除夜の鐘を昼に撞くお寺が増えている(※写真はイメージ)

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昼に撞くと、参拝客が大幅アップ!

 雑誌「月刊住職」(興山舎)12月号は、「今年の除夜の鐘 夜に撞くか、昼に撞くか」の特集記事を掲載した。

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 タイトルから反射的に「除夜の鐘が騒音問題になっているのか」と考えた方は、どれくらいおられるだろうか。実はこの記事、騒音問題だけを取り上げているわけではない。

 まずは記事の内容を確認しておく。文中では6カ寺が取り上げられた。このうち、私たちの“常識”に合致する、午後11時台から鐘撞きを開始する寺は2カ寺だ。

 一方、3カ寺は真夜中ではない。1カ寺は午後7時から開始し、そして2カ寺は日中に鐘を撞く。除「夜」の鐘ではなく、除「昼」の鐘というわけだ。そして最後の1カ寺は、近所からの苦情で鐘撞きを自粛している。

除夜の鐘を昼に撞くお寺が増えている(※写真はイメージ)

 実は同誌が「除昼の鐘」問題を取り上げるのは2回目。2016年の12月号が初出になる。こちらの記事では2カ寺が登場するが、騒音問題が背景にあるのは1カ寺だ。

 除夜の鐘を巡って、一体、全国の寺で何が起きているのか、同誌の矢澤澄道編集長(70)に話を聞いた。そもそも、取材を開始するきっかけは、何だったのだろうか。

「ふとしたことから、さるローカル紙の記事を読んだことがきっかけでした。その記事には、高齢化が原因で深夜の鐘撞きに檀家が参加できないことが分かり、思い切って正午から鐘撞きを開始すると、500人以上が参詣する大盛況だった、ということが書かれていたんですね」

 今年の12月号にも、三重県の寺院が、そうした例として記事化されている。1月1日の午前0時から鐘撞きを始めても、檀家は後期高齢者が中心で寺院を訪れることができない。一度は中止を決めたが、諦められない住職は熟考を重ねた。

 結局、寒さや暗さを嫌忌するのは高齢者だけではないこと、寝てしまっている子供も少なくないこと、母親は化粧を落としてしまっていることなどに思い至った。そして大晦日、お昼の12時から鐘を撞くようにしたところ、100人前後が集まるようになったという。

「実は『寺院の梵鐘は騒音だ』という訴訟は、昭和45年の判例が残っています。『早朝の読経がうるさい』、『お香が臭い』という近隣住民と寺院のトラブルは歴史が長く、私たちの雑誌でも長期間にわたって取材し、記事化を重ねてきました。そのため、今回の『除夜の鐘』の記事でも、高齢化社会を象徴する事例を知って取材を開始しましたが、特集記事としてまとめる際には、改めて騒音問題にも焦点を当てました」(同・矢澤編集長)

除夜の鐘が始まったのは昭和2年!?

 一般の人々は、除夜の鐘を非常に伝統的な行事だと捉えている。NHKで「紅白歌合戦」が終われば、テレビの画面は「行く年来る年」に切り替わる。そして年の変わり目と共に、雪深い寺院で除夜の鐘が静かに鳴り響く――。こんな光景が失われていくのかと、危機感を抱く方も少なくないだろう。

 ところが、そんな思いを浮かべること自体、間違いらしい。矢澤編集長によると、そもそも除夜の鐘は昭和初期に始まった行事だという。仏教の長い歴史の前には、文字通りの“新参者”なのだ。

「由来には諸説がありますが、昭和2年にNHKラジオの『除夜の鐘(現:行く年来る年)』の番組で、上野・寛永寺に頼んで除夜の鐘として生中継し、これが契機となって全国の寺院が取り入れたことに間違いはありません。これは寺の鐘が時計としての役割を果たしていた歴史を考えれば、簡単に理解していただけると思います。例えば江戸時代、真夜中に寺が鐘を撞くことなど、あり得ないからです」

 日本では少なくとも室町時代から、日の出から日没までを6等分する不定時法が用いられた。そして江戸時代には、日の出が「明け六つ」として1日が始まり、日が暮れれば「暮れ六つ」で1日が終わった。つまり現代のように1日の終わりも始まりも午前0時ではなかったのだ。

 そして「明け六つ」から「暮れ六つ」までの間、朝五つ、朝四つ、昼九つ、昼八つ、暮れ七つと数えた。そのために現在の午後3時ごろに食べられた軽食を「おやつ」と呼び、それが今でも残っているというわけだ。

 江戸時代、寺の鐘は時報としての意味を持ち、文字通りの社会インフラだった。当初は明け六つ、昼九つ(正午)、暮れ六つの3回、鐘が撞かれた。その後、一刻に1回撞かれるようになったが、「真夜中の午前0時」に寺の鐘が鳴らされることは全くなかった。多くの人々が寝ており、ニーズがゼロだったからだ。

「日本人は古来ずっと、日付を変えるのは夜明けです。深夜の午前0時に日付が変わるのは明治の文明開化により、西洋の定時法が導入されてからです。そのため除夜の鐘は、少なくとも明治時代以降に始まったのは確実でしょう。そもそも江戸時代では、夜中に道を歩く方法がありません。たいまつを持って歩くのは映画の世界であり、史実には反しています。街灯や交通機関が整備されなければ、除夜の鐘を行ったとしても、誰も来られません」(同・矢澤編集長)

 ただし、昭和初期に普及を遂げると、日本人が除夜の鐘を強く“支持”したのは事実だ。そして、それは仏教にとっても歓迎すべき事態だったという。

「お寺にとっては仏教の布教が最重要です。仏教が葬式の祭礼を整備したのも信者獲得のためでした。除夜の鐘も1年の始まりに際し、荘厳な鐘の音を聞きながら、1年の我が身を反省し、新年の決意を新たにするというのは、非常に収まりがいい。そのため、昭和2年に全国へ普及したという浅い歴史にもかかわらず、お盆や初詣といった行事と肩を並べるほどの普及率を達成したわけです。今では庶民の年中行事としてクリスマスよりも、除夜の鐘のほうがカウントダウンと共に一般化している、とのデータもあります」(同・矢澤編集長)

 こういう背景ならば、地域住民の求めに応じ、除「昼」の鐘でも全く構わないわけだ。少し卑近な例になるが、大晦日の昼に年越しソバを済ませてしまう人も、決して少なくない。行事というものは、人々の求めに応じて変わっていく、そういうものだろう。

 最後に矢澤編集長に、「大晦日の昼に鐘を撞く」ことから、どのようなプラスがあるか質問した。

「実は、お寺に崇敬の念を持つのは高齢者だけだと思われがちですが、御朱印ブームなどもあり、20代女性の60%は神仏を敬っているという統計もあります。寺院が地域社会の中核を担える可能性は、まだまだ豊富にあるのです。ともすると昔と違って、長寿者が尊敬されにくい世の中になっていますが、夜でも昼間でも百八つの鐘を撞くことで、老若男女が共に寺に集まり、1年の最後に交流が図れる場となる。やはり素晴らしいことだと言えるのではないでしょうか」

 検索エンジンに「除夜の鐘 昼」と入力すると、相当数の記事がヒットする。どうやら増加傾向にあるらしい。除夜の鐘も、現代社会に合わせてアップデートされるというわけだ。

週刊新潮WEB取材班

2018年12月30日 掲載