2018年北米国際自動車ショー、レクサスのプレゼンの様子(筆者撮影)

トヨタ自動車が展開する高級車ブランド「レクサス」の日本市場におけるモデルラインナップ拡大が近年、目立っている。

2017年には最上級クーペ「LC」を日本へ新たに投入。2018年に入ると、従来はアメリカと中国における主力車種で上級セダンの「ES」をまるで「LS」のように大柄化・上級化させて日本に初めて導入した。そして、昨年11月末に発売されたのが、「LX」「RX」「NX」に次ぐSUVのラインナップで最もコンパクトな「UX」だ。

レクサスの課題は、プレミアムブランド独自の世界観の確立だ。ただし、ブランドは一朝一夕に築けるものではなく時間がかかる。レクサスの現在地を確認するためには、その歴史から紐解いていくことが欠かせない。

トヨタという大きな岩を動かしたアメリカ人たち

時計の針を、1980年代中ごろまで戻そう。

当時、北米トヨタのアメリカ人たちは、愛知県のトヨタ本社詣でを繰り返していた。

「トヨタのプレミアムブランドを、アメリカで立ち上げてほしい」と、トヨタ本社上層部の説得にあたっていたのだ。

その背景には、独ダイムラーのフルラインナップ化構想とホンダの北米事業戦略があった。


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ダイムラーは1980年代初頭、メルセデスの小型車として「190」を発売し世界的な人気を得た。日本でも手軽に買える「小(こ)ベンツ」と呼ばれ、国産車からの買い替え需要が一気に拡大した。後に、「190」はCクラスへと進化し、メルセデスのフルラインナップ化が始まる。

一方、ホンダは同社全事業の中で稼ぎ頭であるアメリカ市場の強化策として、第2ブランド創設の準備を始めていた。ホンダと同じ車体・エンジンを流用、または応用した上級ブランドとして「アキュラ」が考案された。ただし、アキュラは単なるプレミアムブランドではなくホンダの真骨頂であるスポーティ性を維持し、それをさらに上質化させることを目指した。価格帯もホンダ車に比べて2倍以上高いといったものではなく、1.2〜1.5倍のイメージだった。

そのほか、日産自動車でもアキュラの動きを牽制するために、「インフィニティ」の初案が議論されてきた。

当時、北米のトヨタとホンダの営業本部はカリフォルニア州ロサンゼルス近郊のトーランス市内にあり、また北米日産の本部もトーランス市に隣接するガーディナ市にあった。こうした各社社員の個人的なつながりにおいて、各社の情報が「ここだけの話」として漏れていった。私はそうした現場に何度も居合わせている。

北米トヨタは各社からの生情報を精査し、また自動車業界の今後を考察する中で、アメリカ発のレクサスブランド構想が立ち上がった。

その業務の中核にいたアメリカ人は「年に何度も本社に説明に行ったが、まるで大きな石のように、本社上層部はまったく動かなかった」と、当時を振り返る。「ところが、レクサスの話が決まってからは、本社の動きは一気に大きくなった。大きな石が一度動き出してしまうと、われわれもその動きを止められなくなった」とも表現した。

こうして1989年に初代「LS(日本のセルシオ)」と初代「ES」でレクサスはアメリカでスタートを切った。

メルセデス「C、E、S」とBMW「X5」の影響

「メルセデス並みの性能とクオリティで、この価格」「これまでのディーラーは胡散臭い感じで嫌だったが、レクサスのお店はお客への対応がまったく違う」

1990年代に入ると、レクサスが狙ったとおりのリアクションが市場から聞こえてきた。筆者も全米各地でこうした声を当時、聞いている。付け加えるならば、「レクサスを購入したアメリカ人の多くが、レクサスはトヨタが作っているクルマであることを知らない」という噂が、北米の自動車業界関係者の中でささやかれるようになった。

