ドライバーの人手不足と、労働環境の改善が求められる物流業界。荷主とドライバーを90秒でマッチングさせるサービスを提供するベンチャー企業が現れた。起業したのは、プログラミングが得意な元航空管制官の青年だ。

※一部事実と異なる箇所があったため、修正しました。(2018.12.28)

CBcloud 代表取締役 松本隆一氏とジャーナリストの田原総一朗氏

■空の世界に憧れて航空管制官に

【田原】お生まれは沖縄ですか?

【松本】那覇の首里です。父は山口出身ですが、沖縄の大学を出て、沖縄で学習塾を経営していました。

【田原】プログラミングがお得意だったそうですね。でも、高校卒業後は航空保安大学校に進学した。なぜプログラマーの道にいかなかったのですか?

【松本】単純に、プログラミングより飛行機が好きだったんです。父が山口出身なので、帰省時には必ず飛行機に乗ります。それで飛行機とか空に興味が出てきて。

【田原】空が好きなら、普通はパイロットじゃない? 航空自衛隊とか、民間の航空会社は考えなかったの?

【松本】パイロットになりたかったですよ。叶うなら、いまからでもなりたいくらい。ただ、目が悪く、高校生の時点でパイロットへの道は諦めました。パイロットにはなれないけど、それに近い仕事は何かと考えたときに思い浮かんだのが航空管制官でした。そこで航空保安大学校に進学して国交省の職員になり、卒業後は羽田空港の管制塔に勤務しました。

【田原】管制官は、どれくらいやっていたの?

義父が遺した軽貨物ドライバーの労働環境を改善する新サービスの企画書。この内容をベースにプログラミングを始めた。

【松本】大学校2年間で、羽田空港4年半で、計6年半です。

【田原】憧れの空の仕事に就いた。それなのに運送業界に転身される。経緯を教えてください。

【松本】きっかけは妻との出会いです。義理の父が運送会社を経営していて、業界の構造的問題に心を痛めていました。その話を聞いて、またプログラミングで解決することができるんじゃないかと。

【田原】業界の問題って何ですか?

【松本】義理の父は、もともと車の販売と整備をする会社を神奈川で経営していました。約20年前、食品メーカーの依頼で温度管理ができる軽自動車をつくった。これがドライバーにものすごく売れたそうです。ただ、定期点検などの機会にドライバーと話をすると、みんな大変な思いをしている。義理の父は業界をもっとドライバー視点に変えていかなきゃいけないと感じて、運送会社を始めました。

【田原】よくわからない。ドライバー視点じゃないって、どういうことですか?

【松本】まず業界の概要から説明させてください。運送というと、一般の方はヤマト運輸や佐川急便に代表される宅配をイメージするかもしれません。しかし、BtoCの宅配よりBtoBの企業間配送のほうがマーケットは5〜6倍大きい。この領域を担っているのが約6万社の運送会社。ほとんどは中小の会社です。そして実際に荷物を運ぶのは個人事業主のドライバー。そのドライバーは運送会社に属しているわけではなく、業務委託で荷物を運びます。このドライバーが全国で約20万人、車両は約23万台。義理の父の車両を買っていたのも、個人事業主のドライバーたちです。

【田原】ヤマトや佐川のドライバーもそうなんですか?

【松本】佐川は佐川の制服を着ていてもほとんど個人事業主です。どちらかというとヤマトは社員の方が多いですね。

【田原】なるほど。それで?

