日(土)〜31日(日)@大阪・オリックス劇場
https://www.rekitheater.jp/
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