韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊のP−1哨戒機に火器管制レーダーを照射した問題で、韓国国防部は自衛隊の公表した動画に対する「反論ビデオ」を公開した。防衛ジャーナリストの芦川淳氏は「こんな『恥の上塗り』をするのは、文在寅政権が北朝鮮による国連制裁違反を恒常的にアシストしているからではないか」と指摘する――。
1月4日、「反論ビデオ」の公開を発表する韓国国防省の崔賢洙(チェ・ヒョンス)報道官(写真=AP/アフロ)

韓国側の立場をさらに悪くする内容

2018年12月20日に起きた海上自衛隊哨戒機に対する韓国軍艦艇からの火器管制レーダー照射事案について、韓国軍当局は1月4日、昨年末に防衛省が公開した映像への反論にあたる動画を公開した。当初からつじつまの合わない説明を続けてきた韓国軍当局は、今回の反論動画でさらに恥の上塗りを重ねたように思える。

韓国側の反論動画の趣旨は以下の通りである。まずは「海上自衛隊のP−1哨戒機は、人道的救難任務にあたる韓国艦艇に対し、不用意な威嚇ともとれる低空飛行を行った」とし、これについて抗議するとともに謝罪を要求している。加えて彼らは「海上自衛隊のP−1哨戒機に対して、わが方は火器管制レーダーの照射を行っていない」と言明。さらに「海上自衛隊は、韓国艦艇に対してレーダー照射の理由を問う無線での連絡を行ったとしているが、わが方では無線のノイズがひどく聞き取れなかった」と釈明している。

筆者が、この韓国側の反論動画を見て落胆したのはいうまでもない。韓国側が新たな事実と筋の通った明快な論理で検証を行った結果、双方の「誤解」を解くきっかけが産まれるかもしれないという淡い期待があったからだ。しかし、実際の反論動画はBGMも含めあまりに稚拙で、韓国側の立場をさらに悪くしかねない残念なものになった。いったいどのような経緯でこうした反論動画が出来上がったのか、不思議でならない。

一般的に軍事的要素を多分に含んだ情報を一本化するには、軍や政府の最高レベル(韓国でいええば国防部や大統領府)の強力なリーダーシップが必要になる。もちろん動画の素材については現場からの収集が可能であるし、そこに専門的な見地から解説を加えることは軍当局の当然の任務だろう。ただ、それを国として発表する際にどのようなスパイスを加えるかについては、高度な政治的判断が求められるはずだ。

だがこの動画には、そうした「高度な政治的判断」の跡が見受けられない。これまでの韓国側の主張と何ら変わらず、また新たな要素も加わらず、映像的にもデータ的にも韓国側を擁護できるいかなる要素も見つからない。

例えば、海上自衛隊機の低空飛行を示すシーンは、韓国軍の艦艇の上方を飛ぶ自衛隊機の姿を、救難作業中のボートから撮影したものだ。このわずかなシーンをもって韓国側は、海自機が威嚇的な飛行をしたと主張しているが、この時に海自機が韓国軍艦艇の直上を飛行していないことは、防衛省の発表した動画でも明らかにされている。その点を踏まえて韓国艦艇との距離を考えれば、海自機の飛行高度が極端に低いとはいえない。

防衛省の動画では、当初、海自機は警備艦に並走するように飛行し、その後、クァンゲト・デワンの後方を通過している。これは通常の監視活動ではセオリーともいえる飛行経路であり、相手に必要以上の圧迫を与えない配慮も感じる。海自機の高度変化はわずかで飛行速度も落ち着いたものだ。クァンゲト・デワンのマスト高は、おおむね40m〜45mはあるので、海自機が最接近した際の映像からも、マスト高の3倍〜4倍の高度は維持していることが分かる。もし、この飛行経路を見て威嚇的と感じるようであれば、軍人として問題だ。

■ウソにも「つきよう」があったのだが

また、この後に発生したレーダー照射に対し、海自機からは再三にわたり韓国艦艇に無線での問い合わせを行っている。これを韓国側はノイズによって聞こえなかったとしていたが、韓国側の動画を見る限り、ノイズに重なって聞こえるジャパンネイビーという音声や、艦番号の呼びかけが判別できる。「脅威」を感じていたと主張する状況のなかで、海自機側の呼びかけを一切無視し返信も行わないという、韓国艦の奇妙な対応が明らかになった格好だ。

そして、話題の核となるレーダー照射については、韓国側は一切の照射を行っていないと言い続けている。実のところクァンゲト・デワンは、火器管制に使用可能なレーダーを2系統搭載しているのだが、そのうちひとつは水上・空中の目標を広域的にスキャンし、複数の目標をロックオンすることができる。ただ、それを火器管制に用いた場合、性能上の制約から動きの鈍い水上目標にしか対応できないとされる。

一方、今回、問題になっている方の火器管制レーダーは、単一目標をピンポイントでロックオンするタイプで、これはまさに航空機への対空ミサイル攻撃を専門に管制するものだ。

もし上手にウソをつくなら、前者のレーダー装置を引き合いにして「システムが誤って海自機を自動で捕捉してしまったようだ。こちらの責任ではないが、再発防止に努める」とでも釈明すれば事態は収まっただろう。防衛省としては、双方のレーダーの周波数がまったく違っても、はたまた前者のレーダーでは上空70度の高さまでしかスキャンできなかろうと、取りあえず韓国軍側が「すまぬ」といえば、後は外交案件として手を離すことも可能だった。

