蜷川さんの言葉を反芻しながら。松坂桃李は、シェイクスピアの舞台に再び立つ

「おい桃李! お前は、すぐに手を抜くクセがあるんだよ!」

舞台経験3作目にして、演劇界の巨匠・蜷川幸雄演出のシェイクスピア劇という難題に立ち向かっていた。今から6年ほど前のことである。ようやく本番を迎え、順調に地方公演へと進んでからの通し稽古で、蜷川に怒鳴られた。

決して手を抜いたつもりはなかったが、芝居の鮮度が落ちているのかもしれない。ピシリと、背筋が伸びた。

デビューして10年が経つ。数多くの現場を経験すると、自分が安心できるやり方に流れてしまいそうになることがある。そんなときに蜷川の声がふと蘇り、初心に返ることができる。謙虚にして驕らず、さらに努力を。新たな負荷をかけなければと自らを奮い立たせてくれるのが、この言葉なのだ。

役者としての礎を支える経験となった『ヘンリー四世』から6年。放蕩者のハル王子が英国の名君主へと成長したように、松坂桃李の『ヘンリー五世』への挑戦が始まる。

さらなる飛躍を目指して。

撮影/宮坂浩見 取材・文/江尻亜由子

蜷川さんに「ここまで来ました」と、言いたくて

2019年2月から、彩の国さいたま芸術劇場ほか3ヶ所で29公演が予定されている舞台『ヘンリー五世』。英国史実を元に書かれたこのシェイクスピア戯曲は、松坂が『ヘンリー四世』で演じたハル王子が新国王となってからの物語だ。
故・蜷川幸雄を初代芸術監督に迎え、シェイクスピアの戯曲全37作の完全上演を目指して1998年よりスタートした「彩の国シェイクスピア・シリーズ」。完結目前にしてこの世を去った蜷川の遺志を継ぎ、本シリーズの2代目芸術監督に就任した吉田鋼太郎が松坂に改めてオファーし、出演が決定した。
「自分がまたこの役を演じるという予測は一切なく。オファーをいただいたときは正直、迷いました。またあの大変な役をやれるものなんだろうかって。『ヘンリー四世』って、尺、何時間でしたっけ。みたいな(笑)」
『ヘンリー四世』で吉田は、悪友・フォルスタッフとして支えてくれた。稽古場でも、蜷川に投げかけられる断片的な言葉に戸惑う自分に“蜷川語”を翻訳し、導いてくれた恩がある。
「ある種、相棒のように支えてくださった鋼太郎さんが、今度は演出家として一緒にやろうと声をかけてくださった。純粋に役者として、演出家・吉田鋼太郎の演出を知りたいっていう、興味本位な部分も大きかったですし(笑)。ぜひやりましょう、ということになったんです」
「蜷川さんに対しても『やっとここまで、ヘンリー五世を演じるところまで来ました!』っていう気持ちがありました」

逃げ場のない舞台で、膨大なセリフを覚えるために

松坂が『ヘンリー四世』の舞台に立ったのは2013年。2011年に『銀河英雄伝説』で初舞台を踏み、翌年に朗読劇を経てはいたものの、ほとんど経験がない中での蜷川演出作品。厳しい演技指導で有名であることは知っていたし、実際に演出を受けた事務所の先輩からも「めちゃくちゃ怖い人」だと聞かされた。
「灰皿が飛んできたとか、『帰れ! やめてしまえ!』っていう……言葉の暴力?(笑)を浴びせられるとか。そんなイメージを刷り込まれて稽古場見学に行ったので、ガチガチに緊張してました。でも実際にお会いしたら、すごく優しい方でしたね」
稽古初日、ホン読みのつもりで行ったら蜷川の一言で立ち稽古が始まり、すごく驚いたことを覚えている。舞台での、映像とは違う表現の仕方にも戸惑った。
「やはり声のボリュームがまったく違いますし。映像だとリアリティを求めて動いたりするけれど、舞台ではまた別の表現方法がたくさんあるんですよね」
難解な言い回しの多いシェイクスピア史劇。歴史的な背景も理解しなければならない。
「『これ、1行でいいよね』って思うことを、10行で言っていたり(笑)。それが無駄な言葉ではない、っていうのもだんだんわかってくるんですけど」
「とくにシェイクスピアの場合、その場面のセリフとしての表面的な感情だけではなく、裏の感情も含めて表現されている、ということを、自分の中でしっかり落とし込まなければいけない難しさもありました」
しかし本格的な舞台の稽古を経験することで、台本を読み込む力も格段に上がった。
「映像との決定的な違いは、稽古期間。映像だと、その場その場で反射的に動いていくことが多いんですけど、舞台は稽古が1ヶ月以上あったりするので。たった一言をどう解釈するか、みんなでああでもない、こうでもないと試行錯誤して、その積み重ねで確かなものを作っていくことができる」
映像と違って、舞台はセリフが飛んだら逃げ場がない。独白で数ページにおよぶこともある膨大なセリフを覚えるのも、初めての体験だった。
「稽古の本読みでは、ボイスレコーダーに全部録音させていただいて、自分のところだけは抜いて。その録音テープを聞きつつ、自分のセリフをひたすらブツブツ言うっていう。誰かのマネだったと思いますけど、そういう方法で覚えました」
吉田鋼太郎は当時の松坂について、「非常に勘が良く、シェイクスピアのセリフを語ることのできる口跡の良さ、声量、気品を持ち合わせていました」「(稽古を通じて)非常にシェイクスピアのことを理解し、『桃李はシェイクスピア演劇の中心に立てる俳優だ』と思いました」と称賛している。
そのことを本人に伝えると、「いやいやそんな……」と謙遜しながら照れくさそうに笑った。

