平成最後の天皇誕生日

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 平成最後の天皇誕生日となった昨年12月23日。雨曇りにもかかわらず、皇居には8万人を超す人々が一般参賀に訪れた。

「お誕生日としては平成で最多となりました。陛下は午前に3回、皇太子ご夫妻と秋篠宮ご夫妻、眞子さま、佳子さまとともに宮殿の長和殿ベランダに立たれ『(新年が)明るい良い年となるよう願っています』と笑みを湛えておられました」(宮内庁担当記者)

 これに先立ち20日の午後、陛下は宮殿「石橋(しゃっきょう)の間(ま)」で恒例の記者会見に臨まれていた。

「質問は1問のみで、記者会では『現在のご心境とともに国民に伝えたいことをお聞かせ下さい』と、事前に包括的なお尋ねを出しました。当日、陛下はご用意された回答をゆっくり読み上げられ、先の大戦や沖縄のたどった道、そして人命が奪われた自然災害に言及なさるたび、激しくお声を震わせながらお答えになったのです」(同)

 中でも、終段で皇后さまについてお話しになった時は、感極まられていたという。

平成最後の天皇誕生日

「陛下は『明年4月に結婚60年を迎えます』と切り出され、ご自身の歩まれた道のりを“天皇としての旅”と表現されました。そして、その旅に加わった皇后さまが『皇室と国民の双方への献身を、真心を持って果たしてきた』と、60年間のご活動を労われたのです」(同)

 旅程を振り返るにつけ、万感の思いが去来されたことであろう。会見の最後はご退位後にも触れられ、

〈天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は(中略)皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ道を歩んでいくことと思います〉

 新しい時代を託される皇太子さま、そして皇位継承順位第一位となられる秋篠宮さまへの思いがここに凝縮されているのだが、実際には、

「陛下の御心の奥底では、眞子さまの“結婚問題”という越年の難題を抱えつつ5月から『皇嗣家』となる秋篠宮家に対し、さまざまなご憂慮が渦巻いています」

 そう明かすのは、さる侍従職関係者である。

「秋篠宮殿下は11月30日のお誕生日に先立ち、眞子さまと小室圭さんとの婚約について厳しいお考えを示され、さらに大嘗祭への公費支出についても疑義を呈されました。陛下は、とりわけ後者に関し、殿下が(宮内庁の)山本信一郎長官を指して『聞く耳を持たなかった』と批判なさったくだりを、深く嘆いておられるのです」

 現に陛下は、周囲にこう漏らされているという。

「大嘗祭についての秋篠宮殿下のお考えは、日頃から皇太子殿下も交えて“3者会談”を重ねておられるので、ご発言自体は陛下も想定なさっていました。ところが、皇室をお支えする組織の長について、あのような直截な表現で、かつ会見という公の場で批判したことには『ああいうのは、どんなものでしょうか』と、お顔を曇らせておられたのです」(同)

 そのお言葉からは、

「『あのような言い方を、皇族がすべきではない』『皇嗣家の当主たる者の振る舞いとして、適切ではありません』といったお気持ちが、強くうかがえました」(同)

 というのだ。

当事者ではないにもかかわらず…

 これまで女性宮家構想や憲法などをめぐり、安倍政権と両陛下との間に“すきま風”が吹いていたことは、繰り返し報じられてきた。そして、その乖離は2016年7月、NHKが陛下の「生前退位のご意向」を報じたことでピークに達する。

「官邸は、自分たちのあずかり知らぬところでそうした動きが進み、かつ実現をみることに露骨な不快感を表し、直後には当時の風岡典之長官を事実上の更迭に追い込むという“報復”に出たのです」(前出記者)

