30年以上ひきこもり生活を送り、無収入の53歳の次女。頼みの綱は、同居する80歳の母の年金。預貯金など約2000万円の財産の相続はすべて次女へ、というのが母のプランだが、それに独立している55歳長女(独身)が待ったをかけた。ファイナンシャルプランナーの浜田裕也氏は「残念ながら、ひきこもりの人とその兄弟姉妹の仲が悪いことはしばしばある」という。姉妹の確執で相続の配分はどうなるか――。
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■32年間働けずにいる次女を巡る80歳母親の苦悩

「家族にとっての『正解』とは何なのか?」

今年、筆者がそのようなことを考えさせられた、ある家族のお話をしようと思います。

相談者は、ひきこもりの次女(53)と同居している母親(80)。父親(夫)は、今から約2年前、次女が51歳の時に亡くなりました。緊張しているのか、母親の表情はとても暗いものでした。そこで、まずは家族構成からうかがうことにしました。

【家族構成】
・母 80歳 無職
・次女 53歳 無職
・長女 55歳 会社員
※長女は独立しており、母の家族とは別居。独身

次女は明るい性格の持ち主で、社会人になるまで何不自由なく過ごしていました。しかし、短大卒業後に就職すると一変してしまいます。慣れない仕事で上司から厳しく指導されることも多く、気分がだんだんと落ち込んでしまいました。

日を追うごとに食欲も落ちていき、よく眠れないこともしばしば。そのためか、仕事に集中できず、ミスもどんどん増えていってしまったようです。その結果、上司の指導はますます厳しいものに。それにともなって、職場では次女に対する陰口や悪口も増えました。

家ではため息ばかりつくようになり、せっかくの休日でもなんだか落ち着かない様子だったそうです。最初は無理して出社していたのですが、だんだんと朝起きることが難しくなり、会社も休みがちになっていきました。

そのような生活が続いていたある日、「家の前にある電柱から上司がのぞいている。私を監視している」「家に盗聴器が仕掛けられていて、上司に会話を聞かれている」などの発言がみられたため、びっくりした家族が病院に連れていていき、受診することにしました。

家族と医師で相談した結果、会社は退職することに。結局、勤務期間は1年足らず。退職後は無理をせず、家でゆっくりと過ごすことにしました。職場から離れることができたためか、症状はずいぶんと落ち着いていきましたが、再び仕事をする自信が持てず、外に出ることもだんだんと減っていき、ついにはひきこもるようになってしまったそうです。ひきこもり生活は21歳ごろから始まりました。

■頼みの綱は、母親の年金約190万円と財産2000万円あまり

次に家族の収入や支出、財産をうかがいました。

【収入】
・母親の公的年金 年額 約190万円
※老齢年金と遺族年金の合計
【支出】
・年額 約200万円
【財産】
・現金預金 1200万円
・持ち家と土地 1000万円

収入は母親の公的年金(年約190万円)のみ。次女の症状はそれほど重くないこともあり、障害年金を受給していない、とのことでした。年間の赤字額は、多い年でも数十万円ほど。仮に入院や介護などで大きな支出が発生したとしても、母親が存命中に貯蓄が底をつく可能性は低いと思われました。

■母親亡き後20年間で次女は2160万円が不足する計算

最後に次女の将来のお金の見通しを立ててみることにしました。母親によると、今の家(持ち家)は次女ひとりで暮らすには大きい、とのことなので仮に賃貸物件に住み替えをするということで試算してみました。

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会社で少しの期間、加入していた厚生年金保険とその後加入した国民年金で月額約6万円。支出は生活費として月額10万円、家賃は5万円としました。収入の6万円から支出の15万円を引くと、月額9万円の赤字。仮に母親亡き後20年間生活が続くとすると、9万円×12カ月×20年=2160万円のお金が足りなくなる計算になります。

「試算した不足分からすると、お母様亡き後、財産(預貯金・持ち家・土地代)のほとんどをご次女に相続させることになりそうです。そうなると、ご長女の遺留分についても考えておかねばなりません」

そこで、私は遺留分についてもお話をすることにしました。遺留分とは、ある範囲の相続人に対して法律上決められている最低限度の財産取得分のことを言います。

では、今回のご家族のケースでは遺留分はどうなるのか? 大まかな金額で母親に説明することにしました。

「大まかにお話をすると、相続人は姉妹の2人なので、遺留分は相続財産の1/4となります。仮に、相続財産が現金預金、自宅や土地で2000万円分あったとします。すると、遺留分は2000万円×1/4=500万円になります。もしご次女に全額の2000万円分を相続させると、ご長女の遺留分である500万円を侵害してしまいます。そのため、相続開始後、ご長女が遺留分の権利を主張すると500万円のお金をご長女に渡すことになってしまいます(民法改正後の遺留分侵害額請求権を主張したものとして)。結果として、ご次女は1500万円分の相続をすることになります」

「財産すべてを次女に相続させることができないんですね」

「もちろん、ご長女が遺留分の権利を主張しなければ、財産すべてをご次女に相続させることも可能です。しかし、そのためにはお母様が生前にご長女にしっかりと説明をしておく必要があるでしょう」

■長女に最低限の財産取得の権利を主張しないようにお願いを

長女の遺留分に関して、母親の生前に対策をとっておくほうが望ましいと思われました。そこで、生前対策についていくつかのご提案をしてみました。

・母親の遺言を作成しておく
・将来の見通しの表を長女にも見てもらい、お金がこれだけ必要であることを説明し、理解してもらう
・長女には遺留分の権利を主張しないようにお願いをしてみる
・遺留分よりも少ない金額の相続で納得してもらえないかお願いをしてみる
・生命保険などを活用し、一部の現金を相続財産から切り離す