韓国側は、防衛省への反論のなかで「レーダー波のデータを見せろ」と主張しているが、これには国際的な問題が生じる可能性があり、簡単に応じることはできない。クァンゲト・デワンが搭載する火器管制レーダーは、ギリシャ海軍やインドネシア海軍など複数の国の艦艇で採用されており、データの公開は他国の安全保障リスクへと発展しかねない。防衛省は、レーダー周波数だけでなくレーダー波の成分、つまりそこに隠れている火器管制用の暗号コードまで含めて情報を握っている可能性が高いのだ。

ちなみに、今回の件で防衛省は、重要な情報をすべて米軍と共有しており、同時に事態の発生から時を置かずして、米軍に対して日韓の緊張を解くべく仲介の依頼を行っているはずだ。大きな目で見れば東アジアの安全保障にとって、日米韓の準軍事同盟的な枠組みは非常に重要であるし、アメリカも日韓のきしみを歓迎できる立場にはない。しかし韓国側が、日本による情報公開が困難であることを盾にレーダー情報の公開を執拗に迫るようだと、問題は深刻化し、やがて日韓のみならず米韓同盟にもヒビを入れかねない。

■北朝鮮の違法行為をアシストしていた?

今回のレーダー照射案件を別の視点から眺めてみると、興味深い疑問点がいくつか浮かんでくる。まず、発端となった北朝鮮漁船の「救助」に、なぜ韓国の海軍の駆逐艦と海洋警察の大型艦が合わせて駆けつけたのか。

クァンゲト・デワンが国籍を示す旗を艦首にも艦尾にも、そしてマストにも掲揚せず、自分たちが何者であるのかの主張をしていなかったのはなぜか。公海上とは言え、わが国の排他的経済水域(EEZ)内、しかも日本の領海の近傍で活動するならば、国籍や船籍を示すのがマナーというものだろう。これで海自機の問いかけに応答もしないのでは、ただの謎の国籍不明艦である。さらに謎なのは、救助されたはずの北朝鮮漁船に関わる情報がまったく出てこないことだ。

筆者は、これをひもとく鍵を北朝鮮に求める。2017年11月29日の北朝鮮による大陸間弾道ミサイル発射に対して採択された国連決議2397号の制裁措置によって、現在、北朝鮮の経済状態はかなり悪化しているとされる。その結果、多数の北朝鮮漁船が日本海へと乗り出し、日本のEEZ内でも不法操業を行っている。さらに瀬取りによる制裁決議違反も繰り返されており、各国が監視体制を強めているという状態だ。

これはあくまでも推測であるが、従北姿勢を強める文在寅政権は、裏の国策として北朝鮮による国連制裁違反を恒常的にアシストしているのではないだろうか。

そもそも現場は日本のEEZ内であり、北朝鮮漁船はもちろん韓国漁船の操業も許されていない場所だ。そこに国籍を示す旗を掲げない軍艦と、5000tという大型の警備艦が出張って来ていること自体がおかしい。ところが、これを北朝鮮漁船の安全を間接的に確保するという点、そして北朝鮮船による瀬取りに対して見張りを立てるという点から考えると、彼らの動きが説得力を持つ。そして海自機に対する振る舞いも、「見られては困るものを見つけられた時の動き」と考えればつじつまが合うのだ。

■日本側に証拠はいくらでもある

韓国軍の主張に対し、防衛省側は第2弾、第3弾と尽きぬ反論の証拠を持っているだろう。レーダー波のデータ公開がゴールラインだとしても、それまでに事案の発生した場所の正確な緯度・経度の数値、フライトレコーダーに記録された飛行データ、哨戒機の機首下に装備された赤外線前方監視装置の映像(これまで公開された手持ちのビデオカメラによる動画とは比較にならないほど高精度だ)などいくらでもある。

前回の原稿では、「韓国は、日本に対して何をしてもいいと思っている」と書いたが、今回はそれに「韓国は、日本を永遠に格下と思っている」と付け加えておこう。日本に謝罪することは彼らのプライドをズタズタに破壊するし、そんな日本から幾度となく経済援助を受けている事実も、むしろ恥をかかされたと恨みを買う材料になっている。日本に対するそうした精神的マウンティングが、本来対等の立場で行われるべき国家同士の対話をもゆがめてしまっている。

今回の件でも、日本が音を上げて諦めるまで反論を続けたいのが韓国側の本音だろうが、対する日本側は感情的にならず、努めて冷静に、粛々と誠実かつ紳士的に反証を重ねていく姿勢が必要だ。

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芦川 淳(あしかわ・じゅん)
防衛ジャーナリスト
1967年生まれ。拓殖大学卒。雑誌編集者を経て、1995年より自衛隊を専門に追う防衛ジャーナリストとして活動。旧防衛庁のPR誌セキュリタリアンの専属ライターを務めたほか、多くの軍事誌や一般誌に記事を執筆。自衛隊をテーマにしたムック本制作にも携わる。部隊訓練など現場に密着した取材スタイルを好み、北は稚内から南は石垣島まで、これまでに訪れた自衛隊施設は200カ所を突破、海外の訓練にも足を伸ばす。著書に『自衛隊と戦争 変わる日本の防衛組織』(宝島社新書)『陸上自衛隊員になる本』(講談社)など。

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(防衛ジャーナリスト 芦川 淳 写真=AP/アフロ)