ーこの人と離婚して新しい人と再婚すれば、簡単に幸せになれると思っていましたー

これは、高い恋愛偏差値を誇る男女がひしめき合う東京で、

再び運命の相手を求め彷徨うことになった男女のリアルな”再婚事情”を、忠実に描いた物語である。

夫の不倫によって離婚を決意した秋元カナは、紆余曲折の末ついに同じバツイチの弁護士・岡部と再婚を果たした。

一方、長らく恋人がいなかったカナの友人・上本亜美(32)にもようやく彼氏ができる。

今回は、そんな亜美が幸せを掴むまでの番外編ストーリーをお届けする。

崖っぷちの状態から、一人の男性に溺愛されるようになるまでに、亜美がしてきたこととは?




食事には誘われるのに、その後まで行かない女


「あぁ、ひどい顔…」

上本亜美(32)は、昨晩の飲み過ぎでむくんだ顔を凝視した。

二重幅の狭い亜美の目は、女優の綾瀬はるかのようだと言われることもあるが、浮腫むと全体的に小さく見える。せっかくの週末だというのに特に出かける予定もないため、スマホを片手に再びベッドの上に倒れ込んだ。

ー2019年もスタートしたっていうのに、彼氏が出来る気配もない。オリンピックまでには結婚したかったけど、これは本格的にヤバイかも…。

危機感を感じているのにもかかわらず、寒さでベッドから起き上がれない。やっとの思いで暖房をつけ、ようやく震えずにスマホをいじることが出来た。

LINEには、昨夜の食事会で出会った、あまりときめかないメーカー勤務の男性から食事の誘いが1件きている。

誰からも誘われないよりはマシだが、この男性と食事に行ったところで、その先が見えてしまうのが辛い。

どこか素敵な場所でご飯を食べて、適当に褒めてもらう。その後雰囲気の良い2軒目でぐいっと迫られたら、さりげなくフェードアウトする自分の姿がありありと目に浮かんだ。

半月後には大親友・カナの再婚パーティが行われるというのに、自分だけがそんなお決まりのパターンを繰り返すのは、もうコリゴリだ。

その時である。

ふと開いたInstagramの画面に、後輩・絵里子のイルミネーション投稿が目に入った。大方、星の数ほどいる彼氏候補のうちの1人に連れて行ってもらったのだろう。

「絵里子みたいにモテるには、どうすればいいんだろ…」

何気なく呟いたこの本心からの一言が、その後の亜美の恋愛人生を大きく変えるきっかけになった。


28歳、モテ盛りの女子との会話で、亜美が気づいたこととは?


“モテない私”は勘違い?


「先輩、今日は『蔭山樓』にいきましょう♪私あそこの鶏白湯塩そばが食べたいんです」




週明け。いつものように後輩・絵里子からランチに誘われ、亜美は改めて絵里子を観察した。

小柄で童顔、ツヤツヤのボブは女である亜美でも思わず触れたくなる美しさだ。

「なんですか、そんなジロジロ見て…」

絵里子は決して俗に言うぶりっ子というわけではない。可愛らしさはあるが声のトーンもごく普通だし、露骨なモテファッションを貫いているわけでもない。

けれど、亜美が知っている限り、絵里子はものすごくモテるのだ。

「いや、なんか…絵里子って、本当に常にモテてるよね。可愛いし当然だと思うんだけど、そのモテぶりは異常だよ。週末も考えてたんだけどさ、そこまでモテるには、一体どうすればいいの?」

亜美の言葉は大げさではなく、絵里子は食事会に行けば必ず全員からLINEのIDを聞かれ、そして、全員から必ず次のお誘いがくるのだ。

亜美は大きなため息をついて続けた。

「私なんて、全然モテないのよ。食事会に行っても、大したことない男の人からしか連絡がこない。わざわざ友達にセッティングしてもらったホームパーティでも、相手は明らかに私に興味を示さなかったし、もう散々」

店に着き、メニューを決めかねていた絵里子は、いつになく真面目な顔をして答える。

「亜美さん、本当に自分がモテないって思ってるんですか?そんなに綺麗でスタイルも良くて、それに、現に男性からお食事のお誘いもあるんでしょう?」

たしかに食事の誘いはあるが、目当ての男性からは好かれない。

亜美の理想とするいわゆる”ハイスペックな男性”から、好きです、付き合ってくださいと求められないから困っているのだ。

「亜美さん、それ、モテないって言いませんよ。現実を誤って認識してます。亜美さんはモテないんじゃなくて、ただ単に自分が良いと思った人から思った通りのアプローチがないだけじゃないですか」

「え…」

「モテないモテないって思い込んでると、いいことありませんよ。せっかく男性から好かれたのにその事実を無視して自分を卑下してたら、いつまでたっても欲しい結果なんて得られませんって」

いつもはただ穏やかに亜美の話を聞き褒め倒してくれる絵里子が、今日はいやに厳しい。だが、その言葉にはやけに説得力がある。

今まで散々一緒にランチをしてきて、どうして絵里子に恋愛相談をするという簡単なアイディアに気がつかなかったのだろうか。

「この先1ヶ月間ずっとランチをおごるから、絵里子の恋愛テクニックを全部教えて!」

気がつけば、亜美はそんなことを口走っていた。


恥を忍んで後輩に”恋愛テクニック”を聞き出そうとした亜美。その結果は…?