不安は当然ある。でも最終的には何とかなると思っている

今回演出を手がける、吉田鋼太郎。最近ではドラマへの出演も多く『おっさんずラブ』でのお茶目な姿も記憶に新しい。だがじつは、日本で有数のシェイクスピア俳優とされる、演劇界の重鎮だ。
「僕が言うのも失礼ですけど、鋼太郎さんって、シェイクスピアのセリフ回しを日常的に落とし込むのが、天才的なんですよね。難しい言葉の羅列なのに、日常会話をしているかのごとく伝えることができるというか」
「そんな鋼太郎さんの演出なら、難しいセリフでもお客さんが『まったく理解できなかった』ということは、絶対にない。それくらい、僕は演出家・吉田鋼太郎を信頼しています」
吉田とはプライベートでも、たまに連絡を取っている。「食事に連れていってもらうのは、ごくごくたまに、です(笑)」という距離感。少し間隔が空いたとしても、ともに密度の濃い時間を過ごした頃の感覚にすぐに戻ることができるのが、心強い。
「どんな演出をされるのか気になって、鋼太郎さんが演出されている『アテネのタイモン』の稽古場にお邪魔したんですけど。タイミングが悪く、通し稽古だったので、演出家としての佇まいはよくわかりませんでした(笑)」
この取材は、稽古が始まる前。演出家・吉田鋼太郎がどんな顔を見せるかは、未知数だ。蜷川のように厳しく、豹変するのだろうか……?
「まぁそれはそれで、またインタビューで話せることが増えるので、いいけれど(笑)」
一方で、意外な一面はすでに発見していた。
「ポスターとかのビジュアル撮影があったときに、ざっくりした演出プランを伺ったんですよ。ネタバレになるから、ここで内容は言えないですけど」
「普段の鋼太郎さんからはなかなか見えない、ある種、論理的な脳内の部分が見え隠れして。『ちょっとこの人、カッコいいかも! だからモテるんだな!?』って(笑)」
今回のビジュアル撮影も、いかにも古典演劇な衣装を避けるところにこだわりを感じた。
「ただ、鋼太郎さんひとりだけタキシードなのは……? これだけは意味わかんないです。このおじさん、何考えてるんだろう?って(笑)」
『ヘンリー四世』以上に独白が多く、分厚い台本の半分近くを自らのセリフとして覚えなければいけない今回の舞台。プレッシャーを感じている様子が外からではわからないほど飄々としているこの人こそ、一体何を考えているのだろう。
「いや、不安はめちゃめちゃあります! できれば本番が来なければいいのに(笑)。舞台本番の前夜とか、映像作品も撮影初日前とかは、毎回眠れないんです。たいてい寝不足で向かうんですよ」
「始まる前だから、こういうふうに子どもみたいにやんや言ってるんですけど。稽古が始まってしまえば、しっかりそこに向き合うことになりますし、最終的には膨大なセリフも覚えられるんでしょう。年内の稽古にがっと集中して、なるべく正月はたくさん休みたいです(笑)」