【松本】企業間配送では、荷主が運送会社、運送会社がドライバーに電話で配送の依頼をします。電話を受けた運送会社やドライバーは、基本的に依頼を断りません。1度断ると次は後回しにされて、しまいにはかかってこなくなる可能性があるからです。とはいえ、ドライバーは体が空いていないと自分で運べない。そこでドライバーは友達のドライバーに仕事を投げます。その結果、多重構造が生まれてしまう。最終的に荷物を運んだのは7次受けのドライバーだった、というケースが珍しくない世界なのです。

【田原】でも、どの業界にも中間業者がいて、多重構造になっていますよ。

【松本】たしかにいろいろな業界に多重構造があるでしょう。ただ、それぞれの階層で何か1つは役割があるはずです。ところが、運送業界は階層に何も役割がなく、電話してつないだだけで10%中抜きされてしまう。

【田原】さっき7次受けまであるとおっしゃった。仮に配送料が1000円だとすると、末端は300円くらいになるということ?

CBcloud 代表取締役 松本隆一氏

【松本】そうです。あと面白いのは、自分が1000円で友達に投げた案件が、どんどん回って300円になって返ってきたりします(笑)。

【田原】そりゃむちゃくちゃだ。ドライバーが20万人いればすぐ見つかりそうなものだけどね。

【松本】企業間にも、定期的に同じルートを回る仕事と、スポット的な仕事があります。多くの運送会社やドライバーは安定的に稼げる定期の仕事で普段は体が埋まっています。かといって、スポットの仕事は単価が高いので逃したくない。そのためいったん引き受けて横に流すわけです。一方、運送会社やドライバー同士のネットワークはせいぜい30人前後。その中に体が空いている人を見つけるのは難しく、必然的に多重構造になっていく。ようやく見つかっても、定期の仕事からあぶれた人なので、必ずしも質は高くないという問題もあります。

■荷主とドライバーを90秒でマッチングさせる

【田原】業界の問題はわかりました。義理のお父さんがその問題に気づいて、松本さんがそれをプログラミングで解決しようとした。具体的に何をしたのですか?

【松本】荷主と体が空いているドライバーを直接つなげる仕組みをつくろうと思って、まず国交省を辞めました。結婚生活のことを考えるとそのまま勤めていたほうがよかったのですが、義父が「娘のことはいいから」と言ってくれまして。しかし、退職の1カ月後、そう言ってくれた義父が突然亡くなった。急遽、私が義父の会社の案件を継ぐことになり、起業して2年は普通に運送業をしていました。

【田原】それから?

【松本】義父が生前に書いていた手書きの企画書が出てきたんです。それがいままさに私たちがやっているモデル。これこそ実現させなければいけないと思って、運送の営業をやめてプログラミングに集中しました。3〜4カ月籠って、「軽(ケイ)タウン」というサービスの仕組みを構築。「軽タウン」は、いま「ピックゴー」に名前を変えていますが、コンセプトや基本的な仕組みは同じです。

【田原】ピックゴーを使うと、従来と何が変わるのですか?

【松本】これまでは荷主がドライバーを探すとき、荷主が各方面に何度も電話をしなくてはいけませんでした。しかし、ピックゴーなら案件の情報を1度入力するだけでいい。体が空いている登録ドライバーが、それを見て向こうから連絡してきます。

【田原】ん? 荷主が何度も電話するってどういうことですか。運送会社に電話を一本入れたら、あとはドライバーを探してくれるんでしょ。多重構造かもしれないけど、荷主からすると手間は変わらないんじゃないですか。

【松本】じつはそこにも業界の闇があります。最初に電話を受けた運送会社が依頼を引き受けても、実際に体が空いているドライバーが見つかるまでに早くて30分、遅ければ数時間かかります。それでは時間がかかりすぎるので、荷主は二股というか、10社くらいに電話をかけて、もっとも早くドライバーが来るところに仕事を流す。たとえばある会社から「1時間後にドライバーが向かいます」と返答があっても、30分後に別の会社から「10分で行く」と返ってきたら、後者を優先させるんです。

【田原】それもむちゃくちゃだね。商売の基本は信用ですよ。運送業界に信用はないんですか!