 そうした状況にあっても、たえず「藩屏」として皇室に寄り添ってきた宮内庁のトップに対し、秋篠宮さまは痛烈なお言葉を投げられたわけである。これに先の侍従職関係者は、

「ご兄弟とはいえ、皇太子殿下と秋篠宮殿下とでは、お受けになってきた教育が全く違う。何しろ、将来の即位が確実である内廷皇族と、これまで皇嗣という概念すらなかったお方です。お二方に対する教育の違いが、図らずもこうした形で出てしまったのではないかと、陛下はご憂慮なさっているのです」

 政権との間に軋轢が生じようとも、宮内庁は“皇室の盾”に徹してきたわけだが、秋篠宮さまのご発言によってその雰囲気も一変したという。

「端的に言えば、殿下は“不要な反発”を生んでしまった。山本長官は『そう受け止められたのだとすれば申し訳ない』と陳謝し、続いて西村泰彦次長も『宮内庁へのご叱責と受け止めている』と、深い反省を述べていました。ですが“叱責”という強い文言をあえて用いた背景には、庁内に広がる徒労感、そして殿下の発言への違和感が込められているのは明らかです」(同)

 当の秋篠宮さまは会見で、

〈平成の大嘗祭の時にもそうするべきではないという立場だったが、その頃はうんと若く、多少意見を言ったぐらいだった〉

 そのように明かされており、実際にお誕生日の直後にも周囲に、

「(大嘗祭へのご発言は)30年前から考えてきたことです」

 と、あらためて口にされていたという。それでも、先の侍従職関係者は、

「長官へのご批判とともに、庁内が複雑な思いで受け止めているのが『(大嘗祭は)できる範囲で身の丈にあった儀式にすれば』とのご発言です。長年のご持論なのは分かりますが、次の大嘗祭は皇太子殿下の行事。いかに皇嗣殿下となられようとも当事者ではない。にもかかわらず、まるで新天皇となられる兄宮の晴れ舞台に、横槍をお入れになったかのように窺えるのです」

宮邸改修は3年計画

 従来、秋篠宮さまはご自身のお考えを簡明に仰ることで知られてきた。振り返れば04年、皇太子さまがいわゆる「人格否定発言」をなさった際にも、同年のお誕生日会見で、

〈記者会見の前に、せめて陛下と話をして、その上での話であるべきではなかったか。そこのところは残念に思います〉

 と、皇太子さまに「苦言」を呈されたことがあったのだが、さる宮内庁関係者によれば、

「今回『大嘗祭は身の丈で』と仰ったことを受け、トップを公然と批判された職員からは『ご自身にかかるお金については……』と訝る声が上がっています」

 平成の大嘗祭は、公費である宮廷費から総額およそ22億5千万円が支出され、その会場となる大嘗宮の設営には14億5千万円余りが充てられた。そして先日、宮内庁が発表した予算によれば、次代の大嘗祭には全体で27億2千万円、大嘗宮の設営には、規模を縮小したとはいえ19億円が計上されている。が、その一方で、

「こうした出費を『(内廷皇族の御手元金である)内廷会計ですべきだ』と主張なさっている殿下におかれては現在、皇嗣となられる準備が急ピッチで進められています。お住まいは手狭で、かつ老朽化が進んでいるため、宮邸の北側に位置し、皇族方の共用施設である『赤坂東邸』と併せて一体的活用をするための増改築が、向こう3年かけて計画されているのです」(同)

 肝心の予算は、3年間で実に33億円。公費である宮廷費で賄われることとなり、手始めに19年度予算には約2億3千万円が計上されたばかりである。

「御代替わりの後、皇室においては皇嗣家がそれまでの秋篠宮家とは比べ物にならないほど重きをなし、それに見合う手当がなされるのは当然です。現に、ご一家の予算も19年5月からは、現行の皇族費6710万円が1億2810万円へと、ほぼ倍増する。それでも、ご自身のお住まいの改修費には一切言及なさらず、もっぱら新天皇の儀式について異を唱えられるお姿は、拝見していて釈然としない、そんな思いが庁内では沸き起こっているのです」(同)

「週刊新潮」2019年1月3・10日号 掲載