自然体の自分になって掴んだチャンス


亜美は、お気に入りのマノロ・ブラニクのサテンのピンヒールを履き、奈緒子を待っている。

「お待たせ!うわぁ亜美、すごい素敵!ミニ丈のドレス本当に似合う!」

今日は、カナの再婚パーティだ。

内輪のみの式の後、ごく仲の良い友人だけを招いて行われるパーティ。この日のためにドレスも新調し着飾った亜美は、久々に気分が良かった。

「奈緒子、ありがとう!もう32歳だし落ち着いたドレスでもいいかなって思ったんだけど、やっぱり自分が好きなものを着たくて」




東京オリンピックまでに結婚するため、今年中にどうしても彼氏が欲しいあまり、亜美の後輩・絵里子に恋愛テクニックを聞き出そうとしたのが半月前。

だが、そのオファーはさらりと断られた。

「亜美さん、私にそんな恋愛テクニックなんて、ありませんよ。私はただ、必要以上に自分を卑下しないだけです。むしろ、自分にかなり甘いんじゃないでしょうか」

特別なテクニックもなしで、あんなにも多くの男性の心を惹きつけているのは、本当に自分を卑下しないだけなのだろうか。

それならば、まさに亜美自身のように、自分に甘く男性のスペックに厳しい女性でもモテるということになってしまう。それは違うのではないかと亜美は反論した。

「亜美さん、そうじゃありません。男性のスペックに厳しい人って、自分にも結構厳しいんですよ。本当の意味で自分に甘く優しいっていうのは、ありのままの自分を受け入れるってことなんです」

絵里子は淡々と続ける。

「あと2キロ痩せなくちゃ、とか、仕事でもっと評価されなきゃ、って自分を追い込まないで、今のままの自分をとりあえず肯定できる状態のことなんですよ。

そういう精神状態なら相手にも優しくする余裕ができますし、そう多くは求めないはずです。だから私は、別にお相手の年収がいくらであろうとどんな仕事をしていようと、分け隔てなく良いところを見つけているだけです」

絵里子のその言葉を聞いて以来、亜美の意識は少しずつ変わった。

男性のスペックばかりを気にしていた自分を振り返り、そもそもなぜ相手にばかり年収や肩書きを求めてしまうのかを深く考える。

その結果、広尾や白金に住みたがったり、エリート弁護士と再婚した友人を羨ましがっていたのも、すべて自分に自信がなくありのままの自分では不安だったこと気がついたのだ。

そして、ハイスペックな男性と付き合うことで自分の価値を上げようとしていたのだが、それでは上手くいくはずがない。

今の亜美は、良い具合に肩の力が抜けていた。

不特定多数の男性からモテようと無難なモテファッションを選ばず、自分が本当に好きな装いをしている。

奈緒子と2人、はしゃぎながら写真を撮り合っていると、ふと後ろから声をかけられた。

「あれ?もしかして…一度ホームパーティでお会いしましたよね?梅田です」

もちろん覚えている。以前、友人の美香から紹介してもらった歯科医だ。

あの時は無意識に梅田を見下していた亜美だったが、この日は、ごく自然体で会話をすることが出来た。


思わぬ再会。この後、32歳、未婚、彼氏なしだった亜美に奇跡が訪れる…?


やっと手に入れた幸せ


「いらっしゃい!」

再婚後、初めてカナの新居に遊びに行き、その豪華さに亜美は思わずため息をついた。

「この家、本当にステキだね!羨ましい!」

自分の住んでいるマンションの数倍もランクが上の部屋だが、特段妬む気持ちはない。

再婚後、一時は大ゲンカもあり、どうなるかと思っていた岡部とカナ。そんな二人が仲睦まじくしているのを見るのは嬉しいし、亜美自身も十分に幸せだからだ。




今日は、カナの再婚パーティで再会して以来、急激に意気投合し付き合うことになった梅田も一緒だ。

初めて会った時は亜美に全く興味を示さなかったのが嘘かと思うほど、今の梅田は亜美に夢中である。

「わざわざお越しいただきありがとうございます」

そう挨拶をしてくれたカナの夫・岡部は、さすがエリート弁護士らしく自信に満ち溢れており、着ているものもとてもセンスが良い。だが、今自分の隣にいる最愛の恋人も、負けず劣らず素晴らしく思える。

以前であれば、友人の夫や彼氏のスペックが気になり、女友達に恥ずかしくないような人でないと彼氏にはできない、という歪んだ思い込みがあった。

だが、後輩・絵里子のおかげでその呪いが解けた今、亜美はもう自分を誰とも比べずに済んでいる。

自分の嫉妬が原因で少しだけ仲がこじれてしまった親友・カナとも、まるで学生時代に戻ったかのような関係が取り戻せた。貴重な友情を維持できていることに、じんわりと幸せを感じる。

カナが女主人としてゲストにシャンパンを注ぐ姿もサマになっており、離婚パーティを開いたあの日のことがまるで夢だったように思えた。

グラスを手渡され、亜美とカナは微笑みながらお互いを見つめ合う。

皆で乾杯をした後、亜美は大好きな親友の幸せを心から喜べる気持ちになれた自分を、改めて褒めてあげようと思った。

Fin.