田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【松本】そうですね。運送会社やドライバーも、自分が受けられないのに「やります」と引き受けますから。

【田原】そうですか。話を戻すと、ピックゴーなら荷主の手間が省けると。

【松本】さらにスピードも速いです。現在、登録ドライバーは約8000人。その人数に対して一気に電話しているようなものなので、すぐマッチングします。だいたい90秒で見つかります。

【田原】荷主側のメリットはわかりました。ドライバーには、何かいいことありますか?

【松本】まず受け身ではなく、自分で仕事を選べるようになります。全国に何百とある仕事がスマホ上で見られるので。

【田原】選べると、何がいいの?

【松本】先ほど言ったように、定期配送の人は体が空きにくいので、これまでスポットの仕事はあまりできませんでした。でも、自分から選べるなら、空いた時間に1件こなしたり、定期配送のついでに同じ方向の仕事を受けることも可能になる。当然、収入も増えます。

【田原】そこも聞きたかった! これまでドライバーの収入はどれくらいだったんですか?

【松本】軽貨物のドライバーだと、月に30万円いけばいいほうです。宅配だと、月曜から土曜まで週6で、毎日十数時間働いて、月30万〜40万円いけば高いというレベル。労働時間を考えたら、かなり低いです。

【田原】ドライバーがピックゴーを使えば、もっと増える?

【松本】はい。まず仕事の単価が高いです。荷主が支払う配送料は従来と変わらず、そこから私たちが手数料10%をいただきます。多重構造で何重にも中間マージンを取られた仕事と比べれば、1件当たりの実入りが大きい。さらに空き時間を活用できるので、無理して長時間働かなくても、一定の売り上げを達成できます。ピックゴーに登録しているドライバーには、月50万〜60万円稼いでいる人もいます。

【田原】稼げるとなると、やりたいドライバーは多いでしょうね。

【松本】やりたいけど、軽車両を持っていないというドライバーもいます。そういう方たちのために、車のリースも始めました。費用は月1万9000円です。納期の関係で車両を用意できたのはまだ十数台。現在、150人の方が待機中です。

【田原】いま松本さんの会社は従業員何人ですか。

【松本】正社員が25人で、パートさん6人です。東京以外に名古屋や大阪にもドライバーがいて、お仕事の提供もしています。エリアはさらに広げていきます。

■物流界の日本版ウーバー事業拡大の障壁は?

【田原】松本さんのサービスは、タクシー配車サービスのウーバーに似ていますね。でも、日本でウーバーは規制の壁があって広がっていない。便利なのに規制緩和されないのは、既存のタクシー業界が反発しているからです。運送業界で非効率な多重構造がずっと続いてきたのも、利権の構造があるからですか。

【松本】どうでしょう。運送業界は車格によって2つに分けられます。大きな車格は許認可の世界なので、業界団体がロビー活動のような政治的な活動をすることはあると思います。ただ、非効率な多重構造が問題なのは軽貨物の世界。こちらは届け出制で、個人が簡単に参入でき、まとまりもない。軽貨物のほうで組織的な抵抗勢力があって、既存の枠組みを守ろうとしているという話は聞きません。

【田原】じゃ、どうしてみんな疲弊するやり方がいまも続いているんだろう。荷主とドライバーをマッチングさせるサービスがもっと早く出てきていてもよさそうなものだけど。

【松本】運送業界には「求荷求車」という四字熟語があり、マッチングへのニーズは昔からありました。ただ、マッチングのサービスがあるのは大きな貨物の世界だけだったんです。

【田原】どうして軽貨物じゃ誰もやらなかった?