10年やっても「レベルアップしたぞ」とは一概に思えない

2008年に芸能界入り。俳優デビュー10周年となる今年11月にはTAMA映画賞の最優秀男優賞を獲得した。目覚ましい活躍ぶりは、ここで改めて説明する必要すらないだろう。残虐な殺し屋や狂信的な愛国軍人から、ほぼ全編濡れ場を演じた青年娼夫、奥手な童貞教師といったエキセントリックな役まで、演じた役柄も多彩だ。
「本当にありがたいことに、いろいろな現場を見させていただいたり、経験したり、学ばせてもらっています」
自分の出演作品を振り返ることはほとんどないという。自分の芝居を見るのは恥ずかしいから、できることなら見たくない。
「映画は公開前にお客さんに伝えなくてはならないし、作品について語る機会が多いので、試写で強制的に見ますけど。『娼年』なんて、一番見たくないじゃないですか、関係者とは……(苦笑)」
ではこの10年間で、役者としての成長を実感する瞬間は?――インタビュアーの質問にも困った表情を浮かべる。
「一概に『レベルアップしたぞ!』みたいなことは思えないです」
「知れば知るほど怖くなったり、知らなくてなんとかなっていた部分が、詳しくなったことによって頭でっかちになる……というパターンもあるじゃないですか。初心を忘れずにやっていきたいっていうのもありますし」
取材時の謙虚な態度は、デビュー当時から変わらない。今回も取材陣の椅子が足りないことに気づき、自ら椅子を並べていた。誰よりも多忙であることは明白なのに、それを感じさせない。いつも穏やかで、現場の空気を和やかにしてくれる。
謙虚にして驕らず、さらに努力を。そう心がけているのは、蜷川に投げられた言葉の影響も大きい。あれは、『ヘンリー四世』の公演も中盤に差し掛かった頃。地方への遠征先で通し稽古をしたときのことだ。
「『おい桃李! 怠けてんじゃないよ!! お前は、すぐに手を抜くクセがあるんだよ!』って怒鳴られたんです。まったく自覚がなかったんですけど。でもそう言われて『マズい、それは芝居の鮮度が落ちてるということだな』と」
「舞台では、同じ物語を何公演もやりますが、芝居の鮮度を保つのはプロとして当たり前のことだと思う。蜷川さんのその言葉は、今でも本番中に何度となく思い出されます」
数多くの経験を積み、慣れることで安心感から警戒を怠り、油断が生じる。そういうことは、誰にでも身に覚えがあるだろう。役者も同じだという。ふとした瞬間に蘇る蜷川の言葉が、その後の役者人生を支えてくれた。
「経験が増えてくると、自分のモノサシみたいな、安心できるやり方に流れやすかったりするじゃないですか。こういうお芝居をすると安定感が出る、とか。そういうモノサシを、あまり自分の中で作りすぎずやっていきたいと思うんです」
だから松坂は、新しい現場に入る前にすべてを一旦リセットする。
「10年で学んだことや培ったこと――精神的な部分やコミュニケーション能力とかは、現場での立ち居振る舞いに存分にフル活用させていただきますが(笑)。新しいものを取り入れないといけないから、そのために1回、学んだものを全部真っ白にするんです」
松坂桃李(まつざか・とおり)
1988年10月17日生まれ。神奈川県出身。A型。2008年に雑誌『FINEBOYS』専属モデルとしてデビュー。2009年にドラマ『侍戦隊シンケンジャー』(テレビ朝日系)で主演を務め、以降、多数の作品に出演。最近の出演作に、ドラマ『わろてんか』(NHK)、『この世界の片隅に』(TBS系)、映画『彼女がその名を知らない鳥たち』、『娼年』、『孤狼の血』、『不能犯』など。第10回TAMA映画祭最優秀男優賞、第31回日刊スポーツ映画大賞 主演男優賞を受賞。待機作に映画『居眠り磐音』(2019年5月公開)、『蜜蜂と遠雷』(2019年秋公開)、『新聞記者』(2019年公開)など。

出演作品

彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾『ヘンリー五世』
作: W.シェイクスピア
翻訳: 松岡和子
演出: 吉田鋼太郎 (彩の国シェイクスピア・シリーズ芸術監督)
出演:松坂桃李
吉田鋼太郎 溝端淳平 横田栄司 中河内雅貴 河内大和 他
【埼玉公演】
日程:2019年2月8日(金)〜24日(日)
会場:彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
http://saf.or.jp/arthall/stages/detail/5836
【仙台公演】
日程:2019年3月2日(土)〜3日(日)<全3回>
会場:仙台銀行ホール イズミティ21・大ホール
http://ox-tv.jp/sys_event/p/details.aspx?evno=436
【大阪公演】
日程:2019年3月7日(木)〜11日(月)<全6回>
会場:梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
http://www.umegei.com/schedule/767/

サイン入りポラプレゼント

今回インタビューをさせていただいた、松坂桃李さんのサイン入りポラを抽選で2名様にプレゼント。ご希望の方は、下記の項目をご確認いただいたうえ、奮ってご応募ください。

応募方法
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受付期間
2018年12月25日(火)12:00〜12月31日(月)12:00
当選者確定フロー
  • 当選者発表日/1月1日(火)
  • 当選者発表方法/応募受付終了後、厳正なる抽選を行い、個人情報の安全な受け渡しのため、運営スタッフから個別にご連絡をさせていただく形で発表とさせていただきます。
  • 当選者発表後の流れ/当選者様にはライブドアニュース運営スタッフから1月1日(火)中に、ダイレクトメッセージでご連絡させていただき1月4日(金)までに当選者様からのお返事が確認できない場合は、当選の権利を無効とさせていただきます。
キャンペーン規約
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