九州が拠点のドラッグストア「コスモス薬品」は、特売や割引セールは一切しない。毎日同じ値段にすることが、より安い値段にできる秘密だからだ。どういうことなのか。社是は「純情」という規格外の会社を、ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が取材した――。
ディスカウントドラッグコスモス(撮影=藤原武史)

■「すっきりしている」ドラッグストア

ディスカウントドラッグコスモス野方店は福岡市西部にある。地下鉄七隈線の橋本駅から歩くと15分の住宅街のなかだ。幹線道路に面しているわけではない。野方店に限らず、同チェーンの店舗は大きな道の1本裏にあることが多い。そのほうが土地代が安く、出店のコストを抑えることができる。

店舗の前に立った第一印象は「すっきりしているな」というものだ。

エントランスの前には「特売」「時間限定セール」といったのぼりは立っていないし、特売品を積んだワゴンも出ていない。一般のドラッグストアの店頭風景とはおよそ違っているのがコスモス薬品のそれだ。

店の中へ入る。天井は高い。そして、陳列棚は一直線の列になっている。大型書店の店内風景のようだ。レジ前に平台はあるけれど、数は一般のドラッグストアよりはるかに少ない。

■特売も割引セールもやらない

コスモス薬品 横山英昭社長(撮影=藤原武史)

店舗で待ち合わせた38歳の社長、横山英昭は言った。

「『毎日安い(Everyday Low Price)』のが当社です。のぼりやビラがないのは特売や時間限定の割引セールをしていないからです。ある時間帯だけ商品を安く売るのは全てのお客さまに対して公平ではありません。

ごく短期間に限られた商品のみを安く売るのではなく、あの手この手の販促策をやるのではなく、さまざまな商品をいつでも安心の低価格で販売するのがうちのやり方です。

毎日、同じ値段で安くしていますから、特売のための値札の貼り替えや無駄な陳列替えの作業がなくなります。発注・納品に伴う作業も簡素化でき、物流も平準化することができます。そうして、全体のオペレーションコストを低く抑え、その分、商品を安くします」

確かに並んでいる商品は安い。同社の特徴として、薬品、健康食品だけではなく一般の食品も多く扱っている点が挙げられる。精肉、鮮魚、青果の生鮮三品は扱っていないけれど、冷凍食品もあればアジの開きのような塩干物、ハム、ソーセージといった加工品は置いてある。牛乳、豆腐、パック入りもやし、酒類もある。

つまり、生鮮品だけは他の店を利用すればよく、生活に必要なものはたいてい、揃っている。

■PBでは「2リットルの天然水」が59円

とにかく安い。薬品で5%、食品で10%は他店よりも「安い」。「ON365」というプライベートブランドの商品があるけれど、550mlのペットボトル入り天然水が58円。これはまだわかる。しかし、2リットルのそれが59円なんて……。

プライベートブランド「2リットルの天然水」が59円だった(撮影=藤原武史)

「いったい、他の店で売っている水の値段はなんなんだ」

わたしはこぶしを強く握り締めて、そう思った。

コスモス薬品は東証一部上場の企業で、年商5579億円(2018年5月期)。従業員総数2万8000名、九州から中部地方まで932店舗を持つ(2018年9月末)。創業者は会長の宇野正晃。彼はドラッグストア、食品スーパー、コンビニエンスストア、ディスカウントストアのいいところだけを集めた新業態をつくった。

宇野は自身が考えだした店舗形態を「小商圏型メガドラッグストア」と呼んでいる。これまで小売業では、大きな商圏には大きな店舗、小さな商圏には小さな店舗という考えが常識だった。だが、彼は品揃えの多い大型店(売場面積2000平方メートルまたは1000平方メートル)を1万人という小さな商圏につくることにした。小さな町にメガドラッグストアを出店した結果、地域の人々にとっては遠くまで行かなくとも、毎日必要な消耗品は豊富な品揃えのコスモスで買い物ができるようになった。

■あえて「繁盛店はつくらない」

また、宇野は「繁盛店はつくらない」と言っている。

ある店舗が小さな商圏で成功をおさめ、売り上げが増えたら、同社はすぐに隣接した地区に出店する。通常の小売店チェーンならばすぐ近くに同業態、同ブランドの店を出すことを嫌う。共倒れすることが怖いのだ。しかし、コスモス薬品はあえてチェーン店同士が競合することを恐れない。2店舗に増えたことで、地域の人がさらに便利になり、また、ふたつの店の売り上げが一店舗の繁盛店より少しでも増えればそれでいいという考え方だ。

