1969年のザ・ローリング・ストーンズ。左からチャーリー・ワッツ、ミック・テイラー、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ビル・ワイマン (写真:Shutterstock/アフロ)

謹賀新年。

本年もよろしくお願いします。

お屠蘇に浸って、まったりとした気分で休暇を楽しめるのも年に1度の年末年始ぐらいです。だから、思う存分に無為徒食の自堕落な感じを味わうのも悪くないですよね。

さて、年が改まって2019年。どんな年になるのでしょうか? さまざまな分野の識者たちが昨年を回顧した上で今年の展望を述べていらっしゃいます。激動の年になりそうです。それゆえ、新しい年の最初の週末に聴く音盤は、ガツンと聴きごたえのあるエネルギーに満ちた歴史的名盤にしましょう。と、いうわけで、ローリング・ストーンズの『レット・イット・ブリード』です(「レット・イット・ビー」ではありません。実は、「ブリード」の方が「ビー」よりも早く発表されています)。


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この名盤が発表されたのは、50年前の1969年です。半世紀も前のことで、その年に生まれた赤ちゃんも今年は天命を知る50歳です。が、この齢50となる音盤『レット・イット・ブリード』は、まったく古臭くありません。東西冷戦とベトナム戦争と学生運動と公民権運動の激動の時代にあって、実はロック・ミュージックが最も熱かった時代の産物でもあります。

捨て曲は1つもない、退屈な瞬間もない

非常に印象的なジャケット・デザインです。ここには「THIS RECORD SHOULD BE PLAYED LOUD」(このレコードは大音量で聴くべし)と記されています。実際に大音量で聴けば、風雪に耐えた強靭な響きを実感できます。しかも、聴くたびにつねに新しい発見があります。

やはり、ロック史に屹立する音盤です。ただものではありません。ちなみに、2012年に発表された『ローリング・ストーン』誌の「史上最も偉大なアルバム500」では32位です。この順位には異論もあります。が、この種の評価は選者の主観によるもの。『レット・イット・ブリード』のすごみはいささかも減じません。3つの明快な理由があります。

第1の理由: 多様性に富んだ名曲揃いの音盤である

当たり前の事ではありますが、それぞれの曲がすばらしいのです。『レット・イット・ブリード』には、全9曲42分21秒の音楽が収録されています。捨て曲は一切ありません。ムダで退屈な瞬間もありません。極上の音楽体験そのもの。9曲中8曲がストーンズのオリジナル。圧倒的な音楽体験です。

冒頭の「ギミー・シェルター」は、まず、ナチュラル・エコーの効いた密やかなギターのアルペジオがフェイド・インして来ます。そこにキース・リチャーズのヘタ上手な感じのリードが乗り、メリー・クレイトンの妖しいハイトーン・ヴォイスが登場します。矛盾と悪意に満ちた凶暴な憂き世から異界の避難場所(シェルター)へと誘うがごとき印象深いイントロです。

そして、ミック・ジャガーが「嵐が迫っている」と歌い始めます。嵐や炎やレイプや殺人がわれわれに襲いかかる、シェルターがなければ耐えられないと訴えます。ベトナム戦争などの世界を覆う厄災が意識されています。ミック・ジャガーの尖がった声とメリー・クレイトンの黒人ならではのソウルフルにして透明感のある声が重なる時、この曲のメッセージが直裁に迫ります。間奏部でミックが吹く重いハーモニカもまた時代の空気を代弁しているかのようです。

そして、アルバムの最終的な印象を決めるのは最後の曲です。それは、食事でも似ています。メイン・コースで舌鼓を打った後のデザートが決め手だったりします。『レット・イット・ブリード』を締めくくるのは、この音盤のベスト・トラックです。

邦題は「無情の世界」ですが、これではビクトル・ユーゴーの「ああ無情」みたいで、原題「You Can’t Always Get What You Want」の意図が伝わりません。要するに、欲しいものがつねに手に入るわけではないけれど、頑張れば必要なものは得られるのだ、という地味ながら人生の真理を歌っているのです。実は、国家間の紛争についての含意があるというと言いすぎでしょうか。

7分30秒の長尺も短く感じる傑作

この曲は、ロンドン・バッハ合唱団のアカペラによる混声コーラスから始まります。ここの部分だけ聴いていれば賛美歌のようです。やがて、生ギターに導かれフレンチ・ホーンが厳かな印象でミックの独唱に橋渡しします。そして、バンドが加わり、ビート感が加速します。特筆すべきはオルガンの効果的使用です。コーラスとオルガンが溶け合うことで教会のゴスペルを思わせる雰囲気が醸成されて、歌詞がいっそう胸に迫ります。

この曲は、非常にドラマチックに展開して7分30秒の長尺の曲に仕上がっています。が、聴き始めるとあっという間に終わるように感じさせる力があります。これまでストーンズは500を超える曲を発表してますが、これこそ最高傑作の1つです。ライブでも頻繁に取り上げています。それでも、このスタジオ録音に勝るものはありません。この曲を聴くためだけでも『レット・イット・ブリード』を入手する価値ありです。

もう1曲だけ特筆したいのが2曲目の「むなしき愛」です。この音盤で唯一のカバーです。オリジナルは、ロバート・ジョンソンです。ギターの秘技を得るため悪魔に魂を売ったという伝説のあるブルース・ギター奏者にして作曲家の隠れた名曲です。