など。

「ご長女には申し訳ないとは思いますが、ご次女の生活のため、理解してもらえるように何度も話をしていくしかないでしょう。その際、将来の見通しの表などを見てもらい、数字を使って説明するとより理解してもらいやすいかもしれません。将来の見通しの表など、ご家族で話し合う時に必要な書類は私が作成します。また、私は遺留分についてはざっくりとしたご説明しかできません。場合によっては相続の専門家の力を借りることも検討してみてください」

そうお伝えすると、母親は神妙な面持ちで何かを考えている様子でした。

■「私はひとりで頑張った。なのに妹、妹、妹ばっかり! ずるい」

「やっぱりそうですよね……。財産は次女にほとんど相続させるしかないですよね。実はそのことが心配で、ご相談の前に長女に連絡をしてみたんです。でも……」

母親は別居している長女に相談に同席してもらえないか、電話で頼んでみたそうです。

すると、思いもよらない反応が返ってきました。

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「私はずっとひとりで頑張ってきた。職場でのいじめや嫌がらせにも耐えてきた。それなのにいつも妹、妹、妹ばっかり! 妹は何もせずに楽してる。ずるい。私はもう結婚もできない。私はずっとひとりぼっち。誰にもわかってもらえない! どうせ今度もそうなんでしょ? 私には関係ない。もう勝手にして!」

長女が長年心の奥底にため込んできたものを、母親にぶつけてきたそうです。今まで次女のことばかり気にかけてきて、長女のことを考える余裕はなかった。長女とも同居していた頃は家族の仲もよかった。長女が独立した後もそれは変わらないはず。心のどこかで「長女は大丈夫」と勝手に思っていた。

しかし、それは間違いでした。その事実に母親はとてもショックを受けてしまいました。

私も次女の事だけを考えていました。財産のほとんどは次女に相続させることになるだろう。そうすると、長女には半ば強引に説得をすることになるかもしれない。次女のためには仕方がないことですよね、と。長女の気持ちも考えずに……。

しかし、本当にそれでよいのか?
それがこの家族にとっての正解なのか?

私はわからなくなってしまいました。長い沈黙が続きました。

■「長女にはずっとさみしい思いをさせてしまいました。謝りたい」

少なくとも長女抜きでこのままお話を進めていくのは好ましくない。私はそう思いました。

「ご長女のお気持ちを全く考えず、今までご次女のお話だけをしてしまいました。大変申し訳ございません。やっぱりご長女の事も心配ですよね。将来の見通しの表や提案書は作りますが、それはあくまでもご家族で話し合うためのきっかけ作りだと思ってください。必ずしも提案通りにする必要もありません」

私はさらに続けました。

「お金(の配分)をどうするか決める前に、まずはご長女も含めたご家族3人で話し合ってみることが必要かもしれません。ご家族3人のそれぞれの思い、不安、これからどうしていきたいか、などすべて出しきってみるとよいかもしれませんね」

「ええ、そうですよね。私もそう思います。ただ、長女が話し合いに応じてくれるどうか……」

「それはもうお母様の本心をご長女にぶつけてみるしかないと思います。今までさみしい思いをさせてしまい申し訳ない。あなた(ご長女)も含めた家族の将来について話をしたい。あなたの不安や思いもぜひ聞かせてほしい。家族3人にとってこれから何をどうしていけばよいのか、あなたとも一緒に考えていきたい、など。ぜひお母様の言葉で伝えてみてください」

「そうですよね。長女にはずっとさみしい思いをさせてしまいましたし、そこは謝りたいと思います。それに長女にももっと話をしてほしいですし」

「もちろん、いつかどこかでお金の話もしなければなりません。話し合いの結果、相続が平等になるのか不平等になるのか、今のところはわかりません。しかし、どのような結果になろうとも、あきらめなければ何かしらの対策は考えることができると思います」

■ひきこもりの子とその兄弟姉妹が不仲というのはよくある

最後に、可能性は低いと思われますが、私はある提案もしてみました。

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「お母様が亡くなった後、ご次女もひとりになってしまいます。何かと不便や不安を感じることも多いことでしょう。ご長女もずっとひとりで生活し続けることに不安もあることでしょう。姉妹で別々に生活するよりも同居したほうが生活コストは低く抑えることができます。仮に姉妹で平等に相続したとしても、結局はお二人で一緒に使っていくことになりますし。もちろんお二人が同居を望むのであれば、ですが……」

「なるほど、そうですね。一緒に住めば何かと安心ですし、生活費も抑えられますものね。今は無理かもしれませんが、折を見て家族で話してみようと思います。落ち着きましたら、またご相談させていただこうと思います。どうもありがとうございました」

ご相談の最初の頃と比べて、母親の表情にもだいぶ明るさが感じられるようになりました。

残念ながら、ひきこもりのお子さんとその兄弟姉妹の仲が思わしくない、というのはよくあるケースです。ひきこもりのお子さんと独立しているお子さんがいる場合、どうしてもひきこもりのお子さんのほうばかり気にしてしまうことでしょう。そして、お金に関しても兄弟姉妹の間で不平等になってしまうことも多いことでしょう。

それらが不仲の原因のひとつになっているのかもしれません。

こうすればうまくいく、こうすれば大丈夫、というただ1つの正解はない。あるご家族でうまくいく方法が、必ずしも他のご家族でうまくいくとは限らない。正解はご家族の数だけある、ということを改めて気づかされました。

(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也 写真=iStock.com)