出足好調のレクサスに対して、ダイムラーとBMWが強い警戒感を示すようになった。

そうした中で、メルセデスブランドは小型の「Cクラス」、中型の「Eクラス」、大型の「Sクラス」というモデルラインナップの3本柱の構築を急いだ。BMWは「3シリーズ」「5シリーズ」「7シリーズ」として、そしてレクサスが「IS」「GS」「LS」として対抗した。

一方、当時は米ビック3と呼ばれていた現在はデトロイト3(GM、フォード、FCA)はフルサイズピックアップトラックの車体を流用した収益性の高いフルサイズSUVでプレミアム市場での明確な立ち位置を確立していた。

そこに、BMWが北米市場を最優先した「X5」を投入し成功を収めた。この動きに、ダイムラーやVWグループのアウディ、さらにレクサス、アキュラ、インフィニティが追従。結果的に、「クロスオーバー」というモデル域がプレミアム市場の一角を占めるようになった。これにより、プレミアムブランドにおけるフルラインナップ化がさらに加速した。

さらにもうひとつ、1990年代から始まった高級車市場での大きな流れがある。パフォーマンスブランドの登場だ。

当時、ドイツのメルセデス御三家と言われた、ブラバス、ロリンザー、カールソン。筆者は各種雑誌の取材で、同3社を含めてドイツ国内各地のメルセデスチューニングメーカーを定常的に訪問してきた。1980年代には、BMWでACシュニッツアーやハルトゲなどが日本でも人気になったことはあったが、1990年代のメルセデスチューニングブームは世界のプレミアム市場の変革をもたらすほど強烈なインパクトがあった。

こうした流れの中で、ダイムラーがチューニングブランドの大御所、AMGを買収して内製化した。同時期に、BMWは「M」ブランドを再構築、アウディはブランドというより「R」をロゴとした商品戦略を展開、GMキャデラックは「V」シリーズを新設、そしてレクサスは「F」としてハイパフォーマンス系の展開を始めた。

商品性重視から、独自の世界観による感性へ

このように、レクサス創設からの世界プレミアム市場の動きを俯瞰すると、もともとはダイムラー(メルセデス)主導で進んできた流れがある。

ところが、2010年代中盤以降は事情も変わってきている。ベントレーやロールス・ロイスがSUVへの市場導入を決めたり、アストンマーティンやマセラティなど老舗プレミアムスポーツカーメーカーが勢いを復活させるなどして、メルセデスAMGでも「安い」と思ってしまうほど、プレミアムブランドの価格帯が高騰してきた。


2018年11月、レクサス「ES」、山口県秋吉台で(筆者撮影)

さらに、打倒テスラを掲げて、中国を拠点とするNextEV(NIO) やバイトンなどプレミアムEVブランドが続々と登場している。

こうしたプレミアムブランド乱立の時代に、プレミアムブランドに求められるのは、ブランド独自の世界観である。

一方で、モノづくり第一主義の日系メーカーにとって、こうした「感性領域」は苦手分野だ。レクサスも例外ではない。近年、レクサスは顧客体験として「アメージング・エクスペリエンス」を提唱しているが、いまだにレクサス独自の世界観を富裕層に認知してもらう域にまでは達していない印象がある。


2018年12月、レクサス「UX」、千葉県房総半島の古民家カフェで(筆者撮影)

その意味では、新たに投入されたコンパクトSUV「UX」がどう受け入れられるかは、ポイントの1つだ。UXは商品コンセプトに「感性」を強調し、クルマに対して新しい価値観を求めている20〜30代層を中心に、レクサスの変化を浸透させることを狙った車種といえる。

「GS」の役割を事実上引き継ぐとされる「ES」も、前輪駆動(FF)の高級車が日本でどう受け入れられるかが興味深い。ラインナップを広げてこれまでにない顧客層を獲得しつつ、独自の世界観を確立できるかが、レクサスの古くて新しい課題であろう。