実は、ミック・ジャガーとキース・リチャーズはソング・ライターとしてアルバムすべてをオリジナル曲で固めるだけの確固たる力量を有していました。が、ロバジョンの原曲をストーンズ流のブルースに徹底的に編曲し直しています。誰の曲だってオレたちが演れば、ストーンズの曲になるのだ、という自信の表れでしょう。また、この音盤のカラフルな多様性の一翼も担っています。

第2の理由: ストーンズの自己改革の原点を示す音盤である

ローリング・ストーンズの結成に至る創世記は、胸の熱くなる青春物語です。1960年のある日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに通う中流家庭の青年マイケル・フィリップ・ジャガーは小脇にチャック・ベリーとマディー・ウォーターズなどのLPレコードを抱えてロンドン行きの電車に乗りました。そこで幼なじみのキース・リチャーズが話しかけたところから伝説が始まります。

そして、ブルースにはまったミックとキースは、ロンドンのマーキー・クラブでエルモ・ルイスと名乗るすご腕のギタリストの演奏に圧倒されます。このエルモこそ天才ブライアン・ジョーンズです。やがて、ブライアン主導でローリン・ストーンズ(The Rollin’ Stones) と名乗るブルース・バンドを結成します。ロンドンの音楽界で頭角を表し、ほどなくデッカ・レコードからデビュー。後は、ロックの歴史そのものです。

リーダーのブライアンが脱退

さて、「万物は流転する」と喝破したのは古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスでしたが、ストーンズ内の力関係も時とともに変化します。当初はブルースをこよなく愛するコピーバンドから始まりましたが、ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)がミックとキースのオリジナル曲を主体とするロック・バンドへと変貌を遂げ、音楽的にも商業的にも成功するとブライアンの居場所が小さくなります。時期を同じくして麻薬禍がブライアンを蝕みます。

1969年6月、ミックとキースは、かつては憧れ、導かれ、共同創設者であったブライアンとの訣別を決意します。実は、『レット・イット・ブリード』の録音が断続的に続いている時期です。ブライアンが記者会見でストーンズ脱退を表明します。その直後、ブライアン・ジョーンズは自宅のプールで溺死します。7月3日のことです。

実は、ストーンズは、もともと7月5日にロンドン中心部のハイド・パークでのフリー・コンサートを予定していました。結果として、これが追悼コンサートになってしまいました。この模様はYouTubeで見れます。ミック・ジャガーが英国の詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの詩を朗読する場面は胸が詰まります。

いずれしても、創設時のリーダーを切り捨て、新たな章を開始するという改革の最中に録音されたのがこのアルバムです。ブライアンが参加しているのが「ミッドナイト・ランブラー」と「ユー・ガット・ザ・シルヴァー」の2曲。そして、ブライアンの後任であるミック・テイラーが参加しているのが「カントリー・ホンク」と「リヴ・ウィズ・ミー」の2曲です。正に、バンドが哀しみを乗り越えようとする瞬間を刻んでいます。

しかもデビュー以来のデッカ・レコードとの契約も、この音盤が最後です。この後は、アンディー・ウォーホールのデザインで有名になった自らのレコード会社を設立します。

ストーンズの自己改革という意味では、メンバーとレコード会社を変えるという以上に、音楽制作のスタイルを根本的に変えている点が注目されます。

これまでのストーンズは、基本的にバンド・メンバー中心の音創りでした。ゲストの参加は極めて限定的でした。しかし、『レット・イット・ブリード』では、上述のようにソウル歌手やロンドン・バッハ合唱団はじめ多彩な演奏家を積極的に導入しています。興味を引くのは、サキソフォン奏者ボビー・キーズの参加です。サックスの導入で格段に音の厚みが増します。以後、キーズは準メンバーとして長い付き合いになります。


そして、「無情の世界」で、オルガンとフレンチ・ホルンを担当したアル・クーパーにも注目です。この人は、ボブ・ディランの最高傑作「ライク・ア・ローリング・ストーン」でオルガンを弾いていたスタジオ・ミュージシャン。後年ブラッド・スェット・アンド・ティアーズを率いてアート・ロックの流れを引いた音楽家です。こんな猛者を使いこなしているわけです。

要するに、己を知るに至ったという事です。バンドとしての個性、演奏能力、表現したい音楽を冷徹に見据えて、外部の音楽家を自在に使用する術を獲得したのです。ここから、新しいローリング・ストーンズの快進撃が始まります。

過激な時代を象徴している

第3の理由: 時代と共鳴した音盤である

最後に、『レット・イット・ブリード』は、1969年という過激な時代に共鳴した音盤でもあります。発表されたのは12月5日でした。その翌日、ストーンズは全米ツアーの最終公演をカリフォルニア州中央部のオルタモント・スピードウェイで行いました。

実は、この公演は、オルタモント・フリー・コンサートと銘打って、ストーンズ以下、サンタナ、ジェファーソン・エアプレーンなどが出演。聴衆が20万から50万人とも言われていて、運営は混乱を極めました。結果、黒人の観客が暴走族ヘルズ・エンジェルスの警備担当者によって刺殺される事故が起きます。この模様は、映画『ギミー・シェルター』に記録されています。悲劇以外の何物でもありません。が、そんな出来事をも象徴する音盤です。

さあ新年最初の週末です。今も熱く鮮度抜群の『レット・イット・ブリード』で激動の2019年を駆ける力を頂戴しましょう。