社長の横山が補足説明をする。

「店長の評価も売り上げ、成績では決まりません。それよりも管理する能力、経営する能力、そして、人柄です。なんといってもうちの社是は『純情』ですから。当社は個々の店舗の売り上げを増やすよりも、コスモス薬品が全体として成長することを目的としています」

■薬剤師がいつでも相談に乗ってくれる

話は野方店の店頭に戻る。

ディスカウントドラッグコスモスの店内(撮影=藤原武史)

見ていると、コスモス薬品の店舗に来る客は薬、化粧品だけが目的ではない。どちらかと言えば毎日食べる食品を見にきたついでに薬品、化粧品を買っていくようだ。そのため、ドラッグストアの客よりも、一回当たりの買い物点数が多い。客の大半は手提げのカゴではなく、店内ではカートを押して、買い物をしている。

そして、薬品を扱っているから、店内には薬剤師がいる。一般のドラッグストアの場合、薬剤師であっても特売のための陳列替えや値札書きをするのに忙しい。客が薬のことを訊ねようとしても、作業をしている薬剤師をつかまえなければならない。一方、コスモス薬品の薬剤師は特売品の陳列など必要のない仕事はしていないから、いつでも客の相談に乗ってくれる。もっとも、陳列棚は一直線に並んでいるし、効能別に整理して置かれている。説明タグは大きく、棚から横に飛び出しているから読みやすい。薬剤師に聞かなくとも、自分でいくつかの薬をチョイスできる。あとは現品を何種類か持っていって、薬剤師と話をすればいい。

■ポイントカードを廃止した理由

レジに行っても、長く待たされることはない。客が財布からポイントカードを出し、レジ担当がそのカードにハンコを押したりといった手間がないため、列はスムーズに流れる。

横山は言う。

ドラッグストアでポイントカードがないのは当社くらいではないでしょうか。2004年の上場前に、創業者の宇野が『もうやめにしよう』と言いました。それ以前は当社にもありましたが、同業他社がポイントカードで値引きするようになったら、差別化はできません。それにポイントカードに対応するためのシステム経費や従業員の労働コストはバカになりません。そこで、ポイントカードをやめて、その分、商品を安くしました」

コスモス薬品は17年、日本生産性本部サービス産業生産性協議会が行った「顧客満足度指数」調査でドラッグストア部門1位となった。それも、7年連続の1位である。だからといって、従業員が特別なサービスをしているとか大きな声であいさつをするわけではない。品揃え、品物の安さ、接客など総合力が評価されたのである。従業員は必要のない仕事から解放され、販売と接客に注力している。そんなオネスト(正直)な気配のする販売現場だ。

■「コスモス薬品」という新業態

野方店の店頭で話をしていたときのことだ。横山はドンという音のあと、赤ん坊の泣き声がしたとたんに、あたりを見回し、声の主を探した。

「どうしたんですか」と聞いたら、「いや、お子様が何かにぶつかったのかと思って……。ああ、スタッフが飛んでいきましたから大丈夫ですね」

もともと、販売現場から昇進した横山は店頭に来ると、販売員そのものの意識になり、店のことが気になってしまうのだろう。

「当社の採用基準は『まじめで一生懸命かどうか』です。そんな『純情』な仲間と一緒に仕事をして、感動の共有をする。それが創業者の方針であり、会社の考え方です。

当社では各店の店長が、お客さまからいただく感謝の言葉、目標を達成した喜びを全スタッフの前で話をし、共有しています。小売業は人が働く労働集約型の産業です。製造業のような最先端の技術力よりも、人を愛する人間、人が大好きな人間が築く力が強さに変わると思います」

コスモス薬品は業界誌などでは「ドラッグストア業界では5番目」とされている。しかし、現場に行ってみると、同業他社とはかけ離れた独自の業態になっている。そして、現場の言葉も「純情」とか「繁盛店はつくらない」といった業界常識とはまったく違うものだ。

コスモス薬品とはドラッグストア業界のなかの1社ではない。「コスモス薬品」という新しくできた業態だ。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)