【松本】業界の中にいると、そういうものだと考えてしまうのかもしれません。義父や私はもともと別の業界にいて、外から見ていたので多重構造のおかしさに気づけたのかなと。また、私と同じことを考えたドライバーがいても、個人事業主なので、多額のシステム投資をしようという発想にならなかったんじゃないでしょうか。

【田原】ライバル会社はないんですか。

【松本】ITを駆使してマッチングをするという意味では1社あります。ただ、そこは既存の多重構造の中に案件を投げる仕組みです。私たちのミッションは、マッチングすることではなく、ドライバーの働き方を変えること。多重構造のままつなげるだけでは意味がなく、直接つなげることでドライバーの地位向上に貢献したいんです。将来、私たちのサービスが普及することで、ドライバーになりたい人が増えればいいなと。

【田原】海外ではどうですか。同じようなサービスは、すでにあるの?

【松本】アジアは多いです、中国とか、インドネシアとか。

【田原】日本はアジアの中でもむしろ遅れている?

【松本】はい。アジアは配送のインフラが整っていませんでしたが、インフラが整い始める時期にITの波があった。日本は逆に整いすぎていて、出遅れた感じです。

【田原】将来は国際展開も考えていますか。

【松本】具体的な案ではありませんが、さまざまな荷主やEC事業者からは、「ピックゴーのきめ細かさは海外でも使える。一緒に出ましょう」という声はいただいています。

【田原】最後にもう1つ。宅配便のラストワンマイルが問題になっていますが、ドライバー視点で言うと、どこに問題がありますか?

【松本】宅配は稼ぎに限界があるんです。たとえば某大手宅配便だと、1個運んで運送会社に140円入り、そのうち約120円がドライバーの取り分になる。もともと単価が安いうえに、どんなベテランでも1日に運べるのは100個くらい。毎日13時間から14時間動きっぱなしでも、日給は1万2000円前後です。ただ、宅配時には不在が2〜3割あるので、それが解消できれば1日に120〜130個くらい運べて、収入も改善されます。

【田原】不在が問題ですよね。宅配ボックスがもっと普及すればいいのに。

【松本】宅配ボックスを置くマンションは増えましたが、戸数に対して少なすぎます。ドライバーは朝一番で宅配ボックスに荷物を落とそうとするのですが、競争になって、結局落とせない人たちが続出する。それも非効率を生む原因の1つになっています。

【田原】宅配ボックスを大きくしちゃダメなんですか。

【松本】敷地やセキュリティーの問題があって難しいようです。

【田原】松本さんの会社は企業間配送のみで、宅配はやらないんですか?

【松本】私たちが直接受託して運ぶことはありませんが、ドライバーをスポット的にマッチングする形で貢献しています。ただ、宅配の現場は環境が劣悪なので、単に人を送って終わりにはしたくない。いま宅配現場のソリューションを開発中で、きちんと環境改善したうえでドライバーをマッチングさせていきます。

【田原】いまアマゾンはいろんな配送業者を使ってますね。松本さんのところにも話はあった?

【松本】ありました。が、やっていません。先程お話ししたように、宅配の現場環境は劣悪で、アマゾンはそれが顕著です。そういう現場を変えて、ドライバーが明るい未来を描けるようにすることが私たちの使命です。

■松本さんから田原さんへの質問

Q. 田原さんの人生の転機は何ですか?

転機は3つありました。まず小学5年生の夏休みの敗戦。2学期が始まったら、同じ教師が1学期と正反対のことを言う。偉い人は信用できないと思いました。2つ目は、1965年にモスクワで開かれた世界ドキュメンタリー会議に参加したとき。それまで社会主義は素晴らしいと考えていましたが、ソ連には言論の自由がなく、間違いだとわかった。3つ目は、総理大臣を3人失脚させたとき。これで国が変わると思いましたが、結局何も変わらなかった。いまは総理に直接「間違っている」と提言するようになりました。

それぞれ自分の中で180度世界が変わりました。しかし、変化を恐れる必要はない。むしろ常識や自分の価値観を疑うことが大事です。

田原総一朗の遺言:変化を恐れず、自分の価値観を疑え

(ジャーナリスト 田原 総一朗、CBcloud 代表取締役 松本 隆一 構成=村上 敬 撮影=宇佐美雅浩)