高収益で知られるキーエンスだが、その正体はベールに包まれている(編集部撮影)

平均年齢35.9歳、平均年間給与2088万円。大阪に本社を置くキーエンスの有価証券報告書(2018年3月期)にはほかの企業ではめったに見られない高収入が記されている。東洋経済オンラインの各種年収ランキングでもつねに上位に位置し、製造業では断トツの高収入だ。


高収入は激務の裏返しではないか――。インターネット上などではブラック企業とのうわさも流れる。同社評の1つが、「20代で1000万円超え、30代で家が建ち、40代で墓が建つ」。平均勤続年数が12.2年とそれほど長くないことから、稼ぐだけ稼いで独立するというイメージもある。

こうした見方に対し、キーエンスの経営情報室長の木村圭一取締役は「厳しい働き方を求めているわけではないし、若手の裁量度がとても高い会社だ」と語る。高収入は会社の成長と高収益を社員に還元している結果だという。

営業利益率は脅威の50%超え

経済産業省の企業活動基本調査によれば製造業の売上高営業利益率は4.7%(2016年度実績)である。それに対し、キーエンスの2018年3月期決算は売上高5268億円、営業利益2928億円と営業利益率にして約55%という驚異的な水準をたたき出した。成長も継続中。2008年3月期決算は売上高2006億円、営業利益1023億円だったので、10年で3倍弱の成長を遂げたことになる。

同社が手掛けるのは、FA(ファクトリーオートメーション)にかかわるセンサーや画像処理システムである。FAとは工場の生産工程を自動化するために導入するシステムのことだ。生産ラインにおいて正確な製造作業や不良品の排除を行うために、物の位置を精密に測定するセンサーや画像処理技術はFAにとって重要となる。

国内の労働人口減少や新興国の人件費高騰などによって省人化が求められ、FAを必要とする企業は年々増している。同社の業績が近年目立って好調なのは、良好な外部環境によるところが大きいことは確かだ。

売上高のうち5割強が海外。その内訳は詳細には開示されていないが、「アジア向けが約4割、北中南米向けが約3割、欧州向けが2割」(関係者)という。国内、海外を問わず、各地域で満遍なく売り上げが立っており、販売地域が分散されていることが同社の安定感につながっている。


とはいえ、これだけで利益率50%超は達成できない。脅威の利益率にはいくつかの要因がある。自前の工場を持たないファブレス経営を徹底していること。製品の研究開発と営業に集中して、実際の生産は他社に委託しており、低原価、低コストを実現している。

製品の研究開発力が競争力の源泉との見方も強い。同社の新製品は7割以上が「世界初」か「業界初」。木村氏は「外部の人から営業力が強さだと指摘されるが、研究開発力が何よりの強み」と話す。

営業は結果ではなくプロセス重視

ただ外部の声として圧倒的に多いのは、「営業ノウハウがすごい」(国内証券アナリスト)という指摘だ。キーエンスに約20年在籍し、現在も機械業界で活躍するOBのA氏は、「キーエンスの本当の強みは製品開発とその製品を売るときの戦術にある」と明かす。

「『世界最速』など製品のコンセプトがしっかりしているので、製品を説明しやすい。営業マン個人のメリットも、相手先の導入メリットも開発に組み込まれているので、販売戦略を立てやすい」(A氏)。新製品の営業のしやすさと商品としての魅力が、営業力の強さにつながる。

営業においても絶えず合理性が問われるという。A氏によれば、重要となるのが「施策」という営業計画だ。「施策」では売上目標を達成するための細かなストーリー作りが求められる。たとえば製品パンフレットを何冊発注し、誰に対しどのように配布するのかなどを事細かに決めるのだ。

「しっかりと市場の先を読み、正しい戦略・戦術を組み立てられるかが問われる」(A氏)。キーエンスではこの「施策」を入社して間もないころから実践し、営業を学んでいくという。「棚からぼた餅式でたまたま営業成績がよくなっても、計画が甘すぎると評価されない。なぜ結果がよくなったか説明を求められる」(A氏)。結果よりもプロセスをしっかり踏めているかが重視されるという。

そのため「若い人のなかには途方もない空振りをしていると思う人がいるかもしれない」とA氏は言う。実際、「営業成績ではなく、チラシの配布枚数や営業先の件数の達成度など細かなものばかり指摘されて意味がわからず辛かった」と明かす元社員もいる。

ただし「施策」を重視するのは、営業も戦略を組み、先読みする力を身につけるため。キーエンスで長年海外事業に携わったOBのB氏は、「いかに合理的な営業を常に行えるかを普遍化したような会社」と振り返る。

合理性の追求は営業に限らず、会社組織として浸透しているようだ。キーエンスは現名誉会長の滝崎武光氏が1972年に設立した。滝崎氏は同社株の7.7%を持つ大株主だが、オーナー色は思った以上に薄い。同社の採用サイトには社員の親類縁者は応募できないと明記されている。実際、役員名簿には滝崎氏の親類縁者は見当たらない。

合理性の塊ともいえる組織で、その点では「フェアな会社」(B氏)なのだ。B氏はかつて、転職が盛んな海外で人材のつなぎ止めができていないと指摘されたことがあった。この時、B氏は海外の転職市場のデータを示して反論。転職が前提の海外に合わせた社員教育や人事制度の確立を提案し、本社を納得させたという。

「上司や役員などの誰が言ったのかではなく、何を言ったのかが重視される」(B氏)。根拠に基づいて論理的に説明できれば、新卒1年目の社員にも耳を傾ける社風という。「上司におもねることや派閥を形成するようなことはなく、経営陣を含め上司に対しても基本的にはさん付けで呼び合っていた」(同)。

元社員は転職市場で高い評価

業務の合理性を追求する社員が育つため、転職市場でもキーエンス社員は人気の的だ。6年で退社し、現在は自動車メーカーに勤める元社員は「キーエンスに在籍したというだけで、大手製造業数社から誘いをもらった」と転職時を振り返る。海外でもアメリカを中心に「キーエンスユニバーシティ(大学)」とも評され、人材輩出企業として一目置かれている。


大阪にあるキーエンスの本社ビル(編集部撮影)

ネット上などでは、キーエンスを辞めた後に起業する例が多いとされるが、「300人くらいのOB会で起業者数は指で数えるほどしかいなかった」(A氏)。あえて起業するよりも、自らが働きたい会社でキーエンスの経験を生かす人が多いようだ。

ただ、こうした実態はなかなか表に出てこない。情報開示が極端に少ないからだ。ノウハウ流出の防止やBtoB事業からくる制約などが理由とされるが、その姿勢が秘密めいた企業イメージにつながっている。また、同社はこれまで頻繁に決算期変更を行っているが(「キーエンス、高収益企業が決算期を変えるワケ」)、それも上場企業としては異例の措置といえる。

「もう少し会社の状況や働き方を公開してもいいのに」(OBの1人)。平均年収2000万円超、営業利益率50%超は徹底的な合理性の追求の証しだろう。が、その異様とも言える数字に対する説明がもっとあれば、ひどい噂も立たないはずだ。